歌手の由紀さおりが7月25日、東京・中野サンプラザホールで単独公演『由紀さおり50年記念コンサート 2019~2020“感謝„』をおこなった。ツアーは3月20日にリリースしたニューアルバム『BEGINNING~あなたにとって~』を引っさげて同日の東京を皮切りに全国20カ所二十数か所でおこなうというもの。1部では「夜明けのスキャット」など往年のヒット曲で綴り、2部では童謡や美空ひばりのカバー曲も披露し、50年の集大成とも言えるセットリストで、訪れた人の記憶に呼びかけるようなステージ。そのコンサートの模様を以下にレポートする。【取材=村上順一】

1つのストーリーを感じていただけるようなステージを

由紀さおり

 ツアー初日となった中野サンプラザホールは多くの人で埋め尽くされていた。歌手・由紀さおりとしての50年の集大成と、これからが詰まったコンサート。開演時刻になり、バックバンドを務める川口大輔とFFF(スリーエフ)の伴奏による「オーバーチェア」が流れる中、ステージ袖から純白のドレスに身を包んだ由紀が登場。盛大な拍手で迎えられた。

 まず、訪れた観客に由紀は「山あり谷ありが繰り返しあって、なんとかここまでたどり着けたのも皆様のご支援のおかげです」と感謝の言葉を述べ、このコンサートへの意気込みを語る。今回のコンセプトとして「ただ歌うのではなく、曲を追いながら1つのストーリーを感じていただけるようなステージを作らせていただきました――」。

 第1部はここから先MCを挟まずに音楽で由紀の思いを感じ取ってもらえたらと、オープニングを飾ったのは最新作『BEGINNING~あなたにとって~』から1曲目に収録されているアンジェラ・アキ作詞・作曲の「あなたにとって」。歌詞の最後を締くくる<あなたにとって愛でありたい>と紡ぐ由紀の凛とした歌声は、序盤から多くの人の心を掴んでいった。

 女優としても活躍する由紀。コンサートの立ち振る舞いはその活動が活きたステージングをみせてくれた。セリフを語り、目線だけで想いを馳せ、そして歌でさらに気持ちをダイレクトに伝えていく。その3つのコンビネーションは、観るものをグッとステージに集中させてくれる。他の歌手とは一線を画すパフォーマンス。

 時に儚く、時に力強い歌声を響かせたリズミックなナンバー「手紙」では、身体を揺らし楽しそうに歌う由紀の姿も印象的で、観客も手拍子でステージを盛り上げていく。場面を変え、自身の人生と重ね合わせるかのような、情感込めた歌声が印象的だった「初恋の丘」、ワルツのリズムに乗って優雅に舞ったイントロから「恋に落ちないように」と昭和、平成と時代を跨いだ選曲で魅了した。

 1部のラストに届けたのは、由紀さおりとしてのデビュー曲で150万枚を売り上げた「夜明けのスキャット」だ。ギターのアルペジオが奏でられると客席からは拍手が起きた。前半の歌詞のないセクションは、言葉がないからこそ歌声の表情だけで世界観を作り上げていく。そして、言葉が乗ればモノクロからフルカラーの写真になったかのような、鮮明な流れを見せる。今まで歌い込んできた曲も、この日にしかない一期一会の歌声を響かせていた。

こんなに幸せをいただいていいのかしら

由紀さおり

 15分の休憩を挟み、第2部では情熱的な真っ赤なドレスで登場。第2部はカバーソングを中心に展開。まずは34年間、姉の安田祥子と続けて来た童謡を「季節のメドレー(夏Ver.)」と題して「我は海の子」などメドレーで披露。由紀の歌手としてのもう一つの側面、再現芸術の素晴らしさ、母性を感じさせてくれる歌声でサンプラザを優しく包み込んだ。

 それぞれの曲に纏わるエピソードを交えて、丁寧に歌い紡ぐ。「私にとって大きなエポックとなった」と話す、ジャズ・オーケストラ・グループのピンク・マルティーニとコラボしたアルバム『1969』から「ブルー・ライト・ヨコハマ」、ペギー・リーのカバー「イズ・ザット・オール・ゼア・イズ?」を続けて届けた。ピンク・マルティーニと3年半帯同したワールドツアーの思い出が蘇るかのようだった。

 越路吹雪が歌唱しているのを聴いてこの曲の存在を知ったという「ラストダンスは私に」は、ミラーボールが会場を照らす中、観客も手拍子で一体感を作り出した。敬愛する美空ひばりとのエピソードから「みだれ髪」へ。その歌声は空気がピンと張り詰めていくのがわかるかのような、エネルギーに満ちており、リスペクトを存分に感じさせる歌唱だった。

 アルバム『BEGINNING ~あなたにとって~』に収録された唯一のカバー曲であるベット・ミドラーの「The Rose」のカバーで、昨年他界した高畑勲さんが日本語訳詞をおこなった「愛は花、君はその種子」を届けた。この曲はジブリ映画『おもひでぽろぽろ』で都はるみが歌唱。以前から「この曲を歌ってみたかった」と想いが叶った念願の1曲。由紀の歌う日本語は清流のような美しさがあり、歌詞の一言一言を丁寧に歌う姿に、観客も耳を傾ける。

 2部のラストを飾ったのは、いきものがかりの水野良樹が作詞・作曲した「ひだまり」。ぬくもりのある歌声は、我々の心までも解きほぐすかのように紡がれていく。目を閉じれば、この曲の持つ情景や世界が目の前に映し出されるような、悠久を感じさせた歌声を響かせた。

 笑顔でステージをあとにした由紀。アンコールを求める手拍子は鳴り止まず、そのアンコールに応え再びステージに登場。由紀は「こんなに幸せいただいていいのかしら」と笑みを浮かべ話す。アンコールはみんなで合唱をしたいという由紀のリクエストで、このステージの1曲目に披露された「あなたにとって」を再び歌唱。サビの部分を観客にレクチャーし、由紀は「やればできるじゃない」と観客の歌声に嬉しそうな表情を見せた。

 エンディングでは、<ラララ>でも大合唱をおこない、多幸感にホールは包まれていた。音楽の持つ不思議なエネルギーを感じずにはいられない空間だった。このツアーは来年まで続く。新たな“BEGINNING”の一歩となったこのステージ。来年の千秋楽ではどのような歌、姿を見せてくれるのだろうか。由紀さおりの新たな挑戦は今始まったばかり。

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