INTERVIEW

芋生 悠

長く続く夜から覚めた感覚でした。映画『ひらいて』で実感した演じる喜び


記者:木村武雄

写真:木村武雄

掲載:21年10月26日

読了時間:約5分

 芋生悠(23)が、映画『ひらいて』(首藤凜監督)に出演する。綿矢りさ氏の同名小説が原作。「好きな人の好きな人を奪えばいい」、複雑に絡みあう高校生の三角関係とともに青春特有の感情を描く。芋生は、主人公・木村愛(山田杏奈)が想いを寄せる西村たとえ(作間龍斗)の彼女、新藤美雪を演じる。愛は、溢れる感情を抑えきれず恋はたとえの彼女、美雪にもおよぶ。そして、病気がちで目立たない美雪もやがて“開花”していく。その美雪を演じた芋生にとって本作は「長く続く夜から覚めた」感覚があったという。それはなぜか。【取材・撮影=木村武雄】

ずっと美雪だった

 出演に際し、台本とともに原作を読んだ。その時に共感したのは自身が演じた新藤美雪ではなく木村愛(山田杏奈)だった。

 「美雪は自立し、たくましく、こういう女性になりたいと思いました。でも愛は自分を愛する術が分からず人にぶつかって路頭に迷います、その姿に共感しました」

 自身にないものを演じる上で意識したのは、美雪の心を理解すること。

 「私は絵を描くことが趣味ですが、役者も含めて好きでやっていて、苦しみながらも楽しんでいるという感覚です。でも美雪は自分のバランスを保つために、自分を整えるために趣味をやっている気がしました。美雪に近づくためにどうしようかと考えた時に、まず日記をつけ始めて、1日あったことをその日の終わりに回収していきました。それと、美雪は物を大事にする子だろうなと思いましたので、料理や片づけを丁寧にしたり物を大切にしました」

 美雪は糖尿病を患っている

 「原作にもありますが、病気にイライラして物に当たる描写があります。それを読んだ時に美雪は人間らしいなと思いました。いまは達観して自立していますが、そこに至るまで、もがき続けて、だんだんと自分を確立していった。ただただ余裕のある子ではなく、苦しみを知っているからこその強さもあるなと思いました」

 美雪の心を理解する過程で、クランクインまでに自然と美雪が自身に入り込み同化する感覚があった。そうしたこともあって撮影には不安もなく臨むことができた。また、監督やスタッフの熱量にも助けられた。

 「首藤監督がずっと温めてやっと撮影ができた作品でした。監督自身の熱量を見た時に大丈夫だなと安心して。スタッフみなさんが空気を作ってくれてすごく良い現場でした。いま思い返せば、『役を掴んだ』とか『これからどう演じていこう』とかを全く考えていなくて、ずっと美雪でいたんだなと思います」

 そして、共演者にも助けられた。山田杏奈とは3度目の共演となる。

 「妹のような感覚もあり、信頼関係が構築されているなかでの撮影でした。杏奈ちゃんは愛という役が理解できなくてもがきながら挑んでいたと言っていて、それが見て取れて感じて。実際に対峙しても迷いながらも探そうとしていることが伺えて、愛としても杏奈ちゃんとしても近くで見守ってあげたいという気持ちでした」

 それが愛と美雪の関係性に表れた。

 一方の作間は本作が映画初出演となるが「とてもそんな気はしませんでした。これからも映画をやって頂きたいぐらい、すごく映画向きで存在感があるといいますか、『愛ちゃんが好きになるのも分かる!』と言う感じでした」

芋生悠

それでも役者が好き

 その芋生は本作の公式コメントに「長く続く夜から覚めたような日々でした。あの苦しみに揺らぐ姿を抱きしめることが定めだったような気がしています」というメッセージを添えた。その真意は何か。

 「コロナ禍で中止になった作品がたくさんありました。演じることが生き甲斐でしたので、そういう場所すらもなくなったことにダメージを受けて。でもそれはわたしだけではなくて、いろんな職業、学生も子どもたちもみんな同じ思いといいますか。どうしたらいいか、どこに向けたらいいのか分からなくてモヤモヤして。そのなかでようやく撮影に臨めて、陽が差し込むような日々でした。撮影に挑めることが幸せ。それは現場にいるみんながそういう気持ちで、良いものを作ろうとするその感覚を味わい、『そうそうこれこれ!』って。幸せを噛み締める、そんな日々でした」

 本作の撮影を通じて改めて感じた芝居への思い。

 「つらいけどなったものはしょうがない、立ち止まってもしょうがない、自発的に動いて何か生み出さないと、という気持ちが生まれる瞬間がこの期間にはありました。だんだんと開花して人に与えられる人になっていく、それはこの作品にも重なっていると思いました。自分が映画に救われていることを改めて感じて、いっぱい恩返ししたいなって。また新しい面白い作品を生んでいろんな人に恩返ししたいです」

 彼女は過去に映画を作りたいとも話している。「その思いはより強くなっています」。実際に動いているものもあるという。

 そんな芋生の原動力は「応援してくれる人の存在」

 「しばらく人に会えなくて、映画は公開すると言っても劇場にお客さんが呼び込めないという日々もあって。『本当に見てくれたかな?』ってファンの方の顔が浮び寂しくなる時があって、顔が合わせられないのはつらいものがあるなって。いつも頂く『励まされている』という手紙を思い出して、私の存在を糧にして元気をもらっている、そんなふうにちゃんと役に立てていることが嬉しくて。むしろ私が支えられているんだなって。わたしの存在意義みたいなものをみなさんから頂いている気がしました」

 それを知った時、より強くなれた気がした。

 「わたしは役者しかできないんだって。役者として表現して、その作品を見て元気になってもらい、その人の顔を見て私が元気になる。そのサイクルが私は好きなんだなって思いました」

 今年初めに、挑戦したいこととして「越境」と書いた。

 「越境しようと思いましたが、一度深く潜って、そこからいま上がってきた感じです。コロナ禍で家の近くのおじちゃんおばちゃんがやっている店が閉店していく様子を見たくなくても目に入る状況に『どうにもならないのかな』と落ち込んで。日々が暗く感じるなか、役者仲間もみんな落ち込んでいると聞いて、そのなかで『役者としてできることがあるよね』と久しぶりに熱く語りあって、そこで『それでも私は役者が好きだな』と思い這い上がれ、ようやく浮かんで抜けられました。越境にはなっていないけど、今年初めに描いた山はより大きくなっています。越境の先には応援してくれる人の笑顔があると信じています」

芋生悠

(おわり)

スタイリスト:小山田孝司
ヘアメイク:塩山千明

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