インタビューの反省から再考した、音楽的モノ作り傾向の変化
ライターという立場で恥ずかしながら、実はインタビューが苦手である。毎回ある程度の下調べとともに、さあインタビューへと望むのだが、なかなか相手の胸の内を探りきれていないな、と痛感することも多く、大抵は意気消沈して撤退…と、なんとも情けない次第である。
以前、あるメディアの依頼で、とあるアーティストをインタビュー取材したときのこと。ちょうどそのとき、別のメディアから、同じアーティストの“インタビューカットを撮って欲しいという依頼を受け、ちょうどその時間もつながっておこなわれるというタイミングがあった。
その時のインタビューを終えて、さあ次はカメラマンとしてと対応を始めたときのことだった。インタビューが始まると、自分がインタビューしたときには出なかった話がポロポロと出始めた。しかも先程自分が“曲作りなどには、問題なかったんですか?”などとたずねた問いに、今度は「実は…」などと隠された事実を話し始めたのだ。
「そんなにも、俺が人から話を聞きだす力は無いのか…」などと正直、自分としては相当落ち込んだりもした。まあ当然、取材をおこなったメディアの違いもあったのかもしれない。その上でやはり自分の準備やスキルなど、インタビューをおこなう能力が足りなかったこともある、と自分の力不足はただ反省するばかりである。
とまあ、前置きはここまで。実はこれとは対照的に、インタビューの結果に別のことを感じているところもあり、自分自身が感じているジレンマにはそれが起因しているところもあるのではないか、と考える点もある。それは、モノを作るということに対して抱く意識が、過去と現在で違いがあるのでは、ということだ。
例えば、昔は何らかの音を作る、あるいは作品を作るという作業は、何かを言いたい、何かを表現したいという思いが動機付けとなり、作品へと結びつくことが多かったのではないかと思う。レコード1枚をリリースするのに相当に高いハードルがあったため、曲を作り、レコードを発表するには相当の覚悟が必要で、プロとしても相当の人気と実力を誇り、確実に売れることが見込めない限りは、アルバムを出すことなどはなかなか叶わなかったはずだ。
それに対し現在は、レコーディング技術も設備も充実し安価で音源も作れる。インターネット技術、文化の発展により自由に全国流通できる仕組みもある。レコードを出すのが難しかったという過去と比べると、ずいぶん高く感じられた壁は何だったのだろう、と呆然とするくらいに簡単にアルバムをリリースできる。その結果、決まった予定に従ってモノをどう作るかを考え、表現するという方向に進む、そこに固執してしまっているのではないか、と感じるのだ。
おそらく、それぞれの時代の作品作りに掛ける思いは、優劣を付けることは難しいかもしれないが、今の方が相当ハードルが下がり、それだけ作品作りへの覚悟は低くなっているのではないだろうか。
現代の作風、何年代の作風とよく並べてその違いを分析することもあり、それぞれの特徴自体を並べることも、興味深く面白いところでもあり、新しい作品を作る上ではそういった作業を多くするべきだろう。だがその上で、物づくりの発端をどう考えるのかは、今改めて考えていくべきではないかと思う。
最初にインタビューの与太話を出したのは、私がまさしくこの部分を実感したからである。時々インタビューした結果として、よく感じるのは“作品を作る動機付けは無く、自身の感覚だけでモノを作っている感じがある”ということだ。
つまりはアーティスト自身の中にある、リリースしたい、発表したいという確固たる意志に従いモノが出来るのではない。何かを出すというタイミングに従い、“感覚”という何か二次的な存在にだけ依存することによって、モノがごろんと出てくる、そんな感じでモノ作りをおこなっているように感じられることがあるのだ。それが、ある程度セールスを見込むメジャーアーティストだけでなく、まさにメジャーを目指すインディーズのアーティストに対してもそう感じることがある。
感覚に従うという部分だけ見ると、手法という面では面白いモノが出てくるかも、という考えもある。しかし先述したような、何となくの成り行きで出来たモノは、果たして人の胸の内に残るモノとなるのだろうか? どちらとも断言できないが、やはり一時の思いだけで出来てしまったモノは、いつまでも人の心に残らないのではないだろうか。
もちろん、逆に思いだけではモノは出来ないのも確かであるが、例えばアーティストを含め周囲の人間全てが、“自分たちが作品を作っていく、その意味は何なのだろうか?”という原点を、改めて見つめなおす必要があるとも考える。自分自身のインタビュー力の無さをとりあえず棚に上げながら、そんなことなども時々ふと考える次第である。【桂 伸也】
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