入江悠監督、音楽の観点から紐解く『AI崩壊』 考える余白になった主題歌
INTERVIEW

入江悠監督、音楽の観点から紐解く『AI崩壊』 考える余白になった主題歌


記者:木村武雄

撮影:

掲載:20年02月06日

読了時間:約8分

 大沢たかお主演映画『AI崩壊』が1月31日公開された。人間の生きる価値を選別し殺戮を始めるAI(人工知能)の暴走を阻止しようと奮闘する主人公で天才科学者・桐生浩介の姿を描く。『22年目の告白―私が殺人犯です―』の入江悠監督がAI(人工知能)をテーマにオリジナル脚本で挑むサスペンス超大作。実際に起こるであろうAIがインフラとして普及した10年後の日本を映す。リアリティを追求するため撮影は一般道路を封鎖したり大型貨物船を貸し切ったりと壮大なスケールで行われたが、劇中で使われる音楽にも相当なこだわりを持って作られた。入江監督に話を聞く。【取材・撮影=木村武雄】

音で表現する状況、心理描写

 劇中で使われる音楽は、物語の状況を表現することができる。不協和音ともなれば不気味な印象を与え、逆に明るい曲調は希望を感じさせる。入江監督は劇中音楽への強いこだわりを持っていることでも知られているが、本作ではどのような意図をもって作り、そしてはめ込んだのか。本作の劇伴を手掛けたのは『22年目の告白―私が殺人犯です―』にも関わった横山克氏。横山氏は『3D彼女』や『ちはやふる―結び―』などにも携わっている。また主題歌「僕らを待つ場所」はシンガーソングライターのAI(あい)が手掛けた。テクノロジーの対極にあるピアノとストリングスのシンプルな曲調だ。

――音楽を作るにあたり、どういう狙いを持って臨まれましたか。

 今回も横山さんに無茶をお願いしました(笑)。『AI崩壊』は近未来の話ですし、パニック映画的な要素もあったので、最初はサスペンス的な音楽を依頼しました。それもベタな感じではなく少しずらした感じで。メロディやリズムを刻んで、よくハリウッド映画にあるような劇伴ではなくて、『AI崩壊』という日本の近未来サスペンスの音を作ってほしいと。それでノイズ系の音楽や少し近未来感のある音作りをして頂きました。

――細かく要望されましたか。

 いつも細かくお願いしています。ある程度ラフが出来上がった状態でスタジオに行って、この映像のこの瞬間にこういう音が欲しいとか、ここは長めに間を取ってほしいとかお願いしました。

――その場で直したりも?

 直します。もちろん生音は録ってあるのでその場で直すことはできませんが、打ち込み(※パソコンで音をはめて曲を作る)の所はその場で直しています。大沢たかおさんが逃亡を始めるシーンは、もともと音楽を入れる予定ではなかったのですが、音楽が入った時に「ここにもほしいな」と思って。その場で「このくらいのBPM(※曲のテンポ)で、このくらいの音圧で」と要望を伝えて作り出して頂きました。やはり、物語のターニングポイントなので、印象的な音がほしいなと思いました。

――それと音圧がすごいですよね。

 最初の段階から音圧で勝負しようと思っていました。実は、曲の数自体はすごく少ないんですよ。ハリウッド映画や日本のメジャー映画に比べると半分以下なんです。その代わりに要所では観客がびっくりするような音圧で印象付けたいという話をしていました。

――曲を使い回しているわけではないんですか。

 全部、別の物を作っています。よく、テーマ曲を使い回したりするんですけど、今回は、色々なシチュエーションでどんどん変わっていきますし、大沢さん演じる主人公の桐生浩介も、いろいろな所に追い込まれるので、その場面に相応しい新しい音を作ってはめています。一つだけ決まった音を別のところで使うことはありますが、曲自体は新しいものを書き下ろしてもらっています。

――桐生を軸に音が作られている印象を受けました。

 そうですね。パニック下で追い詰められていく主人公が、どう謎を解明していくかというところが、観ていく筋として一番強いので、桐生に基本的には音楽を付けています。

――低音で一定の間隔で置いている音が桐生の心拍数をイメージしていると思いました。

 そうですね、あれは心拍数だと思います。何をモチーフにしているかは、割と音楽家に任せているんですけど、僕も聴いて心拍数だと思いました。医療AI「のぞみ」の音も心拍のように聞こえるし、桐生の緊張感にも聞こえるし、色々な捉え方があって。それでも分かりやすく心臓の音ではないんですけど、低音で定期的に鳴ってくるので、観客も無意識のうちに影響してくれたら良いなと思っています。

――モデム音、FAX通信みたいなノイズも入り混じっているのが良いアクセントになっていますね。

 AIが暴走するストーリーですが、そもそもAIに具体的な形というのはない。もちろん人型ということでもありませんし。そのなかでプログラムのバグを表現するときに、音楽の力が活かされる。ちょっとしたノイズ、「ジジ」って鳴っているだけで、良くないことが起こるんじゃないかと緊張感を増やすことが出来ます。

場面カット(C)2019映画「AI崩壊」製作委員会

――かと思ったら、シンガポールのシーンはラテン系というか。

 あれは、唯一解放感があるシーンなので、桐生が日本に帰って来てから、巻き込まれる事件と真逆のノーテンキな音楽にしてほしいとお願いしました。

――あれもオリジナルですか?

 オリジナルです。女性のボーカルの声が入っているんですけど、それも録ってもらって。唯一スタートとしては解放感があって、楽天的な感じですね。

――心が和むというか。

 緊迫感のある映画って、よくやりがちなんですけど、緊迫しているシーンが続くとお客さんが疲れるのでちょっとどこかで開放しているところがあったり、その緩急がすごく大事なんです。キャラクターでいうと、マギーさんが演じたHOPE社の社員がコミカルな要素でもあったりするんですけど、音楽の方でも緩急の部分で冒頭、そして最後のシーンでは外に世界が広がっているような音楽にしているんですよね。

――巨大貨物船のトラックの中にいるシーンだけは、追い詰められているのに、音楽がありませんでした。あれもあえて入れていないのですか?

 普通だったら、入れるところなんですけど、入れてしまうと、ずっと音楽が鳴っている印象になってしまう。船の巨大さとか、桐生の孤独さ、閉じ込められている感じを表現したかったのであえて音楽を鳴らさないようにしました。だから、船のところは一回程しか鳴ってないですね。

――サウンドトラックが出たら、音楽でも十分楽しめる作品だと思いました。

 かなり前衛的な事をやっていますし、こういう音楽の付け方をした映画って、日本以外ではほとんど無いと思うので、そこに着目して聴いていただけるとすごく嬉しいです。

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