パスピエ「本質というのは変わらない」コロナ禍で再認識した根源
INTERVIEW

パスピエ

「本質というのは変わらない」コロナ禍で再認識した根源


記者:村上順一

撮影:

掲載:20年12月25日

読了時間:約11分

 結成10周年を経て、新たなフェーズに突入したパスピエが12月9日、6thフルアルバム『synonym』をリリースした。前作「more humor」から約1年7カ月ぶりとなるフルアルバムでMBSドラマ特区『ホームルーム』のエンディング主題歌の「まだら」、『ロートジー デジタル MV フェス』コラボレーションソング「真昼の夜」 、先行配信シングル「SYNTHESIZE」「Q.」など全11曲を収録した。インタビューでは2020年を振り返りながら、アルバムタイトルに込めた想い、楽曲の制作背景、どんな意識を持って作品創りをしているのか、成田ハネダ(Key)と大胡田なつき(Vo)の2人に話を聞いた。【取材=村上順一】

『synonym』はこの1年を象徴できる言葉

『synonym』ジャケ写

――2020年はお二人はどんな1年でしたか。

大胡田なつき この1年は本当に泡の様といいますか、幻だったのかなと思えるような年でした。1年間過ごしたような感じがしていないですから。

――どんなことをして過ごしていました?

大胡田なつき ほとんど外出とかできなかったので家で筋トレとかしてました。あとちょっとエコに目覚めたりして。家にいるといつもより出すゴミが増えるじゃないですか。もともと分別することは好きだったんですけど、もっと減らしていって環境に対して自分の存在がマシにならないかなと思ったり。

――音楽の気づきはありましたか。

大胡田なつき ありました。音楽ってやっぱり日常だったんだなと思い、リハーサルとかライブができて当たり前だと思って生きてきたので、それが出来なくなるというのはすごく特殊だなと思いました。自分たちで変えようと思っていなくても周りの緊張感とかで変えざるをえなくなってしまったから、それについていくのに必死な1年だったかもしれないです。

――成田さんはいかがでしたか。

成田ハネダ コロナ禍を経てライブの表現の場が配信に変わったりとか、いろいろ変化はあったと思うんですけど、嬉しい、楽しい、悲しいという観点で話すと、なかなか難しい世界になってきたのかなと思います。作品を作るというところで現在進行形のところで考えていくと、音源を出してライブをやってというものをルーティンとしてやってきたんですけど、そういうものが一変しました。いかにして瞬間風速を上げられるかというのが大事だったのは去年までだったような気がしています。フォーマットが変化した中でどれだけ後世でも残るようなアイデアを出せるか、というのが面白い時代になったなと感じています。好きな音楽を好きに表現するということに改めて向き合う時間もすごくあったのでそこに気づくこともできました。

――成田さんは音楽以外ではどんなことをしていたんですか。

成田ハネダ もうエンタメにまみれていました。

――それはインプットのために?

成田ハネダ そういうつもりではないんですけど、リラックスして見ている状態でも「これ面白いな」と思ったものはメモしたりしていますから、勝手にインプットしてるんですよね。音楽でいったらShazamはすごい使いますし、テレビとか街中で流れてきた音楽がすごく気になるんですよ。

――アルバムタイトルが『synonym』なのですが、この言葉は昔から知っていたんですか。

成田ハネダ 言葉としては知っていたんですけど深い意味までは知りませんでした。同義語、類義語と言う意味で、2020年に生まれたアルバムなのでこの1年を象徴できる言葉がいいなと思って。根源は好きな音楽を作って好きな音楽を表現してと言うところで、根源は一つと言うのをいろんなことを経験して、やっていることの本質というのは変わらないな、というのを再確認できたので、それを表す言葉として『synonym』という言葉を選びました。

――アルバムが完成して大胡田さんは今どんな心境ですか。

大胡田なつき 「アルバムができたなあ」って言う感じですけど、前作まででパスピエってアップテンポの曲をやってもバラードをやっても「私たちがやればパスピエだよね」という自信は持てていたんです。だけどここで止まったらずっとパスピエというもので止まってしまうと思っていて、それを更新していかなければいけないなと言うのはずっと考えてはいたんですけど、コロナという状況で更新せざるをえなくなったと思っていてそういう機会だったんだなと感じています。いつもとは違うアルバム作りができたなと思っています。

――こういった状況で歌詞の書き方なんかも変わったところがあるんじゃないですか。

大胡田なつき これまでの私はバンドの音の中でインスピレーションを得たりとか想像膨らまし書き方をすごい最近多かったので、ちょっと生々しい書き方というのが多かったんです。今回はみんなでリモートで録ったりしてたんですけど、楽器の音圧とかよりはメロディーの動き、その美しさとかにフォーカスを当てて歌詞を書けたなと思っています。

――歌はどんなことを意識されていました?

大胡田なつき このアルバムは家で聴いたりすることが多くなるなあと思いました。なので家で聴いて何周しても疲れない、メロディーと歌詞の物語が入ってくるような歌い方にはしようと思っていました。

右対象に見えるように

――曲順なのですが日本語と英語が交互にきていると言うのは意図的ですか。

成田ハネダ これは意図的です。このアルバムの中に「oto」という曲が入ってるんですけど、この曲が回文構造の曲になっていて、歌詞も日本語で逆さ言葉になっていて楽曲の構成も楽譜にすると左右対象になっています。なのでオケは逆再生しても同じように聴こえるんです。歌詞だけは日本語なので同じにはならないんですけど。この曲をアルバムに収録するとなったときに真ん中に見えるような配置にしたいなと思って、曲数が偶数曲だと真ん中が存在しなくなってしまうので、敢えて奇数の11曲入りにして、そこから左右対象に見えるように、かつ流れも崩さないような構成にしました。

――凄まじいことをされていますよね…。

成田ハネダ 「oto」はめちゃくちゃ難しかったです。構成がABサビという風に作れないので。壮大な自己満なんですけど(笑)。バンドとしてはいろいろ計画していたことができなくなってしまったので、それならばクリエイティブを発信するしかなくて、その中でたまたま2020年の5月5日というのがデジタル数字にすると左右対象になる。今後数十年はないらしいという話だったので、これも1つのチャンスだなと思って。

大胡田なつき 歌詞もめちゃくちゃ難しかったですね。長い回文と言うのも作ろうと思えば作れるんですけども、やっぱりメロディーがあるじゃないですか。逆から読んだときに文の途中で切れてもダメなので、その割り振りが結構難しかったです。

――アルバムのラストに入っている「つむぎ」はカントリーっぽい要素も入っていますけど、成田さんの音楽ルーツにあるんですか。

成田 大学時代にこういうジャンルはよく聴いてました。ニューオリンズジャズとかアメリカの田舎町で流行っていたような音楽は、大学の学祭シーズンになるとよく流れていたりするので、何気に馴染みがあったりしたんです。自分はクラシックから入ったのでバンドをやるとなったときにロックの事とか全然わからなかったんです。そもそもジャンルがそんなに細かく分かれていることすらも知らなかったし「ポストロックとはなんぞや」みたいな。当時CDレンタルショップでAから順に借りていくみたいなことをやっていました。

大胡田なつき この曲はアルバムで1番最後に撮った曲で成田さんが「この曲が最後だ」と決めていたので、私も最初からそういう心持ちで歌詞を書きました。アルバムの最後はいま私たちが抱えているメッセージを反映させる事が多くて、テーマとしては「生きててくれてありがとう」というのがあります。私は命というモチーフが好きなんですけど、今回はもっと近い人や場所、関係とかを意味を強く使っているつもりなんです。この曲を聴いた時に流行とかではなく、普遍的なものを感じました。歌詞もそれに合わせて出来て行ったという感じです。

――アルバムの流れというのはどのように考えられているんですか。

成田ハネダ アルバムの曲順を考える時に、ライブのセットリストを考えるのとはまた違う緩急をつけなければいけないんですけど、その緩急の種類が沢山あると思っています。歌詞による緩急や、バンドのアティチュードによる緩急があって大切にしています。パスピエはもともとチョイスしているメロディラインだったり、ボーカルの声質だったり、日本的な要素も強いバンドだと思っています。でも、ヒントになったり影響を受けたりするものは海外のものが多くて、そのサウンドの上に大胡田の声や、日本的なものが乗ったら面白いなと思っていました。

 そういう趣向は5年間ぐらい奥底のテーマとしてありました。新しいスタイルを見せていくことも大事ですけど、そういったことも全部包括できる様な曲というのを最後に一つ作っておきたいなと思い「つむぎ」という曲を制作しました。他にも候補曲はあったんですけど、残っている曲は新しいパスピエを見せようと思って作った攻め攻めの曲で。ちょっと今作を締めるのには違うかなと感じて、あえて収録しなかったんです。

――その攻め攻めの曲も気になります。では「まだら」を1曲目に持って来たのも意図が?

成田ハネダ この曲はコロナ禍になる前にリリースしていた曲で、制作していた時期が異なる曲だったので、真ん中ではないし、最後を締める感じでもないと思ったので、1曲目にしました。

――そういえば、前作ではかなりの曲数の中から選曲されたと聞いたのですが、今作はどのくらいの曲数の中から選ばれたのでしょうか。

成田ハネダ 今回は60〜70曲くらい作りました。

――10年以上もやられていると段々作る曲数も減っていきそうですけど。

成田ハネダ 音楽制作が生業というのもありますし、やっぱり減っていってしまうとどんどん過去を超えられなくなってしまうんじゃないかと思っていて。逆に増えて行かないと、というのが自分の中にはあります。

自分が持っている根源というのは変わらない

――課しているところもあるんですね。さて、「Q.」はパスピエらしさ全開といった感じを受けましたが、成田さんはどんなイメージでこの曲を作ろうと?

成田ハネダ ライブが出来ない中での創作意欲として、脳の中で踊ると言いますか、そういう曲を作りたいなと思っていて。前々作のアルバム『&DNA』あたりからミドルテンポで踊る、というところでパスピエらしさを出せる曲を作っていきたいと思いました。でも、そういう刺激というのはバンドとしての歴史から感じるところもあるだろうし、同じミドルテンポで「こんなことやりました!」と、言っても気づいてもらえないだろうなと。なのでわかりやすくアップテンポな曲も久しぶりにやってみようかなと思って「真昼の夜」が引き金になりました。「真昼の夜」はテンポが速いんですけど、「速さだけではないぞ!」というのを伝えたいと思って作った曲なんです。なので、「真昼の夜」がなかったら「Q.」はまた違った感じの楽曲になっていたと思います。

――作詞はお2人の共作ですが、どのように制作されていったのでしょうか。

大胡田なつき この曲は私が最初全部書いて、その後に成田さんが「サビの頭を変えたい」と話してという感じでした 。タイトルも成田さんがつけました。

成田ハネダ メロディーラインに対して映像が浮かびやすいと言いますか、音のハマりがいい言葉というのを僕は大事にしていて。それでサビの頭のところで<少年Q>というワードが思い浮かんでしまって。 それに対し肉付けをしていった感じではあるんですけど。 そもそも少年の後にアルファベットを入れたいと思っていて、AとかBとか色々当てはめていった中で見た目のキャッチーさも含めて“Q”が良かったんです。でも“Q”だけだと余計な意味まで付加してしまう、というのがあって敢えてドットを入れたんです。

大胡田なつき 成田さんが急にそういう言葉を入れてくるから、その後が大変なんです(笑)。<少年Q>という言葉をどうやって歌詞に溶け込ませようかなって。 

成田ハネダ これは大胡田の個性でもあるんですけど、サビに重きを置かない、頭から順にストーリーになるように作るタイプなんです。僕は曲を作ってる手前、構成で押しを強くしたいという思いもあるので、気になったところは書き直してもらったり、僕が提案したりというのはよくあります。

――新しいチャレンジや新鮮な曲は?

成田ハネダ いろいろやっているんですけど、「Anemone」 はリアルでは録っていないけれど、リアルの瞬間的な面白さに負けないように作らなければいけないので、聴こえないような音なんですけどこれがないと成立しないようなサウンドエフェクトだったりがたくさん入っていて、60トラックぐらいあるんじゃないかなと思います。 

大胡田なつき 「tika」という曲でメインのメロディと同じぐらいの存在感でコーラスを入っています。成田さんが考えたそのコーラスラインがかなりテンションが上がるもので、それを歌うのがすごく楽しかったんです。でも、私が歌ったコーラスは結局使われなくて…。

成田ハネダ メインメロディーをピッチシフトしたものを使用してしまったので(笑)。EDM 要素があるものにしたくて、Auto-Tuneみたいなコーラスも面白いそうだなと思って。人間の持つ雑味を排除していった方がソリッドになるので。

大胡田なつき そのバランスを取るために私の声は排除されました(笑)。 

――そうだったんですね。最後にライブというものについて今どう考えていますか。

成田ハネダ お客さんを半分に減らしたり無観客の状態が果たして心の奥底から楽しめて、それがお客さんにちゃんと届けられるのか、という不安はあったんですけど、でもいざステージに立ってみると全然そんなことはなくて。 今回のアルバムのテーマにもなっていますけど、自分が持っている根源というのは変わらないんだな感じることができました。それはお客さんも同じだと思うんです。声が出せなかったりいつも通り盛り上がったりはできないとは思うんですけど、音を楽しむというところは共通だと思うので、そこにフォーカスを当ててお互いが存分に満喫できるような空間にはしていきたいなと思っています。 

大胡田なつき 観客あるなしに関わらず、皆さんと繋がれることが本当に嬉しいなと、この期間ライブをやって思いました。 また新しい音で繋がりができたり深まったりすればいいなと思っています。 「Q.」のようなお祭り感のある楽曲が、今ライブで皆さんにどう伝わるのか見てみたいです。 

(おわり)

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