ジャズピアニストの上原ひろみが20日に、新プロジェクトのライブアルバム『上原ひろみ×エドマール・カスタネーダ「ライヴ・イン・モントリオール」』をリリースした。南米コロンビア出身で現在米・ニューヨークを拠点に活躍中の気鋭のジャズ・ハープ奏者のエドマール・カスタネーダとのデュオ作品。昨年開催されたカナダの『モントリオール・ジャズ・フェスティヴァル』に両者がそれぞれ出演した際に交流がスタートし、今年の6月に早くもモントリオールで共演。今作はその時の模様を収録。ピアノとハープは構造が似ていることから相性は良くないとされているが、上原は初めてエドマールと合わせた時から、そんなことは感じなかったという。今作に収録されたハープとの共演を念頭に置き書き下ろした楽曲について、上原は「作曲は植物を育てていくような感じ」と話す。昨年リリースした、アルバム『SPARK』が全米ビルボードのTraditional Jazz Albums部門で1位、またジャズ総合でも1位になるほど、世界的に活躍している彼女。「素晴らしいピアニストというのは何色も音のパレットがあると思います」と自身の理想のピアニスト像を語る。彼女ならではのテクニックとエモーションの密接な関係性、他の楽器を演奏するという発想はないと語るピアノに対する情熱、音へのこだわりなど話を聞いた。
イメージを全て覆されるような感じ
――今回は、エドマール・カスタネーダさんとのデュオでおこなったライブが音源化されたということで。
エドマールと出会ったときは、お互いに別のプロジェクトでモントリオールに行っていました。その1年後にこうやって、出会った場所で演奏したものが作品として残ることに興奮しましたし、気持ちが高まる中でのレコーディングでした。でも、とにかく平常心で、いつものライブという感じでステージに臨みました。
――リハーサルで最も気を付けていることはどのようなところでしょうか。
毎回会場が違うということもあり、とにかく自分達が演奏しやすい音作りをすることが一番大事です。
――上原さんは演奏のタッチに対して、ピアノの調律を毎回指定されたりするのでしょうか?
どれくらい、それに対応できる調律師さんかということにもよりますが、対応できる方であればあるほど、注文を細かくします。でも、重要視しているのはタッチというよりも音の響きですね。音が球体である、というか「ド」と弾いたときの音の膨らみです。調律によって音の膨らみが全然違ってきます。
――音の丸みというのがご自身の基準?
そうですね。音がふくよかで膨らみがあるというのは重要です。
――エドマールさんのようなハープ演奏者と演奏するときも、音のイメージは変えないのでしょうか?
そのイメージは変わらないですね。
――初めてエドマールさんのハープの音色を聴いたときは、どのような感覚でしたか?
ハープってこんな楽器だったんだと。自分が今までぼんやり描いていたハープのイメージを全て覆されるような、初めての体験でした。
――上原さんはトリオで演奏されることもありますが、トリオとデュオでは、気持ち的にはどういった違いがあるのでしょうか?
やっている音楽や曲も違いますし、何よりも人が違うので、相手が違うと引き出される自分も違います。それによって自分の表現方法も変わってきます。相手の人間性などではなく、ミュージシャンそのものですね。誰と演奏しているかということが重要なんです。
――ハープとピアノは相性が良くないとも聞きますが、そのことをわかっていた上での今回のコラボレーションだったのでしょうか?
私はわかっていなかったですね。実は今でも相性があまり良くないということはわかっていなくて(笑)。エドマールがそういう風な定説があるということを話してくれて、ピアノとハープは構造が似ているので一緒に演奏するのは難しい楽器と捉えられているみたいですね。でも、一緒に演奏してみたら、結果そんなことは全然なかったね、と。
――私も演奏を聴いて「合わないって言われているんですよね?」という心境でした。今回の演奏でそういった定説を覆しましたね。
彼のまわりのハープ業界の方々はみんな驚いていたようです。
――どの辺りにハープの音色の凄さを感じますか?
エドマールという人の持つ強さや素晴らしさは、あの楽器からあれだけのグルーヴ、リズムを生み出して、一つの楽器がベースにもギターにもパーカッションにもなり、本当に多面体な楽器であるということを彼は証明しながら弾くので、そこが凄いなと思いました。
――エドマールさんが出す音に引き出されるように、新しいピアノの弾き方が出てきたりするのでしょうか?
それは相手が変われば、自然に自分も変わりますし、変わらない部分だってもちろんあります。それが化学反応であって、お互いを感化して、お互いが変わっていく感じがします。
――今回の演奏で、ご自身で驚いたところはありますか?
ここが、というよりも全体的に「エドマールと一緒に演奏している自分の演奏は自然体だな」と感じました。
作曲は植物を育てていくような感じ
――選曲に関してですが、エドマールさんの曲はもともとハープのために作られた曲と思われます。それを一緒に演奏するにあたって、難しさはありましたか?
ピアノに関して、それは全くありませんでした。逆に、ピアノの曲をハープで弾こうとしても、弾けない曲はたくさんあると思います。ハープには音階の規制があるので。でも、レバーで変えようと思えば変えられるので、どんなスケール(音階)でも作れることは作れるんです。でも、弾きながらテンポに合わせてレバーを変えられないので、音に限りがあります。
――上原さんはそのような制約があった方が燃えるタイプでしょうか?
「ジ・エレメンツ」はハープにできることを考えながら作ったので、自分が普段こういく、というところも「こっちはいけないからこっちに」という感じで、新しい発見がありました。自分が普段書く曲とは違ったプロセスで楽しかったです。
――楽曲の順番的にはどのように作りましたか? 組曲のように出来上がっていますが、この順番通りに作られたのでしょうか?
だんだんと、4曲を同時進行で作りました。その日に、今日は何が進むかな? という感じで作っていく感じです。今日は「エアー」が進んだなとか、今日は「ウォーター」が進んだな、という。作曲は毎日水をやりながら植物を育てていくような感じなので、その日に芽がニョキニョキと出る曲もあれば、今日は何も出なかったなという日もあります。毎日水やりはする、という感じですね。なので、全曲が同じペースで出来上がっていきました。
――着想としてはハープの音色からインスパイアされて「ジ・エレメンツ」というテーマが出てきたのでしょうか?
最初に曲のきっかけを作りだしたときに、ハープが自然界の音に近いもの感じたので、“エレメンツ”というイメージで作っていこうと考えて、自然にこの4曲になりました。
――今回、自然というテーマにハープを置いたというように、ピアノだったらどういったイメージの位置になりますか?
ピアノは変幻自在な楽器だと思うので、そのときになりたいものになれるという感じがします。
――ピアノと一心同体という感覚があるのでしょうか。
一心同体ですね。特に上手くいっているときはそう感じます。
――もしもの話ですが、この世からピアノが無くなってしまったらどうしますか?
…作ります(笑)
――他の楽器に、という発想ではなく、あくまでピアノなのですね。
ピアノ以外の楽器にいくということは、まずないと思います。
――長いキャリアの中でも他の楽器をやってみたいと思ったことは?
他の楽器に憧れることはありますけど、弾きたいと思うことはないです。ギターもドラムも凄く好きですが、自分も演奏したいかというと、その姿を全然想像できないんです。だから、ピアノしかないです。もし、ピアノが無くなったらピアノを作るか、ミュージシャンではなくなるかのどっちかだと思います。
――上原さんの場合、その二択ですと、まず作る方に絶対行きますね。
そうですね(笑)。弦とか材料があれば。
――違う楽器といえば、フランク・ザッパ(米・ミュージシャン)がお好きと聞きましたが、ロックもよく聴くのでしょうか?
はい。THE WHOも聴きます。ジミ・ヘンドリクスやジェフ・ベックも好きです。過去にデュオではやったことないですが、ギタリストのデイヴィッド・フュージンスキーと一緒にHIROMI'S SONICBLOOMというバンドをやったこともありますし。
――エレクトリックギターと生楽器のピアノとでは感覚的に違うかなと思ったりもしますが、そんなことはないのですね。
そんなことはないですね。そこに違和感ありません。
――フランク・ザッパはかなり音源が多いアーティストでも有名なのですが、上原さんのおすすめアルバムは?
たくさんありますが、『Roxy & Elsewhere』をまず聴いて、その後『Burnt Weeny Sandwich 』、『The Grand Wazoo』、『Waka/Jawaka (1972)』を聴いた後に『Roxy By Proxy』という『Roxy & Elsewhere』の完全盤を聴くというのが、おすすめです。
――だいぶ聴かれていますね(笑)
でも、それはマニアックな聴き方で駄目だって、フランク・ザッパのファンの方に言われました(笑)。私はちょっと変態な音楽が好き過ぎるから、それらを上げますが、まず「何を聴いたらいい?」と聴かれたら『Hot Rats』を勧めるのが良いみたいです。
“伝えたい”という気持ちが根幹に
――上原さんは超絶テクニックとエモーショナルが同居したプレイをする希有な存在というイメージがあります。テクニックとエモーションの関係性をどのように捉えていますか?
技術というのは、例えば自分が凄く速いパッセージを弾くということが、自分の音楽の中で必要か、必要でないかということが挙げられます。速く弾くことや、音のダイナミクス、様々なことを含めて技術というものは必要です。でも、それはあくまでツールにしか過ぎないので、それをまず自分のものにした後に、どう表現するかということの方が大事なんです。そのバランスを常に考えています。
――先ずは自分が何をしたいのかを、考えなければいけないわけですね。
話をするのでも同じだと思います。語彙力というか、ボキャブラリーの多さや、滑舌、そういうことも全部含めて、噺家だったらそれが必要かどうかということがまずあると思います。でも、どれだけボキャブラリーがあっても、伝える力がないと伝わらないので、まずは“伝えたい”という気持ちが根幹にあるということがとても重要なんです。伝えるパイプのところで、どういう風に自分はどんな音楽をやりたいのか、私の場合は偶然そこにテクニックを要するものもあって、でも結局伝わらないと意味がないと思います。
――そういった感覚が芽生えたのはいつ頃でしょうか?
自分が昔から聴いている人達で技術を取りざたされる人はいますけど、例えば初めてアート・テイタムやオスカー・ピーターソンを聴いたときに「技術が凄い!」とは思いませんでした。すごいスウィングだなとか、音がすごく楽しいなとか、音が“コロコロ”して気持ちいいなと感じました。
後に勉強しようと耳でコピーなどをしてみると、凄く難しくて技術力が高いということがわかってくるんです。それくらい、伝わってくるものが彼らの持つ音楽の明るさだったり、彼らの伝えようとしているものが、こちらにもちゃんと伝わってきます。でも、それを実現しようとするには、とても技術力というものが要ると後で気付きました。私には彼らの演奏はそう聴こえたんです。
エロール・ガーナーなどでもそうです。信じられないようなテクニックがありますけど、音の弾みというか、音の持つ一つひとつの楽しさがとても大きいので、そんなこと考えもしないんです。
(*アート・テイタム=米国のジャズピアニスト、オスカー・ピーターソン=米国のジャズピアニスト・作曲家、エロール・ガーナー=米国のジャズピアニスト・作曲家)
――音から人間性も滲み出るものなのでしょうか?
滲み出ると思います。エドマールも感情豊かな人間ですし、とてもエモーショナルなプレイをする人だと思います。
――エドマールさんとは普段はどんな会話をしていますか?
「おなか空いた」みたいな、普通の会話ですね(笑)。毎日一緒にいるとそうなっちゃうんだと思います。半年に一度会うような人との方が、実のある会話をするような気がします。なので、エドマールとは他愛も無い話をしていることが多いです。「あの航空会社は荷物の扱いが良くない」みたいな話をしたり(笑)。
――荷物を放り投げる所もあると聞いたこともあります。ピアノの場合は現地のものを使うことが多いのでしょうか?
はい。現地にある、自分が使っているモデルのものを調達してもらっています。YAMAHAのCFXというモデルをずっと使っているのですが、本当に小さくて細やかな音から凄く大きい音まで、ダイナミクスレンジがとても広いのです。高音の輝きと低音の重厚感が自分の求めている、ピアノはメロディ楽器でもあり打楽器でもあるという、ピアノの持つ多面性を現実化してくれる楽器です。
――打楽器という側面もあるのですね。
やはり打鍵していますから、パーカッションでもありますね。
――今回の音源を映像なしに聴いていると、どのようにしてピアノを弾いているのだろうと、ライブで確認したくなってしまいました。ピアノが持つ可能性をどれくらい引き出せているとご自身では思われますか?
何%かというとわからないですけど、半分はいってるかもしれませんね…。ピアノの可能性という意味で、弦を直接弾いたり、叩いたり、ピアノを本来弾くべきではない所で弾くという意味ではなくて、ただ「ド」という一音を鳴らしたときの音の出し方の可能性です。それが「まだまだだな」と思っています。
――鍵盤を叩けば音が出るという中にも、相当細かい世界があるのですね。
色彩というか、素晴らしいピアニストというのは何色も音のパレットがあると思います。同じ音でも様々な音が出せます。それは、言葉を話すときに美しいものを見て、様々な言い回しができる人が作家さんだったりすることと同じだ思うんです。ボキャブラリーや技術と経験と表現力ですね。何種類もの“美しい”が言えるということと同じことが、音でも言えると思います。
――そういった意味でも、ピアノの可能性を追求するところがあるわけですね。最後にファンの方々にメッセージをお願いします。
初めてエドマール・カスタネーダと一緒に日本で公演をします。そして、エドマールの母国コロンビアでも公演があります。お互いの生まれ育った国で、自分達が今とても誇りに思っているプロジェクトを持っていけるので、とても楽しみです。
アルバムに関しては、ハープというものに触れたことがない方は「ハープってこんな楽器だったんだ!」と、まずびっくりすると思います。ピアノとハープ、私とエドマールという2人で創り上げる世界観というものは、本当に聴いていてドキドキすると思いますし、興奮するし、感情がとても揺れ動くアルバムだと思います。
モントリオールのお客さんもエモーショナルな音楽にとても寄り添うお客さんたちで、一緒に乗り物に乗ったような感覚が生まれるアルバムだと思うので、是非聴いて頂けたら嬉しいです。
【取材=村上順一/撮影=片山拓】
ライブ情報
上原ひろみ×エドマール・カスタネーダ
LIVE IN JAPAN TOUR 2017 11月22日(水) 神戸国際会館こくさいホール |