ピアノロックバンドのSHE'Sが5月27日、東京・中野サンプラザで、ストリングス&ホーンを加えた特別編成によるライブ『Sinfonia “Chronicle”#1』をおこなった。大阪と東京での特別公演。「僕らのベストライブを見せたい」と実現させた初の試みだ。彼らは今年4月まで約2カ月にわたり全国20都市を巡るツアーをおこなっており、バンドとしての完成度を上げた状態での今回の特別公演。一体感のあるバンドサウンドの上に、ストリングスとホーンが彩を加えてドラマチックに展開。更に、井上竜馬(Vo/Key/Gt)の情感溢れる歌声も相まってまさに特別な一夜となった。またこの日は、8月に発売予定の新曲も初披露した。

疾走する序盤

SHE'S

SHE'S

 定刻になり場内が暗転する。程なくてピアノの音色が響き渡る。それをBGMにメンバー、そしてストリング隊がステージに登場する。音にメロディが加わると自然発生的に客席で手拍子が起こる。しばらくしてそのメロディは消え、代わりにデジタルサウンドが長く響く。徐々に曲の輪郭を浮かび上がってくる。「Morning Glow」のイントロだ。気付いた客席から歓声が挙がる。ドラムが音を加えるのと同時に井上が「始めようぜ!」と掛け声。メンバーの後ろから光の柱が立つ。そのまま曲名を告げるとサウンドが一気に華やかになる。数分の間に光と音、動きなど様々な展開が繰り広げられる。まるで万華鏡だ。こうして東京公演は華々しく幕を開けた。

 前かがみになってキーボードを弾く井上。キレキレのギターサウンドでリードしていく服部栞汰(Gt)。アグレッシブに弾くそんな2人に対して、感情の揺らしながらも安定感を保って弾く廣瀬臣吾(Ba)、打音の強さとリズミカルさを併せ持った木村雅人(Dr)がバンドサウンドを下支えする。そこにストリングとホーンが加わることで重厚さが増す。それぞれ規律性を保ったうえで個性をぶつけていく。

 1曲目を終えたところで井上が改めて挨拶。2曲目の「Un-science」を告げると、ストリングスがイントロを奏でる。ステージ両端からは水柱のように光が天井を照らす。劇的な展開をみせるなか、曲間を木村がドラムで取り持つ。その間を利用して井上が「楽しむ準備はできていますか?」と煽る。それに呼応して歓声を挙げる。それを合図に3曲目「Freedom」へと流れ込む。テンポも気持ちも加速する。助走とばかりに服部のギターのカッティングが更に速度をつける。そして迎えるサビ。一気に羽ばたく。視界が開けるような感じだ。

井上竜馬

井上竜馬

 フルスロットルで走り抜けた彼ら。「3曲しかやっていないけど2日前(の大阪)と同じく楽しいです」と手応え。初開催となったこのライブについて「『Sinfonia』は交響曲という意味で僕らのベストのライブをしようという思いも込めています。『Chronicle』は年代記、これからこのライブの歴史を刻んでいこうという意味です。今日は楽しんでほしい」と語った。

 4曲目「Beautiful Day」からはホーンが加わる。メロディアスなミディアムナンバーだが、ホーンがドラマチックに華やかにしていく。6曲目「Just Find What You'd Carry Out」ではホーンとストリングスが高低を挟んで音像を厚くさせる。そして、7曲目「Flare」から8曲目「White」への転換は、キーボードがメロディを奏でその後にドラムが続き次曲へと流れる展開。8曲目から9曲目「Long Goodbye」も同様に移行していく。こうした相互の関係、伏線がこの日のライブでは多用されていた。

 ここでメンバー紹介をする井上。アコギを引っ提げた彼は結びに「愉快な仲間たちと楽しくやっていきます」と告げる。ホーン隊がフルートをもってイントロを奏でる。アイリッシュな雰囲気が漂う。手拍子も巻き起こる。「EverGreen」。まさに陽気で愉快なサウンドだ。服部はホーン隊とユニゾンしていく。井上の「Ah! Ah!」という高音が冴え、その勢いでコールアンドレスポンス。楽しい旅路を共にするような一体感と高揚感だった。その流れを汲むように井上はホイッスルを吹き、木村はマーチングドラムのように叩き始める。「パレードが終わる頃」。

静寂とバラード

服部栞汰

服部栞汰

 この日は、ストリングス、ホーンによってそれぞれ曲の見栄えは変わった。感情の揺れが表れるストリングスに対して、陽気さを演出するホーン。いずれの両者も曲に重厚さを与えるがその分、曲間など音が流れていないときの静寂さは際立った。序盤こそ間髪入れずに曲を運んだが、ミディアムバラード、バラードが続く中盤は曲間に長らくの無音を置いた。唯一鳴っているのはアンプの不気味な機械音だけだ。その静寂を切るのは決まって井上だった。そして、ここでもそれを切って語り出す。

 失恋時に書いた曲「幸せ」。「当時の生々しさが書いてあったから」という思いで歌えなかった曲だが、それまでとは異なる気持ちで向き合えるようになったという。失恋後に旅に出たカンボジア。そこで貧困の実態を目の当たりにし同情したものの、彼らは笑顔で「不幸だとは思っていない」と回答。井上はその時「自分の物差しで幸せを計ってしまった」と自省。その思いをこの曲に込めるようにしたという。

 そのなかで披露された同曲は、井上のキーボードとストリングスだけの編成。先ほどまで多彩な音色が飛び交っていたなかでのこの展開は、井上の歌声をより際立たせ、それによって歌詞が鮮明に浮かび上がっていた。のちにバンドも加わるが、エモーショナルな井上の歌声が完全に支配していた。ミラーボールに反射する光は分散され点となってあたりを照らす。その光点は井上の感情のかけらのようにも見えた。

廣瀬臣吾

廣瀬臣吾

 そして井上は「失っているものを追い求めている俺なんかは亡霊のようです」と語って「Ghost」を届ける。ストリングスが内側の感情を引き出すように悲しく響く。井上は叫ぶように歌う。感情の高まりを表現するように個々が自由に弾く。それらの音は終盤に向けてやがて合流する。結びを託された井上は再び叫ぶように歌った。それを引き継ぐ「Night Owl」。内側から発せられる井上の高音は息を呑むほどだった。<君がいてくれた>で両手を差し伸べて歌う井上を、後ろからまばゆい光が差す。ステージ後方には星空のように無数の光点が輝く。

 心が奪われる圧巻の歌声。井上は静かに「ありがとう」とつぶやく。再び訪れる静寂。この間を余韻に浸る時間として過ごす観客。その緊張感を解くようにMCがおこなわれる。メンバー間のたわいもない会話は心をホッとさせる。さらにユーモアあふれるコールアンドレスポンスをおこない、いよいよ終盤へとむけてラストスパートをかける。

音楽が拠り所に

木村雅人

木村雅人

 「Voice」。ステージ後方から「SHE'S」のフラッグが下りる。それに合わせるように勢いを増していくバンド。ステージ前に立つ廣瀬。キーボードから離れた井上はステージ前のお立ち台に立ち、マイクを通さずに生声を届ける。観客の歌声がそれに乗る。勢いは衰えず「遠くまで」。廣瀬と服部がステージ前に出る。井上の歌声にも力が入る。「Freedom」の流れを汲むような展開の「The World Lost You」。そのまま「Over You」へと流れる。キーボードの代わりにアコギを弾く井上。全てを吐き出すように踊り弾きまくる。その絶頂の中で、息を整えるのようにMC。

 絶頂のなかでセミファイナル。本編のラストを迎える前のMCで料理の話に。笑いがこぼれるなかで井上は「実家に帰るとホッとする。皆のなかにはホッとできない人もいるかもしれない。ライブハウスやホールでも、フェスでも音が鳴っているところがホッとする場所になってくれたらいい。僕も音楽は安心する」と語り、キーボードを無造作に弾き探る。そしてメロディを見つけるように弾き出す。オレンジ色に染まる。その音に添えるようにストリングスが加わる。そして、木村がドラムカウントして転調させる。ラストは「Home」。

 井上は「自分のうちを作るために歌おうか!」と言ってマイクを片手にステージを動き回る。それに合わせて起こるシンガロング。曲も終わりが近づくなかで静かに少ない音がメロディを奏でる。徐々に音が重なり出し、井上が叫ぶ。その言葉とともにめいっぱい光が浴びられる。最後に「ありがとうございました」。メンバー全員で深々と一礼してステージを後にする。

井上竜馬

井上竜馬

 アンコールでは8月8日にリリースが決まっている新曲「歓びの陽」が届けられた。よりEDMが強く押し出された展開だがサビに近づくにつれてバンドサウンドが強くなっていく。服部はファンキーなギターリフを奏でる。そうして迎えたアンコールの最後。井上は再び、思いを伝える。

 自分という人間が好きになれなかったが、メンバー、ファン、スタッフ、家族、友人の支えがあって大好きな音楽を続けられているといい、改めて「感謝しかないです」と告げた。さらに「いつも終わりが頭にあるから、『過去も未来もいらない、今だけが全てだ! 今を燃やし尽くすんだ』と言えるアーティストが格好良くて羨ましい。俺は過去も未来も大事で、それらを失いたくなくて今を一生懸命にやるしかないという考えて生きてきた。今一瞬に燃やせなくても、過去を振り返る奴が強くなる瞬間というのも絶対にあると信じてやってきました。そうやってきた先であったかい、ホッとするみんなに囲まれて歌えるなんて本当に幸せな人生を歩んでいると思います。ありがとう」との趣旨を明かして「Curtain Call」。

 その言葉を拠り所に、歌に聴き入る観客。「最大の愛を込めてあなたの歌です。俺たちと音楽はあなたたちの味方です。歌おう!」と呼びかけ、シンガロング。一体感に包まれるなか、終幕した。

あとがき

 この日のライブは物語を紡いでいるような展開だった。井上が発する言葉、そしてピアノのメロディを起点に、次の曲へと流れていく。なかにはユーモアあふれるMCもあったが、それも次曲へと繋がるきっかけだった。

 そして井上は、心の拠り所として音楽があり、それをいつでも帰れる家と例えて「自分のうちを作るために歌おう」と呼びかけた。もちろん、観客は歓声をもってそれに答えた。

 人が集まれば賑やかになる。音も同様だ。バンド、そして、ストリングス、ホーンによって多彩に表現された歌の数々。井上は「過去を振り返る奴が強くなる瞬間もあると信じてきた」と語っていたが、観客の心はきっとこのライブ、そして彼らの歌によって強くなれることであろう。

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