ノラ・ジョーンズ「音楽の力を届けられたら」人との繋がりを描いた新譜語る
INTERVIEW

ノラ・ジョーンズ「音楽の力を届けられたら」人との繋がりを描いた新譜語る


記者:編集部

撮影:

掲載:20年06月12日

読了時間:約13分

 ノラ・ジョーンズが6月12日、約4年半ぶりのオリジナル・ソロ・アルバム『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』をリリース。ピアノ・トリオを軸としたジャズに根付いたサウンドを広げながらも、彼女らしい、ジャンルに振り分けることができないユニークなメロディーと優しく切ない声が特徴的なアルバムだ。

 タイトルは日本語で「私を引き起こして」という意味で、ノラ本人は、リリース発表時に「ここ数年、この国、この世界に生きてきて、どこかに“私を引き起こして”という感覚があるのだと思う。立ち上がり、この混乱から抜け出して、どうにかしたい、という思いが。」とコメントを出していた。

 2016年からしばらくの間、コラボレーション・シングルの連続リリースというプロジェクトを開始させ、アルバムを作ってツアーに出るという、いわばミュージシャンのルーティン・ワークに背を向けていた彼女だが、今回、アルバムをリリースするに至った理由は何だったのだろうか。アーティストとしての新しい挑戦と、彼女のソング・ライティングへの思いを探る。

 また、本来、このアルバムは5月8日にリリースされる予定だったが、新型コロナウイルスの影響を受けて、発売日が約1カ月延期となった。それを受けて、ノラ・ジョーンズは急遽アルバムに収録されている楽曲のシングル・リリースを行い、自宅からミニ・コンサートのライブ配信を行った。アルバムでは、“人とのつながり”をテーマに孤独などの困難に直面しながらも乗り越えていこうとするストーリーが全曲を通して綴られており、今の世界と通ずるものがあると、彼女は語る。世界が乗り越えようとしている危機に関しても、思いを聞いた。

アルバムを作らない予定だった

『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』ジャケ写

――『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』は「私を引き起こして」という意味だと伺いました。今回のアルバムはどのような意図で制作されたのでしょうか。

 実は特にアルバムを作ろうと思って作ったわけではないの。シングルのレコーディングを続けて、アルバムを作らない予定だった(笑)。そうこうしているうちに、シングルのレコーディングの時にレコーディングした曲がいっぱいできあがっちゃって。そういった曲たちを聴いていたら、なぜだかすごく気に入って、曲にも結構まとまりがあることがわかったの。一緒に並べても違和感が全くなかった。

 聴いていくうちにテーマみたいなものも、自然とできあがっていったのだけれど、それぞれの曲に私が思っていることや考えていることを反映していたからやっぱり無意識に最初から一貫性はあったのかもしれないわね。今の社会に生きていて、どこかに抜け出したいと思うことは、みんな理由は違えどある気がしていて、そういう思いや、人と繋がることに思いを巡らせて歌詞を書いたわ。それをアルバムにしてみたかった。

――アルバムを作っていた昨年は「今までで一番クリエイティブだった」と伺いましたが、そう感じた理由があれば教えてください。

 本当にかなり頻繁に色々な人とセッションとかをやってそう思ったんだと思う。そんな経験は初めてよ。毎回、違う人と音楽を作って、新しい薪を火の中に入れていくような感覚。そして、その火がだんだん大きくなっていくの。それが私にインスピレーションを与え続けてくれて、アルバムという形になったの。

――私たちとしては、インスピレーションがアルバムという形になって、新しい音楽がまた聴けて嬉しい限りですが、 アルバムで音楽を発表することはやはり特別な意味があるのでしょうか。

 あんまりそういう風には考えないようにしているんだけど、このアルバムは、とてもパーソナルな曲が多くて、憂いや孤独に溢れていて、今、私達が直面していることを考えるととても不思議な感じがするわよね。うん、今までとは確実に違うサウンドになっていて、結構気に入っているわ。独自の方向性を持っているアルバムだと思う。

――パーソナルとは具体的にどういったことを指すのでしょうか。曲たちを繋ぎ合わせたテーマについて詳しく聞かせてください。

 多くの曲はとても個人的な体験を書いた曲なのだけれど、同時に、世の中で起こっていることにインスピレーションを受けて書いた曲でもある。ものごとをとても個人的に受け止めたりもしているけど、視点としては、自分のこと、子供達のこと、家族のこと、他の人達のことや、人間のこと全般的に考えたりしながら、書いた作品。みんな人間であり、いろいろなことを経験する。みんな波があり、いいときもあれば悪いときもある。そういうものよね。そういったいろいろな事柄を曲にしたかったの。

――失恋など困難に直面している曲がありますが、その時の気分や実体験が歌詞に反映されることはありますか?

 もちろんよ。多くの人達はそうやって曲を書くと思うの。事実を誇張させたりすることもあるけど、周りの人達が体験していることを歌にしたり。

――具体的に今回のアルバムで自分の気分を直接的に反映した曲があれば教えてください。

 それは教えられないわね(笑)。でも、不思議なことは、この前あるジャーナリストと話しをしていて、その人とも曲について話していたの。その人もこれらの曲はとてもパーソナルな曲に感じられる、と言っていて。実は他のアルバムや曲を時に書いた曲ほど個人的じゃないものもいっぱいあるのよね。でも、他の人がそう感じてくれる予想が付かないミステリアスな部分も結構好きで、パーソナルなものかそうじゃないかは、聴き手の想像に任せたいと思う。みんなそれぞれの共感の仕方があると思うのね。

――聴いていて自分の体験に重なる曲があったりすると、面白いですよね。ちなみに、歌詞はどういったときに思い浮かぶのでしょうか?

 どの曲もそれぞれのプロセスがあるの。でも、今まで音楽がついていない詩を書いたことなんてなくて、今回はじめての経験だった。詩が先にできて、後になって、音楽をつけたのよね。ものによっては、普通通りの作曲で生まれた曲もある。一つのフレーズが浮かんできて、メロディーラインが浮かび、後でコードをつけていったりね。

アルバム作りで一番影響を受けたアーティストとは

――アルバム作成ではなく、コラボレーション・シングルの連続リリースというプロジェクトをやってみて、心境に変化はありましたか?

 もちろん。他の人とコラボレーションをする時って、常に心境の変化はあるわ。1カ月とか、二ヶ月おきに、数日間いろいろな人達とスタジオに入っていただけれど、やるたびにあらゆるインスピレーションをもらっていたから。それって、常に新しい薪を火の中に入れていくような感覚。普段の時よりも、作品の仕上がりも早いし、新しい発見もいっぱいあるわ。もともと、アルバムを出すつもりはなかったのに、自然につながりがある音楽を作っていたりね。

――『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』では固定のメンバーがいるわけではなく、合計20人以上のアーティストが参加していて、色々な音が聴けてとても面白いと思いました。アルバムを作る上で様々なセッションがあったと思いますが、コラボレーションの相手やセッションはどのように生まれていくのでしょうか。

 コラボレーションの時は大抵の場合、私が発起人ね(笑)。それぞれのアーティストに直接電話をして、空いているかどうか聞いて、私と何かコラボレーションをすることに興味を持ってくれるかどうかを確認するところから始まるの。これのいいところって、プレッシャーがそんなにないこと。いちかばちか的なところはあるんだけど、誰にもプレッシャーを与えない。もし、気に入られなければ、それでいい。

 ヒット・シングルを作るプレッシャーを与えるつもりもなく、ただ単に自由に誰かと音楽を作ろうとしているだけで、言ってしまえばただ楽しみたいだけ。コラボレーターにも同じように感じて欲しかったの。こうやっていろいろな人達とコラボレーションができたのは楽しかったし、こういった形でしか生まれないものもあると思う。

 今回のアルバムにおいては、いろいろなアーティストとのコラボレーションもあったけど、例えばブライアン・ブレイドにはアルバムの70%ぐらいでプレイしてもらっているから、すべてがバラバラのコラージュっていうわけではなくて、固定メンバーっぽいような側面もあると思う。

――これまでギターをメインにしたアルバムも多く出されていますが、今回はピアノがメインなんですね。

 そうね、ほとんどピアノ・トリオで演っているの。私とドラマーとベース・プレイヤーで。ドラマーは数名起用していて、ベーシストも3人いる。やっぱり、私の音楽でピアノ・トリオが原動力になっていることは確かね。ギターに関しては、ジェフ・トゥイーディーとはシカゴで2曲だけレコーディングをしたわ。この曲は、ギターがいっぱい入っている。この2曲は唯一ギターが多く入っている曲ね。

――ジェフ・トゥイーディーは前作『ビギン・アゲイン』から参加していますが、先行シングル「アイム・アライヴ」など彼との共同作業はあなたにどんな影響を及ぼしましたか。

 彼とは、もう2年ぐらい前だったかしら? 1年ぐらい前だったかしら。忘れちゃったけど、一緒に3日間ぐらいスタジオにこもってレコーディングしたことがあるの。3日間で、4曲一緒に作曲して、レコーディングをした。その中から今回のアルバムにはいいバリエーションを与えてくれた曲が入ることになった。一緒にレコーディングしたり、プレイしたりするのは楽しかったし、彼も私に良いインスピレーションを与えてくれる一人よ。

――ちなみに、今回のアルバム作りで、一番影響を受けたアーティストはどなたでしょうか?

 おそらく今回のアルバムで一緒にスタジオに入るのを一番心待ちにしていたのは、ブライアン・ブレイドだった。彼とはツアーも一緒にしたし、そういう過程を経て、やっと、どういう音楽を彼と一緒に演奏したら一番いいのかというのがわかってきて、今回のアルバムではそういう方向性で曲を書いていった。曲作りなどにいろいろ良い影響を与えてくれる人よ。上手く説明できないんだけど、彼のグルーヴ感とかが好きなの。今回のアルバムで一緒に演奏した人達はみんな楽しかったわ。でも、おそらく色んな意味でブライアン・ブレイドが一番多くアルバムに参加していると思うわ。

――ブライアン・ブレイドは世界最高峰のドラマーとして、ボブ・ディランなどの数多くのアーティストから引っ張りだこと伺っています。彼とはどうやって一緒に音楽を作っているのでしょうか。

 うーん、曲作りを一緒にするというよりも、とてもユニークなグルーヴを思いついてくれるの。そうするとそれをレコーディングに活かそうと思って録っておいたりする。それがとてもスペシャルな音だったりするのよね。彼は歌詞を良く聴いてくれる。音だけではなくて歌詞を聴いて、その歌詞に合わせてドラムをプレイするの。それがとても心地いいの。

――今回のアルバムもジャズや、ブルース、アメリカーナと幅広い音楽性が見られ、ジャンルに捕らわれず様々な音楽を聴いているノラですが、次々と新しい才能が生まれている音楽業界で、最近ノラが注目するアーティストは誰ですか?

 いーっぱいいるわ。今は、誰だろう? でも、本当にいっぱいいる。今、音楽をたくさん聴いているの。旦那が結構プレイリストを作るから、毎晩それを聴いたりしている。最近ピアノ系の音楽を結構聴いているかも。チリー・ゴンザレスのピアノのソロ・アルバムは結構気に入っているし、エマホイ・ツェゲ=マリアム・ゴブルーの“Ethiopiques”とかね。本当に色々聴いているの。注目しているアーティストに関しては、これからのコラボレーションを聴いてほしい!

アルバムの特徴は孤独に溢れている

――少し、楽曲に関して教えてください。先行配信となっている「ハウ・アイ・ウィープ」はどういう思いを込めた楽曲でしょうか。またアルバムには1曲目に収録されている楽曲になると思います。これを最初にもってきた理由があれば教えてください。

 これは詩から生まれた曲。昨年ぐらいから詩の世界に導いてくれた友達がいたのね。詩なんて、今まであまり書いたことがなかったけど、詩集とか読むことによって、結構ハマって行った。あと、子供達にドクター・スースの絵本とかを読んではいたの。ライムに溢れる世界だから。ことばを綴り始めたら、それらのものが詩になっていった。書いた詩はとても気に入ったんだけど、詩集を出す気もなかったので、それを歌にしていったの(笑)。実際に歌にしてみたら、今まで私が書いてきたものとは、まったく違うものになっていった。初めての感覚でとても気に入っているわ。

 1カ月ぐらい前に「アイム・アライヴ」をシングルとしてリリースしたんだけど、それからこのウイルス騒ぎになって、アルバムのリリースを1カ月延期することになったのね。でも、アルバムを出す前に数曲シングルとしてリリースしたかった。みんなに少しでもこのアルバムからの曲を聴いて欲しかったから。このアルバムの特徴として、孤独に溢れている感じがして、特にこの曲は、隔離されているという雰囲気を持つものだった。今の時代をぴったり表わしたものだったと思う。

――日本盤ではボーナス・トラックとして収録される「トライン・トゥ・キープ・イット・トゥギャザー」が急遽シングルとしてリリースされると伺いました。こちらはどういった経緯で公開にいたったのでしょうか。込めた思いがあれば教えてください。

 1カ月ぐらい前にマスタリングをして、この曲を聴いていたの。その時にはもう世界は今の危機真っただ中で、そんな時に聴いていたからかもしれないけれど、この曲が頭から離れなかったのよね。アルバムに入れるには、あまりに寂しくて、暗い曲だなと思っていた。だから、ボーナス・トラックにしたんだけど、今は、この曲が今の世の中を代弁しているような気がするの。多くの人達が共感してくれれば嬉しい。

――ありがとうございます。少しお話にもでましたが、今世界的に大きな危機に直面しています。家から外に出られないファンたちにとっては、SNSでのライヴ配信『ミニ・コンサート・ライブ・イン・ザ・ホーム』が大きな励ましになっていると思います。

 一人の人にでも、勇気を与えることができれば、それは価値のあるものだと思って挑戦してみているわ。

――これから、どういう音楽活動をしていきたいと考えていますか? 挑戦してみたいことがあれば教えてください。

 それは常にある。常に新しいことをトライしたいと思っている。将来どんな風になっていくか、ということに関してはまったく予想が付かない。でも、そのチャレンジ精神を常に持っていたいと思っている。私は、長い期間で何かを企画をして実行していくタイプではないの。もちろんいろいろなものにインスピレーションを受けたりはするのかもしれないけど。常に柔軟にいろいろ対応したいと思っている。時には何か頭の片隅に考えていたりすることもあり、それが何年かかけて熟成していったりすることもあるんだけど、それが念頭にあったなんて、数年後に気がついたりすることもある。長年頭の片隅にあったんだな、と気がつくことも。でも今は、こういった状況なのもあって、新しいことをするというよりも、みんなと同じように生きていくことで精一杯ね。

――ファンの方々や、がんばるすべての人に一言、お願いします。

 今みんな大変な思いをしていると思う。私にとって音楽を聴く事って、気分が良くなったり、踊りたくなったり、泣きたくなったり、何かを忘れさせてくれるもの。違うところに連れていってくれるものなの。それが大切なこと。何かを感じさせてくれるものなのね。

 自分ができることを人にしてあげられるのは、私にはとてもうれしいことで、これが、私が本来やっていることだから、ずっとやり続けようと思う。一人でも誰かの気分が良くなるのなら、やる価値があるものだと思っている。でも、もし、誰の気分もよくならなくても、私が気分よくなるからいいの(笑)。プレイできるだけでも、気持ちいいもの(笑)。みんなにとっても、私の活動で、何かポジティブなことはあると願っているわ。

 今回のアルバムはとてもタイムリーな内容だと思う。書いた時は、こんなことが起きるなんていうことを想定して書いたわけではないんだけど、今私達がまさに経験していることがメッセージになっているから、とても不思議なのよね。内容的には、人間そして、人との繋がりをテーマにしたものなの。だから、少しでも音楽の力を届けられたらと思う。これからも積極的に音楽を発信していこうと思っているから、これが誰かの癒しに慣れば、こんなに嬉しいことはないわ。

(おわり)

「癒しのノラ・ジョーンズ」プレイリスト
https://jazz.lnk.to/norah_pli

「ミニ・コンサート・ライブ・イン・ザ・ホーム」 アーカイブ(YouTubeプレイリスト)

https://www.youtube.com/channel/UCuZjZJufEJ1iIZhbJGiAjHA

作品情報

ノラ・ジョーンズ『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』
発売日:2020年6月12日(金)
通常版: 2860円 (税込)UCCQ-1125 
初回限定盤: 3630円(税込) UCCQ-9571

【収録曲】

01. ハウ・アイ・ウィープ/How I Weep
02. フレイム・ツイン/Flame Twin
03. ハーツ・トゥ・ビー・アローン/Hurts To Be Alone
04. ハートブロークン、デイ・アフター/Heartbroken, Day After
05. セイ・ノー・モア/Say No More
06. ディス・ライフ/This Life
07. トゥ・リヴ/To Live
08. アイム・アライヴ/I'm Alive
09. ウァー・ユー・ウォッチング?/Were You Watching?
10. スタンブル・オン・マイ・ウェイ/Stumble On My Way
11. ヘヴン・アバヴ/Heaven Above
12. ストリート・ストレンジャー/Street Stranger *ボーナス・トラック
13. トライン・トゥ・キープ・イット・トゥギャザー/Tryin‘ To Keep It Together *ボーナス・トラック

【初回限定盤DVD収録内容】
「アイム・アライヴ」ミュージック・ビデオ
「アイム・アライヴ」日本語リリック・ビデオ(歌詞対訳:川上未映子)
「ビギン・アゲイン」リリック・ビデオ
「フリップサイド」ミュージック・ビデオ

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