のんと片渕須直監督

 女優で歌手ののん(25)が15日、都内で、主演声優を務めたアニメ映画『この世界の片隅に』の再上映舞台挨拶に、片渕須直監督と共に登壇。長く続く連続上映への感謝を語ると共に、アフレコ収録を振り返った。

 映画は、第二次世界大戦中の広島・呉を舞台に、激化していく世の中で大切なものを失いながらも、日々を大切に前を向いていく一人の女性を描いたアニメーション作品。のんは主人公の女性・すず役を演じた。公開後は口コミと共に大きな反響を呼び同年度に数々の賞を受賞、DVDや配信が発売された現在もなお劇場での上映を続けており、公開初日から一日も途切れることなく、現在642日連続上映を記録している。この夏は27館が再上映を実施している。

自分でも説明つかない感情

 終戦記念日でもあるこの日は、場内で立ち見が出たほか、多くの報道陣も駆け付けた。のんは「本当に嬉しいことだと思っています。こんなに長く作品と長く付き合っているのが初めてで。貴重な体験です。こんなにみんなさんに愛されている作品はこの作品だけじゃないか、と思ってしまうくらいすごく嬉しいです」と改めて作品に携わることが出来た喜びを言葉にする。

のん

 作品が公開されたのは、2016年11月12日。片渕監督は、当初は原爆記念日や終戦記念日を考え8月公開では? という意向もありながら「8月以外にもいろんなことが戦争中にあったし、すずさんもその時間を生きてきた。だから敢えてそういうことを皆さんにわかっていただく機会になるのではと思いました。だからむしろその夏を避けて、冬に始まり、冬に終わる映画だから、そういう季節に上映を始めたら良いのでは? ということもありまして」と敢えて8月から時期をずらした公開にした経緯を振り返る。

 他方で片渕監督は「8月にはいろんなことがあって、映画をご覧になる方が、自分の近い親戚の方とかおじいさん、おばあさんが、すずさんと同じ頃にどういうことをされていたのか? ということを重ねて、思い出していただける機会が増えてきたみたいなんですね。そういう意味であれば、色んな方々の顔が思い出せる日として今日があって、そこにこの映画がある種の役割を担わせていただいているのであれば、ありがたいと思います」と、抱く深い思いを語る。

のん

 終戦のシーンは劇中でも描かれており、作品の中でも印象深いシーンとなっている。この箇所に関し、のんは「最初にあのシーンを見たとき、それまでのすずさんからは意外な気がしました」と、キャラクター的に疑問を感じた様子を明かしながら「でも、逆算的に考えると、すずさんはそれだけ自分の中に押し込めている感情があったと思えて。すずさんの中で、怒りみたいなものが、終戦の日にいきなり逆流してあふれ出してきたのかなと考えていたんです」と、すずの感情の変化を読み解いた様子を振り返った。

 また、「監督にそのシーンの話をしていた時に『終戦の日には、本当にすずさんみたいに、なんだかわけもわからないけど、ボロボロ涙が出てきたという方が沢山いらっしゃったらしい』という話を聞いて、そういう自分でも説明つかない感情があるんだなと思いました。そしてそんなイメージを踏まえながら、すずさんの中にあるかもしれない怒りを思って、演じました」と、自身の試みたアプローチを回想していた。

 更に、のんは「最初はすずさんが泣いている声を録音するときに、涙を流さなくても、テクニックで泣いてる声を出さないといけないと思っていました。でも鼻に掛かったような泣いたような声にならないと、すずさんのリアルに耐えられないと思い、監督が録音ブースを真っ暗にして、のんが集中できるようにしてくれました」と振り返ると、片渕監督は「2年前のあの頃、ちょうどやっていた。懐かしい。8月半ば、14日くらいだったかな」と懐かしそうに補足、その記憶力にのんは驚いた様子を見せていた。

のんのナレーションに原作者も賞賛

 一方、12月には『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』の公開が決定、当初制作の都合により削られたシーンを、新たに約30分の新規シーンとして描き足され「さらにいくつもの人生」が描かれた新バージョンが披露される。

 近作の公開に関し、片渕監督は「すずさんには、実際にはもっと沢山の人と出会い、知人たちもどんな風に変化をとげていくかというのを目の当たりにしているんです。そして他にも出会った人がいることも含め、それ語ることによって、すずさん自身がどのように変わり、最後の結末に至るかを詳しく描いてみたいと思っています」と、新たに公開する作品への思いを語る。

 7月からは既に特報映像も公開されており、ナレーションの新録を実施した、のんは「すずさんを演じてから、大分時間が開いていたので、またできるかと不安な気持ちもありました。でも監督と録音スタジオで会って、ブースに入って何度かやっていくうちに、“あ、大丈夫だな”と思って、手ごたえを感じました」と今回の録音にもまずまずの出来を感じている様子。

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 これに対し、片渕監督は「今までにないすずさんの感じが出せるといいなと思っていて、それのいいテストケースになればということで、のんさんにやってもらったんですが、原作者のこうの史代さんが聞いてくださって、“今までにない大人な声のすずさんですね”と褒めていただきました」と言葉を添えると、のんは「本当に嬉しいです。それ、褒め言葉ですよね?」と笑顔を見せながら「付け足してシーンが、ちょっと大人っぽいすずさんだったりするので、その部分の解釈をもっと掘り下げて、監督と密にやっていければと思います」と新たなチャレンジへの意気込みを見せていた。

 また、録音はちょうどのんの誕生日(7月13日)の前日で、スタジオではお祝いのケーキが用意されており、公式ツイッターなどでもそのことに言及されているが、のんが何らかの機会で「監督が半分食べてました」とコメントしていたことに対して、片渕監督は「半分は食べてないです。のんちゃんより多く食べていたのは間違いないけど」と釈明。のんは「でも、気づいたら本当になくなっていて…その時は監督が結構何でも食べていたから、半分にしたんです、わかりやすいように。盛っちゃいました」と返し、笑いを誘っていた。【取材・撮影=桂 伸也】

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