酸欠少女さユり、思考に同期する異次元ライブ 幻想空間に心奪われる
人間の欲情を刺激
そのなかで届けられた3曲目「オーロラソース」は理性を忘れさせ、人間の欲に刺激するように歪んだギターとさユりの荒々しい歌声が響いた。深い森を連想させる4曲目「ネバーランド」では激しく歌う一方で、傷ついた少女のように繊細に歌う面も見られた。そのような深層に触れたかと思えば、8曲目「人間椅子」や9曲目「ふうせん」はオルタナに。この時ばかりはファンも頭や手を挙げて体を使って高揚を高めた。
6月24日に配信限定EPとしてリリースされた11曲目「るーららるーらーるららるーらー」はアコギを使って情熱的に奏でた。裸足のさユりは左足を浮かせながら前ののめりに弾く。カッティングがグルーヴを作った12曲目「ちょこれいと」では弦が切れそうなほど強く、そして荒々しかった。
過去に意味を持たせる
そして、終盤にはツアータイトルに込めた想いを語った。
「私は後悔が多い人間です。過去に思いを馳せたりしながら生きてきました。私の曲は悲しい気持ちから生まれた曲が多いです。だから、もしその後悔がなかったら私は今ある曲を作ってなくて、今日という日もなかったかもしれない。私の歌を必要としてくれたあなたのおかげで私は私の過去に意味を持たせることができたって思います。ありがとう。私たちは欠けたところから始まります。欠けたものから何かを生み出せる力があると思います。大丈夫。あなたはあなたの“それでも”の先に進んでください。私も“それでも”の先に進みます」
様々な過去も、今の自身を形成するかけがえのないものだ、そうした言葉を紡いでから本編ラスト「ミカヅキ」を届けた。ステージを照らす少し欠けた月は、さユりの歌声、観客の涙で再結晶化されていく。それはやがて満月へと戻っていく。
大歓声を浴びてのアンコールでは、キャリーケースを転がし、路上ライブをおこなっていたときと同じスタイルで登場した。ここで観客から「ハッピーバースディー」のサプライズ歌唱。聞かされていなかったさユりは涙を流した。
生きる証
涙の筋が残るなか「さユり」という紙で作った看板をケースに貼りつけると、新曲「birthday song」を感情をぶつけて激しく歌った。それは生きている証しとでも言うように。そして最後にこうも語った。「あなたが温かい朝を迎えられますように」。「夜明けの詩」では明かりをめいいっぱいに浴びて、観客のひとり一人を見つめて歌う。
“歌いじゃくる”、“叫びじゃくる”、“弾きじゃくる”、そのこと自体が生きている証しであるかのように、悲しみから生まれた楽曲を通じて、生きること、ひとりではないことを伝えているようだった。(取材・木村陽仁)