大森靖子「誰が聴くんだろう」積み重ねた中で生まれるジレンマとは
INTERVIEW

大森靖子

「誰が聴くんだろう」積み重ねた中で生まれるジレンマとは


記者:村上順一

撮影:村上順一

掲載:20年12月11日

読了時間:約10分

 超歌手の大森靖子が12月9日、フルアルバム『Kintsugi』をリリースした。今年下半期は「シンガーソングライター」を皮切りに立て続けに配信リリースを行ってきた大森の2020年の集大成となる1枚。『Kintsugi』とは陶器を補修する金継ぎのことで、壊れれば壊れるほど修復することで美しくなる概念を、大森が気に入ったところから付けられたタイトルでそのコンセプトに見合う全11曲を収録した。インタビューでは「誰がこのアルバムを聴くんだろう」と話す今作の制作背景から、いま音楽を届ける、聴くというところで彼女が考えていることに迫った。【取材・撮影=村上順一】

このアルバムを誰が聴くんだろう

大森靖子

――前回のインタビューで、もしかしたらアルバムタイトルを変えるかもしれないとお話ししていましたが、予定通りでしたね。

 今まではみんなに聴いて欲しいから、アルバムのタイトルはパンチのある言葉にしていたんです。今はそういうのはもういいかなとコンセプト通りのタイトルにしました。今まではコンセプトをよりデザインしたような感じもあったので。

――これまでのアルバムと違う点をあげるとしたら。

 アルバムを作るために曲を作っていたわけではなくて、今回は作らないといけない状況で作って、最終的にアルバムになったというのは今までとは違う点でした。

――完成してみて今どんな手応えを感じていますか。

 誰に届けたいからその人に刺さる曲を書こうとか、一切考えていなかったから、一体このアルバムを誰が聴くんだろうと思っていて(笑)。とりあえず自分が生きるためというところで曲を書いて、すごく良いものが出来たという自信はあります。アレンジをしてくれる人やジャケットを撮影してくれる人とか、運命的な出会いもあって、丁寧に仕事をしてきた自覚はあるから、今までよりも良いものを作ることは出来たんです。でも、それはみんなに見える部分ではないので、結果どうしたら聴いてくれるんだろうって。

――自信はあるけど、それとは裏腹に不安もあるんですね。

 高解像度のものってそれを識別出来る人にしかわからないから、例えばこっちがどんなに良いカメラで撮ったとしても、観る側の環境によって大きく変わってしまうじゃないですか。こちらが良かったとしても、届かない事は全然あると思うんです。それは配信にすがっていくしかない今の音楽家の状況にも似ているなと思って。

――お互いの意識が重要なんですよね。さて、アルバムには既に配信された楽曲も収録されていますが、「シンガーソングライター」は後半の歌詞が変わってますね。

 実はこのアルバムのバージョンが元々の歌詞で、配信用に変えたんです。ちょっと元の方がパンチがあるので、ラジオで掛けづらいかもと思って。私はラジオが好きなので、やっぱりラジオで掛けてほしいなと思って、配信の歌詞を変えました。

――確かにアルバムバージョンはパンチありますね。一曲目の「夕方ミラージュ」なのですが、大森さんは夜のイメージがあったので新鮮な切り口でした。

 歌詞にもある4:44というのは私が良く使っているワードなんです。その時間まで起きていて、その時にツイートして、その時間に起きていたみんなが「いいね」をするみたいなことをずっとやっていて。その深夜4:44の気分が夕方の4:44にも訪れるみたいなことを書いているんですけど、結婚している自分のことを描いた曲も書きたいなと思いました。

 夕方の時間帯って、夕食の準備や子供を迎えにいく時間だったりすると思うんですけど、そんな全てを手放したかのような時間に虚無を感じられる幸せというのもあると思うんです。本当に手放したいわけではないけど、そんなことが出来たら気持ちいいじゃないですか。そんな密室感がある曲を作って、その瞬間のその人を肯定したいなと思って。

 女であることや、子供がいる事、全てを手放したい瞬間って誰にでもあると思うし、そう思うことを否定してはいけないと思うんです。そういうのがない、と言っている人はいつか爆発して壊れてしまう。そういう気持ちも自覚しながら対応していく人の方が大きなものを壊さずに済むんじゃないかなって。

――この曲を1曲目にしたのは?

 一回、こういった密室感のある曲を最初に持ってきた方がこの後アルバム全体が描きやすいなと思って。私はソファと床の間で曲を作るんですけど、内省的な部分を書く時は自分を密室に閉じ込めたいんです。なのでレコーディングも真っ暗にして録ったし、ミックスもそういう音にしました。

――そうなると曲順はどんなふうに考えて組んだのでしょうか。

 音の作り方がエンジニアさんによって違うので、音の繋がりを重視して考えました。アレンジャーさんによってミックスエンジニアが変わることがあるので、音の湿度が全然違うので、それを曲順で調整していくみたいな感覚です。例えば雨の日の次はすごく晴れていた方が良いのか、だんだん晴れていった方が良いのか、もしくはゲリラ豪雨を降らせるのか、といったコントロールをするイメージです。

印象的だったクリスマスの思い出

大森靖子

――「CUNNING HEEL」と「ANTI SOCIAL PRINCESS」の2曲はK2-Deeさんが作曲されていますが、大森さんが自分以外の人に楽曲を頼む時はどんな事を求めているんですか。

 私がどんな風に思っていても曲って力があるから、言葉を跳ね返す時があるんです。そこにアクリル板があって私の言葉が全部跳ね返ってくるみたいな感覚です。全然歌詞がはまっていかなくて。でも、その曲に合う言葉を探すという中で、自分が成長できるというのがあるなって。

 K2-Deeさんは道重(さゆみ)さんとお仕事をさせていただいたときに知り合って、その時にまた違った自分の面を出せるなと思いました。それって人間関係にも近くて、K2-Deeさんの曲で生まれる自分の歌詞がすごく好きなんです。それを大森靖子のプロジェクトとしてやってみたいなと思いました。アルバムで自分を表現出来そうなのが2曲くらいかなと思ったので、K2-Deeさんに2曲お願いしたんですけど、結果4曲も書いていただきました。収録されなかった2曲もすごく気に入っています。

――その2曲も楽しみです!さて、「真っ赤に染まったクリスマス」は歌の表現がこれまでと違うなと感じました。まずこの曲を作った経緯は?

 私はクリスマスにストリングコンサートをするのが夢だったんですけど、去年、それが叶ったんです。それでそのコンサートのタイトルを考えていた時に「クリスマスってどんなイメージがある?」とスタッフと話していました。そうしたら、カメラマンの二宮ユーキくんがクリスマスにお風呂で怪我をして血を流した思い出があると話していて、それで「真っ赤に染まったクリスマスだね」って(笑)。それでコンサートをそのタイトルにしたらファンのみんなも赤い服で来てくれるという流れになっていて。

――二宮さんきっかけで(笑)。

 せっかくクリスマスにやるんだから、クリスマスらしい曲をやりたいなと思って。私は特別な日に特別なことをするのは好きだけど、提示されたものに乗っかるのは好きじゃないので、今までクリスマスソングも作ってこなかったんです。でも、今回はせっかくみんなが赤い服を着て、クリスマスという日に私のライブに来てくれるんだったら、何か作りたいなと思って。

――ご自身の中でどんな曲を作ろうと?

 まず、自分はどんなクリスマスソングが好きなんだろうと考えて。BoAさんの「メリクリ」をウィーザーのリヴァース・クオモがカバーしているのが好きだなと思って。それがめっちゃ可愛いんです。クオモの奥さんが日本の方でBoAちゃんのファンということでカバーしたみたいなんです。それでクオモが歌っているイメージで曲を作ってみようと思ったので、自分の中では洋楽っぽいメロディになったかなと思っています。

――今までの大森さんの歌と雰囲気が違うと感じたのはその意識で歌っているからなんですね。ちなみに大森さんの印象的なクリスマスの思い出は?

 私は学校とかでみんなでやらなければいけない行事とかはやらないタイプでした。高校生のクリスマスの日に横断歩道で子どもたちの交通整理をしてくれる人をクラスで募集していて、たぶんみんなパーティーやバイトだったり色んな選択肢がある中で、交通整理なんてクリスマスに誰もやらなそうだし、逆に面白いそうだなと思ってやってみたんです。「私なんでクリスマスに交通整理しているんだろう?」ってそれが記憶に残っていて楽しかったんです(笑)。

――人とは違う方に楽しみを見つけられるというのはすごいですね。さて、「S.O.S.F. 余命二年」のS.O.S.F.にはどういう意味があるんですか。

 靖子大森緊急事態SFです。

――色々掛かったタイトルなんですね。余命ニ年と出て来ますけど、そう宣告されたら大森さん何をしますか。

 何も変わらないです。もう私は余命明日ぐらいの気持ちで常に生きているんです。自分の中ではいつも危機感を感じているので。その安全装置を沢山用意したくて、先々に楽しいことを準備している感じなんです。だから余命何年だからと言われて何かするというのはよくわからないなと思っていて。

一人でもわかってくれる人が聴いてくれたら

大森靖子

――一日一日が大切なんですよね。さて、橋本愛さんとデュエットした「堕教師」なのですが、橋本さんと一緒にやるのは久しぶりですよね?

 お仕事はすごく久しぶりです。自粛期間中に愛ちゃんがインスタライブで私の曲を弾き語りで歌って下さっていて。「ボイトレで私の曲を歌ったよ」と報告してくれたり、「いつか一緒にお仕事出来ると良いですね」とやりとりしていたので、今回お願いしました。 

――テーマが教師になったのは?

 私の母が教師をやっていて、その世界がすごく狭くて、母はもっと自由を教えられるものだと思っていたみたいなんですけど、想像と違っていたみたいで。そこから逃げるために結婚して私が生まれたというのもあって、その宿命を私も背負っているなと感じて。その中で私のファンの子を見つけて、その子は先生だから文章も面白くて上手なんです。それですごく好きになって、その流れで1曲書きたいなと思いました。

 それで愛ちゃんはずっと女優のお仕事をしているから、学校にもそんなに通えていないと思うんです。そんな愛ちゃんが学校というものに向き合ってきた自分なりの教養で描いたらどうなるのかというのにもすごく興味があって。あと、歌を聴く器って教養もすごく大事だなと思いました。

――といいますと?

 そもそもその根源みたいなところを私に出来るのかなって。それって小、中学生から美しいものは美しいという感性を育てる教育をされていないと出来ないものかも知れないし、もしかしたら私の曲がフックになって出来るのかもしれないし、これからたくさん曲を作っていくためにはそれと向き合っていかないといけないなと。

――なるほど。橋本さんとの作業はいかがでした?

 愛ちゃんは「私は学校に行ってないのに、なぜ私がこの曲を歌うんだろう?」というところから、私は一つの曲で何人か登場人物が出てくるので、歌詞の次の行では言っていることが変わってくるんです。だから歌詞に対しても疑問をLINEで沢山聞いてきてくれて。愛ちゃんはこうやって一つずつ噛み砕いて演技をしているんだ、ということが知れてすごく感動しました。

――女優・橋本愛さんの仕事へのこだわりが垣間見えたんですね。さて、最初に「誰がこのアルバムを聴くんだろう」とお話ししていましたが、どんな人に聴いてもらいたい、という希望はありますか。

 多感な10代や20代の人たちはディグるということをしない傾向があるなと思っていて。ネットで調べればすぐにわかる事を直接聞いてきたりする世代になってきているんです。情報が右から左に流れていってしまっていて、自分の曲の消費のされ方も変わってきているなかで、自分が会った同じ年代、さらに上の年代の人、同じことを思っている人って音楽を聴く暇とかあるのかなって思うんです。もうこのままこの生活で自由もなく、報われることもなく終わりかもしれない、と考えている人がどうしたら音楽を聴くんだろう、その答えがまだ私には見当たらないんです。この人に聴いてもらいたいなと思っている人に届くにはどうしたら良いんだろうって。

――それを模索していくこれからになる?

 模索しても、曲はどんどん生まれていくし、書けば書くほど曲作りは上手くなっていくんです。自分は表現することしか出来ないし、それはもう悪癖だからインターネットにも社会にも向いてないし、表現すればするほど天才になっていく。でも天才になればなるほど人格を否定されていくので、そのジレンマで今「うわー」ってなっています(笑)。もうそれはしょうがないことだと思うので、一人でもわかってくれる人が聴いてくれたら今はそれで良いかなと思っています。

(おわり)

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村上順一
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