研ぎ澄まされた感性と超絶技巧から“デビルズアヤコ”の異名を持つヴァイオリニストの石川綾子が4月6日、東京・紀尾井ホールで単独コンサート『石川綾子 フィギュアクラッシックコンサート』を開催した。本公演は2月にリリースした自身の原点であるクラシック音楽をフィーチャーし、フィギュアスケート選手たちのプログラムで使用する楽曲を選曲したアルバム、『FIGURE CLASSIC』のリリースを記念しおこなうというもの。アンコール含め全16曲をクラシック楽曲の素晴らしさを、彼女の至高の音色と表現力で綴った。【取材=村上順一】

みなさん盛り上げ上手ですね!

(撮影=片山拓)

 この日は風が強い1日だったが、会場となった紀尾井ホールには既に多くの観客たちで賑わっていた。中に入ると大きなシャンデリアが天井をゴージャスに彩り、木材の温かみが感じられる現実を忘れさせてくれる空間。開演時刻になるとそのシャンデリアの明かりがゆっくりとしぼられていく。吉田篤貴(1st Vn)、松村宏樹(2nd Vn)、中田裕一(Va)、関口将史(Vc)のストリングカルテットと阿部篤志(Pf)がステージに。そして、淡いブルーのドレスに身を包んだ石川が大きな拍手に迎えられるなかステージに登場。

 静寂に包まれる会場のなか、ゆっくりとヴァイオリンに弓を運ぶ石川の姿。奏でられたのはアルバムでもオープニングを飾るジャコモ・プッチーニの「トゥーランドットより『誰も寝てはならぬ』」で幕を開けた。石川のコンサートのスローガン「あなたを眠らせないヴァイオリンコンサート」にも通じるタイトル曲を、透明感のある音色と、空気を震わせるダイナミックなヴィブラートの対比で名曲を届ける。弦とピアノのアンサンブルはグッと聴くものの心を掴んでいった。

 この日、初のMCでは2年振りの紀尾井ホールを楽しみにしてきたことを報告。さらにコンサートでは恒例の“初めて観にきてくれたお客さん調査”など、石川のほっこりとしたキャラクターが全面に出た、トークでクラシックコンサートとは思えないリラックスした空間を作り出す。

 2曲目はアルバムでも一番時間を掛けたというショパンの「バラード第1番 ト短調 op.23」。ピアノのための楽曲ではあるが、その特性を活かしつつ、如何にヴァイオリンに落とし込めるかを追求したと話す石川。その難曲を彼女の持つ類稀なる表現力でドラマチックに観客の心を震わせていく。シリアスな導入部分からエンディングの鬼気迫る旋律は圧巻だった。

 フィギュアスケートの浅田真央選手が使用したことでお茶の間でも聴かれることが多かった「ポル・ウナ・カベサ」。好きな人を取られてしまった失恋の気持ちをタンゴで表現。楽しさと悲しさ、2つのテーマが楽曲に存在すると丁寧に楽曲を解説する石川。この解説により楽曲がさらに身近なものになり、その世界へ入り込む。音を聴きながら楽曲のストーリーをより堪能できたはずだ。

 「仮面舞踏会より『ワルツ』」の演奏に続いて、披露されたのはヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲四季より「冬」と「夏」の2曲を届けた。「冬」では“恐ろしいほどの強風が吹いてくる”という冬の情景を、見事に目の前に映し出すかのような演奏。導入の氷の上を恐る恐る歩いているかのような細かい表現も見所。「夏」では風や雷で荒れ狂ったイタリアの夏を熱い演奏で奏でる。この2曲は連続で披露されたが、通常コンチェルトでは楽章の切れ目に拍手はしないという。本人も「(切れ目で)ウンと頷きますので...(笑)」と事前に話してくれていたこともあり、合図を送る姿もしっかりと確認し、「冬」から「夏」へ繋がる箇所で大きな拍手が印象的だった。

 「みなさん盛り上げ上手ですね!」と笑顔で投げかけ、「今日のコンサートへの情熱を込めて...」とオリジナル曲「『PASSION』」を第一部の最後に披露。トレモロ奏法が緊張感を与え、昇り詰める旋律は聴くものの鼓動を躍動させる、情熱的な演奏で第一部を終了した。

使い果たしました...

(撮影=片山拓)

 第2部ではまさかの客席からの登場。視線が客席中央に集まるなか「地球に住む人々への幸せを綴った」というファンタジックなホルストの「新曲『惑星』より“木星”(ジュピター)」を、観客のそばでヴァイオリンの音を届ける。ゆっくりと歩きながらメロディを奏でる姿を目で追う観客。ステージ上の演奏とはまた違った臨場感を感じるサウンドイメージで、壮大なスケール感の楽曲を紡ぐ。

 続いて奇々怪界なお化けたちが踊るような楽曲だと解説してくれた「交響詩『死の舞踏』Op.40」。石川曰く体力を消耗する激しい楽曲は不協和音などを駆使し、ミステリアスな世界観を作り上げていく。演奏が終了すると「(体力を)使い果たしました...」と声を漏らす。

 3曲目は荒川静香選手の演技を見て、この曲に興味を抱き演奏してみたいと思ったと話すケルティック・ウーマンの「ユー・レイズ・ミー・アップ」を披露。一発勝負の本番に向けて自分自身を追い込んでいく。しかし、その過酷さもこのステージに立ってしまえば、ちっぽけなことだと感じると想いを話し、「今の私がいるのはあなたのおかげです」というタイトルが示す感謝の気持ちを、音に乗せて届けていく石川。それは、弾きながらステージを左右へと赴き、観客1人ひとりに向け音色を奏でていく姿からも感じ取れた。

 天真爛漫な「メリー・ポピンズ」を軽快なリズムと音色で表現。石川も楽しそうにヴァイオリンを奏でる姿が印象的で、座って演奏していたストリングカルテットも立ち上がり、ミュージカルを見ているかのような陽気な空間が広がった。そして、場面は一転。アレンジをこだわりすぎてダイナミックになりすぎたと話す「ウェバー:ミュージカル『オペラ座の怪人』」へ。サスペンスを感じさせる不穏な旋律はホールをオペラ座へと変えていくよう。この会場のどこかからファントムが降臨するのかのような臨場感をもたらしていた。

 その不安を煽るような楽曲を払拭させるかのように、ピアソラ作曲のラテンナンバー「リベルタンゴ」へ。そして、自身を奮いたたせ、みんなの背中を押してくれる最新のオリジナル曲「『BELIEVE』」へ。彼女の表情もさらに凛と、何かが憑依したかのような圧巻の演奏。どんな困難があろうとも自分を信じて突き進んでいくという、そんな強い想いがヴァイオリンを通して我々に語りかけてくるようで、力強さと儚さが同居した楽曲はそこにいる人たちの目と耳にしっかりと刻まれたはずだ。演奏終了後の盛大な拍手がそれを物語っていた。

 アンコールではメンバー人数分のタオルを持って登場した石川。「アンコール演奏させていただいても宜しいでしょうか?」と投げかけ、モンティの「チャルダッシュ」を演奏。観客もスタンディングで、石川のキュートなカウントを合図に一斉にタオルを回転させ、クラシックの枠を超えた光景が広がった。石川も早いパッセージのフレーズを指板の上を跳ねるように紡ぐ姿は爽快。

 ラストにもう一曲この時期にぴったりの「千本桜」をプレゼント。和の旋律と洋楽器のコラボレーションは、新しいケミストリーを放ち観客もエキサイティング。ボルテージが最高潮まで高まるなか大団円を迎えた。満面の笑みで感謝を告げ、ステージを後にする石川の姿を観客は最後まで拍手で見送り、『石川綾子 フィギュアクラッシックコンサート』の幕は閉じた。

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