女優の田中麗奈が、日台合作映画『おもてなし』(3月3日公開)で、経営難に陥った旅館の女将の一人娘を演じている。監督を務めるのは台湾出身のジェイ・チャン氏。カメラにも携わる監督だからこそ、ファインダー越しに映る日本の魅力をありのままに表現することができたという。田中はそのなかで改めて日本の文化・風習と向き合った。田中が感じた「おもてなし」の根幹とは何か、そしてどのように撮影に臨んだのか。また、劇中でも使われる音楽。田中が好んで聴く音楽とは何か。話を聞いた。【取材=桂 伸也/撮影=大西 基】
はじめに
『おもてなし』は、滋賀・琵琶湖の湖畔にある、経営難に陥った旅館を舞台に、その立て直しを図る台湾の青年実業家と、旅館を切り盛りする女将の一人娘が、旅館の再生に奮闘する中に見えるさまざまな人間模様のを通して、「おもてなし」を描写化した物語。台湾から来た青年実業家のジャッキー役をワン・ポーチエ、かつて一流企業に勤めながら、経営不振の旅館を経営する母を支えるために、家に出戻った一人娘・梨花役を田中が務める。
また共演には、日本から余貴美子、藤井美菜、青木崇高、眞島秀和、木村多江のほかに、カメオ出演として香川京子が登場。台湾組からもベテラン俳優・歌手のヤン・リエなど、実力派が脇を固めている。
この作品でメガホンをとったのは、アメリカ育ちである台湾出身映画監督のジェイ・チャン監督。本作ではオリジナル脚本を、脚本家の砂田麻美さんとともに担当するだけでなく、撮影もこなすというマルチタレント振りを発揮。さまざまな要素から、今作の大きなテーマである日本の「おもてなし」の精神に鋭く迫っている。
本作の音楽は、大橋トリオの名で活躍する大橋好規が担当。自身のフィールドであるジャズ・テイストをふんだんに活かしたアコースティックなサウンドで、ゆったりと流れていく映画の雰囲気に鮮やかな色彩感を与えている。
日台合作にもかかわらず日本的
――映画のタイトルにもなっている「おもてなし」について思うことはありますか?
梨花は最初、旅館経営を立て直すために台湾からやってきた一人の男性(ワン・ポーチエ)に対して「あなたは『おもてなし』を勉強してください」と言うけど、そんな自分も母親から「あなたも学んできなさい」って言われて(笑)。「あなたも分かってない」と言われたことに対して「日本人だからこそ普通に分かってるはずで、今更なんで私が」という感じなんです…。
私たち日本人にとって当たり前でごく自然な作法も海外から来た人にとっては物珍しいこともあるのかもしれない。そういった同じ場所にいて気づかない、我々日本人もいるだろうとは思います。
――ジェイ・チャン監督という海外の方が、「おもてなし」について、映画で深く切り込むという、日本人としてはすごくドキッとするような…。
本当にそうなんです、日本人としてはドキッとする(笑)。日本人ではない監督が、日本のことを本当にすごくピュアに見てくださっているし、日本の映画というものも真っ直ぐな目で見てくださっているという感じで。今作は日本と台湾の合作であるにもかかわらず、映画がすごく日本的なのに驚きました。
――「おもてなし」というテーマに対して「見透かされてる」感じもあったのでしょうか?(笑)
ジェイ監督は、監督とともに今回のカメラマンも担当しているのですがジェイ監督の見た目に映った世界がそのまま映像になっている印象を受けました。ファインダー越しにスクリーンを覗いている監督のイメージそのままというか。こんなに細やかに世界を深く掘り下げて見ているんだと。ジェイ監督は本当に映画に対するピュアさもそうですが、日本に対する思いや人に対しての目線がとても真っ直ぐだと思いました。
――今作のストーリーは、筋だけに注目するとコメディっぽい雰囲気も部分的には感じられ、これを、アメリカを土台にしたテーマとして作られると、そのままコメディになるのではとも感じます。しかし、それがそうならずに和の雰囲気をすごく意識している様子を感じました。そんな作品の雰囲気について、撮影中にジェイ監督と話して、垣間見えたところはありましたか?
そうですね。日常の中にある、霞(かすみ)のようなあいまいなものを大きく表現するのではなく、リアリティをもっというところを、ジェイ監督はすごくこだわっていたと思います。監督の指示が、本当にものすごく細く、しかもたくさんありました(笑)。ファインダー越しで見ているからかと思いますが、本当に目が何個もあるんじゃないかと思った。リアリティをもたせて、人の心の機微を表現するというところが、監督が大切にしている所でした。
――日本の監督と比べて、性格的にもかなり細い方ですか?
いや、日本人の監督と比べてというよりはカメラマンも同時にやっているジェイ監督だからこそというのが大きいと思います。立ち位置や目線とか、ジェイ監督は誰よりも近くカメラのファインダーから画を見ている。きっといろんなところに神経を働かされていたと思います。
――ダブル主演のワンさんとの共演はいかがでしたでしょうか? 田中さんの表情はどちらかというと豊かというか、笑ったり、怒ったり、泣きそうになったりという感じに比べ、ワンさんの表情はどちらかというともっとゆったりとした印象もありました。
彼の役は、どちらかというと心を閉ざしているシーンが多かったですし、過去の恋人に再会した時にも、やっぱり男性が恋愛をしているという表情を見せるところもありましたし、女性とは逆で両親の前では少し表情を抑えたり。そういった表情の変化というのは、男性には結構あるのでは?と思います。
私は今回役作りは特になく撮影に入りました。ただジェイ監督がと梨花というキャラクターに対して、そのバックグラウンド、例えば「彼と付き合って何年ぐらい経ったか」とか「仕事は何年くらい、具体的にどんな仕事をしていたか」とか「お父さんが亡くなって、旅館に戻ってきて、それがいつなのか」など監督とは共通認識としてはっきり持つために細かく話し合いました。
今回は彼女を表す過去のシーンも、再現シーンなどそういったことはないのですが、だからこそ彼女の奥底にある、描かれてない部分をもって現場に入ることで、彼女の人間性が出ると考えました。
――いろんな面でリアリティという課題へのアプローチが感じられますね。田中さんとしては、この映画のポイントとしてはどのようなところだと感じますか?
そうですね…琵琶湖の湖畔や、京都の街並みの美しさとか、改めて日本について「こんな美しいところで私たちは暮らしているんだ」と感じられるところ、そして「おもてなし」という文化・習慣が昔から根付いている、日本という国を感じられるところが、とても素敵だと思っています。特別に派手なアクションシーンがあるとか、泣き所があるというところではないけど、じんわりと心に染みるものがある、とても日本的な映画ですね。
音楽には、イメージを広げてくれる感じがある
――さて、田中さんと音楽という関わりについてもうかがいます。田中さんは以前、ラジオのパーソナリティなどをやられたこともあり、わりとご自身の生活の中でも、音楽と接することも多いのではないかと思いました。
そうですね。ラジオのパーソナリティは随分前におこなっていました。今は特に何か自分で選曲するという機会はないけど、家にいる時は、音楽を流していたりします。
――どのような音楽が好みでしょうか?
結構、カフェ・ミュージックというか。ノラ・ジョーンズなんかは好きなので、家事をやっている時にかけたりもします。最近はジャズなんかもよく聴きいています。それと他にもいろいろ。エド・シーランとかも聴きますし、アヴィーチーとかエリック・クラプトン、ガブリエル・アプリンなんかも。
――どちらかというと、洋楽嗜好というところもあるのでしょうか?
あるかもしれません。ただ歌詞を聴くというよりかは「音を聴きたい」という感じもありまして。
――今回の映画では大橋義則(大橋トリオ)さんが音楽を担当されて、音的にもどちらかというと器楽曲というか、ピアノやギターをメインとしたインストゥルメンタル楽曲がベースになっていますが…。
綺麗ですよね。映画にとても合っていると感じました。懐かしく温かみがある一方で現代的なアプローチもあって新鮮な印象を受けました。懐かしさとか、切ない感じもあり、映像とマッチしてるなと思います。
――エンディングにはボーカル曲も入っているカントリー風の曲もあります。
「Father and Son」、とても素敵な曲ですよね。私はカーペンターズが好きで、昔から聴いているのですがこういった温かみのある音楽はとても好きです。
――田中さんにとって、音楽とは生活の中にどのように接せられているものなのでしょうか?
例えば音楽の中のストーリーで物語や人が出てきたりするので、そういった所に感性は刺激されているでしょうね。想像させてもらえるというか。また他の国の言葉が歌詞の場合には、その言葉が分からなくても、声の調子や楽器の音で浮かぶ景色とか、自然の部分があったりして、イメージを広げてくれることもある。身近なものなので、私は本を読むように聴いているという感じもあります。
また、車に乗っている時なんかは、何も鳴っていない中で運転してるよりも、音楽がかかっている中で運転する方が自然な感じがしますし、人生を豊かにしてくれるもの、生活を潤おわせてくれるものでしょうか。
(おわり)