女優の藤井美菜が出演する、日台合作で作られた映画『おもてなし』が全国で公開されている。女優の田中麗奈と、台湾の俳優、ワン・ポーチエをメインキャストに迎えたこの作品。近年は韓国でも、堪能な韓国語を駆使して活発に活躍している藤井だが、台湾のキャスト、スタッフとの共演という新たな経験に対して、どのようなチャレンジを試みたのか? 今回は藤井自身の音楽に対する思いなどを含めて、たずねてみた。【取材=桂 伸也/撮影=冨田味我】
はじめに
『おもてなし』は、滋賀・琵琶湖畔のとある経営難に陥った旅館を舞台に、その立て直しを図る台湾の青年実業家と、旅館を切り盛りする女将の一人娘が、旅館の再生に奮闘する中に見えるさまざまな人間模様を通して、「おもてなし」の意味を描写した物語。台湾から来た青年実業家・ジャッキーをワン、かつて一流企業に勤めながら、経営不振の旅館を経営する母を支えるために、家に出戻った一人娘・梨花役を田中が担当する。
高校進学後に芸能界入り、そして2006年公開の映画『シムソンズ』で映画デビューを果たした藤井。2012年からは韓国での活動を開始し、以後活動の幅をさらに広げている。そして今作では初の日台合作品に出演、藤井はジャッキーのかつての恋人・尚子役を務める。
また共演には、日本より余貴美子、藤井美菜、青木崇高、眞島秀和、木村多江のほかに、カメオ出演として香川京子が登場。台湾組からもベテラン俳優・歌手のヤン・リエなど、実力派が脇を固めている。
この作品でメガホンをとったのは、アメリカ育ちである台湾出身映画監督のジェイ・チャン監督。本作ではオリジナル脚本を、脚本家の砂田麻美とともに担当するだけでなく、撮影もこなすというマルチタレント振りを発揮。さまざまな要素から、今作の大きなテーマである日本の「おもてなし」の精神に鋭く迫っている。
また本作の音楽は、大橋トリオの活躍で注目を集める大橋好規が担当。自身のフィールドであるジャズ・テイストをふんだんに生かしたアコースティックなサウンドで、ゆったりと流れていく映画の雰囲気に鮮やかな色彩感を与えている。
いろんな言葉が飛び交い、大変だったけど刺激的な良い雰囲気だった現場
――『おもてなし』出演の話を受けた際、どのような思いがありましたか?
台湾と日本の合作ということで、また新しいジャンルで活躍できる、と期待しワクワクしていました。最初に企画などをうかがった時には、私も韓国のお仕事で現地に住みながら活動してる時に、国の違いによって生まれるコミュニケーションの難しさみたいなものを感じつつも、刺激を感じながらここ数年生活していた部分があったので、国は違ったけどすごく共感する部分がありました。
また今回の『おもてなし』という映画は、台湾と日本の方が文化の違いなどでぶつかり合いながらも、お互いに歩み寄っていく、というような要素のある作品だったので、その作品性においてもすごく共感していました。その意味では、この作品の出演が決まった時は、本当にガッツポーズしましたね(笑)。
――ちなみに藤井さんがこれまで経験された韓国での活躍と、今回の台湾との合作制作という部分で、その違いみたいなものはありましたか?
一概に比較はできないところですが…というのも、韓国での仕事は、私が国に渡って、そこで活動をさせていただいていたし、今回はほとんど日本の京都府や滋賀県での撮影で、台湾の方々が日本国内に来て下さった形で撮影をしていただいていますので。また、実は台湾には行ったことがなく、台湾の方々とお仕事をするのも本当に初めてでした。
でも韓国で撮影をしている時は、現地の撮影だったということもあったかもしれませんが、撮影のスピード感などは大きな違いとして感じていました。今回は日台合作ということもあり歩み寄った感じの現場だったので、お互いにある意味日本ぽい感じもありました。そんな空気感がとても面白かったですね。本当に映画のストーリーみたいに歩み寄る雰囲気がありましたし。
――異国間の仕事となると、コミュニケーションのとり方が重要になるかと思いますが、会話などはいかがでしたか?
現場は京都弁、台湾の言葉、日本語と、まあ時々監督は英語も話されるから英語と、いろんな言葉が飛び交っていました。私は台湾の言葉ができないので、通訳を挟む形でやっていたんですが、すごく言葉が飛び交っていて、何カ国語も喋られる方がいる一方で、私は誰に何語を話していいのかも何か整理がつかなくて(笑)。すごく大変でしたけど、でもそれが楽しい雰囲気になっていました。負のスパイラルにはならず、プラスの刺激的な良い雰囲気というか。
――それは何よりな現場でした。“京都弁”とあえて上げられているのも印象的ですが…。
私は劇中で英語と日本語、それも京都弁を話すんですけど、そもそも関西弁が話せないんです。でもお芝居で関西弁を初めて話させていただいて、それこそ関西弁も外国語と思えるくらいぐらい、ちょっと遠い要素ではあったんですけど、新しい世界に足を踏み入れた感がありました。だからいろんな言葉に触れたことは、本当に新鮮でした。
――今回の『おもてなし』というキーワードですが、最近ではホットなワードになっていますね。でも今日本では再認識する必要がある言葉でもあるかと思ったのですが、藤井さんとしては何か感じられるものがありましたか? 韓国で活躍された実績があるという意味では、より客観的な視点で感じるものもあるかと思いましたが。
まさにそうでしたね。日本だけで活動している時よりも、日本を出て韓国で活動をし始めてからの方が、日本の文化とか、そういった部分についてどうしても考えさせられる機会が多くありました。日本人独特の、昔から根付いている文化的な配慮の気持ちが「おもてなし」だと思いますが、国外に出た経験からもいろいろと考えることも多かったし、今回の映画で台本を見たりとかしながら、ハッととさせられることがたくさんあったように思います。
だから、台湾のジェイ監督が外国の方だったからこそ 、この作品を準備される中で、台湾の方だからこそ目に付いた“日本だったら逆に当たり前のこと”とか、すごく特別なこととして扱ってなかったものをしっかり描いて下さった部分もあると、そう気付かされることもたくさんあったと思います。
――ジェイ監督の視点は、なにか独自なものがありましたか?
完成した作品を見て思ったのは、京都という街や撮り方も、日本の方の撮り方とは何か違うような気がしました。まあ画の色味とか、細かい部分もですけど、その味わいはたくさんある気がします。京都という街を、日本の美しさとして撮られてきた日本の監督さんもたくさんいると思うんですけど、海外の方が撮った角度というものが画に現れたような気がします。
――ユニークな感じもありますね。一方、先日田中さんからは、ジェイ 監督がカメラマンも兼任されていることもあって、立ち位置や角度まで演出などの指示がかなり細い、というお話を聞きました。
そうなんですよ!(笑)。あと、テイク数も比較的多めに撮られて、その中で良いものを抜粋するという形でした。でも私は、そういう時も必要だと思うんです。何回もテイクを重ねるほうが、慣れちゃって緊張感などがなくなってしまい嫌だ、という形と、粘って生まれた何か空生まれる化学反応を大事にしたい、という形と。私はどちらかというと、実は後者のほうがいいな、と。
特にこの現場においては、その粘って生まれたものというものがあった気もしましたし、ちょっと時間はかかったかもしれないけど、この撮り方は、私としてはありがたいと思いました。やっぱり英語や京都弁とか、ちょっと自分がしっかり根を下ろしていないと思う言葉による演技だったので、粘る必要がある部分がたくさんあったし。言葉もちゃんと伝えたい。でも言葉だけにとらわれず、気持ちも出していきたいという時に“今の一回で決められたかな”と不安になることもあったので、そのジェイ監督の粘る方向は、私としてはありがたかったです。
台湾の役者との共演で感じた、演技の上での経験
――今回の現場では、何か初めて体験されたことや、印象深いことなどはありましたか?
やっぱり多くの台湾の方と交流する機会があったことですね。台湾のドラマを時々見て憧れていて、“いつか絶対行ってやる!”くらいの気持ちでいますし。台湾の方とこうやってご一緒する機会はまだなかったんです。まさかお仕事が先になると思っていなかったんですが…。
――行ってみたいですよね。
行ってみたいです! お仕事、作品が先で非常に光栄でもありましたが、今考えるとあっという間で。私もずっと出演するわけでもなかったし、京都でタイトな時間で撮らないといけない状況もありましたので、もっといろんな方と、いろんなことを話ししたかったという思いはありましたね。どうしても言葉の壁があるので、英語での質問も限られているし、通訳さんも天手鼓舞だったので(笑)。逆にそういう雰囲気だったから、台湾に対する興味もすごく膨らんだ気がします。だがら、これを機会にもっと遊びに行ったりもしてみたいし、言葉も喋れるようになりたい。田中(麗奈)さんが本当にお上手でカッコいいんですよ(笑)。
――劇中では本当にご堪能でしたね。
そうなんです。本当にお上手で。だからなんか私もムズムズして(笑)。私もそこに参加したいって思っても輪に混じれなくて…だから言葉はちょっと勉強してみたいなと思いましたし、逆にいろんな夢が広がった感じがしました
――では、日本語、英語、韓国語についで、4カ国語目は…(笑)
そうですね、語学は勉強しようと思いました。韓国語が話せるようになったこともあり、語学に興味はあるほうなので、その意味でも楽しくて刺激的でしたし。それと、完成した作品を見て印象的だったのが、チャールズ(劇中に登場する、ジャッキーの父親)役のヤン・リエさん。なんであんなに日本語が上手なんだろうって…。
(補足者)あの方は、現地では台湾の五木ひろしと言われてる方なんだそうですよ! 歌も歌えるし、演技もできるという…。
――それはそれは…。
え!? そうなんですか。すごいですね。何かご一緒する機会がほとんどなくて、ご挨拶もできなくて残念でした。完成した作品を見ると、日本語も上手なんですけど、もうその演技に泣けてしまって…私も韓国で活躍していると、言葉の壁というか、お芝居で韓国語が話せるにしても、外国語でお芝居するという時に、言葉を伝えることを優先するか、あるいは気持ちを優先するかで、いつもそのジレンマにぶつかるんですけど、このヤンさんの日本語での素晴らしいお芝居を観て、その可能性がまた広がった気がしました。本当にいろんな刺激をいただけたし、本当にヤンさんのシーンは、お勧めとして見ていただきたいと思いました。
――それは面白いポイントでしたね。全体を通してみると、ヤンさんの存在は意外に地味な感じですが。
確かに。でも“私が!”と我が出ない感じがグッときました。この作品はすごくドラマチックだとか、CG がどうとかといった派手さはない作品ですが、みんなが経験しそうな、あるいはしうる範囲のことを丁寧にじっくり描いているので、見ているほうが共感しつつ、普通では絶対に動かない心の一部分を動かされるような、そういう魅力のある作品になったんじゃないかなと思います。
――確かにチャールズが登場する部分には『おもてなし』というテーマに迫るポイントが、実は隠されているのではないかという感じもありますね。興味深いところでもあります。一方でワン・ポーチエさんとの共演はいかがでしたか?藤井さんの登場するシーンでは、共演が一番多かったと思いますが。
台湾の方とお話しする機会がそれほど無かった中で、今回私は「何語で話したらいいんだろう…」というところからスタートして、すごく緊張してたんです。事前の顔合わせもできなくて、現場で初めて顔合わせという格好でしたし。また、ワンさんとのシーン は完全に英語のシーンだったから、さらにものすごく緊張感があったんです。でもすごく柔らかい方で、言葉を越えてすごくリラックスさせようとしていただける方だったので、その雰囲気に救われた部分はたくさんありました。
――ワンさんの演じるジャッキーは、藤井さんの役柄である尚子の元彼という関係で、その言葉も違うし…というところでは、演じる上で難しいところもあったかと思いましたが。
恋人、元恋人という役の方との距離の作り方は、私は大事にしたいと思っているけど、いつも苦戦する部分でもあるんです。男女ならではのすごく近い距離感ってあるじゃないですか?でもそれを“初めまして”と初対面で表現しなければいけない機会も多くて。
ある意味こういった場面での瞬発力を問われるのが、役者の仕事だと思うんです。だから、いかにその距離感を順次に詰めるかというのを、いつも苦戦しています。個人的には人見知りというところもあるけど、現場ではそんなことも言ってられないし。逆にあんまりグイグイ行っても、嫌な部分が出ちゃうこともあるから、なんて部分をいつも初日なんかは悩むんです。
けど今回はワンさんがフワッといい空気を作って下さって、本当にありがたかったです。初日はいろんなプレッシャーがあった一日で、特に英語の台詞が長台詞でしたし。ちょっと監督はカットしてしまったシーンでしたが、この緊張の中で、相手役がワンさんだったことは、すごく良かったなと思いました
――ワンさんはあまり大きく表情を変えない感じもありましたね。例えば藤井さんの今彼役となった青木(崇高)さんが、どちらかというとにぎやかで感情豊かな感じなのとは対照的で。
青木さんもすごく面白いんですよ、あのグイグイ感というか(笑)。私は青木さんと今回2回目の共演させていただいたんですけど、ご本人は本当に明るくいムードメーカー。関西の方だし、ワーッと喋ってワーッと去っていくという感じなんです(笑)。
対照的に、ワンさんは何かホンワカしている感じなので、ちょっと役と現実での存在感がリンクしている部分もあったように見えて、現場にいても面白かったです。あとから映像を見て「元彼がこの人で、今彼がこの人かぁ」みたいなことを感じるのも面白かったし(笑)。本当に女性として客観的に男性二人を見たら、いろいろ面白かったです。
音楽は、言葉に触れるのに良い機会。自分のスイッチ的な存在としても
――藤井さんは音楽というものに普段は接することがありますか?
私は結構 K-POP は勉強を兼ねて聴いたりしてます。最近はBLACKPINKとか好きですね。
――筋金入りの韓国大好きという感じですね(笑)。割とリズミックな感じが好みでしょうか?
そうですね、バラードもよく聴いていたりもしますけど。ただ私は、言葉がやっぱり好きで、韓国語を勉強し始めた初期の頃も、ずっと触れていたほうが発音や単語も増えるかと思って、韓国の音楽を聴いていたんです。2倍おいしいなと思って(笑)。 なので、8年前ぐらいから結構韓国の音楽を聴きながら、勉強もしつつ楽しんで、という感じでした。
――例えば今回の映画では大橋好規さんの、どちらかというとジャズ、インストゥルメンタルのちょっと静かな感じというか、そういった雰囲気ものものですが、このような感じのサウンドに対してはいかがでしょう?
歌詞がない音楽は、普段はイヤホンであまり聴く機会はないですね。ただ昔はピアノを習っていましたし、当初は弾くほうで 楽しんでいたこともあって、親しんでいたこともありました。それほどクラシックも詳しいとはいえないけど、でもクラシックの魅力があるから、楽しく聴いていた部分もあったと思います。
――今回は映画音楽という形ではありますが、どのような印象を受けましたでしょうか?
例えば映画音楽って、あまり音楽が主張しすぎると…という感じでもあります。今回の作品は特にそういう部分は配慮が必要になってくる作品だと思ったので、映画を見た際にいろんな意味で近作が心地の良い作品となったと思ったのは、その音楽の力もあったと思っています。
――その意味では、重要な要素であるともいえますね。話は変わりますが、藤井さんにとって音楽とはどのようなものでしょうか?
音楽ですか? 何だろう…難しい質問ですね。でも私は、気持ちの切り替えとかによく音楽を聴くことを利用することがあります。
――そうでしたか。俳優さんにインタビューをした際に、同じように利用されるという話をよくうかがいました。
利用させてもらっている、というか例えば集中したい時、現場で私一人だけ泣きのシーンがある時に、逆に他の人はそういったシーンではなかったりするから、一人だけその世界に入らないといけないという時もあります。そんな時に、昔はよく音楽を聴いて気持ちを切り替えたりしていました。バラードを聴いたりすることで、そのスイッチをうまく入れさせてもらう。
音楽はそんなアイテムのひとつで、そういう部分で助けを求める存在でもあるし、逆に個人的に気持ちが落ちちゃったなという時に、上げたいと思ったらBLACKPINKだったりとか、アップテンポな曲を聴いて気持ちを切り替えたり。結構そういう意味で頼っています。身近、というよりはひとつのスイッチ的な存在として。
――スイッチですか。それは重要な存在ですね。
ただ身近な人は、逆にずっと常に鳴っているものだ、という感じで接している人もいるけど、私は「よし、このためにこの音楽を聴こう!」という格好で、音楽を選ぶみたいな。そんな感じの距離感だと思います。
(おわり)
撮影 冨田味我