大森靖子「私は曲の奴隷」“超歌手”の思考に迫る
INTERVIEW

大森靖子

「私は曲の奴隷」“超歌手”の思考に迫る


記者:村上順一

撮影:

掲載:20年08月02日

読了時間:約11分

 超歌手の大森靖子が7月29日、配信シングル「シンガーソングライター」をリリース。昨年メジャーデビュー5周年を迎え、6年目を邁進中の彼女が今回提示した楽曲は、「シンガーソングライター」。ネオソウルを感じさせるスタイリッシュなイントロから、大森らしさのある個性的な歌詞とメロディで聴かせるエモーショナルな1曲だ。インタビューでは、楽曲のテーマになっている「シンガーソングライター」という肩書きは好きじゃないと話す真意や、今冬にリリース予定のニューアルバム『Kintsugi』について、そこから導き出される今の大森靖子に迫った。【取材=村上順一】

お金を払って体験にしていかないと経験になっていかない

「シンガーソングライター」ジャケ写

――上半期を振り返ると、どんな半年間でしたか。

 もう頭の方は覚えてないですね(笑)。ライブができなくなってからのことは覚えているんですけど。私は楽曲をたくさん作る方なんですけど、自粛期間は時間があったということもあって、1曲ずつ振り返るような感じで、毎日弾き語りをネットに上げてました。ミュージックビデオがない楽曲もあったり、YouTubeに上がっていない楽曲だとファンの人でも知らない曲もあったりして。

 服、メイク、動き、曲、歌詞を掲載して動画を作ると、楽曲の解釈が新たに伝わったりする部分もありました。リリースペースが早すぎて、こういった取材でもおい切れていなかったんだなと思いました。その中で動画の編集能力も上がったんです。今度からは追いきれない分は自分で作ればいいかなと思いました。

――ご自身の中でも、これまでの曲に対する発見はありましたか。

 今日はこの曲を歌うのに適しているなみたいな、日によって変わるというのがありました。あと、リリースから時間が経って、今だったらこういう風にも捉えられるな、という曲もあったりしたので、面白かったです。

――新しいことを始めたりしましたか。

 動画編集は私にとって新しいことでした。無料で音源や映像を開放していたんですけど、私はそれに抵抗があったので、撮ったチェキにその日の曲に合ったデコレーションを施したりして、1日に50〜100枚ぐらい作ってました。

――やっぱり対価を求めてしまう?

 いえ、対価を求めるといういうよりは、ちゃんとお金を払って体験にしていかないと、経験になっていかないと思っています。その体験していくという感覚を失ってしまうと、受け手側の想像力というところで、よくないなと思っていて…。芸術という観点で、これだけの思いを込める為に、これだけの作業を重ねている、というのを想像するところから始めないと、受け取れないんじゃないかというのがあります。

 そういった想像力がどんどん失くなっていってしまっている、その現状をとても強く感じていて、例えば、長い文章を短くまとめる能力や、自分が欲しい情報だけを取る能力は身についているけど、その代わり文章に込められた気持ちとか文脈、一文字の接続詞の変え方など、こだわったところに対する想像力はなくなって来ているなと感じているので、そこを大事にしていきたいと思いました。

――確かにそれは私も感じています。

 音楽すらもそういう捉えられ方になってきてしまっているので。ちょっと尖ったミュージシャンが流行っているのも、一見良いことに見えるかもしれないけど、それはみんなが強い言葉が欲しいだけなのかな、と思ったり。そういったところに従属してはいけないという危機感もありつつ、でも諦めてはいけないし、私はずっと説明して生き続ける人でありたいなと思っています。

――その想像力の欠落という事態は、いつ頃から感じていたんですか。

 もう、何年も前からそれは感じていて、今回のコロナ禍で、そのあたりが一気に露呈したと感じています。

状況に合わせたスイッチを自分で選んでいくことが幸せ

――5周年を記念した企画『ハンドメイドミラクル5!』に続いて、今回は『ハンドメイドホーム6』になりましたね。

 単純に6年目に突入したことと、ちょっとでも多くのことをやっていきたいというところからなんです。新しいことに挑戦するなかで、昔のことを捨てていくのが嫌で、これまでのこともしっかりとこなしながら、どんどん情報を増やしていきたいという思いが強いんです。

――前回のインタビューでも、作業スピードを上げて、どんどん新しいことをやりたいとおっしゃっていましたよね。ストイックで、M気質を感じます(笑)。

 それが自分のスタンスなんです。なので来年は7つ考えたいなって(笑)。M体質というところで、下品に壊されていくところに心を痛めていたんですけど、性的なところに置き換えると自分の大事なものが、下品なものに壊されるというのは、結構好きなんだなと思って(笑)。性的なスイッチをいれれば興奮できることに気がついて、最近気持ちよく生きています。

――今作の歌詞で<死んでもいい幸せなんて せいぜいコンマ1秒>とあるんですけど、大森さんの幸せというものが垣間見えました(笑)。

 自分でスイッチを変えていかないと、世の中にある何かが私の幸せではないので、その状況に合わせたスイッチを自分で選んでいくこと、その感覚を失わないということが自分にとっての幸せです。

――私はいまだに幸せ探しの旅の途中なので、明確にある大森さんが羨ましいです。

 でも、旅の途中ということは動いていることなので、良いと思います(笑)。今回のコロナ禍もそうですけど、何か行動を起こす、例えば今回の一件で友人が店長を務めるライブハウスが閉店したんですが、早めにその決断をしたところはすごいなと思います。

――と言いますと?

 助けを求めるのも、配信で使うなど何か考えないとどうにもならないじゃないですか。早く転換できた人ほど、うまくいく兆しが見えてきています。お店を早く閉めた方たちは、コロナが落ち着いたら、再び開ける気満々じゃないですか。自分が好きなライブハウスは結構早い段階で閉めますと表明したんですけど、それはカッコいいなと自分は思いました。

――ちなみに大森さんは配信ライブというのは、どう感じていますか。

 抵抗はないんですけど、実際のライブと配信ライブは違うものという感覚はあって、無観客ライブという言い方はあまり好きではないです。配信でもカメラの向こう側にいるお客さん一人に向けて、丁寧に行うものが配信ライブで、無観客の状況をそのままお届けという感覚ではないです。

――配信ライブは、リスナー側の環境に音が依存してしまう、というのが普通のライブとは違うところだと感じています。

 知り合いなんですけど、そういった用途で聴いてもらうためのイヤホンを作って、全部自分の音にしてやると話していて(笑)。それもわかるんですよ、配信ライブのクオリティはイヤホンなどの再生機器に委ねられているので。

――良い音で聴くと新しい発見もありますから。

 そうなんですよ。音楽はもちろんなんですけど、ラジオを良い音で聞くと、耳元で喋ってくれているような臨場感があってヤバいですから。それを知ってしまうと、今までなんで良い音で聞こうとしなかったんだろうと思いました。

――大森さんのやっているラジオも、良いイヤホンで聞いてもらえたら嬉しいですね。さて、今作は冬に発売予定のアルバムからの先行配信なのですが、アルバムのタイトルが『Kintsugi』というのは渋いなと思いました。

 稀に見る渋さになってしまった、と自分でも思っています(笑)。ワールドワイドな展開、日本ということを考えすぎて、こんなタイトルになってしまって…。

――タイトル、カッコいいですよ。

 本当ですか!? 最悪変えればいいかなと思っているんですけど(笑)。タイトルの意味は陶器の割れたところを補修する金継ぎのことで、壊れれば壊れるほど美しくできる。漆で繋いだところを金色に塗っているというのが、自分のポイントなんです。結局くっつけているのは金ではなく漆で、外側だけきれいに見えればいいかみたいな、ごまかしごまかしやっている感じが面白くて。ワビサビのカルチャー、壊れれば壊れるほど美しくなる概念は世界的に見ても、そんなにあるものではないじゃないですか。

――確かにそうかもしれません。ちなみに金継ぎはどんなきっかけで知ったんですか。

 シンプルに金継ぎをしたいなと思って、調べたんです。

――その金継ぎの様は、自分自身や人に当てはめた部分も?

 どうなんですかね? 人は経験を重ねていけばいくほど美しくなっていくのは当たり前ですけど、でもボロボロになって壊れたら終わりみたいに思われていると思うんです。私はボロボロになった経験もこれから役に立てるはずだと思っていて。何度でも人生のピークは持ってこれると思います。

――大森さん、髪の毛に金色が入っていますが、それは金継ぎのイメージも?

 それでもいいです(笑)。でも、この髪のイメージは『遊戯王』なんですよ。私は“人生はデュエル”だと思っているので。

私は曲の奴隷

――「シンガーソングライター」を先行配信曲に選んだ理由は?

 この曲を最初の方に作っていたというのもありますし、私自身がシンガーソングライターと言われることが好きじゃないんです。曲を作って歌う以外のこともやっているので、それだけに限定されている感じもあまり好きじゃなくて…。

――シンガーソングライターという肩書への不信感から生まれた曲なんですね。

 なんかあまりカッコよくないなあって。だから、私の肩書きには「歌手」か「超歌手」と言って欲しくて。芸能人になりたくて歌っているわけじゃないですし、私の仕事は世界に対して私がいま何をすべきなのか、というのを想像し続けることがクリエイターとしての仕事だと思っています。なのでクリエイターと呼ばれるのはまだいいんですけど、シンガーソングライターという言葉で枠ができてしまうのが嫌なんです。

――幅が狭まりますね。

 私の場合は曲ごとに「この感情を入れよう」という感じでもなくて、フレーズごとに違う人格をいれる感覚でやっているんですけど、シンガーソングライター特有の「これが私だ」というのが苦手で…。私の場合は、まだ歌われていない感情を歌にしていく、というのが私の仕事だと思っているので。自分という世の中の切り取り方でしかないから、自分はそんなに偉くなくて、曲の方が偉いんです。そういう感覚を聴く人にも持ってもらいたくて。私は「あいつ嫌いだけど、曲はいいよね」と言われるのが一番嬉しい(笑)。

――どうしても人=音楽と結びついてしまう部分もあるので、なかなか難しいですよね。

 そうなんです。でも、私の何を知っているわけでもない人に、キモいとか言われても全然平気です。私のことをよく知っている人に言われたら嫌ですけど。ちゃんと全曲聴いて、ライブに来てくれているファンの人たちだったら、何を言ってもOKです。曲に関しては、ファンじゃなくても、どんどん言って欲しいです。

――人を判断するときも、一部だけを見て判断してしまうのは危険です。

 例えば、いまのコミュニケーション障害(以下コミュ障)と呼ばれている人と、昔のコミュ障というのは変わってきていると思うんです。昔はみんなと仲良くなれない、社会に適合できない人だったと思うんですけど、いまは深く人と関われない人、例えばLINEのブロックだったり、都合が悪くなるとすぐに切り捨てる、いまは関わる人を選べてしまうんです。でも、この人はここは変だけど、こういうところは面白い、良いよねという、他人に対する理解、納得できない部分があっても理解する感覚が失くなっているコミュ障だと思います。そういったところを治していきたい、と思っていて。

――良いところ探しが重要ですね。

 なので、次のアルバムだと人間の極力ダメで、“正義警察”が許さない、としているものを全て歌おうと思っています。それを可愛いもの、良いものとして仕上げることで、肯定されていくといいなと思っていて、ボロボロでも美しいというのを表現したくて『Kintsugi』というタイトルになったんです。

――アルバムが楽しみです。さて、「シンガーソングライター」は5分弱くらい長さがある楽曲なのですが、展開が秀逸でそれを感じさせませんね。

 嬉しいです。最近、曲が長くなってきている傾向があるんです。なので、アルバムもそれくらいの長さの曲が多くなっています。

――歌詞は漢字でも表記できるところを、敢えて平仮名にしている部分もあるのですが、これはどのような意図があるんですか。

 これは感覚です。漢字が続きすぎるのは、イメージと違うかなって。言葉の温度感と言いますか、この文章は漢字が多いものではないと言った感じです。これは、歌詞に限らずなんですけど、漢字と平仮名のバランスは考えています。歌詞だと一番では漢字だけど、2番では平仮名とかも私の場合よくあるんです。

 その中でも「事」という漢字が使いどころが難しくて、事象にしてまう、「〜の事について」だと、それは自分の報告になってしまうとか、自分のイメージなんですけど、そういったことを一つひとつ考えながら文章を作っています。あと、私とあたしの使い分けもあって、「私」と書く場合は人に見せる自分、「あたし」と書くときは内面の自分だったり。

――そういった意味で使い分けているんですね。あと、歌詞にある<前髪長すぎ予言者>というのは?

 例えば営業のセールスマンが目が見えないくらい、前髪が長かったらその人の話なんて聞こうと思わないじゃないですか。でも、目が見えないくらい前髪が長くても、その人の言っていること、歌っていることを信用されるのは、ミュージシャンぐらいなんじゃないかなって。

――確かに営業マンとかだったら信用はしないかもしれないです。さて、最後に大森さんの超歌手という定義はこの5年間で変化した部分はありますか。

 いえ、ほとんど変わっていないです。歌手というのは歌が上手くなることが目的になっていることが多くて、ピッチが合っていないとか、なんでこんな歌でテレビに出れるの? とか思われがちじゃないですか。でも、歌手というのは気持ち、感情を表現するために歌っているんです。その目的と手段が別々にならないように気をつけていて、その意識を聴く人にも持って欲しいなと思っているので、歌手を超えるという意味での超歌手なんです。曲が一番偉くて、私は曲の奴隷なんです。ステージに立つ時はそう思って立っていますから。

(おわり)

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