元Fantastic Plastic Machineの音楽家・安田寿之が1月24日、新作『Breaking the Silence (Version 10.3.3) 』をリリースした。この作品は安田にとって6枚目のソロアルバムとなる。「人類が生まれて言語を獲得するまでの大きな人類史」という壮大なイメージなどで制作された本作は、「ヴァージョン・アップ・ミュージック」と名付けられた、制作過程をリスナーに開示し、フィードバックを求める方法論で作られた。それはCDなどのメディアに録音される事を前提とした制作現場に対する「音楽はもっと自由なはず」という安田の問題提起でもある。1児の父であり、大学で教鞭も執る彼が音楽や社会について今感じている事は何だろうか。話を聞いた。
沈黙があって、最初の言葉がある
——今回の作品は「ヴァージョン・アップ・ミュージック」という新しい方法論を採られたそうですが、これについてまず教えてください。
まさに名前の通りです。アプリやソフトウェアは日々ユーザーからのフィードバックを受けて、開発者が良い意見があれば取り入れてアップデートしていきます。「前の方が良かった」とか言われたりしながらも、結果的に良くなっていくという方法ですね。このヴァージョンアップの考え方を音楽のアルバムでも運用したい、というのがコンセプトです。
19世紀、レコーディングメディアが出来る前の音楽のアップデートを想像すると、人前で公表する事だと思ったんです。その時に拍手もあれば野次もあって。その反応を受けて良いところは生かして、良くなかったところは修正してと。もちろん、やらなかった人もいたとは思いますが。
それが録音物に関しては「ヴァージョン1.0を発表して終わり」という形になってしまっています。現代はフレキシブルにリスナーと交流して意見交換をできる環境がありますし、制作に反映できたら良いなと。10年前からこのコンセプトはありましたね。
——ライブ、という形になるとまた違いますか?
ライブは日々、皆さんがやられている事だと思います。人前で演奏して良かった曲はまたやりますし、ウケたところは長くやるとか、ウケなかったところはやらないとかという事もありますよね。でも、レコーディングとなると壁を作って、リスナーとやりとり出来なくなってしまう。その壁を壊してみようと。
——「Version 10.3.3」という事ですが。
どういうヴァージョンの更新方法をとるか考えたんですけど、結果は1曲目を公表したらヴァージョン1。2曲目を公表したらヴァージョン2として、曲数以外のアップデートは小数点以下を付けていく方式になりました。結局10曲になったので「10.3.3」となっています。当然全ての意見を聞ける訳ではありませんが、良い物を取り入れてアップデートして公表して…というのを繰り返しています。
実際、かなり多岐に渡るご意見を頂きました。僕も初めてですし、リスナーの方々も初めて。何を言っていいのかもわからないと思ったので、例えばこんな感じという様な説明もしています。曲順とか、自分の好きなアーティストを参加させてほしいとか。でも、意外とそういうご意見はなくて、細かいアレンジの事が多かったですね(笑)。
実際取り入れたのも、その様な細かい点ではありました。面白かったのは「歌詞を見る事で言える意見もあると思うので」と歌詞の開示を求められたり、「リズムをもう少しにぎやかにするとどうですか?」とか、構成、あとは「ボーカルのリフレインをこうしたらどうですか?」などの意見でした。
——取り入れる/取り入れないの線引きが大変そうなイメージですが、その辺はどの様なジャッジをされましたか?
やはり全ての意見を聞く事はできないので、いつも以上に自分のイメージをしっかり持つ様にはしていました。まず「これは無理だな」というリクエストが半分くらい。もう半分はトライして。その中でやってみて上手くいくものと、いかないものがありましたね。全体で3分の1くらいは何らかの形で踏襲する事になりました。
事前に注意していたのは「著作物を募集するわけではない」という事です。「こんな歌詞(メロディ)ができたから使ってください」という様な事ではないですよ、と。共作みたいなイメージで捉えられてしまうと、それも違うので。
今回はとりあえず、ひな形を作ったつもりでやりました。この「ヴァージョン・アップ・ミュージック」というやり方を他のアーティストの方が採る発展案も考えています。
——そう考えると永遠にアップデートできる可能性もありますね。
これは僕の中ではまだ途中経過ではあるんです。出せる状態のやり切ったところ、という感じですかね。フィードバックも止まって、自分の中でも消化してアップデートし終えた段階という事もあり、CDにするには一旦完了だなと。この後もフィードバックは受けますし、もし良い意見があればアップデートする可能性もありますね。
また、CDにするとお金がいくらあっても足りないので、そうなった場合はデジタル配信でリリースすると思います。昔だったらCDに焼いて郵送でしたけど。それから今のデジタル機材はコードやメロディを変えるとなれば、すぐに設定をコールバックして編集できるんですよ。
昔だったらプレイヤーを呼んで、スタジオをブッキングして、となります。でもアップデートの度にそれをしていたら時間もお金もいくらあっても足りない。こういう環境があるからできる制作の方法とも言えるかもしれません。
——昨年末に10曲目の「The First Word」を先行配信リリースされていますが、この意図はなんでしょう?
iTunesだけ去年(12月)先行でアルバムをリリースしたので、iTunes以外のメディアでシングルとして用意しようと思い、この曲を選びました。実際は3曲目の「Landfall」をリードトラックとして夏に出したんですけど、少し先行しすぎてしまって(笑)。もうちょっと早くアルバムを出せると思ったんですけどね。
全曲そうなんですけど、僕としてはピアノで作曲するところから制作を始めます。それを電子音に置き換えていくような作業ですね。「The First Word」もそうで、始めはピアノで作りました。最終的にピアノが1番合うので電子音に置き換える事はしませんでしたけど。この曲はコンセプトがあったわけでもなく、作っていく中で曲順の最後に持ってこようと決めました。
——「The First Word」にはエスペラント語(人工的に作られた国際補助語)で歌詞が付けられていますが、これはなぜでしょうか。
アルバムのコンセプトのひとつは「沈黙があって、最初の言葉がある」というものなんです。それから「人類が生まれて言語を獲得するまでの大きな人類史」という様なイメージもありますね。自分の子どもが産まれる前、聴診器で心臓の鼓動を聴かせて貰った音を、とっさにiPhoneに残したんですよ。その音を使ったりもしています。
その意味で、この楽曲はエスペラント語が共通言語として象徴的だなと思って使いました。「歌詞の内容はわからないけど歌っている」というのが昔から好きで、結構やっているんです。『ROBO*BRAZILEIRA』(2000年)は「ロボットが歌うブラジル音楽」というコンセプトでした。
僕はポルトガル語はできませんが、ブラジル音楽が好きなので。そのアルバムでは似非ポルトガル語っぽい歌詞をカタカナで作りましたが、そこからの連なりで「The First Word」でもエスペラント語のアルファベットを歌っています。最初の言葉(『The First Word』)が最後に来ている」という事も特徴ですね。