INTERVIEW

松雪泰子

芸術の力はすごい――、作品から得られる感動と学び


記者:鴇田 崇

写真:

掲載:20年10月03日

読了時間:約5分

 シソンヌじろう、大九明子監督、松雪泰子がタッグを組み、同名原作を実写映画化した『甘いお酒でうがい』が、コロナ禍での公開延期を経て、9月25日(金)に公開となった。じろう(シソンヌ)が長年演じてきた代表的登場人物のひとりである「川嶋佳子」を、日本映画界を代表する女優のひとりである松雪泰子が、その確かな表現力でリアルなキャラクターとして観る者の共感を誘っている。その丁寧なアプローチについて本人は、「すごく密度が濃い長い時間でしたので、『佳子さんとして何かをしなくては』と考えることよりも、ほぼひとりでもあったので、自然とそうなった気がしています」と謙虚に述懐した。同世代の、特に女性の支持を得そうな本作について、松雪本人に話を聞いた。【取材=鴇田崇】

『甘いお酒でうがい』撮影の裏側

――完成した映画を観ていかがでしたか?

 主人公にはほぼセリフがない状態で、モノローグで進行していくという作品のムードのなか、静かに淡々と、詩的にドラマが展開していくけれども、いろいろなところに生きるアイデアとヒント、気づきが散りばめられていて、観ていて心が温かくなる作品だなと思いました。みなさんに穏やかに鑑賞していただける作品になったかなと思いました。

――とても共感を呼びそうな主人公像ですが、演じる上で工夫したことは?

 脚本に書かれていることはあくまでもベーシックなことでガイドであり、大九監督が現場でもっと増幅させたシーンに演出されていく毎日だったので、いい意味で無の状態でいられました。わたしの中のイメージはたくさんあるのですが、そこにこだわりすぎるというよりは、そこにちゃんと存在するってことが大事なのかなと思っていました。あとは監督のディレクションの中でどれだけ自由にいられるか、ということだったと思います。

――たった一言のト書きから、すごく膨らませていく手法のようですね。

 そうですね。彼女がお気に入りのピアスを探すシーンでは、「ものを大切にしている人ですし、とにかくその時間は自由に探してみてください」と。どこかに旅立ってしまって、いなくなったジュエリーを見つける時の場面なので、丁寧に説明してくださいました。

 あとはボジョレー・ヌーボが解禁の時に酒屋に買いに行くシーンでは、脚本上ではただ「酒屋に行く」とだけ書いてありましたが、撮影現場に行ったら「踊ってください」と(笑)。

――その場で、ですか?

 「えっ」て、なりました(笑)。「うれしい、喜びの踊りって意味です」と。毎日、全部のシーンでそういう感じだったので楽しかったです。ギュッと密度の濃い撮影でした。

――ご自身の解釈、味付けは、どのくらい役柄に投影しましたか?

 彼女は、存在しようとしているのだけれど、存在し切れない自分が歯がゆくて、人生の流れのなかで重い鎖につながれたような感覚になっているんですよね。勝手に自分でつながれちゃって、その重さを感じながら一生懸命前に進もうとするけれど、その苦しい部分、悲しい部分を表に出させたくないから、それを自分なりの視点のユーモアに置き換えてみたりしている。とはいえ、そんなに強くもいられないから、お酒を飲んでしまう。

 つねにいろいろなところに複雑に思考が展開し続けていく感覚の人でしたし、客観的にその人物を見ていると、そういう複雑な考え方だから複雑なことが起こってしまうと言ってあげたいなって思うような。そういうふたつの視点が演じていても常にありました。

――彼女自身に起因する出来事も多いんですよね。

 自分の思考が現実を作っていくと思うので、ティッシュ配りのシーンも象徴的でしたけど、きっとあの時点で「当然わたしはもらえるんだ、当然わたしはそこに存在しているんだ」って思っている人ならもらえていたはずで、「もらえない自分がいる」って思っているからもらえない現実が起こってしまうんですよね。そういう感覚でわたしは捉えていました。それをできるだけ、すべての要素と感覚を体に落とし込み、何かをコントロールして表現するというところではないところで、川嶋佳子さんという形でいられたらいいなあっていう風に思いながら演じていました。だから、「佳子さんならどうするだろう?」という感覚はつねにキープし続けながらやっていましたね。

 ただ、すごく密度が濃い長い時間でしたので、「佳子さんとして何かをしなくては」と考えることよりも、ほぼひとりでもあったので、自然とそうなった気がしています。

音楽で思いをシェアしていきたい

松雪泰子

――共感はしましたか?

 共感できるところもあり、まったく違うところもあり、さまざまです。でも、佳子さんほどではないにせよ、いろいろな視点で物事を見たり、面白いものを見つけて過ごすことは好きですね。基本的にわたしはポジティブですが、時々過去の思考のくせで、若干ナーバスになることもあります。彼女ほどネガティブになるようなことはないですけれど、なんだか共感できるなってところは少なからずありますね。ネガティブではないけれども、自分の中でここの要素は改善したいなっていうことは誰しもが思うことなのではないでしょうか。

――彼女を観ていると、自分自身を優しく肯定してあげたくなるような気にもなって、映画のパワーを実感するのですが、そういう体験ってありますか?

 作品に関わっていくことで、感じることはあります。わたしの場合は演劇の場合が多いのですが、有名な戯曲の言葉には、それだけ感情を動かす力がありますよね。作品を通して学びを得ていく感覚があって、観てくださる方々と同じように、わたしたち自身にも感動があります。その意味では芸術の力っていつもすごいなって思いながら仕事しています。

――すると今回の彼女からは、どういう学びを得ましたか?

 それこそ、ちょっとだけ自分を信じてあげるということができた瞬間に、自分の人生に変化が訪れるなっていうことを改めて、作品を通して、彼女を通して感じましたね。それは演じている時にも、そういう感覚の上で演じていたような気がします。

――音楽面ではいかがでしょうか。パワーをもらったような経験はありますか?

 クイーン! We are the championsとか、昔から大好きです。音楽には人を癒す力もあると思うので、今後わたし自身も音楽で思いをシェアしていけたらなとも思っています。それは、わたしたちの仕事の本来あるべき姿みたいなもので、音楽やパフォーマンスも含めて、小さな世界ですけど発信していけたらなと思っています。

――映画を待っている人たちにメッセージをお願いします。

 監督が最初におっしゃっていたことは、この年代の女性の話を描きたいということでした。パートナーがいればまた違うのでしょうけれど、ひとりで生きているこの年代の女性にとって、その先の人生をどのように過ごすのかは、何かしら自分で決めていかないといけないようなことがたくさんある。同年代の女性には、心が動くことが映画の中には沢山あると思います。

この記事の写真

記事タグ 

コメントを書く(ユーザー登録不要)

関連する記事