INTERVIEW

伊藤沙莉

シンプルに芝居が好き――「私」を強くした現場での気づき


記者:鴇田 崇

写真:

掲載:20年10月03日

読了時間:約6分

 スウェーデンの作家ルーネル・ヨンソンによる児童文学の「小さなバイキング」シリーズを原作に、半世紀に渡って世界70か国以上で愛され続けている名作アニメ『小さなバイキング ビッケ』が、主人公ビッケ役に女優・伊藤沙莉を迎えてスクリーンに登場する。10月2日(金)より全国公開となった。日本ではドイツとの共同製作のテレビアニメが1972年~74年にかけて放送され、最高視聴率20.5%を記録。あの「ONE PIECE」([著] 尾田栄一郎)のモチーフにもなったという名作の、CGアニメーションだ。

 伊藤沙莉演じる勇敢な海賊の息子ビッケは、小さくて力もないが、知恵を使って危機を乗り越えていくキャラクターだ。今作では、何でも黄金に変えてしまう魔法の剣の秘密を解き明かす物語で、原作にはないまったく新しいオリジナルストーリーであり、ビッケが愛する母イルバを救うため、海賊の父ハルバルと仲間とともに大冒険を繰り広げていく。今回ビッケを演じる伊藤は少なからず、学びを得たと言い、「幅広い層に響く作品になったと思います」と作品を送り出す。本人にさまざまな話を聞いた。【取材・撮影=鴇田崇】

新しいことに常に挑みたい性分

――ビッケ役の吹替えということで、自己採点含めての感想はいかがでしょう?

 自己採点はわからないのですが、どんな風に聞こえて観えているのかなと、すごく気になります。早くみなさんに観てほしい気持ちと、観てほしくないという不安な気持ちと(笑)、それくらい緊張しています。もともとのビッケは昔のイメージが大人の方々にはありますし、わたしは子どもの役をやったことがなかったので、何が正解かわからないまま進行していたところも正直ありました。もちろん作品としては本当に面白くて素敵なものになっているので、その足を引っ張ることなく、貢献できていればいいなという心境です。

――本作は冒険がテーマでもあり、航海を人生にたとえることもできますが、そういう意味で感じるものは?

 新しいことに常に挑みたい性分ですね。それこそ、この声の仕事も本当に楽しかったですし、怖いなあできるかなあみたいな心境になると本当に逃げ出したくもなるのですが、それもひっくるめて全体的に楽しめるんです。もはや若干、変態が入っているとは思いますが(笑)、こんなの絶対できない、本当に嫌だ、となっている感じが楽しい。だから、自分でもどういう結果になるか読めない作品や役柄が一番楽しいです。

――ある程度、人は計算をするかと思うのですが、わからないほうがいい?

 そうですね。あまり深くは考えていないです(笑)。もともと練習も苦手ですし、どうなるんだろう? と思いながらやっています。ずっとそうですね。そういう人生。あんまり自分でこう行こう、みたいな戦略を立ててやったことはないと思います。

――最近のご活躍を考えると、意外な印象も受けます(笑)。

 姉に「そういう星の下に生まれているから」と言われたことがあります(笑)。姉がずっとほしかったブランドもののバッグがあったのですが、わたしはたまたま友だちがくれて、「それ買ったの?」と言われた時に、かなり高価だったにもかかわらず、わたしは値段も知らなかったんです。何も知らない人に限って、そういうものを手に入れるものだと、そういう星の下に生まれているんだよと言われました。無欲の勝利です(笑)。

――確かに、本人の意思とは無関係に売れていくような人もいますよね。

 それはすごく面白いなと思っていて、子役時代や学生時代を振り返ると、今世に出ている子の中に「女優になりたい!」と言っていた子はいなかったんですよね。昔、学園ものを一緒にやっていて、夢に向かって頑張っている子もたくさんいましたが、そういう子のほうが「女優になりたい!」と言っていて、結局別の道に行ってしまった。たぶん、なれないとわかると、あきらめも早いんだと思います。でも、今すごく出ている子に限って「本当はパン屋さんをやりたい」とか、そういうパターンが多い。「えー! そんなに売れているのに!?」みたいな。そういう偶然というか皮肉は人生には多いと思うので、面白いなと思います。読めないからこそ面白いですよね。

自分を見失った時期も

撮影=鴇田崇

撮影=鴇田崇

――ご自身はオファーの呼び声かかる人気者の自覚はあるのですか?

 まったくわからないです(笑)。フォロワー数などの話になってくると、「ええー!」みたいな感じなので、ひっそりやっていきます。

――自由ですよね。何ものにもとらわれていないような。

 そう思います。実は3月のコロナ自粛前に「あなたは自由な人間」なんだと、お台場の占い師に見てもらった時に教えてくれたんです。そこから吹っ切れました(笑)。めちゃくちゃ当たってたんですよ。今年の彼女による読みも当たっていました。31~2歳は男性に気をつけること。そこだけが心配なことですかね。左手薬指だけは確認しないといけない(笑)。恋よりも仕事を取りなさいと受け取ったので、まだ7~8年あるのでゆっくり対策します。

――その一方、人知れず葛藤した経験もありますか?

 自分を見失ったこともありました。何のためにやっているのかわからなくなるというか。仕事をちょっと離れていた、要するに仕事がなかった時期があって(笑)、その時に続けていて意味があるのかなという思いも重なったんです。でもやっぱり結局、現場に立ったら楽しいから、これは変にカッコつけるものではなくて、シンプルに自分が好きなものだったと再認識したんです。そこからは強かった。楽しいことをやっているだけなので。

――ビッケとはまた違う強さですね。

 そうですね。でも確実にスタートはビッケと同じか、それと似ている状況だったので、映画を観ていてもグッとくるというか、当時のことを思い出して胸が熱くなるところもありました。この先、いつかまた見失うこともあるかと思いますが、心の中のビッケを思い出して初心に戻れたら素敵だなと思っています。

セカオワを聞いて自分に喝

撮影=鴇田崇

撮影=鴇田崇

――壁にぶつかった時に、音楽を聴いたりしますか?

 します。何かを整理したい時に音楽を聴きます。どういう感情の時でも、リセットボタンみたいな感覚で音楽を聴いています。

――好みのアーティストはいますか?

 いろいろなパターンで聴いているのですが、高校生くらいに出会った曲ではSEKAI NO OWARIさんの「TONIGHT」という曲です。これはわたしの仕事に対する気持ちと通じるところがあるので、定期的に聴いたり歌ったりして、自分に喝を入れています。自粛中はそればっかり聞いていて、頭がおかしくなりそうでしたけど(笑)。

 舞台をやったり、その稽古で頭の中を空っぽにしたい時は、爆音でクラシックを聴いています。ショパンの「英雄」が大好きで、何度も聴きながら、稽古場に行くのが本当に好き。あとは演じる役ですね。作品には主題歌が絶対にあるので、それを自分の役のテーマソングとしても聴いています。以前『獣道』という映画をやった時にテーマソングをずっと聴いていたこともありました。

――さて今回のこの作品、どういう人たちに届けたいでしょうか?

 アニメーションというと子ども向けだったり、夏休み・冬休みの長期の時に上映する映画は、子どもに向けた作品ばかりと思われがちではありますが、この作品に関しては子どもももちろん楽しめますが、大人の方たちに響くのではと思っています。このビッケの、「なれるかなあ」という夢の持ち方ではなく、「なる!」という確定事項のように夢を見られる心というのは、子どもの頃に誰しもが持っていた感覚ですよね。

 大人の方たちは現実を見ていく過程でどんどん心が小さくなっていって、夢に対する情熱を忘れてしまった人も多いと思うんです。そこを掘り返されるというか、ビッケの成長を見ていると懐かしい気持ちにもなると思いますし、これから何かを始めるにしても、ちょっと温かく応援してくれそうな作品になっていると思います。熱い気持ちがある人も、なくなってしまった人にも観てほしい作品です。そういう意味でも幅広い層に響く作品になったと思います。

(おわり)

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撮影=鴇田崇
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