中島みゆきリスペクトライブ、名曲を9組それぞれの世界観で表現
出演者
中島みゆきのデビュー40周年を記念したリスペクトライブ『中島みゆきリスペクトライブ2018 歌縁(うたえにし)』東京公演が3日、東京・日本武道館でおこなわれた。クミコ、研ナオコ、島津亜矢、高畑淳子、中村 中、新妻聖子、半崎美子、平原綾香、たんこぶちんの全9組が約3時間にわたり、歌い届けた。幅広い世代から愛されている中島。この日の出演者も多彩で、中島の名曲をそれぞれの世界観で表現。8000人の観客を魅了した。【取材=桂 伸也】
それぞれの曲に対する想い溢れる歌唱
1975年に楽曲「アザミ嬢のララバイ」でデビューを果たした中島は以降、40年以上に渡るこれまでの活動の中で、数々のリリースや楽曲提供をおこない、今なお唯一無二ともいえる独自の世界観を表した楽曲を発表し続け、日本のニューミュージック〜J-POPの歴史に大きな存在感を残すレジェンド的存在として君臨している。
この『中島みゆきリスペクトライブ 歌縁(うたえにし)』は、中島を敬愛する多くの女性アーティストが一堂に会し、中島の名曲を歌うというもの。2015年、2017年とこれまで2回の公演がおこなわれている。今回はかつて中島も出演していたラジオ番組『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)の50周年記念企画として全国9カ所で開催。最終日は3月25日に広島・上野学園ホールで迎える。そのうちの東京公演は、これまでおこなわれた中野サンプラザ、オーチャードホールよりスケールアップし、日本武道館での公演となった。
午後4時の開演。ステージには白い衣装を身にまとった5人の女性がオープニングアクトとして現れた。ガールズバンドのたんこぶちんだ。中島とは、同じ事務所の先輩、後輩に当たる彼女たち。この日登場した様々なアーティストたちの中では、最も若い世代だ。しかし、中島の「泣いてもいいんだよ」を、彼女たちが身上とするロックサウンドに乗せて歌うと、バンドサウンドが原曲のイメージを包み、カバーという印象を越え、彼女たちのまた違った一面を披露したような、不思議な印象を覚えさせた。
そして、次なるステージはジャジーなアレンジでバックバンドが奏でる、中島の代表曲「糸」でスタート。ゆったりしたインストゥルメンタルのプレーに続き、トップバッターとして新妻聖子がステージに現れた。このステージに向き合うに当たり「中島みゆきさんのつむぐ、言葉やメロディーから、新たな景色を引き出せたら」と語ったという新妻。
柔らかな印象を与える歌のメロディーが、伸びやかに日本武道館の隅々へと響き、グッと胸を締め付けるような情感を聴く人々に振りまいていく。ラストナンバーは「ひまわり“SUNWARD”」。かつて幼少に海外で暮らした際に出来たという世界中の友人を思いながら、この楽曲に深く共感したことを明かしつつ、その想いをたっぷりに熱唱。最後は人目をはばからず両目より涙を流す姿も見られ、中島の楽曲に対する彼女の想いが伝わって来た。
続いて登場したのは、中村 中。かつて中島の手がける言葉の実験劇場『夜会』への参加をきっかけに、音楽と演劇の境が消えていったことを実感したという中村。直立して歌っていた新妻とは対照的に、マイクの前で腕を前に組み不適な表情を浮かべて「狼になりたい」からステージをスタート。
淡々と始まった歌は、サビの<狼になりたい>というフレーズに近づくにつれ、感情の動きが見える表情とともに変化していく。時に演劇のセリフを感じさせるような表現が歌に混じり、その詞のイメージと中村自身の一挙一動を重ねる。「自分だけが辛いなんて言えない、優しい人は特に自分の気持ちを外に出せなくなってしまう。私は、みゆきさんの歌を聴いている時に、その言えない気持ちを歌が聞いてくれるような気持ちになる」と語る中村。彼女はそんな想いを、この日のステージで、自分自身のパフォーマンスによって表現していた。
歌い手のルーツと重なる中島の世界観
3番手として登場したのは、半崎美子。半崎はかつて音楽に魅せられ大学を中退し、シンガーソングライターを目指して活動を続けた約17年、メジャーデビューを迎えたのは昨年。遅咲きのアーティストと言っていいだろう。その苦労の時に、度々中島の歌で勇気付けられたという半崎は、その歌が自身にとって「まさに『希望の星』です」と語る。
MCではまるで新人アーティストのように、初めての日本武道館のステージに緊張する表情を見せながら、自身も中島と同じ北海道の出身であること、そしてそれ以上に上京し様々な苦労の時を、中島の歌とともに過ごし、自身の思いを受け入れ、奮い立たせてくれた思い出を振り返る。
そして半崎もまた自身のルーツを感じさせる、表現力豊かな歌を聴かせる。ラストは「帰省」。自身も並々ならぬ決意で家を飛び出した思い出を回想、その思いをたどるようなこの曲に、しっかりと身をゆだねるように歌い上げる。その説得力のようなものを感じさせる歌に、観客は惜しみない拍手を送った。
続いて登場した歌手の平原綾香。1曲目に披露した「銀の龍の背に乗って」では、ジャズのバース(導入部分)のように独唱、そしてサビからは、中島の歌唱をほうふつとさせる表現で披露する。平原は、かつて中島より授かった、自身の代表曲の一つ「アリア-Air-」を歌った際に、中島の影響について言われたこともあり、楽曲にある強い個性に感服する姿勢を見せながら、「みゆきさんの良いところは、名曲ばかりというところ。だから悪いところは、大曲ばかりというところ。疲れます」などと冗談で笑いを誘う。
その一方で、その曲を聴いた時に涙が止まらなかったという「孤独の肖像 1st.」、続いて「アリア-Air-」を熱唱。その歌声には、自身のルーツ云々というよりも、自身の積み上げてきた歌の感性、力量で最大限の表現を見せようとする、そんな真剣な表情も感じられた。
次に登場した歌手・クミコは、時にか細く、そして最も伝えたいメッセージには伸びやかな声で、自身のルーツであるシャンソンの風味を存分に生かした歌を披露。それは“中島みゆき”という一人の人間の感性に合わせようとするというより、自身の持つルーツと、中島の感性の強く交じり合うような接点を探っているようでもある。
中島の感性に「最後に残るものは勇気なんだと教えてくれる、それがおそらくみゆきさんの歌なんだろうと思います」そんな印象を語るクミコは、NHKの連続テレビ小説『マッサン』の主題歌となった「麦の歌」から、この日のために特別に結成された“世情合唱団”とともに披露した「世情」と、最後に“勇気”を感じさせる歌を響かせ、観客からの惜しみない賞賛を浴びた。
「時代が回る」様子を見せたひと時
終盤に向かう中で、また一味違った表現で中島の世界観を表現したのは、女優の高畑淳子。全ての証明が落とされた中、わずかなスポットライトの中で照らされて登場した高畑は、朗読から始まる「化粧」でステージをスタート。朗読はやがて歌の中に描かれる一人の女性を演じる一人芝居へ。そして涙声を感じさせる歌のメロディーで曲を締めくくる。
高畑もまた、MCでは「もう生きた心地がしなくてですね…」などとコメント、人が変わったような表情で緊張していた旨を明かし、和やかな空気を漂わせていた。歌というより、その立ち振る舞いや表情、声の微妙な揺れに、歌に描かれる人を表現する。ラストは「ファイト!」。能天気な雰囲気など微塵も感じさせない、現実の厳しさを描いたような曲の世界観を、一人のもがき苦しむような人を演じながら熱唱する高畑。その姿は曲の持つ説得力をさらに押し広げて、観客に衝撃にも似た印象を与えていた。
その高畑に続いて登場した演歌歌手・島津亜矢。ストレートな表現で観客を魅了した。このイベントへの出演は今回で2回目になる島津は、穏やかな表情で、奇をてらうようなビブラートを効かせるわけでもなく、対照的にシャープな印象すら感じさせていた。
確かな歌唱力に裏付けられたその歌は、サビに近づくにつれて力強さを増し徐々に微妙な表現を見せる。そしてそのメロディーが、微妙な中島の曲の世界観を絶妙に表現していく。一方で「演歌の申し子」といわれながらこれまで歩んできた島津自身の30年の歌手生活は、決して順風満帆ではなかったことを明かし、この日島津がステージのために選んだ「命の別名」「歌姫」そして「誕生」には、そんな人生の流れの片鱗を覗かせていた。
そしてイベントのトリを務めたのは、中島が多く楽曲を提供し、強いつながりを持ち続ける歌手で女優の研ナオコ。偶然中島のデビュー曲「アザミ嬢のララバイ」を聴いたことで衝撃を受け、楽曲提供を依頼し始めて以降、強いつながりを持つ研。中島自身が「この曲は、彼女がいたから書けた。彼女が私の歌を引っ張り出したということだと思う。だから、彼女が歌わなきゃ話にならない」と送った曲「あばよ」からスタート。この日は愛娘であり、同じくシンガーとして活躍するひとみをゲストとして招きステージを披露。間にはひとみが「わかれうた〜 地上の星」を、中島本人への強いリスペクトを感じさせる歌声で披露する場面も。
これまで16曲の楽曲提供を受けてきた研は「最初の頃は本当にかわいらしい、おとなしい感じの方だったんですけど、途中からどうもおかしくなってきちゃって…もともとあんな方なんですよ。まあ驚かれるかと思いますが、すごい人です」などと冗談っぽい話を交え、笑いを誘いながら、40年以上の付き合いを振り返る。
そして、もともとアルバム中の1曲だったにもかかわらず、研自身の曲への思いが募り、シングルカットまでして世に披露したという逸話を持つ、研の代表曲の一つ「かもめはかもめ」を、情感たっぷりに歌い上げて、自身のステージを締めくくった。
イベントのラストは、この日の出演者全員による「時代」。フレッシュなアーティストからベテラン、歌手、さらにシンガーソングライターから女優と、幅広い面々が一堂に会したこのイベント。その一場面はまさに「時代」を感じさせるものだった。
同時に、中島の歌自体をどう評価するかといった単一方向的な見え方より、中島の作ったもの自体が基盤となり、そのベースをもとに人々がどのような感情を育み、そして表現していくのか、といった未来への兆しのようなものを感じさせていた。
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