成底ゆう子「ダイナミック琉球」が応援歌に使われる理由を探る
INTERVIEW

成底ゆう子


記者:編集部

撮影:

掲載:18年08月08日

読了時間:約13分

挫折を味わったイタリア

 成底は先の話で「島が嫌で出た」という話をしていた。これまでどういう道を歩んできたのか、そして、この曲を今後どのように歌っていくのか。ここからは一問一答で紹介したい。

――大学では声楽を学んだようですが、これまでの歩みを教えてください。

 父親はクラシックが好きで、母親は三線一家に生まれ、おばあちゃんは小学校の先生でピアノが弾けて、おじいちゃんは趣味ですが三線をしていました。ですので、生まれた時から三線の音色や民謡、子守歌、童謡などがあって、音楽は生活の一部にありました。よく覚えているのが、小さい頃は赤瓦の家に住んでいましたが、ご飯を食べた後、おじいちゃんが縁側で島酒を飲みながら三線を弾いていて、それをおばあちゃんと一緒に踊ったり歌ったりしたことです。それが毎日でした。ですので、自然に歌うことや踊ることは身についていました。

 3歳からピアノを習い始めました。どちらかというとピアノが好きでしたが、小学4年生の頃には島にある少年少女合唱団に入団して、間もなくしてソロを任せられて、それがきっかけで本格的に歌うことに目覚めました。

 それで高校卒業も近くなり、進学をどうしようかと。結果的に東京の音大に行くことになるのですが、18歳まで石垣島に生まれ育って、テレビで見る都会への憧れはものすごくあったんですよ。さとうきびと牛小屋に囲まれ、隣隣近所もみんな知っている人でコソコソ何かしてもすぐにバレる。挨拶しないとすぐ怒られる。今思えば良いコミュニティですが、17、18歳の思春期の女の子からしたら全くプライベートもなく、そういうのがすごく嫌で、それで私は東京に出る決意します。けれどそれは、音大に行くことが目的ではなく、ただ単に石垣島から出たいという手段でした。

成底ゆう子

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 大学で声楽を学びますが、歌うことにハマっていきました。オペラや声楽の楽しさ、全く出なかった声が出せるようになった時の快感は凄くあって。それと同時に、私の中での趣味でしたが、自分で曲を作ることも好きで、声楽ではない歌い方もしてみたり。そういうのもやりつつ、声楽を習って大学を卒業してもオペラを研究したいと思い、藤原歌劇団に入団しました。その研修でイタリアに渡って、オペラを学ぶ機会がありました。島しかしらない父親が、東京ならまだしもイタリア、海外に娘を出すというのはたぶん無理だろうなと思っていたんですけど、行かせてくれました。

 イタリアに渡って公演にも出るんですが、初っ端から鼻を折られた出来た事がありました。声の出し方もそうですが、やっぱり体格。私は身長が低くく、見せ方もあるので役がもらえない状態が続き、もらってもコーラス1、2とか、子供の役とか。でも声楽家としてはそれでは生き残れないんです。正直、どうして良いか、やり尽くしてしまった感じもありました。それがプレッシャーになって全く声が出なくなってしまって、ピアノの音でも取れなくて…。「君、大丈夫?」と言われましたけど、「本番までに何とかなるから」と見栄を切りましたが、結局、公演本番でも(歌)声が出なくて。「すみません! 辞めます」と言って、逃げるようにイタリアから日本に帰ってきて…。恥をさらして…。日本に帰っても(歌)声が出なくてこの先どうしたらいいのかと。

 親には大学の費用だけでなく住まいやイタリアの旅費まで出してももらったのに今更石垣島に帰ることも出来ない。かと言って、これまで仕事らしい仕事をしたことがなかったので事務作業のバイトもできない。それで東京でちょこちょこバイトしていた時、不思議なもので分かるんでしょうね親には。異変というのが・・・日本に帰ってきて8カ月くらい経った頃に、石垣島から段ボールが届きました。そこには自家製のゴーヤとかとともに手紙も入っていました。

 すぐに電話をしましたが、母の声を聞いた途端にしゃべれなくなってしまって…。母はたぶん「この子何かあったんだろうな」と察知したんでしょうね。でも、帰ってこいと言われるのが私は悔しんですよ。そうしたら、母の後ろで聞いていた父が代わって。父は長女である私に凄く厳しくて、少し距離を置いていました。でも電話口の向こうの父はいつもと違う。それで「いいか、お前の歌は世界一だから何も心配するな。お金の事も心配するな。お前はお前の生きたいように生きていけ」と言ったんです。その一言で波が溢れて。自分の体の中にあった何かがスーっと無くなっていくような感覚がありました。

 その翌日に、 ずっと開けていなかったピアノの鍵盤蓋を開けました。そうしたら(歌)声が出たんです。私の趣味は作詞・作曲でもあったから、これだと思って。そしてその時の両親への感謝の思いを書いた曲がメジャーデビュー曲「ふるさとからの声」です。親の存在と言うか、父親というものとこういうものなんだというのを初めて知りました。

――その時の体験は今の歌手活動にも活かされていますか?

 もちろんです。あの時の家族の存在の大きさ、父・母の存在の大きさ、愛情の大きさ、それを知ったからこその曲作りになっています。故郷への思いや絆、そういうものを曲として書くようにもなりました。それと、そう思ってくれている両親がいるから、負けちゃいけないなと、二度と弱音を吐いてはいけないと、自分の心なかで奮い立たせています。

生きることがパワーの源

――諦めない姿勢というのは「ダイナミック琉球」を応援歌として使っている球児や学生にも響くような気がしますね。彼ら、彼女らにメッセージを送るとしたら?

 この世の中は結局、答えなんかないと思うんです。出来事や人生を振り返った時に見える、その足跡が答えなのかなと…目の前の答えばかりを探しても答えは見つからないので、今できることを自分に向き合ってちゃんとやっていれば、見ている人は必ずいると思います。そして自分を支えてくれる人を信じてみるというのも大切なことだと思います。一番大切なことはやれることを一生懸命頑張る。そうすれば絶対に誰か見ていてくれていますから。

――ところで、7年前と比べて歌い方も変わってますよね?

 2月にリリースした「ダイナミック琉球~応援バージョン~」では新たにレコーディングし直しました。2011年に出したものは最初楽曲に出会った時の感覚をそのまま落とし込んだ感じでした。当時は流れてくるものをそのまま受け入れてしましたが、今はではその意味合いも理解して伝えられていると思います。私の中でのフィルターを通してより表現できていると思います。

成底ゆう子

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――口説がズシってきますよね。自然に溶け込むメロディの後の口説は力強くて、背中を押されます。

 そう言って頂けると嬉しいです。有難うございます。

――当時と比べて歌い方も変えたという事ですが、その前の声楽。体格が違ければ当然、出てくる歌声も違うわけですよね。

 実は声楽を習っていた頃、私の癖なのか、こぶしが出てしまうんです。日本の先生には「あなたはアジアなのよ、沖縄っぽいのよ。それを滑らかにやれたら素敵になるわよ」と言われて、こぶしを取るようにしなさいと言われました。それがずっと気になっていて、イタリアに行った時に現地の先生には「あなたはこの世界じゃないと思うよ」と言われて、「そのこぶしがあなたの魅力だからそれを伸ばしなさい」とも。その時はオペラをやりたいと思っていましたから「どうして?」という感じでしたが、今思うとその先生から「あなたはちゃんとした魅力を持っているのにどうしたら気づかないの」ということを教わった気がします。その時は答えばっかり探そうとしていましたが、今思うとそういうことだったのかなと。「島人でいいんだよ」と。「島に生まれたんだから音も島のままで良いよ」と。

――今後はどのような音楽活動をしてきたいですか?

 「ダイナミック琉球」という曲を紹介してくれた平田さん、イクマあきらさん、そしてこの曲を通じて出会った全ての人達に、この曲を通して恩返ししていきたいと思います。2020年は日本を代表するような応援歌として育っていけるように歌い続けていきたいと思います。

――「ダイナミック琉球」は組踊で生まれたものですが、沖縄では小学校や中学校の運動会でも使われているそうですね。高校バスケの応援合戦がきっかけで注目されましたが、そうなるのは必然的だったとも言えますね。

 この前仙台に行った時に小学校の児童を連れた親御さんに「『ダイナミック琉球』を運動会で使わせていただきました」とか「よさこい祭りで使っています」という話も頂きました。私たちの知らない所でどんどん広がっているという印象です。

成底ゆう子

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――応援歌として使用されていますが、大人が聴いても感動します。先ほど曲にあるパワーと話していましたが、その源は何だと思いますか?

 それは「生きていること」ではないでしょうか。今、生きていることや命があるという事は当たり前になり過ぎているような気がします。生きようと思って頑張っても生きられない人がいる、まだまだ生きられるのに悲観している人もいる。そうしたことも全てひっくるめて「私たちは今生きているんだよ」というメッセージがこの曲にはあるから感動するんだと思います。平田さんは子供たちに、その命がある喜びを伝えたくて、皆が一つになれるようにこの曲を書いたとも話していました。「今自分たちが生きていることはこんなにも素晴らしい喜びなんだ」というのを老若男女関係なくこの曲は教えている、だから感動するんだと思います。

(おわり)

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