女優の門脇麦(25)が、映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(9月23日全国公開)で、シンガー・ソングライターのセリ役として歌唱シーンに挑戦した。
『ナミヤ雑貨店の奇蹟』は作家・東野圭吾作の小説を原作として実写化した映画作品。悩み相談を受けることで知られていた、廃業した雑貨店を舞台に、ある日夜に迷い込んだ養護施設育ちの少年たちが、手紙を通して現在と過去がつながるという不思議な現象に遭遇するなかで、彼らを取り巻く人々との時空を超えた心の交流を描いた内容。悩み相談の中で徐々に心変わりしていく主人公・矢口敦也役をHey! Say! JUMPの山田涼介が担当する。
本作で門脇は、敦也と同じ養護施設の出身者で人気シンガー・ソングライターのセリ役として登場、劇中では山下達郎が作詞作曲した主題歌「REBORN」をライブハウスで歌う。
近年、その個性的な演技で女優として高い評価を受け、ドラマ、映画に続々と出演するたびに注目を浴びている門脇は、歌唱面では2016年12月に、女優の高畑充希とダブル主演したミュージカル『わたしは真悟』での経験はあるものの、今回の様なライブハウスでの歌唱は初めで。門脇がどのような演技、歌唱を見せるかは興味深いところでもある。
今回は劇中の門脇の登場シーンにスポットを当て、門脇にその取り組みや思いなどを語ってもらった。(取材=桂 伸也/撮影=片山拓)
普段は行かないライブハウス
――門脇さんがこの作品のストーリーを読んだ際に受けられた印象等をお聞かせいただけますか?
今回のオファーは、まだ脚本ができてない段階で「今度『ナミヤ雑貨店の奇蹟』というお話の映画をやるよ」ということをマネージャーから伝えられ、そこで原作を読みました。印象としては結構な人数といろんなドラマが交錯しているな、と。これを2時間くらいの映画の中で、どうやってそれぞれのストーリーを、深さを含めて落とし込んでいくのか? 難しいだろうなと思いました。下手したら「こんな話がありました」「こんな話でした」みたいに単に話を並べる格好にしかなりかねない。それくらいにボリュームが多かったので、映画の構成をどう作っていくんだろうという部分はいろいろと思いました。
――すると「私はこの話に、どんな風に入っていくのだろうか?」という心配もあったでしょうか。
そうですね。私の役はカリスマ・シンガー・ソングライター役。設定では「35歳」という数字を見て…。
――35歳!?(笑)。
そうなんです。「いやいや、何言ってるんですか」という感じでした(笑)。
(※編注=門脇麦は今年8月10日に25歳になった)
――オファーの段階では「ライブハウスでも歌う」という課題も、既に話としては上がっていたのでしょうか?
なんとなくはありました。ただ、わりと軽い感じで「あ、歌手の役だから歌うのかな?」「歌うかも、ハハ」みたいに(笑)。実際に歌うか歌わないか、歌うとしてもどこまで歌うか。私が息をして「さあ歌うぞ」という寸前で山下達郎さんの歌にスイッチしてエンディング、みたいな案とか、ライブシーンでギターを弾きながら歌う、とか結構ギリギリになるまでいろんな案が出てましたね。
――昨年、高畑充希さんとの共演でミュージカルの舞台に出演されたこともありましたし、歌うこと自体はそれほどの抵抗はなかったのではないでしょうか?
確かに。今回の撮影はちょうどミュージカルをやっていた次の月くらいで、その頃はわりとボイストレーニングなんかもしていた流れはありましたし。ただ歌手の役は初めてだったので、難易度は高いな…という意識はありました。
――映画のエンドロールでは、バンドのメンバーやスタッフたちと「ステージに出ていくぞ!」みたいな感じで、笑顔で気合いを入れるシーンなど、結構細かいところまでリアルなシンガーのステージを演じられていました。普段から、音楽のライブなどはよく見に行かれたりするのでしょうか?
いえ、普段あまりライブなどには行きません。だからあの時は、もうアワアワしていました(笑)。台本にもあそこのシーンの細かい描写はなかったですし。だから現場で廣木(隆一監督)さんから「このシーンはハイタッチしながらステージに出て行きます」というような演出があって。こういう大勢の人たちで集まって「イェーイ!」みたいテンションは普段経験があまりないので、本当にアワアワしていました(笑)。
――かなりの苦労が見られますね。廣木監督はわりと、現場ではそんな風に突然のリクエストを出され、驚かされるようなことも多いのでしょうか?
そうですね。「昨日、シャワー浴びている時に思いついちゃったんだけど」ってよく仰ってる印象があります。映画ではセリのPVが流れるシーンがあって、「PVを撮るよ」というお話は前から言われていたんですけど、実際に「踊って」というのは、前日に言われた感じで…。
――素敵なバレエのダンスですよね。振付などの指導もあったのでしょうか?
振付を考える時間もなかったので、曲に合わせて適当に感じるままに体を動かすだけ、みたいな感じでした(笑)。
――そうなんですか!? あまり適当とも思えないシーンと感じましたが…。そういう意味では、バレエの経験が功を奏しましたね。バレエというとCMでも踊られて、さらに今回も披露されましたが、意外にその需要も多いという。
そうですね。フリースタイルで踊るのって振付があるものに比べて、自分の得意な好きな動きで構成できるので、今回そう言う意味では苦労はなかったです。バレエをやっていて良かったなって本当に思います。
難しかった山下達郎の「REBORN」
――今回歌われた、山下達郎さんの曲「REBORN」についておうかがいします。とても曲自体が印象深いですよね。でも一度聴いただけで「これを歌うのは難しいんじゃないか?」と思えるくらいに独特の印象もありました。
本当に難しいです。とっても素敵な音楽ですが、音が取りづらいメロディラインでもありました。それに「サビ」という感じのサビではないと言いますか…、楽曲の構成的にはAメロ、Bメロという流れにはなっていますが、その通りに歌うと歌詞が聴こえなくなってしまうんです。
最初にデモを頂いて、達郎さんの声で吹き込まれたものを聴いた時には「絶対に歌えない!」と思うほどでした(笑)。そのままを覚えることはできないと。曲が達郎さんそのものだったので、楽譜では表現しきれないものがあって。これを忠実に楽譜で表すことは難しいのではないかと思ったくらいで「達郎さんにしか歌えないんじゃないか」という印象を受けました。
――たとえば何かメロディを小さく区切っても、その一つひとつにまで物語を感じさせそうな展開が見えますよね。
本当にそうなんです。一つ一つの音符じゃ表せられないような歌の世界観で、頂いたデモから「ド、レ、ミ…」と譜面上に起こして、初めて「あ、こういう音楽なんだ」と思ったくらいに、まさに達郎さんの曲。だからこれを取り組む時には「ちょっと…どこから入った方がいいんだろう」という戸惑いがありました。
――曲自体の完成度がうかがえますよね。この詞に描かれている世界観や物語につながる部分を、見せる際にはどのように意識されましたでしょうか? この歌詞は、歌の中で物語を現す大きなキーワードになったと思いますが。
音楽プロデューサーの方と事前に、「歌うのではなく、喋るという方向性で仕上げていこう」ということで話をしていました。「セリが作詞をしている設定」なので。その一方で、やっぱりライブシーンとかは、ある程度見せていくことをしないといけないんだと感じて。アーティストの方は改めてパフォーマンスを魅せる仕事なんだなと再確認しましたし、その部分は演じる上で意識しました。
普段の演技では自分の気持ちが沸き起こっていてもそれをあえて表には出さないけれど、感情を体に乗せていく、声に乗せていくという作業はとても助けになりました。いつもの演技の感覚よりプラスアルファを加えていかないと響くものが響いていかない感じもありました。
――実際の現場で、そういう感覚はありましたか?
ありました。現場では実際にエキストラの方も入ってくださっての撮影でしたが、皆さんの集中をこっちに向けなきゃ!という気持ちが自然と沸いてました。
普段は「芝居するな」と言われながらやっているので、感情がちょっと動いたり揺れたりしても、それを引っ込めたり隠したり、グッと絞ったりということをやっているけど、逆にその揺れ動いたものに乗っかっていくというか、それを見せていくことがパフォーマンスではないかと思いました。ふっと手が自然に出てくるような。
普段だったら絶対に敢えて出さないものを、ちょっと出してみるとか、体を揺らしてみるとか、そういうことを敢えて乗せていかないと伝わらないんだな、ということを、やっていてすごく思いました。
本職を知らない人の強み
――単に歌を歌うというシーンでこれだけの思惑があったのかと考えると、本当に大変だなと思いますね。
そうです。だからライブシーンでは、もともと「ギターを弾こうか?」という案もあったんですが、とても間に合わなくて(笑)。
――歌を歌うだけでも大変なのに…。
本当にそうなんです。結局、歌一本で言葉を届けるということに集中しようということになりました。舞台をやる感覚に似てました。誤魔化しが効かないというか肉体一つで勝負というか。緊張しました。
――私がシーンの中で印象的に感じたのは、歌いながら涙をポロっと一粒流すシーンだったんですが、あれは歌うというハードルの高さ以外に、ストーリーとしてセリの幼い頃につながる部分として重要な要素ではないかと感じました。
ただ、あれも実はライブの撮影の日にお昼御飯のお弁当を食べていたら、廣木さんがいらして「ちょっと、どこかで一粒、どこでもいいから涙を流して」と(笑)。「本当にどこでもいいから」と。
――軽い感じですね(笑)。実際に演じる側としては、セリというキャラクターが単にライブで歌っているという心境に、全体のストーリーにつなげる思いの表情を重ねる必要があるかと思いましたが、その部分はどう意識されましたか?
もちろん、そこは大切に考えていました。私が演じたセリという役柄は、すごく出方が難しい役だと思います。セリが関わっている物語のパートは、どちらかというと(林)遣都くん演じる、養護施設で出会った恩人・克郎さんというキャラクター、そして(鈴木)梨央ちゃんが演じた子供のセリが主役だから、私は出過ぎてはいけないということをすごく意識していました。
だから「涙を流してください」というリクエストは、実はすごく抵抗がありました。なんか「ポン!」といきなり大人になったセリが出てきて、泣かれても、観てるお客さんは感情移入出来ないんじゃないかな…とか思うところが色々ありました。
――淡々とシーンが進行しているようで、実際にはかなり難しいポイントにチャレンジされたのですね。
ライブシーンもそうですし、高校生の時の病院のシーンもそうですけど、歌も言葉も、セリフも強い。ちょっと日常生活の台詞じゃないというか、詩のような台詞というか。なので十分強さがあるのにライブでさらに涙を流すというのは、強くなりすぎるのではないかなと、それこそ本当に10歩くらい引くつもりで、ライブシーンでは思いを乗せ過ぎないという部分に対して、特に気を付けていました。
――かなりの苦労の跡がうかがえます。自身の歌、収録された歌をご自分でも見られて思ったことはありますか?
そうですね…。本編では歌の1番、2番と丸々最後まで使ってくださったのが嬉しかったです。撮影の後日に廣木さんとお会いする機会があって、そのことを言ったら、廣木さんが「『どこでも泣いていい』と言ったら最後に泣かれた。だから全部使わざるを得なかったよ」って(笑)。だから「あそこで泣いておいて良かったな」と思いました(笑)。
――近年は俳優の桐谷健太さんや菅田将暉さんの様に、ご自身の歌をリリースするケースも見られますが、「門脇さんもこの機会にいかがでしょうか?」なんて言われたらどうでしょう?(笑)
どうですかね(笑)。でも私たちもそうなんですけど、たとえば役者を本業としていない方の演技って、抜群に魅力的に感じることがあるんです。そこには役者じゃできない何かがあると思うんです。この前のミュージカルの時にも言われたんですけど、本職のダンサーじゃない人が踊るのは、実はすごく魅力的にも見えるようで。
私たちのダンスは、私たち自身としては「本当にヘタクソな踊りでごめんなさい」という感じなんですけど、ダンサーの方から見ると「私はあれ、絶対にできない」という素人の強みというか、本職を知らない人の強みのようなものがすごくあると思っています。
――確かにそういうものを感じるパフォーマンスって、時々見られますね。
私は(フォークグループの)野狐禅(やこぜん)さんとかすごく好きで、竹原ピストルさんの音楽は今もすごく聴いていますが、竹原さんは役者としても抜群に魅力的だと思う。そんな感じで、同じように「そういう面白さあるよね?」と、魅力を感じてくれる人がいてくださるのであれば、やってみたいと思います。菅田くんや桐谷さんが歌っているのを聴いていても、やっぱり歌手をやっている人にはない強みのようなものがあると思いますし。
何かどんどんみんなが、いろんなことに自由に行き来できるのはすごく豊かなことだと思うので、私は賛成というか、広がっていけばいいんじゃないかと思います。
(※編注=野狐禅、竹原ピストルと濱埜宏哉によるフォークグループ。2009年に解散した)
――それは是非、門脇さん自身にも期待したいですね! 本日はありがとうございました。
ありがとうございました!
【取材=桂 伸也/撮影=片山 拓】
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『ナミヤ雑貨店の奇蹟』
9月23日(土)全国公開
KADOKAWA/松竹(共同配給)
(C)2017「ナミヤ雑貨店の奇蹟」製作委員会
http://namiya-movie.jp/