デビュー32周年を9月に迎えるSING LIKE TALKINGが8月26日、シングル「生まれた理由」をリリース。前作「Spiral」から約1年3カ月ぶりとなるシングルは、このコロナ禍のなか生まれた曲で、これまでのSING LIKE TALKINGの趣とは異なる印象を持つ曲に仕上がった。メロディを99%書き直した楽曲の制作背景に迫るとともに、8月29日と9月5日に行われる生配信ライブ『SING LIKE TALKING AP 2020 Deliver You』についてなど、佐藤竹善、藤田千章、西村智彦の3人に話を聞いた。【取材=村上順一】
今までで一番作曲するという概念から離れていた
――久しぶりのシングルリリースとなりましたが、この約半年間はどんなことをされていましたか。
佐藤竹善 緊急事態宣言が解除された時にラジオ収録で外出しましたけど、他はほとんど外には出なかったです。音楽は聴いてはいましたけど、最初の1ヶ月くらいは何にもやる気が起きず、音楽制作はしていなかったんです。当時コロナ状況が切迫感は今よりもあったので、どんな曲を書いたらいいのかわからなくて。納めどころがわからず、ただただ時間だけが過ぎていきました。
――藤田さんはどのように過ごされてましたか。
藤田千章 僕は大学の仕事もしているので、オンライン授業をしていたんです。日々、その準備と授業に追われていました。
――オンライン授業はやりやすいですか。
藤田千章 いやいや、すごくやりづらいです。やっぱり音楽なので、対面指導もできないですし、実技系の授業は厳しさを感じています。アーカイブを作ったり色々やってみましたけど、なかなか大変でした。オンラインの難しいところは時間の区切りなんです。みんなの都合の良い時間にメールとかくるんですけど、それに常に対処していかなければいけないですし、自分で時間を区切っていかないと難しいなというのを、途中から感じていました。そうしないと体調も崩してしまうなと思って。実際、僕も体調崩しましたから。
――自己管理能力がオンラインでの仕事は問われるわけですね。
藤田千章 そうです。音楽のことは考えていましたけど、そこは必要最低限といった感じはありました。
西村智彦 僕はたまたまパソコンを総入れ替えする期間だったんです。それは、今の僕の持っている機材では、現代の音楽には対応できなくなってしまって。デスクも含めて総入れ替えして、その機材を使いこなすために色々やってました。あとシングルのカップリングを僕が作曲することになっていたので、それらでほとんど時間は潰れました。
――西村さんは5年ぶりにソロアルバム『combine』も8月26日にリリースされますが、その制作も?
西村智彦 その作業もしてました。ソロアルバムのトラックダウンは自粛期間中だったので、中断してしまいまして。やっと最近マスタリングまで出来て、完成したので良かったなと。
――さて、1年ぶりとなるシングル「生まれた理由」なのですが、タイトルがすごく興味深いです。
藤田千章 最初は英語のタイトルが付いていたんですけど、竹善が日本語が良いと言ったので変わったんです。その英語を日本語に訳してみたんですけど、ちょっとそれは違う感じがしたので、改めて考えたタイトルでした。
――曲の雰囲気から汲み取った歌詞なのでしょうか。
藤田千章 そこは竹善と少し話をして歌詞の方向性は決めました。ポップスの良いところは、時代だったり、今の現状をすぐ取り込めるところが良いなと感じています。そいうところに即した歌詞にしたいなと思いました。
――作曲はどのような感じで進めていったのでしょうか。
佐藤竹善 曲に関しては今回は特にメッセージとかは考えず、インストゥルメンタルの曲を書くような感じで進めていきました。でも、実はこの曲は最初に書いたときの原型がほぼ残っていないんです。これはデビューして初めてのことだと思います。僕はメロディと和音は同時に作っていくのですが、今回はある程度作っていく中でメロディがイマイチだと感じ始めたので、和音展開はあえて残して、メロディを99%書き直したんです。
――99%とは本当に原型がないんですね。
佐藤竹善 なるべく「作りました!」というメロディにはしたくなかったので、その進行にあわせてジャズのセッションのように、思いつくままにいろんなメロディを吐き出して、良かったものに絞っていったんです。今回は偶然に出てきたメロディのみを、ひたすら繋いでいくことになりました。今までで一番作曲するという概念から離れていたと思います。普段から感覚で作っていくことが多いのですが、今回はより感覚のみで作っていったメロディになっていると思います。これから作曲をしていくということに関して、今までの自分の既成路線から抜け出した感じがして嬉しいです。
――これまでの竹善さんのメロディとは違う雰囲気がしたのは、そういった作り方をしていたからなんですね。
佐藤竹善 ちょうど観たマイルス・デイヴィスの映画で「自分の中にあるものを出すな。ないものを出せ」と言っていて、その言葉もぼくを自由にしてくれたかもしれません。そのリミッターが取れた感じが歌い方にも表れていると思うんです。その感じを千章が言葉にしてくれるんだろうなと思っていました。出だしの<Think about it>はデモで歌っていたものを、千章が活かしてくれました。
――今回レコーディングはどのように進んだのでしょうか。
佐藤竹善 今回は僕と西村の自宅で、そこに千章が音のチェックをしにくるというスタイルで制作していきました。3蜜を避けながら僕の部屋でやっていたわけなんですけど、来てもらう頻度は今までで一番多くて、その分音をしっかり詰められました。
トータルで一つの絵になっているイメージ
――西村さんはこの「生まれた理由」を最初に聴いた時、どのように感じましたか。
西村智彦 時代に即したメッセージがある曲だと思いました。しみじみ、やっぱりそこにいきつくんだよなと。
――その中でギターはどのようにプレイしようと思いましたか。
西村智彦 竹善から、リクエストがいつも来るんです。なので、自分でイメージを持ってしまうとそこから抜け出せなくなってしまうので、リクエストがくるまで考えないようにしているんです。
――今回はどのようなオファーがあったのでしょうか。
西村智彦 ギターソロなんですけど、リクエストがいつも難しいんですよ(笑)。意外と言葉で音を伝えるというのは難しく、なかなか正解に辿り着けなくて、何か参考になるような音を聴かせてほしいと、僕は言っているんですけど。それを聴くと僕がイメージしていたものとは違うことも多くて。
佐藤竹善 僕はそのイメージで伝えているので、ブレてはいないんですけどね(笑)。演奏する側とのイメージの違いは、ギャップがあるほど面白い。
――この曲調の中で、今回のような歪んだギターが入ってくるのは面白いですね。
佐藤竹善 自由な感じの曲の作り方が影響していると思うんですけど、「ここがギターソロです」という感じも取っ払いたいと思いました。今回のそれは、まるで舞台を見ている時のような感覚と言いますか、主役が必ず舞台の真ん中でセリフを言うわけじゃないじゃないですか。
たとえば主役が右端でメインになる演技をしている時、舞台では主役とは反対側にいるけれど、お芝居のフックになるような演技をしている人がいたり。観客はその全体を観ているわけです。最初のミックスでは真ん中にギターはいたんですけど、最終的にギターは右の方で荒々しく演奏しつつも、周りでまた違う展開をしている。トータルで一つの絵になっているイメージでした。
音楽シーンでは、何年も続いたセオリーが特に近年はどんどん壊れているので、僕らもポップスをやっている以上は、そういったところにも興味を持っていきたいというのもあります。ザ・ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のようなコラージュ的発想など、昔の革命的なものと今の新しいものの共通点を探ってみたり、こんな状況なので、色々ゆっくり考えていました。
――「生まれた理由」ということで、使命ということにも繋がるんじゃないかなと思ったのですが、皆さんの使命とはなんだと思いますか。
佐藤竹善 いい音楽を作ることです。良いものを作りながらも説教をしないというものです(笑)。
――説教をしないですか?
佐藤竹善 そうです。若い時よりも色々経験を積んで、多少深みも出てきたと思うんです。世の中に思うこともあったり、それらを伝えたいと思うじゃないですか。でも、ともするとそれは説教になってしまうこともありますから。
――藤田さんはいかがですか。
藤田千章 僕は健康でいることが使命ですかね。まあ、使命と言われると考えづらいところもあるんですけど。健康でいれば、周りにも迷惑をかけないですし、助けられることもあると思いますから。「生まれた理由」という言葉だけに着目すると重たく感じてしまうかもしれないんですけど、そうではなくて“生まれた理由”というのは誰にでもある、ということを付け加えてもらえれば、わかりやすいんじゃないかなと思います。
――歌詞は恋愛などを想起させるストーリーになっていますが、いろんなことに置き換えられる自由度がある歌詞だなと思いました。
藤田千章 そうですね。それは常々すごく考えていることです。
――カップリングの「サアカスの馬」は改行の仕方もこだわりを感じさせて面白いです。藤田さんが本を沢山読まれていることが伝わってくるなと。
藤田千章 きっと皆さんが思うほどそんなに読んでないんですよ。どちらかというと自分では辞書オタクだと思っていて(笑)。改行にしてもこだわりではなくて、そういったものが好きなだけで、その方がキレイかなと。言葉は時代とともにどんどん変化していくじゃないですか。こだわっているとしたら、その時代の変化に対して、ここは流されるべきなのか、流されないべきなのか、というところは常に考えています。流行り言葉というものもありますし、それが10年後、20年後にどのように聞こえるんだろうとか。それを踏まえて言葉を選んでいきます。
――未来を想像しながらですね。
藤田千章 その時の流行で終わらずにザ・ビートルズのように50年後まで残るものも出てくるとは思うんですけどね。僕らの曲がそこまで残るかはわからないですけど、実直にやっていきたいです。
――西村さんの使命は何だと思いますか。
西村智彦 これはなかなか難しいんですけど、極力、人に迷惑をかけないことです(笑)。
――それはすごく重要ですね(笑)。ギタリストとしてはいかがですか。
西村智彦 今は使命というは感じていなくて、ギタリストとしては、諸先輩に憧れの方もいるので、そこに近づきたいという思いはあります。
やれることを見落とさずにしっかりとやっていければ
――8月29日と9月5日に生配信ライブ『SING LIKE TALKING AP 2020 Deliver You』を控えておりますが、配信ライブというものに対して、どのようなスタンスで臨みたいと思っていますか。
佐藤竹善 まだやったことがないので、どうなるのかはわからないというのが、正直なところです。いつもライブの映像やMVなどの仕上げをしてくれる、もう何十年の付き合いのディレクターがいるんですけど、今回も安心してお任せしています。映像のイメージは伝えていますが、あとはやってみないとわからないですね。
――心掛けていることはありますか。
佐藤竹善 基本僕はシンプルでいいかなと思っています。客席から見るのとは違うので、カメラワークやライティング、カット割りのセンスが大事になってくると思います。テレビの歌番組とも観客ありのライブ映像とも違う新しい表現になるといいですね。配信で見るということ自体が特殊なことだと思うので、第一回の今回は、選曲としては僕らのオーソドックスなラインアップから選びます。そして両日ほぼ違う選曲でやります。アーカイブは残しません。
――アーカイブがないとテンションが上がる自分もいるんです。通常のライブと同様の一期一会な感覚があるので。
佐藤竹善 いま色んな人たちが模索中の分野で、まだまだ特殊感に満ちていると感じています。アーカイブについても、様々な意見があるでしょうが、ぼくはアーカイブを残すとしたら、公式なものは編集もしっかりとやったライブ作品がよいと思っています。
西村智彦 僕もどうなるのか全然想像出来ていないです。それはお客さんの状況がわからないというのが大きいです。食事をしながら観ている人もいれば、子供の世話をしながら観ている人もいると思うんです。皆さんのテンション感がバラバラになっていくと思うので、どう伝わるのかが想像がつかないんです。なので、どうなるんだろうという不安と期待が入り混じっている感じです。アーカイブがないというのは雑に観れないと思うので、しっかり観ていただけるとは思うんですけど。
――藤田さんは配信ライブをどのように捉えていますか。
藤田千章 ライブというのは瞬間のもので、コール&レスポンスなどこちらから呼びかけて、お客さんを介して出来上がるものだと思っています。そのお客さんがいないという状態ではありますが、僕の中では通常のライブを行うことと同じ心持ちで臨みたいですね。どこまでリアルタイムで観てくださっているお客さんたちに伝わって、我々がどのようにそれを受け止められるのか、というのは考えているところです。演奏に集中しているとあっという間にその時間は過ぎてしまう気がするんですけど。
――最後にいまSING LIKE TALKINGが考えていることは?
佐藤竹善 出来るだけ早く平時に戻って欲しい、もうそれに尽きます。その時までに今できることをやっていくだけかなと。過剰な展望を持っても、そこまでの積み上げが出来なければ意味はないので、いつか来る平時まで我慢ですね。幸いにもこうやって新曲をリリースできる環境をもらっているので、継続感はキープできていますし、また、他にもやれることが少しずつ増えていくと思うので、それらを見落とさずにしっかりとやっていければ良いと思います。来年こそは、ライブをお客さんの前でやれたらいいですね。
(おわり)