「路地裏のサーカス」の店主・加藤隆氏

 新型コロナウイルス禍によりイベント開催が困難となり、エンターテインメント業界は大打撃を受けている。チケット販売大手の「ぴあ」が5月29日に発表した予測によると、今年2月から来年1月までの中止延期などで売上がゼロもしくは減少した公演・試合の数は43万2000本、金額では6900億円にのぼるという。

 果たして、この苦境のなかでライブハウス、ミュージシャン、エンジニアなど音楽関係者は何を思い、どう行動しているのだろうか? このコラムは『音楽再起動―静止した闇のなかで』と題し、音楽の現場のリアルな声に耳を傾けていきたい。第1回として取材したのは、東京・下北沢にあるライブバー「路地裏のサーカス」の店主・加藤隆氏。オープン7年目にして迎えた緊急事態にどう思うのか。【小池直也】

――新型コロナの影響を感じたのはいつ頃でしたか。

 2月末からお客さんが減り始めたかな、という印象でした。ニュースを見ていても感染が広がりそうな気配があったので、早々と3月10日には閉鎖しました。そこからは情勢を見守りつつ自宅待機。子どもがいなくて、自分ひとりの店だったら開けてたかもしれませんけど、やっぱり家族優先。大家さんに家賃の交渉させてもらったんですけど「こっちも大変だから難しい」という返答でした。

――現在は店外でのフード・ドリンク提供をされていますが、きっかけは?

 シンガーソングライターのNozomi Nobodyちゃんが発起人になって、店のためのコンピレーションアルバム『Life is CIRCUS』を作ってくれたんです。ミュージシャンも大変な時期だし、他のお店も大変。最初はお断りしようかとも思ったのですが、アーティストたちが「自分たちにとってもいい時間になるから」と言ってくれて。そういうことなら感謝して引き受けてもいいのかなと思ったんですよ。

 それから自分たちも店を維持するために動かなきゃと。人と会うのは怖いところもありますが、落ち着いてきた兆しも見えたので今の形の営業を始めました。ただ「とりあえずできることを」とスタートしましたが、これだけでは店の維持はできないですね。キッチンのスペースだけを借りて、テイクアウト専門店にできたらまた違うのかもしれませんが。

路地裏のサーカス

――持続化給付金などの国の対応についてはどう思われますか?

 現在は資料を集めていて、これから申請を出そうと思っています。なかなか提出する資料が多くて、他の店は「提出したけど不備があってやり直し」ということがあったとも聞きました。行政の対応は最初から後手後手で、怒りと呆れは正直感じています。指をくわえて待つしかないし、いつになるんだろうという気持ちでもどかしいですね。スピーディで手厚い対応を期待したいですが、これだけ広範囲の事態ですから、それは限られるとも理解しています。

 やはり「人が集まれない」ことが何よりも怖いですし、店としては痛い。もともとは「集まって!」というスタンスですから「集まってはいけない」となると手足がもがれたようです。どう対策しながらイベントを開催していくのか考える、変化のフェーズだと感じています。ただでさえスペースがせまいのに、キャパを半分以下にしたら、とてもやっていけません。それに30人を10人にしたところでリスクが3分の1になるわけでもないと思いますし。配信も考えてはいますがライブはやはり生の良さがあります。

 ただ、やれるだけのことはやり続けていきますよ。どうやら店がなくなって困るのは自分たちだけではないようですから。応援のメッセージもいただいたので、希望の光だけはなくさないようにしていきたいです。クラウドファンディングなども、これからやろうかと検討しています。

――緊急事態宣言下の下北沢の街を見て思ったことは?

 シャッター街みたいで飲食店は軒並み閉まっていました。テイクアウトができる店は頑張っていましたが、ライブハウスはもう完全にクローズ。スーパーは常に人がいるイメージでしたね。普段は寛容な街なんですが、みんなピリピリしているのか、テイクアウト営業でも通報されたりして。

――店では何度か配信ライブも実施されていますが、緊急事態宣言中には音漏れで通報されてしまったと聞きました。

 その時はボーカルとキーボード、ベース、ドラムの編成でした。以前はこんなこと無かったんですよ。お巡りさんが来て「やめないんですか?」と言われましたが「やめないですよ」と。配信で夜中にやっているわけでもないし、人に迷惑をかけるような音量も出してない。それで一度帰ってもらったんですが、またすぐに来て「やめるまで見てないといけない」と外にいました。

 その20代中ばくらいのお巡りさんとは「どんな音楽が好きなんですか?」と他愛のない内容まで色々と話しました。「店長さんの意見もわかりますけど、そういう時期(緊急事態宣言)だから控えるべきなのでは?」と彼は言いました。僕から「立場的に言わなきゃいけないのもわかるけど、自分の目で見て止めさせるべき出来事が起きているか考えてみてください。個人としてどう思いますか? 漏れてくる音を聴いて思いをめぐらせてほしい」と。彼は「はあ」と言って、ずっと立っていましたね。

路地裏のサーカスの店内

――社会の自粛を求める風潮はどう思いますか。

 感染拡大防止のためにみんなが足並みを揃える必要はもちろんあると思います。しかし死活問題だから、おのおのが動いていく必要もある。それに関しては「放っておいてほしい」と思いますね。それぞれのジャッジで今できることを考えてやっているわけですから。今は何が絶対に正しいかはわからない世の中です。それぞれの決断がある、ということを理解してもらえないと危ない。

――これからの音楽や音楽業界はどうなっていくでしょう?

 生演奏に触れられなかった自粛期間に多くの方が音楽の重要性を感じたのではないでしょうか。観客、リスナーのあり方は変わっても音楽文化が衰退する事はなく、むしろ盛り上がっていくと信じています。今は耐えどきですが、また満員の会場でライブを楽しめる日が来てほしい。そして一軒でも多くの音楽スペースが残る事を心から願っています。

「路地裏のサーカス」の店主・加藤隆氏

(おわり)

ライブハウス情報

路地裏のサーカス
営業時間:12時~22時(水曜定休)
住所:東京都 世田谷区 北沢 1-40-15 北沢ゴルフマンション 1F.
https://bit.ly/3cquKU1

筆者紹介

小池直也 ゆとり第一世代の音楽家/記者。山梨県出身。サキソフォン奏者として活動しながら、音楽に関する執筆や取材をおこなっている。
ツイッター:@naoyakoike

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