きょう6月9日は「ロックの日」とされている。

 一般社団法人日本記念日協会によれば、この記念日は、フリーマガジン『DiGiRECO(デジレコ)』を発行する株式会社ミュージックネットワークによって制定されたもので、その目的は『「ロック」は音楽だけでなく、ファッションやライフスタイル、人々の考え方にも表現される存在。その基となる偉大なロック・ミュージックを称える』ことだという。もちろん読み方からして、この記念日は日本国内限定である。

 これを機会に、いわゆる『ロック』について考えてみたい。記者は、先日と若者同士の会話の中で「ビートルズとONE OK ROCKが同じロックとは思えない」という内容を聞いた。確かにティーンエイジャーが感じる『ロック』と30代が感じる『ロック』、60代が感じる『ロック』、それぞれが持つイメージが異なることを肌で感じる瞬間がある。おそらくそれは『ロック』という音楽、それ自体がジャンルではないという事を表しているのではないか。それは流動的、いわば歴史であり、その時代時代で形式を変えているからではないか。それが若者がビートルズとONE OK ROCKが同じ『ロック』だとは考えづらい理由の一つと言えよう。それもそのはずで、ロックは約70年の歴史を持つ音楽だ。解釈に違いが生じるのはやむを得ない。

 では、このミッシングリンクを接続するためにどうしたらよいだろうか。そのために我々ができる事は<ルーツを辿る>事だ。<なぜ今こうなっている?>を考える事から遠ざかりがちな現代だからこそ、源流を探るきっかけが必要である。よって以下に現在、細分化されつくしているロックミュージックの黎明を解説していきたい。とは言え、たかだか20年の流れでさえ、この短い項で表すのは難しい。あくまでも、全体を捉えるものとしてサラリとしたためたい。この項がそのきっかけに改めて『ロック』あるいは『物事』のルーツを考えるきっかけになれば幸いである。

ロックンロールから始まる黎明期

 多民族国家のアメリカには色々な文化や音楽が混ざり合い、次々と新しい音楽が生まれた。そして、いわゆるロックの源流にはジャズやブルース、ブラックミュージックがある。1930年代から1940年代というのは、ジャズにとって大人数のビッグバンドスタイルから少人数のビバップスタイルへと変遷していく時期。これを過ぎて、1950年代になると、いよいよ『ロックンロール』が立ち上がってくる。

 この頃に現れたのが、エルヴィス・プレスリーやチャック・ベリーなどのロック第一世代である。彼らが演奏したエネルギッシュでエレクトリックギターや8ビートが主張する新しいサウンドは、それまでの音楽の勢力地図を書き換えてしまった。それまでのポップスであったジャズも辺境に追いやる力で。それほど若者はロックンロールに熱狂していたのである。

 そして、このロック第一世代の音楽の影響はイギリスにも波及。それを受けて、60年代に登場するのがビートルズである。1962年にイギリス、1964年に全米デビューしたビートルズはアメリカを始めとした世界のチャートを席巻した。その人気は絶大であった。現代の耳で聴くとマイルドに聴こえるかもしれないが、当時はかなり先鋭的に聴こえた事だろう。

 彼らの特徴のひとつはデビュー時のアイドル的な活動から、数年で一気にアーティスティックに変貌していく事だ。今年発売50周年を迎えた『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(1967年)は初のコンセプトアルバムとしても知られている。モッズスタイルでデビューした彼らだったが、この頃になると立派なヒッピーである。ちなみにジミ・ヘンドリックスが有名なギターに火を点けるパフォーマンスをしたのも同じ年のこと。

 それと時を同じくした60年代後半から、70年代に入ると『ロックンロール』から始まった『ロック』という音楽は時代の要請と共に、ポップというよりもサイケデリックで過激な音楽に変貌していく。理由としてはベトナム戦争や公民権運動、学生運動などもあり、若者が怒っていたからというのが通説になっている。それを表現したかのような「反芸術」的なものがどの分野でも増えていくのがこの時期の芸術全体の特徴である。音響機器の発達もあり、演奏楽器も電化し、大きな規模のコンサートも増えていく。この年代辺りから今若い世代が感じている『ロック』のイメージとようやく連動してくるのではないだろうか。ONE OK ROCK的なものの萌芽が見えてきたように思える。

 そして日本にロックが輸入されるのが50年代。まだテレビやインターネットが無いため、文化的な時差があった時代だ。この頃、我が国のロックはエルヴィスのカバーなどから始まった。そこからビートルズの人気とともにアイドル的な『GS(グループ・サウンズ)』の時代に突入する。そして『日本語ロック』が生み出されたのが70年代前後。この頃『日本語ロック論争』なるものまであったという。これを乗り越え、現代と同じ『日本語で歌うロックミュージック』が定着していく。面白いのは近代における西洋音楽の輸入、90年代前後のヒップホップの輸入(日本語ラップ)の際もこの『日本語化論争』が巻き起こっている点である。そして、その時代のミュージシャンはその新しい輸入音楽のメロディやリズムの特性に言語を対応させて、見事に日本語化してきたのである。この様な流れがあって今の『J-Rock』に合流してくるのだと思うと胸が熱くなる。

 さて、ここまでだけでも相当端折って進めてきたが、エルヴィスからビートルズ、ジミ・ヘンドリックスに至るまでを挙げても、相当、ロックのサウンドというのは変化している。だがこれに留まらず、70年代以後も世界中でロックは細分化を続けていくのだ。

 駆け足で紹介したが、いつの時代も大切なのは“今”である。しかし“今”を作り上げて来た過去に向き合う事が今こそ大切なのではないだろうか。ツールを探るということは重要だ。「ロックの日」を機にそんなルーツに想いを馳せてはいかがだろうか。(文・小池直也)

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