音楽はもっと自由なはず、安田寿之 リスナーと創る新たな音楽の形
INTERVIEW

音楽はもっと自由なはず、安田寿之 リスナーと創る新たな音楽の形


記者:小池直也

撮影:

掲載:18年02月03日

読了時間:約16分

一点物の音楽、という可能性

——アルバムのコンセプトに壮大なイメージを感じましたが、それを題材にしようと思った理由は何だったのでしょうか。

『Breaking the Silence (Version 10.3.3) 』ジャケ写

 制作は「ヴァージョン・アップ・ミュージック」でしたが、内容は聴いた時にコンセプチュアルなものとわからない物にしたかったんです。新しい事をやって出来た事がわかる、無機質な感じにはしたくなくて。ドラマティックでエモーショナルな電子音楽にしたいという想いがありましたね。会話の中に間があると、ドラマティックじゃないですか。「なぜ黙っているんだろう?」と、お互い凄い考えてるという沈黙から喋り出すまでは一瞬なんですけど、凄いドラマがあると思うんです。

 その一瞬の中に色々なストーリーがあるという発想が浮かびました。収録曲に、「Good for All Frogs」の蛙や、「Simba na shibli」のライオンのように、動物が出てくる曲があったり。あとは旅の曲である「On a Train to Mouli」も。一瞬の間の中に動物が出てきたリ、旅をしたりする曲が詰め込まれていたら、ひとつのドラマになるんじゃないかなと思って『Breaking the Silence』と名付けています。

 人類史という意味では、アフリカをイメージした楽曲「Simba na shibli」、「上陸する」という意味の「Landfall」が象徴的です。アフリカから出て、新しい大陸に上陸するという事で人類史を表しました。新しい大陸と聞くと、歴史で習うコロンブスが浮かびますが、それは逆です。アフリカで生まれた人類が西欧やアジアに出ていって、新しい言語を獲得していく方が先なので。

——子どもが初めて意味のある言葉を発する、という意味も込められていると聞きました。

 僕には今度小学校に上がる子どもがいます。生まれた時は当然言葉が話せず、泣いてました。次に意味のない言葉、そして意味のある言葉を話します。大体「ママ」ですけど(笑)。その成長からも影響を受けました。意味のある言葉を話すまでが「Silence」だとすると、それがひとつの『Breaking the Silence』かなと。

 あとは、ヴァージョン1.0でアップデートされない作り方を誰もが疑問も持たずにやり続けている、という事に対して一石を投じるという意味もあります。そういう音楽業界が「Silence」だとしたら、それに対して「Break」するという側面も含まれていますね。

——今回の曲作りに関してアイディアはどの様にして着想されましたか?

 先ほどの「ピアノで弾いて良い曲を作る」というのがまず大前提です。それがないと別の音色に置き換えても薄っぺらな物になってしまうので。それができたらピアノから離れて、ピアノで作ったという事が予想できないような音に変えていきます。電子音楽は音色が勝負なところもありますから、音だけ聴いても面白い物にしたいと思っていました。

 「Absencism」なんかは、ブラジル音楽のバトゥカーダという複雑なグルーヴのリズムをリズムマシンで演奏しています。そうするとグルーヴの熱量を保ったまま、音色は無機質という面白い感触になるんですよ。この手法はよく使いますね。ブラジル音楽好きな人が聴くとバトゥカーダという事はわかると思うんですけど、でも音が違うので「何かおかしい」となるんじゃないですかね。

 その違和感がインパクトに繋がると良いなと。後半になるとネタばらしというか、バトゥカーダの音が重なる様になっています。ストレートに表現しない事によって伝わる事もあると思っていて。僕はギターで弾き語りをする様な事を電子音楽でやっているつもりなんです。

——キャリアの中で、音楽機材の進化も目の当たりにしてきたと思うのですが、現在の製作環境についてどう思われますか?

 基本的にビンテージ機材には興味がないんです。常に新しい機材でやるようにしています。例えばソフトシンセ(PC内から出せる音源)だと、昔は音が薄っぺらいと言われていましたけど、今はそんな事全然ありません。そういうものとピアノやリズムマシンを組み合わせる事によってコントラストがつきますし、生楽器と変わらないような音の追及も出来る様になってきています。

 僕はそういう追求よりも、シンセしかできないハイブリッド感が好きでやっています。そういうのがどんどん、昔に比べて作りやすくなっていると思います。やっぱりソフトウェアの会社も色々と出てきて、それだけ選択肢が増えたという事だと思います。

——先ほどの「違和感」を作る手法も、それによってやりやすくなったところはある?

 いえ、それはサンプラーを使っていた時代からよくやっていた手法です。世界の音楽はグルーヴが面白いんですよ。例えばクラシック音楽の3拍子とかも、3等分した3拍子ではなくて。どの音楽もならではのグルーヴがあるので、どのタイミングで音を鳴らすのかというのを解析したりもしていました。音色も関係してきますので、そこは自分なりに研究が必要なんですよね。

——この作品を踏まえて、次回作以降の展望はおありでしょうか?

 音楽自体も新しい物を作っていきたい、というモチベーションが勿論あります。それから作り方や公表の仕方に関して、今提供されている物を当たり前だとは思わずに、どれだけ前提に立ち返って刷新できるかという事を自分の軸にしていきたいですね。

 それは「ヴァージョン・アップ・ミュージック」を色々なアーティストが使える様に持っていくというのも1つですね。それから、5年前に『音楽家の写真展』というイベントをおこなったんです。内容は「1枚の写真+そのサウンドトラック」を展示したものでしたが、それは表向きな事です。やりたかったのは「一点物の音楽を作る」という事でした。

 現在は「音源をコピーして、そのコピーがたくさん売れると成功」だというのが1つのスタンダードになっています。でも、それだけが成功ではないんじゃないかなと。「どれだけその人に刺さったか」というのも成功のひとつだと思っているんですよ。それにはロット番号を付けて、生産数を少なくするというやり方でも良いんですけど、極端に1点にしようと思ったんです。どれだけ刺さったかによって作品を買ってもらう、という公表の仕方ですね。「ワンオフミュージック」という様な考え方で音楽を発展させても良いのではないかなと。

 今当たり前になっている提供方法を覆すというよりも、それが1つの絶対的な真実ではないという事を音楽を作る事で表現したいです。大げさに言うと、新しい価値を提案するのが目標ですね。

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