美空ひばりさんについて語る加藤和也氏と神津カンナ女史

 美空ひばりさんの生誕80周年を記念し、彼女の誕生日にあたる5月29日に東京・浅草公会堂でフィルムコンサート『第80回 美空ひばり生誕祭』が開催された。約1000人の観客が懐かしい名曲を歌う生前の彼女の歌声に酔いしれた。また、開演前の会見では美空さんと親交のあった、作家の神津カンナ女史と息子の加藤和也氏が彼女との思い出などを語った。

 美空さんは1937年5月29日、神奈川・横浜生まれ。誕生日当日におこなわれた同イベントでは、美空さんと生前より親交の深かった作家の神津女史をゲストに迎え、神津女史の司会で美空さんの楽曲を紹介する「隠された名曲コーナー」がおこなわれたほか、フィルムコンサートでは約1000人の観客が美空さんの映像に熱狂した。

 開演前の会見では、息子の加藤氏と神津女史が、美空さんとの思い出を明かす。加藤氏は「母は本当に歌が好きで、マイクを持ったら離さない人でした。僕とお手伝いさんと3人で、僕が中学の時に3階のカラオケルームでカラオケしようということになって、母は『黄色いさくらんぼ』を歌っていましたね」と話す。

 神津女史は「美空さんは好奇心旺盛な方で、私が学校のスキーかなにかで、たまたま美空さんがお泊りになった日がその前日でした。夜中に母が準備していたら、美空さんが送って行ってあげると言って。スキーバスに乗る渋谷のパンテオンの前まで、リムジンで送ってもらった覚えがあります。団体でバスに乗ってスキーに行くというのは、どういうものだろう? と思ったんだと思います」と美空さんとの想い出を続けた。

 生誕祭は美空さんの「私の誕生日」が流れ、開演。加藤氏は、今年4月に東京ドームでおこなわれた80周年コンサートについて「無事に皆様のおかげでたくさんのファンの方々にお越しいただき、ご出演のたくさんのアーティストの方々のお力をいただいて、東京ドームを終えることができました」と感謝を述べた。

『第80回 美空ひばり生誕祭』に出席した加藤和也氏と神津カンナ女史

 さらに「(一昨年から日比谷公会堂が修理期間に入り)去年からこちらの浅草のほうで生誕祭をさせていただいていますが、こちらも母の手形やブロマイドを作っていただいたマルベル堂さんもありますし、欠くことのできない会場となっています。後援会の皆さんやファンの皆様に厚く御礼申し上げます。美空ひばりという歌手が、80年の芸歴を歩めるというのは、ここに今日お越しいただいた皆さんのおかげと、母も思っているはずです。皆さんと母の80歳の誕生日を楽しく祝っていただけたらと思います」と挨拶を続けた。

 そして加藤氏は「母の曲は何千曲もあり、こういう画面に映ったりイベント企画等々をやると、どうしてもヒット曲が多くなってしまいますけれども、ヒット云々ではなく、歌っていうのは一曲一曲思いのこもった歌であったと思いますので、今日は皆さんにカンナさんにナビゲーションをしていただいて、深く掘り下げて聴いていただきたいと思います」と神津女史を呼び込んだ。

 神津女史は「ここから進行役をおおせつかりましたので、進行をさせていただきます。埋もれた名曲はたくさんありますので、来年、再来年と続けていけるかもしれませんので、宜しくお願いいたします」と話し、「隠された名曲コーナー」と題して、1968年発売の「むらさきの夜明け」や1952年発売の「陽気な渡り鳥」など、全13曲を紹介した。

 なお、同日に初の高音質CD「UHQCD」を採用した美空さんのベストアルバム2作品が同時リリースされている。

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