制作終盤で生まれたPIGGY BANKSらしさ、新譜は1年の記録音源
INTERVIEW

制作終盤で生まれたPIGGY BANKSらしさ、新譜は1年の記録音源


記者:木村武雄

撮影:

掲載:16年04月08日

読了時間:約21分

アルバム制作終盤で生まれた“らしさ”

PIGGY BANKS「タイムスリラー」

PIGGY BANKS「タイムスリラー」

――バンド名の由来は?

矢沢洋子 もともと私は「世界のブタの貯金箱コレクション」をしていまして。きっかけは、何があったという訳ではないんですけど、多分、友人が海外に行った時のおみやげで「海外のブタの貯金箱」を買ってきてくれたんです。その時まで、それは日本だけの物だと思っていたのに、実は世界中にあるんだと知ったんです。アジア、ヨーロッパ、アメリカにもあるし、国々によって表情が違っているというのが何か好きで。今ではかなりの数があるんです。それでバンド名もいろいろ出して話していた時にkemeちゃんが「そういえばブタの貯金箱って英語でなんだっけ?」となって。「PIGGY BANKS」という響きがイイなというのがありまして。

keme あと「俺とお前と大五郎」というバンド名も。

矢沢洋子 それは完全にギャグだったんですけど(笑)

keme すっごい酒飲みそうなバンド名だな。

――お酒がお好きですか?

矢沢洋子 飲みますね。

keme 確かに飲みの席で決めた名前なんですけど(笑)

――「名は体を表す」と言いますか、ブタの貯金箱は各国で表情が違うとの事でしたが、今回のアルバムの中でもすごく表情が様々あるなという感じがしました。それはあえて狙ったものでしょうか?

矢沢洋子 いや、全然狙ってないです(笑)

――今回のアルバムの話ですが、いろんな表情を見せているのはメンバーがデモをそれぞれ作って出そうという感じだったのでしょうか?

矢沢洋子 最初は、大きな目標とコンセプトとして「カッコいいものをやりたい」というがありました。まあそれは、どのバンドもあると思いますけど。ただ、ぶつかった壁みたいのがあって、「PIGGY BANKSらしい音」とか「PIGGY BANKSって何だろう?」というのが出てきたんです。3人とも、10代のような「バンド組もうぜ!」みたいな初期衝動とは違うじゃないですか。各々がそれぞれの音楽活動でやってきた“得意なもの”とかが出来上がっている状態での3人だったから、どういうのが合うのかなと。

 自分達が合うなって思ったものでもお客さんはどう受け止めてくれるんだろうとか、それが課題としてあったので、この1年は「オリジナルをつくらなきゃ」と思いながらスタジオに入ってたんです。akkoちゃんは鹿児島に住んでいるのにしょっちゅう東京に来てくれて、スタジオにだけ入るという日もいっぱいあったんです。そうやってずっと探していたんですよ。そんな風にやっていく上で、今回のアルバムが完成した訳なんですけど、本当にレコーディングギリギリの段階で出来た曲とかもあって、その時に「PIGGY BANKSってこういう感じが私達らしさなのかもしれない」というのが制作を通して見えてきたというのがありますね。

 だから、ほぼ1年かけて作ってるので、最初の頃にできた曲もあれば最後の方のもあって、やっぱりちょっと「表情が違う」という意味では確かにすごく近い表現だと思います。

――最初にできた曲と、最後にできた曲は何でしょうか?

矢沢洋子 最初の方にできた曲で言うと、アルバムに残念ながら入っていない曲もあるんですよ。「らんらんらん」とか「Rock'n'Roll Hearts」は割と最初の方にできたものですね。それで「PIGGY BANKSってこんな感じかも、見えてきたかも!」というのが、最後の方にできた「Funky Monkey Ladies」と「CORONA」ですね。

――アルバムを通して聴いてみると、確かにそれらの違いははっきりしていますね。

矢沢洋子 単純に、歌詞が英語とかそういうのもあると思うんですけど、レコーディングをやるという時も当初は「1枚目だし、プロデューサーさんとかもいらないのかもしれない」という風にずっと思っていたんですけど、急遽、やっぱり入って頂こうという事で(音楽家の)ヤマサキテツヤさんにお願いしたんです。「Funky Monkey Ladies」と「CORONA」と「Oct.」以外は、ほぼできていた曲なんですけど、そこにスパイスを加えてくれたというか。自分達的にも、広がる発見ができるきっかけをプロデューサーさんが与えてくれて、最後の方の2曲は、だからこそ見えてきたものなのかなと。

――バンドとしては活動歴は浅いですが、個々では活動実績も豊富で、プロの一線で長いことやってこられています。その中でサウンドプロデュースによって新たなものが見えてきたというのは、これまたすごい事だと思いますが、実際に見えてきたものとは何でしょうか?

akko この3人にしかできないというものをずっと探していて、このアルバムを作る事でそこの“軸”みたいなものを掴みたいというのがすごくあったので、そこですね。「他の人には絶対できない、この3人にしかできないカッコいい事」というのがプロデューサーさんを入れた事で発見できたと言うか。

――「CORONA」はkemeさんが作曲されていますが、もともとのデモの段階とは変わったのでしょうか?

keme デモとかはなくて、録音の前日に作った曲なんです。翌日にスタジオに行って「こんな感じですよ」って言って、じゃあ録ろうって感じで録っただけですね。

――本当にギリギリになってできた曲なんですね。

akko サビだけはあった。

矢沢洋子 サビというか、単純に名前を連呼しているだけなんですけど、それはとっておきたくて。ただ、要となるメロディラインというか、そういったのは全く無かったんです。いろいろ試行錯誤はしていたんですけど、ピッタリはまるものがなかなか出てこなくて「どうしようか?」というところで、彼女が「こういうアイディアはどうだろうか?」というネタを持ってきてくれて。でもネタを持ってきたといっても、その時が録る日なんですよね(笑)。

keme ギリギリ間に合った感じなのかな。

――もうセッションみたいな感じで?

keme そういう感じですよね。

矢沢洋子 「Funky Monkey Ladies」もセッションの中でできた曲なので。

keme その場でセッションをやって、それが録音されてしまったという感じ。

矢沢洋子 今まで歌をやっていて、「ボーカルってこうじゃなきゃいけない」みたいな謎の感覚が私の中であったんですけど、今回のは今まで自分がトライした事のないような歌ではあるんです。それが自分としては“目からウロコ”じゃないですけど「なんか「歌」ってもっと遊んじゃっていいんだ。自由でいいんだ」というのができたので、すごく嬉しかったし、この感じでPIGGY BANKSらしさが出ているんだったら、今後の私たちのオリジナル作品づくりも「なんかいける気がする!」というのがすごくあったんです。

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