宇多田ヒカル楽曲が今もなお愛されている理由とは、「間」の存在

衝撃的なデビューを飾った宇多田ヒカルの「First Love」。写真は「First Love -15th Anniversary Edition-」
宇多田ヒカルのデビュー15周年を記念したソングカバーアルバム『宇多田ヒカルのうた-13組の音楽家による13の解釈について-』が去る9日に発売された。井上陽水や椎名林檎、浜崎あゆみなど日本の音楽シーンに名を馳せるトップミュージシャンが、宇多田ヒカルの楽曲を独自の解釈で歌い上げた。まさにミュージシャンがミュージシャンを再評価するアルバムと言っても良いだろう。
1998年、彗星の如く現れた宇多田ヒカル。彼女の登場はそれまでの音楽シーンの流行を180度変えるぐらいのインパクトがあった。そして今もなお変わらずに影響を与え続けている。なぜ彼女の音楽は世代を超えて愛され続けているのか。
ジャンルに捉われることなく感情を自由自在に表現できる音楽力が前提にある。そのうえで特筆したい点は「間」だ。元来、日本人が大切にしてきた「間」。宇多田ヒカルの音楽にはこの絶妙とも言える「間」が存在する。彼女が登場した当時の音楽シーンを振り返りながらその魅力を分析してみたい。
ジャンルに捉われない表現力
宇多田ヒカルという、これ程までに人間性の深さを色鮮やかに感情表現するアーティスト。1998年、イスの直前で変わったダンスをする女性歌手のPVから「Automatic」という楽曲が流れ、そこから現在に至るまで、宇多田ヒカルの感情は拡散され続けている。
デビューシングル「Automatic」が収録されたファーストアルバム『First Love』は日本のアルバムチャート歴代1位を獲得、累計800万枚以上のセールスという前人未踏の記録を保持している。デビュー当時15歳の宇多田ヒカルからは、天真爛漫な物腰と言動、情に訴えかける歌声、そしてやけに大人びたインテリジェンスが感じられた。一言で魅力を語り難い、重複した感情表現から滲む「人間的魅力」。それらを確かに帯び、きらびやかな音楽として彼女から放たれていた。
「Automatic」は当時、R&Bという音楽ジャンルのフレーズと共に世に拡まったが、そこから今に至るまで宇多田ヒカルは、ロックサウンドやHIPHOP、ドラムンベースを基調としたビート、荘厳なオーケストラやエレクトロアプローチまで、一つの音楽ジャンルには括られず実に多様な音楽スタイルで作品を展開している。
「ジャンルに括られたくない」「良い意味でリスナーを裏切っていきたい」という宇多田ヒカルの一貫したスタンスは、「宇多田ヒカル」という確固たる印象をその音楽に反映させている。才色フレキシブルな楽曲により、付随する音楽性のイメージなどに束縛される事は無く、又、それを自ら証明している希有なアーティストなのである。
宇多田ヒカルが登場した90年代後期の音楽シーン
宇多田ヒカルの「Automatic」がリリースされた90年代後期、ソウルミュージックやHIPHOPなど、「ビートの効いた」音楽性を織り交ぜた楽曲が当時積極的に日本のチャートへと浮き上がってきていた。
「BIRD」や「SILVA」、「DOUBLE」や「Dragon Ash」―、名を挙げればキリがないが、ソウルやHIPHOPの要素をダイレクトに音楽性としてMIXした素晴らしいムーブメントが海外のみならず、国内でも常に起きていた。「90年代後期」は非常にエキサイティングで、とにかくエネルギッシュでアツい時期であった。
そのような激戦時代とも言える華やかな時期には、ミュージシャンが「ネイティブで特性の際立つ音楽」と真摯に向き合っている背景が必ずあり、その結晶ともいえる作品がポップシーンで楽しめるという事実に繋がる。
R&Bもそうだし、HIPHOP、ロックンロール、テクノやPUNKやヘビーメタルも。はっきり言ってカッコ良い事この上ない音楽なのだが、当初は「マニアックだ」「わからない」という冷ややかな一言で一般的には片付けられてしまうといった惨事がしばしば起きてしまう事もあった。
しかし、宇多田ヒカルのデビューシングルである「Automatic」は、最初から受け入れられた。何気なく自然と馴染むサウンド、宇多田ヒカルの表情豊かな色彩織り成す歌声と物腰、その音楽は多大な数の人々に「最初から」受け入れられたのだ。
そしてその楽曲以降、様々な音楽性をもってして作品化していく宇多田ヒカルは、あらゆる感情を統合させる感性をもつアーティストとして認知され、「ジャンルに括られる」といった解釈とは無縁の存在となった。
今でこそ「サカナクション」や「SEKAI NO OWARI」など、基調としていた音楽(これらの場合だとRockを)にEDMなどエレクトロミュージックの要素を大胆に融合させるといった音楽的アプローチは珍しくはない。そして、現在より10数年前である当時でも決して珍しくはなかった。しかし、当時のそれはあくまで「取り入れた感」の強い印象が多少なりともあった。
だが、宇多田ヒカルの新たなアプローチであるなかのひとつ、エレクトロサウンドから、少なくとも筆者はリアルタイムでそれを一切感じなかった。普通にクールなサウンド上で、宇多田ヒカルが愛嬌たっぷりに歌っていた。