伊藤ふみお「一人で聴いて自分に説得力のあるものに」音楽が繋いだ絆と約束
INTERVIEW

伊藤ふみお「一人で聴いて自分に説得力のあるものに」音楽が繋いだ絆と約束


記者:平吉賢治

撮影:

掲載:19年03月26日

読了時間:約17分

削ぎ落とされたアンサンブル・光るダブ

――2曲目「Brave Heart for Glory」はラグビー元日本代表の堀江翔太選手のために書き下ろされた応援歌だそうですね。

 堀江くんは僕的に天才のラグビー・プレイヤーなんですよ。今年のラグビー・ワールドカップの中心でいてもらいたい選手なんだけど、去年怪我をしちゃって。今リハビリで、最近代表の合宿に本格的に戻ったんです。彼がKEMURIが大好きって言ってくれて、ラグビー好きのKEMURIファンがそれを聞いてTwitterで繋いでくれて、堀江君との交流ができたんです。去年の暮れにLINEで話していたら「怪我しちゃって今頑張りどころで…」って言っていて。曲もレコーディングが始まるというところだったんだけど、「じゃあ応援歌を作るから」という約束をして、それを1曲送るよということで作ったのが「Brave Heart for Glory」なんです。

――サウンド面についてですが、前作『gusha-goes-on』ではホーンセクションやスチールパンなどが織り込まれていましたが、今作ではほぼ入っていませんね。

 うん。入ってない。ホーンも1本だけだからね。

――その分、と言いますかダブのアプローチが光っていると感じました。(*ダブ:ミキサーやエフェクト等で部分的、あるいは全体的にエフェクトを施し、原音と異なる音を加える手法・音楽ジャンル。レゲエから派生した音楽制作手法)

 そうですね。基本的には僕が「ここはダブにしたい」とかから始まった曲もあるし、セッションをしながら「ここをダブにしない?」という風になった曲もありますね。ダブもエンジニアの人でやることもあるんだけど、基本的には足下の機材でできること。ライブ中にね。

――リアルタイムで再現する?

 そうです。「Lonely Shadow」という曲の真ん中もベースだけになってダブっぽくなったりするんですけど、あれも全部足下で自分でコントロールして、それを全部やりながら一発録音したという感じ。

――アルバムから感じる生々しさとライブ感の理由の一つとして納得できました。どの曲も背中を押してくれると感じる部分があるのは、そういった“生きた感じ”が表れているからだと思います。「Brave Heart for Glory」はご自身の経験の反映もあるのでしょうか?

 人に応援歌を作っていても、自分への応援の気持ちも入ってきてしまうというか。友達の悩みを聞いて励ましてても、何となく途中から「自分を励ましてるのかな?」と思うようなことないですか? それに近いものはあるかもしれないですよね。 

――堀江選手はこの曲を聴かれましたか?

 聴いてもらってます。「めっちゃいいッスよ!」って(笑)。怪我をして大変だと思うんですけど…本当に「応援したい!」という気持ちなんですよ。それをたくさん詰め込んだ曲になっています。

――伊藤さんは人を、出会いをとても大事になされているんですね。

 そういう風に考えざるをえない部分というのはありますね。凄く限られた小さい世界で生きているなって思うことが多いんです。色んな場所で色んな人の前でライブをする機会に恵まれて今があるし、色んな経験と出会いがあったような気がするんだけど、それでもふと考えると「小さい世界で生きているな」って思うんだよね。それって多分、自分だけじゃなくてみんなそうだと思うんです。人に希望をもらうこともあれば、人に絶望することもあるじゃないですか? そういう光と影、酸いも甘いも全部入れたかったというのはありますね。

――「自分、狭い世界にいるな…」と感じたとき、何を大事にすればいいでしょうか?

 「自分の考え」じゃないですか? いくら色んな人に会っても、いくら色んなものを見ても、自分の考えってあまり変わらないですよね。自分の好きなものとかそういうレベルで。今回僕がスカとかレゲエとか歌とか、色んなことを言ったり、そういう意味で凄く広がるようで広げられない世界ってあると思うんです。だからこそ今の自分の思い、自分の見ているところというのは、大切にしていかなくちゃいけないなって僕は思ったんですよね。それがこのアルバムを作ったというところだったので、そういうときは「自分の考えを信じぬく」という。ちょっとわがままに聞こえるかもしれないけど、結局そういうことしかないんじゃないかなと思います。

――「Pizza Margherita」のような1分弱でインパクトのある楽曲があるとアルバムが映えますね。伊藤さんにとってこの曲はどんな役割でしょうか?

 自分のなかの子供の部分というか(笑)。10年以上前にウチの子供とピッツァ・マルゲリータを食べているときに「パパ! ピッツァ・マルゲリータの曲作ってよ!」と言われて。「わかったわかった」っていい加減な返事をしてね。KEMURIの曲でピッツァ・マルゲリータの曲はできないし、なかなか叶えられないでいたから…そろそろ約束を果そうと思って「Pizza Margherita」を作ったんです。このアルバムの中ではコンセプトから完成に至るまで一番長い、壮大な時間をかけた曲なんですけど、結局終わってみれば曲の尺は40秒くらいというね(笑)。

――お子さんはこの曲を聴いてどんな反応でしたか?

 「『Pizza Margherita』作ったぞ!」って言って聴かせたらゲラゲラ笑ってましたけどね。「短いね!」とか言って(笑)。まあ、ユーモアのひとつとして。

――アルバム収録曲ならではの存在感ですよね。

 本当ですよ。今、アルバムって「もう古いですよね」って言い方をする人けっこういるんですけど…アルバムってそのときどきの時間をパッケージしたものですからね。本当に「Pizza Margherita」はアルバムならではの曲ですよ。

――この曲がアルバムにあるのとないのとでは全然違うと思うんですよね。

 でも凄く恥ずかしかったですよ。バンドメンバーの前で「曲出来たんだけど、『Pizza Margherita』っていう…」すごくためらいがありました(笑)。

――このインパクト絶大な曲の次に、斉藤和義さん作曲のしっとりとした楽曲「Beautiful Dreams」が来るんですよね。この流れがまた味があります。

 良かったです。『ROOTS66』というイベントで初めて彼に会って、図々しくも楽曲提供をお願いして、本当にやってくれると思わなかったんですけど快くやってくれて。個人的にも凄く気が合って何回か2人で呑みに行ったりして朝まで呑んでダラダラ話をして…同い歳ですから、家族もあって子供もいて、だけどやっぱり音楽が好きで。ガキのまんまの自分みたいなのがお互いにいるんですけどね。そんな話をして。彼の話を聞いてて「いいなあ」と思ったのは、音楽、ロックというものに夢を持っていて、追求心が凄いんですよ。音とかギターとか大好きなの。自分でギターとベースを半分に切って一個の楽器を作っちゃうくらいなんだから!

 そういう、彼の音に対するこだわりにインスパイアされました。「音の生々しさ」というのを感じてもらえたというのは、彼の影響が凄く大きいですね。曲によってコンセプト立てて明確にエフェクターやギターを変えていったという。そんな出会いがあって、サウンド的にも歌詞的にも“大人の孤独”というか。「一人でいる孤独」というより「孤独をついつくってしまう大人の習慣」的なものを、ある意味ちょっと皮肉も含めて歌った曲ですね。

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