リオ・パラリンピックの『FLAG HANDOVER SEGMENT MEDIA GUIDE』の一部ページ。渋谷のスクランブル交差点の写真上に「東京は夜の七時」の文字が躍る(Tokyo 2020提供)

リオ・パラリンピックの『FLAG HANDOVER SEGMENT MEDIA GUIDE』の中身。渋谷のスクランブル交差点の写真上に「東京は夜の七時」の文字が躍る(Tokyo 2020提供)

リオ・パラリンピックの『FLAG HANDOVER SEGMENT MEDIA GUIDE』の一部ページ。渋谷のスクランブル交差点の写真上に「東京は夜の七時」の文字が躍る(Tokyo 2020提供)

 リオデジャネイロ・パラリンピックが9月18日(日本時間19日)、ブラジルのマラカナン競技場で閉幕式がおこなわれ、閉幕した。式典には、次回開催都市である東京によるパフォーマンスが繰り広げられ、このなかで渋谷系音楽を象徴するピチカート・ファイヴの楽曲「東京は夜の七時」などがカバーされた。

 遡ること約1カ月前、8月21日(日本時間22日)にリオオリンピックが先に閉幕した。この閉会式では、東京へと繋ぐ五輪旗の引き継ぎ式と2020年東京オリンピックのプレゼンテーションがおこなわれ、安倍晋三首相がマリオに扮して登場する演出が世界で話題になった。

 この「トーキョーショー」と題された、このプレゼンテーションは、シンガーソングライターの椎名林檎がクリエーティブ・スーパーバイザーと音楽監督を務めた。

 同ショーで流れた映像は、渋谷からリオへと紡ぐ内容だったが、使われた映像や音楽をみるとサブカルチャーの要素が散りばめられていた。渋谷から世界へ日本文化を発信する、という意図が見え隠れする。

 音楽を監督した椎名林檎はどういう思いを込めたのか。改めて、使用楽曲からその意図を探ってみたい。

初めの資料はSOIL&“PIMP”SESSIONS

 まず最初に、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の「Flag Handover Media Guide」に記載された、椎名林檎のコメントを以下に紹介したい。

 ▽椎名林檎のコメント

 全体企画段階から参加しております。そのためか音楽をご用意する作業のほうがついでだった印象です。特に予算と時間に制約があるなかでの衣裳製作。ここで重ねられた議論こそ最も厳しいものでした。しかし何はなくても閃きがある。というわけで、化粧/衣裳、美術/技術、映像/音楽、これらが見せた偶然のバランスは、MIKIKO先生方のパフォーマンスの都合いかんで全員があれこれ頓知を利かせた結果です。「キャストが当日誇りを持ってフィールドへ立ってくれるか如何か」しか少なくとも私は気にしておりませんでした。MIKIKO先生がイメージする音楽として初めにくださった資料は、全てSOIL&PIMPSESSIONSの作品でした。彼女のそうした感覚がすでに答えになっている…つまり今のリアルな東京であり、昔ながらの江戸前を説明する結果になっていると感じました。ですので私は、その軽妙洒脱なストリート感覚を持つ音楽家たちにいつも通りの仕事をしてもらった次第です。

 (Tokyo 2020提供)

トーキョーショープログラム

 8月21日の閉会式プログラム「トーキョーショー」は、クリエーティブスーパーバイザーとして佐々木宏氏と椎名林檎。その椎名は音楽監督も務めた。そして、椎名のほかにも、Perfumeの振り付けやライブ演出、BABYMETALの振り付けで知られるMIKIKO氏が総合演出と演舞振付を担当。使用した楽曲は、国歌「君が代」をはじめ、椎名林檎の「ちちんぷいぷい」、Perfumeやきゃりーぱみゅぱみゅをプロデュースする中田ヤスタカ作曲の「1620」などだ。プログラムの概略と使用された楽曲を以下に紹介する。

(1)THE NATIONAL ANTHEM~国歌~
 音楽「君が代」(作詞・古歌、作曲・林広守、編曲・三宅純)
 →国歌「君が代」が流れて、フィールド全体が赤く染まる。

(2)ARIGATO FROM JAPAN~ありがとう!を世界へ~
 音楽「ANTHEM OUTRO」(作曲/編曲・三宅純)
 →福島ふたば未来学園など東日本大震災被災地にある学校と開催都市東京の学校のそれぞれ生徒たちが一文字で「ありがとう」。

(3)WARMING UP TOKYO~東京は準備運動中!~
 音楽「ちちんぷいぷい(Manipulate the time)」(作曲・椎名林檎、編曲・村田陽一)
 →世界的に有名な渋谷のスクランブル交差点に立つ1人の少女から東京の紹介が始まる。

(4)COUNT DOWN-MARIO~東京→リオへカウントダウン
 音楽「NEO JAPANESQUE」(作曲・H ZETT M、編曲・H ZETTRIO)
 音楽「GET HAPPY!」(作曲・H ZETT M、編曲・H ZETTRIO)
 →東京とリオが繋がる。土管から登場した“安倍マリオ”が話題に。

(5)SPORT TECHNOLOGY~スポーツ×テクノロジー~
 音楽「1620」(作曲/編曲・中田ヤスタカ=CAPSULE)
 →33の競技のアニメーションが空から降ってきてダンサーたちと重なると50人のダンサーが動き出す。

(6)THE CITY OF WATERWAYS~水の都「東京」~
 音楽「望遠鏡の外の景色(Paisaje)」(作曲・椎名林檎、編曲・村田陽一)
 →隅田川、レインボーブリッジ、海からの夜景など、美しい東京の町並みや水辺の風景が、フィールドに映し出される。

(7)THE CITY OF FESTIVALS~祝祭の都「東京」~
 音楽「望遠鏡の外の景色(Paisaje)」(作曲・椎名林檎、編曲・村田陽一)
 →フィールドで日本人らしい作法を取り入れた「おもてなしの舞」などが披露され、市松模様の東京五輪エンブレムが表現される。

(8)GRAND FINALE SEE YOU IN TOKYO 2020~グランドフィナーレ~
 音楽「望遠鏡の外の景色(Paisaje)」(作曲・椎名林檎、編曲・村田陽一)
 →土管からスカイツリーのオブジェが現れ、フィールドには富士山を背景に、東京タワーやレインボーブリッジ、都庁などの影絵が。パフォーマンスを終えると花火が。

トーキョーショー使用楽曲・アレンジから考察

 そして、ここからは使用楽曲とそのアレンジ方法から音楽が担った役割を探ってみたい。

 ▽「君が代」
 パリ在住の音楽家である三宅純が編曲を手掛けた日本国歌でショーは始まった。日本人でありながら振付家のピナ・バウシュたち国際的な芸術家からも高い評価を得ている彼を起用するあたり、椎名のセンスが光る。細かい音楽的な話はさておき、声のハーモニーだけで作られた新鮮なアレンジから優美なストリングスへ繋がっていく。

 ▽「ちちんぷいぷい(Manipulate the time)」
 続いてジャズ風のアレンジでサキソフォンとトランペットがフィーチャーされる。椎名が得意とする昭和歌謡をアップデイトした様な楽曲だ。演奏バンドは、国内外で人気を誇るSOIL&“PIMP”SESSIONS、アレンジはトロンボーン奏者でもある村田陽一によるものだ。

 ▽「NEO JAPANESQUE」「GET HAPPY!」
 元東京事変のメンバーでもあるH ZETT Mが率いるH ZETTRIOの楽曲。「NEO JAPANESQUE」のラテンっぽいイントロから「GET HAPPY!」のテーマへ入れ替わる。曲のタイトル「NEO JAPANESQUE」と「GET HAPPY!」が意味深い。これもピアノトリオ編成のジャズサウンド。映像ではここで東京とリオが、人気テレビゲーム『スーパーマリオ』に登場する“土管”で接続される。

 ▽「1620」
 その土管からマリオに扮する安倍首相が登場。その後に流れる楽曲は、Perfumeやきゃりーぱみゅぱみゅのプロデューサーとしてもお馴染み、中田ヤスタカによるもの。メロディは無く、音響の美しさと心地良いハウスのビートが打ち鳴らされる。

 ▽「望遠鏡の外の景色(Paisaje)」
 最後を飾るのは椎名の楽曲。これもサックスとトランペットを前面に出したジャジーな楽曲だ。また、この曲はもともと反戦・五輪批判のメッセージが込められた舞台のサウンドトラックとして椎名が書き下ろしたもの。ネット上ではこの意味深い選曲が物議を呼んでいる。

伝統楽器を使わず、渋谷系音楽を提示?

 前々回の北京五輪の閉会式では次回開催地であった英ロンドンは、ロックの国らしくギタリストのジミー・ペイジを登場させている。また、前回のロンドン五輪閉会式でのブラジルのショーでは、ブラジルらしくサンバなどの音楽で盛り上げていた。

 そう考えると、今回の日本のショーも、そのお国柄、日本を象徴する伝統楽器が使われるのであろうと考えるのがスムーズだが、そうではなかった。映像や演出も近未来的なクールネスで終始貫かれている。おそらく音楽も彼女なりのクールジャパンを表現したのだと思われる。

 ここからは椎名林檎の意図について大胆に仮説を立てたい。

 まず、今回、演奏しているSOIL&“PIMP”SESSIONSとH ZETTRIOは、いわゆる「クラブジャズ」という文脈に出自を持つバンドである。クラブジャズはロンドン文化からの影響が強く、南米音楽とも親和性がある、踊れる音楽だ。そして、直近2回の五輪開催地とも符合する。そして、このクラブジャズは90年代に「渋谷系」と呼ばれる、未だ正確に定義できない日本の音楽ムーブメントの中で育った音楽なのである。

 さらに「渋谷系」と言えば、パラリンピック閉会式でも流れたピチカート・ファイヴ「東京は夜の七時」(1993年)などのハウスミュージックの存在も忘れてはいけない。それを引き継いでの21世紀現在。Jポップを牽引している人物の一人に中田ヤスタカがいる。

 そう考えると、国歌「君が代」を除いた他の楽曲は「渋谷系」の文脈上に位置するサウンドなのである。前記の椎名林檎のコメントには「MIKIKO先生がイメージする音楽として初めてにくだっさった資料は、全てSOIL&PIMPSESSIONSの作品でした」とある。音楽についてはMIKIKO氏も同様のイメージを抱いていたとも考えられるが、音楽監督を務めた椎名林檎はこのショーに、21世紀の「渋谷系」を“クールジャパン音楽”と想定して、手掛けたのではないか? という一つの仮説が立つ。

 映像に登場する『スーパーマリオ』の土管が、渋谷のスクランブル交差点中心に立てられていたことも示唆的である。つまり、あの土管は「東京とリオ」というよりも「渋谷とリオ」を繋いでいたということだ。となると、あの「トーキョーショー」は実のところ「シブヤショー」であったのではないか。

 それにしてもデビュー当時「渋谷系」に対する「新宿系」を名乗って荒削りなサウンドを提案していた椎名林檎が、日本を世界にプレゼンテーションするに当たって「渋谷系」をクールジャパンとして選択したのだとしたら、これはとてつもなく興味深いディレクションである。

 これを踏まえ2020年の開会式ではどんな音楽が鳴らされるのだろう、と思いめぐらすのは一つの楽しみにもなる。あと4年で我が国の音楽事情も変わるだろう。その頃に開会式などで奏でられる音楽はどういったものか、楽しみである。(文・小池直也)

 以下は、「Flag Handover Media Guide」に掲載されている参加音楽家のプロフィール。

 ◆音楽家・中田ヤスタカ 2001年に自身のユニットであるCAPSULEでCDデビュー。Perfume・きゃりーぱみゅぱみゅのプロデュースをはじめ、国内トップアーティストへの楽曲提供をおこなう。映画『スタートレック イントゥダークネス』挿入楽曲、『アップルシード アルファ」テーマ曲の制作に携わるなど世界トップアーティストからの支持も厚い。

 ◆作曲家・三宅純 バークリー音楽大学に学ぶ。映画、ダンス、演劇、広告など多様なメディアに作品提供、異種交配を多用した個性的なサウンドで国際的賞賛を受ける。ピナ・バウシュ、ヴィム・ヴェンダースとのコラボレーションは名高い。

 ◆トロンボーン奏者、作編曲家・村田陽一 20歳よりトロンボーン奏者としてプロデビュー。その頃から独学で管弦楽法を学ぶ。近年は渡辺貞夫ビッグバンドにおいて編曲、バンドディレクターを担当。ソロアーティストとしての20作目の作品はイヴァンリンスとの全編コラボレーション。

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