INTERVIEW

井上小百合

「純真無垢な状態で演じたい」自身初となる少年役に何を思う


記者:村上順一

写真:村上順一

掲載:23年02月13日

読了時間:約8分

 俳優の井上小百合が、2月11日まつもと市民芸術館小ホールより公演がスタートした舞台『博士の愛した数式』に出演。井上は安藤聖が演じる「私」の息子、ルートを演じる。串田和美は、記憶が80分しかもたない数学博士、脚本・演出は新進気鋭の演出家として注目を集める加藤拓也が担当。同作は欠落や喪失をテーマとした作品を描き続けている芥川賞作家で、紫綬褒章も受章している小川洋子が2003年に発表し、翌2004年第55回読売文学賞を受賞、第1回本屋大賞を受賞したミリオンセラー作品で、2006年には映画化もされた。インタビューでは、女性である井上が少年・ルートを演じることになった心境から、同作からどのようなことを感じたのか、話を聞いた。【取材・撮影=村上順一】

私がルート君を演じることは、ある意味ファンタジー

村上順一

井上小百合

――原作、脚本を読まれたときいかがでした?

 『博士の愛した数式』は、過去に映画を観たこともあり、もちろん知っていましたので、今回舞台のお話を頂いてとてもうれしかったです。でも、まさかルート君役だとは思っていなくて。男の子を演じるのは初めての挑戦ですし、それもあって、「どうする自分?」みたいな(笑)。年齢的には学校の先生を演じることが多くなってきていたので、自分でも、これからはそういう方向かな、と思っていた矢先の小学生の男の子役!うれしさと難しさを同時に感じました。

――この作品のどんなところに魅力を感じていますか?

 原作を読んだとき、言葉選びがすごく素敵だなと思いました。例えば、「夕方」と一言で表せるところを、「夜まで少し猶予がある」とか。加藤さんも仰っていたのですが、匂いとかも感じ取れるような、そんな描き方をされていて、そこが魅力の一つになっていると思います。

――なぜ、井上さんがルート君役に選ばれたのかお聞きしました?

 理由はお聞きしていないのですが、おそらく頭の形が平らだから選ばれたのかな(笑)。博士役の串田(和美)さんは「(頭が)すごく平らだね。ピッタリだね」と仰ってくださって。

――演じるにあたり特に難しいと感じたところは?

 脚本・演出を担当されている加藤拓也さんは、写実的な演出をされる印象があるので、私が浮いてしまったらどうしようと思いました。幼く演じてもこの作品だと浮いてしまうような感覚があったのですが、リアリティのあるおとぎ話ということを加藤さんは仰っていて、私がルート君を演じるのも、ある意味ファンタジーだなと思いました。その中でどうリアリズムを出していくのか、技量が試されているような感じがしています。加藤さんからはシンプルでいいとも言われていて、子どもはすごくシンプルに物事を考えているので、色が付いていない純真無垢な状態で演じたいと思いました。

――井上さんは昔、よく男の子っぽいと言われるとお聞きしたことがあるのですが、ある意味自然体で演じられる部分もあるのでは? と思いました。

 ルート君はとてもかわいくて、賢くてまっすぐな良い子なんですよね。私はちょっとねじ曲がった子どもだったので、ルート君とは真逆だなと思っていて(笑)。ルート君がお母さんの前で泣いてしまうシーンがあるのですが、そのときの感情を加藤さんと相談しました。加藤さんから「親の前で泣いたことはありますか」と聞かれて、私は「あります」と答えたのですが、私の場合はとにかくどれだけ大きな声で泣いて、親を困らせようかと考えているような子どもだったんです(笑)。なので、どうしたらルート君のように純粋にいられるのか、という葛藤があります。

――真逆だと難しそうですね。

 加藤さんからは、ルート君は泣きたくないのに涙が出てしまう、その気持ちを持っていてほしいとアドバイスをいただきました。

――ちなみに、ルート君を演じるうえでモデルとなった方はいますか。

 先輩のお子さんです。本当にかわいいんです。ただ、大人と対等に話したいみたいで、一緒にゲームをしたりするんですけど、そのときに自分は強いよとか、言ってくるんです。その純真無垢な感じが博士とルート君の関係にも近いものがあるなと思ったので、重ね合わせていました。

――博士とルート君は年の差がありますが、仲良くなれる要因はどんなところにあったと思いますか。

 それをいま稽古の中で皆さんと考えているんですけど、ルート君は母子家庭でカギっ子なんです。博士は父親でもなければ、親戚のおじさんでもないし、学校の先生でもない。だからこそ友達のようになれたと思いました。博士はルート君のことを子どもだからとか、自分より年下だからというふうに見ていないと思います。対等に扱う人だったから、ルート君も心を開いていけたんじゃないかなと思いました。

――音楽は生演奏なんですか?

 はい。小説で感じた匂いとかを大切にしたいと加藤さんは仰っていて、音楽をつけながらいま稽古に入っているんですけど、その音楽を聴いて出てくる感情で役者さんのお芝居も変わってきたりして、その化学反応を楽しみながら稽古が進んでいます。谷川正憲(UNCHAIN)さんが演奏してくださるのですが、加藤さんの難しいリクエストにも見事に対応していらっしゃってすごいなあ、と。

――どんなリクエストなんですか?

 例えば、このシーンは雨の日のパリの匂いとか、聾者が初めて聴く1音とか。それによって私たちのお芝居もちょっとずつ変わってくるので、不思議な感覚があります。何が最善なのかをみんなで模索しながら作っている感じです。

大切な人のことは忘れたくない

村上順一

井上小百合

――もし、井上さんが博士のように記憶できない状況になったとして、これだけは記憶にとどめておきたいと思うことは?

 私のことを大事に思ってくれている人とか、大切な人のことは忘れたくないです。お仕事で出会った方や友達もそうなのですが、自分の人格形成に携わってくれた人のことを忘れてしまったら、自分が自分でなくなってしまうような気がしていて...。祖母が認知症気味なのですが、もう私のことも忘れてきていて、会うと他人のように「こんにちは」とか言われてしまうんです。もう私のおばあちゃんではなく、別人になってしまったみたいな感覚になって、とても悲しくなってしまいます。できるなら大切な人のことは忘れたくないなって。

――博士とおばあちゃんを重ねて見てしまうところもあって。

 重ねてしまいますね...。ルート君の誕生日に、博士はそれまでのことを忘れてしまうんですけど、自分の存在自体が忘れられてしまったことは、ルート君にはすごくショッキングな出来事だったと思います。博士はそういう病気だから仕方がない、とルート君は自分の中で咀嚼(そしゃく)しようとしているんですが、それが自分と祖母の関係に似ていると思いました。

――ところで、井上さんは数学はお好きですか? それとも苦手?

 博士のような先生がいたらもっと数学が好きになっていただろうなと思います。役者という仕事にもつながっているのですが、私は現代文が好きで、答えがないものを考えるのが好きでした。数学は法則や定理があって、答えが決まっているイメージなんです。逆にそれが私には難しく感じていて。

 「星がキレイなのが説明できないように、数字の美しさも説明ができないんだ」という博士のセリフがあるんです。数字というのは人間が誕生する前から存在していて、それを見つけているということを知ったら、「見つける作業なんだ! 面白そう」と思いました。決まった答えしかないと思っていた数学が、まだまだ未知のものだとわかったので、それを見つけていく作業は役者と同じことだという気がしました。

――そんな井上さんがお好きな数字は?

 「100」です。小百合という名前に百が入っているからなんですけど(笑)。

――(笑)。あと、何事においても足し算、引き算というのがありますが、井上さんはお芝居をしていく中で、どのようなバランスで考えていますか。

 稽古では引き算をしていった方が良いかなと思っています。事前に自分の中でこういう感じかなというのを提示した上で、演出家さんと話し合って、試行錯誤していく。何もない状態で稽古場に行くのは違うと思っています。ただ役者としてはまだまだ未熟なのでいろいろインプットしていかないといけないなと思っています。

――インプットするにあたって、何か経験してみたいこと、行ってみたいところなどありますか。

 ヨーロッパに行ってみたいです。歴史的な建造物が今も生活の中に溶け込んでいるイメージがあって、加えてヨーロッパの文化や言葉にも興味があります。本当はもっと前にそれらを体験したいなと思っていたのですが、コロナ禍でできなくなってしまって...。なので、いずれ旅行に行きたいと思っています。旅の中で起こることというのは、意図していないものがたくさんあると思うので、そういうものにいっぱい遭遇できたらいいなと思っています。

――それらをアウトプットする場所がお芝居なんですね。

 レッスンなどで身に付くことももちろん多いですが、セリフの中から湧いてくる感情というのは、自分が経験したものから近い感情を結び合わせていくところがあります。あのときはこう思ったなとか、このときはこう考えていたなという感覚があると、役と向き合いやすくなるんです。それらは意図しているわけではなくて、友達との何げない会話の中で「こういうことなんだ」とわかるときがあるんです。ですので、たくさんの人たちと出会って、いろんなところに行って、様々な経験をしたい、と思っています。

(おわり)

スタイリスト 中川原有
ヘアメイク 茂木美緒

公演概要

『博士の愛した数式』

原作:小川洋子『博士の愛した数式』(新潮文庫刊)
脚本・演出:加藤拓也
音楽・演奏:谷川正憲(UNCHAIN)

出演:串田和美 安藤聖 井上小百合 近藤隼 草光純太 増子倭文江

【松本】

日程:2023年2月11日(土)~16日(木)
場所:まつもと市民芸術館小ホール

【東京】

日程:2023年2月19日(日)~26日(日)
場所:東京芸術劇場シアターウエスト

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