写真=安藤裕子5年振りライブハウス公演[1]

5年振りとなるライブハウス公演で妖精のように可憐に歌い上げる安藤裕子(撮影・Aki Ishii)

 シンガーソングライターの安藤裕子が16日、東京・LIQUIDROOMで『LIVE 2015「あなたが寝てる間に」』の追加公演を行った。東京では5年ぶりとなるライヴハウス公演。スキマスイッチが書き下ろした新曲「360°(ぜんほうい)サラウンド」など全16曲を熱唱した。豪華バンドに身を委ね、時に優しく、時には迫力を伴って歌い上げる安藤の姿はまるで妖精のよう。可憐で軽やかに歌い届ける姿にファンも見惚れていた。ミュージックヴォイスでは当日の模様を以下にレポートする。  【取材・小池直也】

 開演前のフロアは既に期待に溢れたファンで満ちていた。北園みなみやウワノソラなど、すでに話題になっている若手の楽曲や、鈴木茂や大貫妙子の曲など70年代後半のシティポップスがBGMとして流れ、これから始まるライブの雰囲気を盛り上げていた。同居する期待感をくすぐるように会場は突如として暗転。青い色の照明がステージを照らし、その光に導かれるようにバンド、続いて本日の主役である安藤裕子が姿を現した。

 緑のインナーに白いワンピース姿の彼女が、可愛くおじぎをすると「森のくまさん」のイントロがドラムスから始まった。キャッチーながらも変則的なコードが入り交じるなかで自由に歌声を響かせた。

写真=安藤裕子5年振りライブハウス公演[3]

撮影・Aki Ishii

 フロアの高揚感をくすぐるように、疾走感がほとばしる「大人計画」、スカのグルーヴの中で同じメロディがループする「RARA-RO」、シンセサイザーの音色に安藤の早口が印象的な「Live And Let Die」とポップな楽曲が続いていく。新しいヘアスタイルを揺らしながら小さく踊り、大きく歌う安藤はまるで妖精の様だ。

 その妖精が伸びやかで可憐に歌を届けることができるのも、バンドの存在力があるからだ。フロア正面左からドラムス佐野康夫、ベース鈴木正人、コーラス新居昭乃、ギター設楽博臣、キーボード山本隆二という鉄壁の布陣である。

 LIQUIDROOMは、彼らのグルーヴに制圧されてしまった。そして、それを乗りこなす妖精、安藤裕子。その構図にオーディエンスは、踊ったり拳を上げるというよりも小さく揺れ、そのグルーヴ感に身を委ね、見惚れているようだった。

 母親としての顔も持つ安藤は、「お母ちゃん疲れたー」などと冗談を飛ばしてから、自身で4カウントを取る。始まったのはまさかの「うしろゆびさされ組」(85年リリース)のカバーだ。オリジナルよりも歪んだギターで現代ロック風。

 間奏では、ドラムスとギターのソロ交換が挿入された。エッジの効いたソロがだんだん入り乱れていき、このまま曲の輪郭が無くなる、と思った矢先にサビへと帰還してエンディングへ向かっていく。時々入る安藤のウィスパーと背中に手を回して指をさす振付けがキュートだ。

 拍手が鳴りやむと、シンセのふわふわした4つのコードのループが気持ちいいシティポップ風の「ロマンチック」へ。凝った展開を見せながらアーバンな雰囲気を作り上げていく。

 更に、デビュー日も同じで仲も良いスキマスイッチが詩曲を書き下ろした新曲「360°(ぜんほうい)サラウンド」(7月29日発売予定)が初披露された。この曲は「スキマスイッチがスキマスイッチの為に描く、スキマスイッチの代表曲みたいな曲を書いてくれ」と言ってお願いしたそうだ。

 スキマスイッチらしい爽やかさがある、サビのメロディの大きな跳躍が特徴だが、最後に転調したサビが現れる。その分、跳躍も更に高く難しくなるのだが、彼女は伸び伸び歌いきった。スキマスイッチも彼女を知ってのことだろう、若干ハードルの高い曲を提供したようにみえた。

 長く盛り上がる最後のギターソロに身を委ねている“妖精”は音の水面に浮かんでいる様でもあった。そこから綺麗にバンドはエンディングへと着地する。

写真=安藤裕子5年振りライブハウス公演[2]

撮影・Aki Ishii

 ここで安藤を残してミュージシャンが退場。セミアコースティックのギターを肩から下げた彼女が椅子に座った。「弾けるかな」と呟きながらも「黒い車」を披露。ギターをかき鳴らしながら、その倍の速さで歌って手と口のコンビネーションを1人で創り上げていく。最後におしゃれなコードを“ちゃらん”と愛く鳴らして曲を終えると、会場からは大きな歓声が沸いた。

 続くMCで安藤は、「原点回帰っていい言葉だと思う。でもそれは変化なんだよね。ずっと同じではいられないじゃないでしょ。それは甘んじて受けないといけないかな。がんばりましょ」と想いを語った。

 厳かなイントロが流れ、鍵盤と2人によるバラード「飛翔」が始まった。それまでにない雰囲気で紡がれていく。薄くギターも入るが、全ては透き通った歌声の為の飾りだと感じさせる。そのシンプルながら美しい演奏に心を奪われた。演奏が終わるとバンドがまたステージに現れる。ここからライブは佳境へ。

 「レガート」。今日初となる3拍子系の楽曲。また落ち着いた感じで鍵盤と歌とによって始まり、途中でバンドが合流。2曲ぶりに鳴らされるベースとドラムスでもう一度豊かな音像を確かめる。

 鉄琴の音が入るサビで壮大な展開を見せ、繰り返す3つ綴りの歌メロディが抑制されながらも熱を帯びていき、バンドがいなくなって声だけになって、曲の幕が落とされた。

 少し切なくなったのも束の間、メロトロンとアコギによる導入から「73%の恋人」へ踏み込んでいく。

 4拍子ながらサビで現れる変則なリズムに体を揺らすフロア。そして曲の終わりに向かって安藤の歌声へのリバーブ(エコー)が大きくなる。トンネル内で叫ぶ様に声の残響が広がっていった。即興で「FU-」と歌う彼女は体を大きく前後に揺らしトランスしていく。それを横目に延々とループされるエンディング。ギターソロもそれに絡み合っていく。

 そのまま、一つずつ楽器が増えていくアレンジの「海原の月」に繋がる。先ほどの何かが憑いたかの様な様子とは一変、展開していくバンドと対照的に彼女は殆ど動かず立ちすくんでいた。何を見ていたのか、何を思ったのか解らない。ただ、演奏が終わる照明の暗転とともに彼女はそのまま消えていってしまいそうな、一種の儚さを感じさせた。

 そして「頑張っても何も手ごたえが無い日もあると思うんですけど、それも皆さんの人生なんだからさ。走ってください。頑張ってね、私も頑張ります」と少しかすれた声で呟くと、「世界をかえるつもりはない」を朗々と歌い出す。

 フォーク調でまくしたてる凛々しいサビ。それに続く「愛してます」とささやくだけの静かなメロディが強烈なコントラストを生んで胸を締め付ける。最後はバンドだけで展開し終わっていくが、この彼女無しで世界が変わって進んでいく様な流れが曲のタイトルとリンクして余計に切なさが膨らんではじける。

写真=安藤裕子5年振りライブハウス公演[4]

撮影・Aki Ishii

 そのまま本編の終わりに配置されたのは「聖者の行進」。ドラムで刻まれるイントロから少しずつベースとオルガンが合流し、サビでスイッチが入る。力のあるシンプルな曲だが、所々はずしの効いたコードが鳴らされるのが面白い。安藤はエンディングでまた残響の残る声で歌い上げていく。叫びながらまた体が折れるのではないかという思うほど前後に揺れる揺れる。

 それに呼応する様に盛り上がるバンド。会場にいた全員が心を掴まれたことだろう。ピークを過ぎて段々イントロのビートに戻っていく。山びこの様に広がるスネアが鳴り響いて本編はエンディングを迎えた。「ありがとうございました」と言ってステージを去る安藤らに惜しみの無い拍手が贈られる。

 その後、アンコールを求める拍手が5分以上続いた。その音が段々と大きく、細かくなる。「ねぇやーん!」と呼ぶ声も上がる中、照明がついて白いライブTシャツと青いロングスカートに着替えた彼女とバンドメンバーが再登場。さらに一回り大きな拍手がそれを迎える。

 「ライヴハウスで皆さんの顔も見れてとても楽しかったです」と少しだけ話してから、アンコールが彩られていく。

 まず、青い照明と低く艶やかな歌声で始まったのは「鬼」。途中で変拍子が挿入される変わったロックチューンだ。アッパーな曲調だが安藤はただ爽やかというよりと少しくすんだ火の様な質感で歌っていく。

 そして一呼吸おいてから、今日の大エンディング「都会の空を烏が舞う」が鍵盤と安藤の胸が締め付けられるような歌で始まった。暫くの間歌った後、そこからキーボードだけの静寂が訪れる。緊張が走るフロア。突如それを切り裂いて弓で演奏されるウッドベース、幻想的なシンバル、残響の残るフロアタムが同時にやって来た。

 一気に曲が展開。その壮大な音の海に会場が包まれていく。うっとりしてしまう様な演奏で一秒が引き伸ばされたかのような感覚になる。そんな空間で安藤はくるくるとバレリーナの様に舞い、歌詞の無いメロディで「FU-」と歌う。もはや前半で見せた妖精ぽさっぽさを通り越して、さながら天使だ。

 天使は暫く歌い続けた。それをぼんやり眺める多幸感がフロアを満たしている。この天国を思わせる音響の中、しっとりとアンコールを含めたライヴ全てが終幕を迎えた。

 母として、女性として、歌い手としての様々な安藤裕子の顔を覗いた気がするこの2時間は、東京では滅多に見れなくられなくなったライヴハウス公演というのも相まってファンにとって格別な時間となったことだろう。

セットリスト

1.森のくまさん
2.大人計画
3.RARA-RO
4.Live And Let Die
5.うしろゆびさされ組
6.ロマンチック
7.360°(ぜんほうい)サラウンド
8.黒い車
9.飛翔
10.レガート
11.73%の恋人
12.海原の月
13.世界をかえるつもりはない
14.聖者の行進
EN1.鬼
EN2.都会の空を烏が舞う

photo : Aki Ishii

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