生に勝るものはない――ということをよく聞くが、NHK紅白歌合戦もそうではないか、と思うことがある。それは紅白の取材を始めてから変わった意識だ。リハーサル取材では、数十メートルしか離れていない位置から、しかも歓声がないなかで出場者の歌声に触れる。その時に感じるのは歌唱力の高さだ。ジャンルとともに歌を聴く手段が多様化しているなか、現場で感じる歌唱力や生の臨場感をどれだけテレビを通して伝わるかが課題ではないかと思うのである。

 初めて紅白取材をしたときに驚かされたのは、演歌歌手の声量の高さだった。例えば、天童よしみや福田こうへい。もはやマイクはいらないのではないかと思うほどの声量のなかで、抑揚をつけたり、粘りや艶を出して歌の情景を作り出す。「こんなにすごいの!」と思わず言葉が漏れるほどだった。

 高橋真梨子や島津亜矢の歌唱力も圧巻だった。リハーサルなのに歌い始めた途端にその世界観が広がる。それは今回出場した平井堅もそうだった。また、松たか子やSHISHAMOの歌声の綺麗さ、エレファントカシマシや竹原ピストルのストレートさ、Superflyのダイナミックさは取材している身だが我を忘れて聴き入るほど魅力的なものだった。

 石川さゆりはリハーサルの合間におこなわれた囲み取材で「津軽海峡・冬景色」を歌うことについて「阿久悠先生が亡くなって今年で10年。阿久先生と三木たかし先生に書いていただいた『津軽海峡・冬景色』が、日本のポピュラーな歌になったという気がして。そんな歌を歌えることはなんて幸せだろうと思います。何回も歌わせていただいて、また違う『津軽海峡・冬景色』の景色をお見せしたい」と語っていたように、現場でみる石川さゆりの歌は、これまでも披露してきた曲とは異なる色合いと表情が垣間見えた。

 また、三浦大知のダンスパフォーマンス。彼の切れのあるダンスに歌唱力の高さも改めて感じることができたが、無音ダンスの時の動きやその際に生まれる音、ステップの音は迫力があり息をのんだ。

 正直、取材をおこなう前までは、そこに気付かなかった。テレビのフレームで見た場合、華やかさにどうしても目が行ってしまうが、この歌の部分をどれだけ視聴者に伝えられるかが実は課題なのではないかと思うのである。当然、番組担当者はそういうことは考えているはずだろう。紅白は、他の音楽番組とは異なる特別なものだ。それは五木ひろしも前々回の紅白での囲み取材でこう語っている。

 「紅白は全てのジャンルが一堂に会する日本最高の音楽番組、という認識でいます。この紅白を観れば日本の音楽の全てが観られる。そういう意味では、色んなジャンルが、普段なかなか一緒になることがない人達が一つになってお届けできることは、まさに国民的音楽番組」

 音楽を聴く環境は、インターネットの登場によって変わった。CDだけでなく、配信やYouTubeなどの動画共有サイトでも気軽に聴けるようになり、紅白の全盛期のようにレコードやテレビ、ラジオだけではなくなった。そういう環境の中で、紅白ならではのものと言えば、多種多様なジャンルが一堂に会する、という点。それをやり続けることも重要であるが、原点に立ち返り、どれだけ歌の魅力を伝えられるかが課題なのではないかと感じる。視聴者側のテレビ・スピーカー環境にも左右される問題ともあって難しいところだが、記者が現場で最初に味わい鳥肌が立った生の感動を視聴者にも体感してほしいと思うのである。「わ! すごい」を。【木村陽仁】

この記事の写真

記事タグ 


コメントを書く(ユーザー登録不要)