音楽はもっと自由なはず、安田寿之 リスナーと創る新たな音楽の形
INTERVIEW

音楽はもっと自由なはず、安田寿之 リスナーと創る新たな音楽の形


記者:小池直也

撮影:

掲載:18年02月03日

読了時間:約16分

ケンカして作って、すんなりCDにするのはなぜ?

——「立ち返る」という言葉がありましたが、それは過去にヒントがあるという事でしょうか?

 例えば僕の場合は既にレコードがあって、カセットテープがあって、CDがありました。音楽メディアというものはそういうものだ、という様な前提に凝り固まっていたんです。でも音楽はもっと自由な筈なのだから、一点でも良いし、リスナーとやりとりして作っても良い。今当たり前だと思っている事から立ち返るためには「昔はどうしていたんだろう」と考える事が1つのヒントになると思っています。

 この『Breaking the Silence (Version 10.3.3) 』のジャケットにシーリングスタンプ(蝋で押す判子)を使っています。昔は封筒に封をするためにのりの代わりにこれを使っていました。これも全く以って新しい物ではありませんが、人が作って人が届けているというのを表現するために1枚1枚押しています。こういうのもCDに付けるという発想があまりなかったと思うんです。

——安田さんは武蔵野音楽大学でも教えられていますが、学生と向き合って思うところはありますか?

 僕が教えているのはアレンジの実習です。皆で共通の1曲を決めて、それを好きにアレンジするという授業。なので、自分の知識を教える部分もありますけど、基本的には自発的に目標を決めて、それに到達できる様に自分で考えて手を動かして進める感じです。

 自発的に出て来たものに対して「これだったら、こういう風にした方が良いんじゃない?」、「それ良いね」とか、僕の思っていなかったアイディアが出たら「どんどんやってみて」と伝えます。

 ただ、音大なので生徒がほとんど女の子なんですよ。女子大生って他の子に影響されて、同じ髪型で同じ服を着ているみたいな人が多いと感じます。「いかに外れないか」という事が大事な年頃でもあるんでしょうか。そういう事から脱してほしいなと思い「自分で考えて、自分で行動した方が良いよ」とよく話しています。

——若いアーティストから刺激を受ける事もありますか?

 今回アートワークを担当して貰ったのは青木勇策君という、ファッション業界で注目されている若い写真家です。若い感性の持ち主は基本的に好きですね。冨田勲さんも、YMOも好きで当然ずっと影響を受けてきました。でも上の世代の方よりも、若い世代に聴いて貰いたいという気持ちでやってはいます。

 自分を含めて、若い頃はやはり自分の枠から出る事が難しいですね。「こういう事もやって良い」という事すらアイディアとしてないので、そういう事を教えてあげるのも大人の役割なのかなと。そういう意味で先ほどの『音楽家の写真展』は、自分のアイディアが具現化できた初めての体験になりました。

——Spotifyで、2017年によく聴いた楽曲をプレイリストにされていました。音楽を聴く時にサブスクリプションをご利用されているのですか?

 サブスクについて、僕はポジティブなスタンスです。Spotifyのプレイリストは充実度が素晴らしいと思っています。自分の好きな音楽を辿って聴いてみて、今まで知らなかった良いアーティストを沢山知ることができました。どれだけ宣伝費をかけたから人に聴かれるという世界でもないところも良いですね。宇多田ヒカルさんが聴ける様になってから、バイラルチャートが宇多田さんばかりになったのは驚きましたが(笑)。

 購入するのはiTunesが多いです。やっぱり人に勧めるとか、選曲リストを作るにしてもお金を出して買っておかないとまだ抵抗がありますね。そこらへんはオヤジっぽいのかもしれませんが、「アーティストに少しでもお金がいってほしいから」というだけの理由です。

——対照的にアナログレコードの売り上げも上がっています。これについてはどう思われますか?

 一応僕の家にもレコードプレイヤーはありますが、熱心に買うという事はありません。なので「好評だからアナログを作ろうか」というのも、自分が買わないので発想としてはないんです。トレンドに左右されて、自分が買わないのに作るのはどうなのかな、と思ってしまうんですよ。

 「ヴァージョン・アップ・ミュージック」についてもそうですが、こういう事をやっているのは他の音楽家を煽りたいという気持ちも少しあるんです。ミュージシャンはこだわりがあって、皆ものすごく自分勝手。だから、もっと好き勝手なメディアで好き勝手な形で作品を発表すれば良いと思うんですよ。

 ケンカしてああだこうだ言って作ったのに、完成したらどうして皆従順に円盤にするのか。CDにするというのは、CDにしない時と同じくらい考えないといけないんじゃないかなと。自分のメディアを作るという位の事もやっても良いんだ、という事を知ってほしいという意味合いも偉そうですけど、この作品には少しあります。

——確かにCD化を絶対視する時代でもないのかもしれません。安田さんはその時代時代で出来る可能性というものを常に考えていらっしゃる様に思えます。

 そうですね。新しい音楽というのは2つあると思うんです。1つは譜面の世界、コードとかメロディですね。もう1つは社会との繋がりで新しい音楽が生まれるという事もあります。例えば今、夏フェスに対抗して『温泉フェス』というものも流行っています。

 譜面の世界で1人、新しい音楽を追及しようと思ってもどこかで社会と繋がっているはずですから。極端に言うと、ご飯を食べるだけで社会と繋がっている。だから、その2つの要素は相反するものではなく、実は同じ事でもあるんじゃないでしょうか。

——「社会」という言葉を聞いて、SNSが思い浮かびました。

 SNSに関しては世の中で起きている事の一部分でしかない筈なんです。でも、ずっとやっていると、そこが全てであるかの様な錯覚に陥ってしまう。たくさん本を読んで、たくさん音楽を聴いて、たくさん映画を観ていれば、それがわかると思いますが、その錯覚を起こさない様にした方が良いですね。好きな情報しか見ない様になると、それが総論の様なイメージに考えてしまいますよ。

——では、最後に2018年はどんな年にしたいか教えてください。

 今回のアルバムは「1つの映画を観た様だった」という感想をよく頂きますが、それを想定して作りました。今はなかなかアルバムで聴いて貰える時間がないですが、長編小説を読む様なイメージで聴いて頂けるものにしたつもりです。

 今年はSpotify等にシングルを出し、そこでリスナーを獲得してどんどん展開していくという事も1つの可能性ではあると思います。そういう意味ではアルバムを作るというイメージも変わってきました。もっと企画性の高いものを作るのであればアルバムという形も良いですね。

 2010年代、僕がやる事にはテーマがあります。それは「色々なミュージシャンやそのファンの方を、自分がハブになって繋ぎたい」という事。2020年代の目標も今ぼんやり考えています。新しい音楽家の仕事を作りたい、ということなのですが、それに向けても段々と動いていきたいです。

(おわり)

この記事の写真

記事タグ 

コメントを書く(ユーザー登録不要)