WEAVER、テーマは思い出 ラストアルバムで見せる矜持と歴史
INTERVIEW

WEAVER

テーマは思い出 ラストアルバムで見せる矜持と歴史


記者:村上順一

撮影:冨田味我

掲載:22年11月05日

読了時間:約11分

 神戸出身3ピースピアノバンドのWEAVERが10月21日、ラストアルバム『WEAVER』をリリース。今年4月に、2023年2月26日をもって解散することがオフィシャルサイトで発表され、結成から約18年の歴史に幕を下ろすこととなった。メジャーデビューから13年、ピアノロックバンドとしての地位を確立し、エレクトロの要素も取り入れたスタイルなど常に進化を続けてきたWEAVER。昨年リリースされた「タペストリー」や「LIVE GAGA」など全12曲を収録し、CDにはボーナストラックとして「光と呼ぶもの」が収録される。メンバーがミックスダウンを担当するなど、それぞれの個性、3人が出来ることを詰め込んだセルフタイトルに相応しい1枚に仕上がった。インタビューでは、解散を発表し約半年が過ぎた現在の心境を聴くとともに、セルフタイトルのアルバムに込めた想いなど、杉本雄治、河邉徹、奥野翔太の3人に話を聞いた。【取材=村上順一/撮影=冨田味我】

音楽をやる中で抱いていた反骨心はずっと持っていた

――現在どんな心境で日々過ごされていますか。

杉本雄治 解散を発表してから3〜4カ月は表だった活動はできていませんでした。この期間はファンのみんなの方が、色んな想いを背負っていたと思います。僕たちも音楽でもっと伝えたいことがあるのに、それが届けられないというもどかしさがありました。今はようやくアルバムが皆さんに届いて、ライブで生で会って気持ちを届けられるんだという思いです。

冨田味我

杉本雄治

奥野翔太 発表してからリリースできるものもなかった中で、申し訳ないなという気持ちと、いま何をすることが正解なのか、という時期が続きました。8月にファンクラブイベントを行ったのですが、それは解散発表してから初めてのライブで、音を出している間は受け渡せる想いだったり、通じ合える何かがあるなと感じたので、最後のライブまでひたすら真摯に自分たちの音楽を鳴らし続けて、一緒に思い出を作っていきたいです。もうそれしかないなと思えたので、迷いはないですね。

河邉徹 話し合いをして全てを受け入れての解散発表だったので、自分たちの想い自体は変わっていないです。普段から応援してくださっている方もそうですし、僕らのことを知ってくださっている方も解散を残念だと言ってくれて、こんなにもたくさんの人が僕らの音楽と接点を持ってくれていたんだ、ということを改めて感じました。残りの時間は皆さんに感謝を届けていきたいと思っています。

――ラストアルバムがリリースされます。昨年リリース予定だった作品だと思うのですが、内容に変化はあったのでしょうか。

杉本雄治 曲は決まっていたので、大きな変化はないんですけど、解散が決まってから曲への向き合い方は変わりました。その中で「Don’t look back」と「HIKARI」という曲の歌詞は、解散が決まってから書いたものでした。インタルード的な曲もこれまで発表してきたのもありました。今回もそういうアプローチができないかと出来たトラックが1曲目と12曲目に入っている「on the rail」でした。最初は朗読でいこうというアイデアもありましたが、そこにメロディを乗せようとなったのも解散が決まってからでした。

――タイトルは昨年リリース予定の時からセルフタイトル?

杉本雄治 いえ、このタイミングだからこそのセルフタイトルになりました。当初は当時の年齢が33歳だったので、「33」(サーティスリー)とか、いくつか案はありました。

――奥野さん、今回楽曲を多く書かれていますね。

奥野翔太 10年前はアルバム1枚に1曲くらいのペースで作っていました。当時はそんなに多く曲を書けるタイプではなかったんです。WEAVERがやってきた音楽性というのは杉本が作るメロディが核になっていて、それがらしさに繋がっている中で、僕が作る音楽は良い意味でも悪い意味でもそれとは違うもので、その評価をネガティブに受け取ってしまって...。杉本が作る曲のクオリティまで持っていけないのはコンプレックスでもありました。ある時期から曲を作るのをやめると2人に話しました。

冨田味我

奥野翔太

――でも、再び曲を作るようになられて。

奥野翔太 みんなに聴かせてはいなかったけど、自分なりに曲は作り続けていました。技術もちょっとずつ上がってきた中で、杉本が作らないような、スパイスになる曲ができるんじゃないかなと思いました。でも、「曲はもう書かない」と2人に話してしまっただけに、ハードルは高かったです(笑)。

河邉徹 僕らとしては、いつでも曲を書いてきてもらってもいいなと思っていたので、そんなにハードルは気にしなくても大丈夫でしたけど(笑)。

――河邉さんは今回、どんなコンセプトで歌詞を書きたいと考えていたのでしょうか。

河邉徹 「LIVE GAGA」や「33 番線」という曲ができていく中で、今の自分たちに内包されているメッセージ、自分たちが主人公で、皆さんはそれをオーバラップして聴くような歌詞を書いているなと思いました。今は自分たちのことを歌ってもいいんじゃないかというマインドになっていったんです。新型コロナのこともそうですし、自分たちの年齢が30歳を超えたというのも、言葉が生まれた要因だと感じています。

――結成から18年、振り返るといかがですか。

杉本雄治 改めていつの時代も果敢にチャレンジしていた、音楽をやる中で抱いていた反骨心はずっと持っていたんだなと思いました。僕らは良い意味でも悪い意味でも真面目で、人の意見にも左右されるんですけど、それにも真剣に向き合って戦う姿勢がありました。色々変化もあった中でのこのアルバムが終着駅だったのかなと思います。

――だから「33 番線」とか電車にまつわる言葉が多い?

河邉徹 これは電車とは関係ないんですよ。昨年作った曲で当時僕らの年齢が33歳だったというのが起因しています。人生で一番最初にレコーディングした曲が「66番目の汽車に乗って」という曲なのですが、この曲は僕らがピアノバンドになったきっかけの曲で、ありがたいことにファンの皆さんにとっても大切な曲になっています。“66”という数字は当時高校生だった僕らの年齢を足して出てきた数字でした。「33 番線」は、33歳の時に作ったので、今の思いを書くというのがいいなと思いました。

冨田味我

河邉徹

 ジャケ写も僕が撮影した写真を使っているんですけど、こういったビジュアルがあると楽曲を包括して一つの世界観にまとめ上げることができるんじゃないかなと思いました。今回はメンバーができることは全部自分たちでやろうということで、杉本がミックスダウンを担当していたり、奥野がディレクションをして、作り上げた作品なんです。

――ジャケ写はどこの駅ですか?

河邉徹 これは上長瀞駅で撮りました。

――三輪車はどんな意味を持っているんですか。

河邉徹 3つの車輪を3人に喩えて、WEAVERとして進んでいくというイメージなんです。

WEAVERに出会えて良かったと思ってもらえるような時間を

左から奥野翔太、杉本雄治、河邉徹

――杉本さん、ミックスダウンもやられているんですね。

杉本雄治 「タペストリー」という曲はいつもお世話になっているエンジニアの林憲一さんなのですが、他の曲は全部自分でミックスしました。自分のバンドだから出来たんですけど、新たな一歩を踏み出せたなと思っています。ミックスをすることが決まって、アレンジの段階から音を突き詰めないと、後々自分の首を絞めるので、録音から今まで以上に良い音で録らないといけないなと意識してやっていました。それもあって音楽との向き合い方も変わりました。デモ制作などで自分なりに研究はしていたので、自分の力を試せる場所だったので、自分がイメージしていたものは出来ました。

――奥野さんはディレクションを担当されて。演奏や歌ですよね?

奥野翔太 今回、演奏に関しては宅録でやっていたのでメインは歌です。「流星コーリング」の時からディレクションはやっていました。今回、レコーディングスタジオはデビュー当時に使用していたスタジオで、昔一緒にやっていたチームで制作しました。当時、右も左もわからなかった自分たちがここに戻ってきて、今の音を録るというのはどんな感じになるんだろうなと思いました。

杉本雄治 僕の癖を知っているので、すごくやりやすいです。特に歌はディレクターですごく変わりますから、奥野がやってくれるのは大きいです。

――ディレクションへの興味は昔から?

奥野翔太 僕はレコーディングが大好きで、亀田(誠治)さんにプロデュースしていただいていた時から、亀田さんのディレクションをずっと見ていました。その時にどのようにサウンドが良くなっていくのか、という行程に興味がありました。

――さて、今回多くの楽曲が収録されていますが、今の自分にとって思い入れのある曲は?

河邉徹 「それでいいから」です。等身大の自分達を伝えていくというところで、結婚を想起させる歌詞になりました。これは僕が一昨年に結婚して、ファンのみんなにも報告したら祝福してくれて。だからこそこういう歌詞を書く意味があるんじゃないかなと思いました。デビュー当時にスタッフの方から言われていたことがあって、女性の影を感じさせるような歌詞は書かないで欲しいと。それは一人のために書いた歌詞は聴く人にとって気持ち良いものではないよね、というところからでした。

――共感するのは難しいかも知れないですよね。

河邉徹 でも、僕らの年齢、当時高校生くらいだったファンの方たちの年齢も上がり、時代も変わってきました。結婚というプライベートなことを祝福してくれて、ありのままを書けたというのは13年前の自分では考えられないことだったので、成長みたいなものを感じ、やっと自分たちらしさというのを出せるようになってきたのかなと思いました。

――奥野さんはどの曲が印象的ですか。

奥野翔太 「on the rail」です。もともとは曲と曲を繋ぐ役割をもったトラックでした。河邉が1曲分の歌詞を書いてくれていたんですけど、アルバムの延期が決まって解散の件もありこの曲の存在を忘れていて。でも、「33 番線」の世界観だったり、僕らが好きなBUMP OF CHICKENがやっていたことだったりが繋がりました。もともと1曲だったものを分裂させて、入り口と出口を作ったら面白いんじゃないかと提案しました。それで歌詞も作り直したんです。アルバムに収録された曲は過去に作ったものから最近歌詞を書いたものまで様々で、曲それぞれ違う景色がある中でどう共存させようか考えた時に、この「on the rail」が出来たことによって、コンセプトが繋がったアルバムが完成したと感じたので、すごく印象に残っています。

――杉本さんは?

杉本雄治 「HIKARI」です。この曲は解散が決まってから歌詞を書いた曲で、ファンの皆さんに対してしっかり今の自分たちの気持ちを伝えたいと、手紙のような曲になればいいなと思いました。サウンド面では僕ら3人でと言ってはいるんですけど、実際その裏では色んな人が関わってくれています。マネージメントやエンジニアの林さん、ストリングスアレンジを初めて担当した「The sun and clouds」からずっと弾いてくれている雨宮カルテットさんなど、関わってくれた人たちの音を聴いて、音楽はその時代に誰と鳴らすのかというのが、すごく大事だなと感じました。

 「HIKARI」は今までWEAVERが辿ってきた背景や音を知ってもらっているからこそ、奏でてくれた音色だったなと思います。雨宮カルテットさんもそうなんですけど、僕らの最後のレコーディングだから参加したいと言ってくださった皆さんなので、そういう思いで僕らの音楽に向き合っていただけて嬉しかったです。音楽というのは原来そういうものだと思うんですけど、近年は作業的になってしまっている音楽も少なからずあると思います。その中で自分たちの音楽を想って集まってくれた仲間たちと作れた作品で、本当に尊いものになったなと思いました。

――アルバムは100点だとは思うのですが、敢えて本作に点数を付けるとしたら?

奥野翔太 3人が100点ということで、300点ですね。

河邉徹 それ、いいね! あとは1人33点で、3人合わせて99点。あとの1点は聴いてくれた人が埋めてくれたら嬉しいです。

――いいですね! 最後にファンの方へメッセージをお願いします。

冨田味我

WEAVER

奥野翔太 このアルバムを聴いたから、全てを理解できるというわけではなく、理解してもらおうとも思っているわけでないんです。過去に僕らが出してきた音楽がなくなるわけではないですし、ファンのみんなと作ってきた景色が大切なことは間違いないと思っています。それはみんなの心の中にいつまでも残っていて欲しいなと思いますし、みんなと僕らで作った音楽を受け取ってもらえたら嬉しいです。それによって、みんなと作ってきた思い出と僕たちの歴史をひとつなぎにしてくれると思います。

河邉徹 今回制作する中で、思い出というのが僕の中にキーワードとしてありました。ライブというものはカタチがないものなので、時間と共に流れ去っていきますけど、共有した思い出というのは残ると思っています。そういった思い出から人というのは何かを得ていると思いました。WEAVERとしてのライブは残り少ないですが、良い思い出として皆さんの記憶に残っていくものになって、勇気や力を与えるような時間になればいいなと願っています。そういった時間を一緒に作りましょう。

杉本雄治 解散を発表したらその時点で終わりになるバンドもいると思います。僕たちがここまでやってこれたのは僕ら3人だけではなく、周りの方達、僕らの音楽を聴いてくれたファンのみんなのおかげだと思っています。まだ複雑な感情の方もいるとは思うのですが、そういう方にもライブ会場に足を運んでいただいて、笑顔になってもらいたいです。その瞬間だけはWEAVERに出会えて良かったと思ってもらえるような時間を作っていけたらと思っています。最大限の感謝を込めて届けたいです。

(おわり)

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