ニューヨークの現実
──ニューヨークではアーティストが人権や社会について色々な声を上げています。トランプ大統領就任後、昨年3月にワシントンDCで始まった女性の権利を訴えた「ウーマンズ・マーチ」はニューヨークで今年もおこなわれています。今年5月の銃規制を訴えた「アワ・ライヴス運動」のデモにはポール・マッカートニーさんが参加しました。そういうことについて何か思う事があれば教えてください。
日本と比べて民主主義が当然成熟していて、しっかりしていますよね。特にニューヨークはリベラルな人も多いですし、いわゆるマイノリティや移民の問題について丁寧に考えている人が多い印象です。その反面、保守的な部分も当然あります。僕は別にアメリカが大好きというわけでニューヨークに居るわけではないんですけど、僕自身は政治的な事や社会に対して思う事を直接的に自分の音楽に取り入れたりはしないんですよ。しないんですよ、というよりも出来ないんですね。自分の作品とは相性が悪いんです。
でもそれでいいのかと思う事はあります。社会と同調するのも当然で、自分としてどう置き換えて物事を見ているのか、という眼差しは作品に影響が表れていると思います。社会への問題意識こそが制作の原動力になっています。
僕はニューヨークの中では日本人というよりも、むしろアジアの中のひとつの国の出身者というくらいの感覚ですごしています。たかだか近所のカフェにコーヒーを買いに行くだけで、そういう現実に直面しますし。そういう日常的な場面でこそ、物事を本質的に考える機会が生まれますよね。
なんというか、ニューヨークはひとりの独立した人間として、みんなが支えあって生活していますし、どこで生まれようが、性別や人種も関係ない空気感があります。他人をリスペクトしている空気ですね。女性でも男性でも。もちろん、“Where are you from?”と訊かれれば“Japan”と答えますけど、もっと個人が尊重されていて、その上で個人が生きていることで、ニューヨークという街が作られている印象があります。
──海外でのライブのご予定は?
今年上旬にブルックリンのPioneer Worksというスペースで演奏しましたが、それ以降はフィルの事に全力を尽くしていたので、日本でのライブがほとんどでした。先日まで、タブラ奏者のU-zhaanと西日本、九州をツアーしていました。ただ、秋には制作する時間が少し取れるので、海外でのライブや展覧会の準備を始めようかなという感じです。膨大な予算があればフィルの公演を海外でももちろんやりたいですけどね(笑)。
──ところで、今注目されていることなどはおありですか?
映画監督の濱口竜介さんの新作『寝ても覚めても』という映画の試写を観たんです。素晴らしかったですね。前作の『ハッピーアワー』も刺激的でしたが、今作も素晴らしい。嫉妬しました。映画は普段から好きでよく観ています。ニューヨークの良いところは映画館がメジャーからインディーまであるところですね。さらにオンライン映画も充実していてNETFLIXみたいなものから、もっとインディペンデントな作品も観れます。大体1日1本ペースで頑張っています。映画館でも観ますけど家でプロジェクションすることが多いですね。
映画から受ける何かしらの制作へのフィードバックはあると思います。だけど直接的に映画のニュアンスを引用するという方法は僕はしないです。間接的に影響はあるでしょうね。「あのシーンの音の湿ったニュアンスが好きだから、音楽でやってみよう」みたいな。
──では最後に読者へメッセージをお願いします。
僕たちは16人様々な音楽家が集まっています。蓮沼フィルを紐解く事によって色々なジャンル、世界、世代の音楽に繋がるんじゃないかなと思います。そんな音楽体験の入り口になったら嬉しいですね。
(おわり)