音楽プロデューサーの小室哲哉が19日、引退を表明した。妻のKEIKO、ファンや関係者に謝罪し、「僕なりの騒動のけじめとして引退を決意しました」と発表した。小室哲哉の引退発表は、日本の音楽史の一時代の幕を閉じることを意味する。TM NETWORK時代からの約35年の活動歴で小室が残す功績は、あまりにも大きい。小室哲哉は、常に革新的なことを音楽に取り入れ、メジャーシーンという“大衆が耳にするという場所”で、あらゆるアプローチの楽曲を世に広めた人物である。

小室哲哉というインパクト

 「小室ファミリー」をご存知だろうか。20代以前の世代の方々には、あまり馴染みがないかもしれない。では、安室奈美恵はどうだろう。ダウンタウンの浜田雅功はどうだろう? 「恋しさと せつなさと 心強さと」という、長いけど何だか覚えてしまいがちがな曲のタイトルだと、どうだろう。

 どれもピンとこない、という方は恐らく少ないと思われる。いずれも、小室哲哉がかつてプロデュースをしたアーティストで、1990年代の音楽シーンを大いに賑わせた「小室ファミリー」の作品、一員である。

 安室奈美恵は昨年末の紅白での歌唱は記憶に新しく、“浜ちゃん”はお笑い界の第一線でお茶の間を賑わす人物。「恋しさと せつなさと 心強さと」は、篠原涼子が歌い、シングルセールス200万枚以上を達成した作品だ。

 安室奈美恵、篠原涼子、trf、hitomi、内田有紀、H Jungle with t、dos、globe、華原朋美と、「小室ファミリー」として活躍したアーティストたちの楽曲は、現在でもカバーをされたりカラオケで親しまれたりと、数多くの人々にシェアされている。小室哲哉の功績としてほんの一部だが、これだけでも、相当なインパクトがある。

 メジャー感、ポピュラリティ溢れる小室哲哉の楽曲は、その当時、ヒットチャートの中心にいた。「ただ、親しみやすく、覚えやすく」という類いのポップスではなく、当時としては非常に斬新なテイストを織り交ぜたにも関わらず、小室哲哉の楽曲は、万人に受け入れられた。

 小室哲哉は、音楽家として希有な才能を持つ人物として知られている。それは、彼が作詞・作曲・編曲・演奏と、様々な形で世に送り出した数多くの楽曲によって証明されている。小室哲哉の希有な才能と功績、それは具体的にはどういったことなのだろうか。そのほんの一部を紹介したい。

ヒットメイカー小室哲哉が起こしたブレイクスルー

 小室哲哉の楽曲は、聴いていてもカラオケなどで歌ってみても、とてもナチュラルに高揚感が得られる。その楽曲らは、細かくアナライズしてみると、世に出された時期のメジャーシーンでは聴かれなかったアプローチが多分に盛り込まれている。

 楽曲のセクションの転換で、急に転調(1曲内でKey(調)が変化する)をするというアプローチは、今でこそ、さほど珍しくないように自然に聴ける。しかし、小室哲哉がプロデューサーとして大旋風を巻き起こした1990年代では非常に斬新な転調手法だった。これを用いて、作曲・アレンジとしての汎用性を提示したのは小室哲哉とも言われている。“小室転調”と表されることもあるくらいだ。

 これは、例えば、「Aメロ、Bメロと進み、サビで違う調に変わっている」など、従来の「最後のサビが半音、1音程度キーが上がる」というポップスの転調の手法とは異なるものだ。つたない表現だが、「ふいにドキッとする胸キュン作用」が“小室転調”にはある。転調という手法に、新たなスタンダードを生み出したと言えるだろう。小室哲哉が手がけた楽曲、渡辺美里の「My Revolution」でもこの転調は用いられ、タイトル通り革命的なアプローチがみられる。また、“小室転調”は、同曲がら始まったという説もある。

J-POPシーンにおけるダンスビートの開拓者

 メロディに密接に関わる「転調」の他にも、小室哲哉がメジャーシーンに押し上げた革新的な試みがある。それは、ダンスミュージック、クラブシーンから取り入れたビート。1990年代初期では、まだ国内では馴染みの薄いハウスビート、ドラムンベース、ジャングル、トランスなどを積極的に取り入れ、J-POPとして親しみやすいサウンドに仕上げ、数多くのリスナーに広めた。

 ダウンタウンの浜田雅功と小室哲哉のユニットH Jungle with tとして、1995年にリリースされた楽曲「WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント」では、ジャングルのビートが使用されている。当時としては、ジャングルは一般的にはもの凄く聴き馴染みの薄いビートであったという印象がある。しかし、ごく自然に、ポピュラーソングとして受け入れられた。

 「WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント」は、ビートはジャングル、歌い手は浜ちゃん、2度も3度も凄いタイミングで転調、松本人志の喋りがけっこうな長尺で添えられていると、ポップスとしてある種、“不自然だらけ”の楽曲だ。しかし、紛れも無く良曲である。

 曲の展開を、聴き手が何となく想像する展開を、全部裏切る構成・アプローチの楽曲であったが、ダブルミリオンセールス達成という記録を見せた。小室哲哉が、いかに新たな手法・アプローチをメジャーシーンに落とし込んだ功績があるということを物語っている一曲だ。

 それは、H Jungle with tの楽曲だけではなく、彼が手がける音楽全てに共通し、または、必ずそういった片鱗がある。「独自性」と言ってはそれまでかもしれない。しかし、小室哲哉の「独自性」は、ある種のシェアが可能なもので、それは、手法そのものだけではなく、「こう混ぜてもいいものが出来るんだ」「それやっても大丈夫なんだ」というような、第一人者的な後押しをしてくれる頼もしいマインドをも孕んでいる。

 小室哲哉は、只の敏腕プロデューサーではない。数多くの名曲を生み、ヒットソングをシーンに広めた功績者というだけではない。彼は、常に革新的なことを取り入れ、あくまでメジャーシーンという、大衆が耳にするという場所で、あらゆるアプローチの楽曲を世に広め、斬新な手法を、その後のミュージシャンがごく自然に共有できる手法として多く広めた人物である。

 シンセサイザーを駆使した何千色ものサウンド。ダンスビート、エレクトロビートがまだ未開拓気味な時代に「普通に楽しめるダンスグルーヴ」という浸透に繋げた功績。歌手、役者、芸人、ダンサー、あらゆる分野を問わないコラボレーション。何十年経っても、これからも色褪せない名曲の数々。

 小室哲哉が19日、引退を表明した。しかし、彼の音楽を、彼がこれから作る新しく、皆で共有できる素敵な音楽を、もっともっと聴きたい。そう思う人、小室哲哉の音楽を愛している人は、数多くいる。【平吉賢治】

参考・功績

(オリコン調べ・oricon.co.jp)

▽小室哲哉 歴代作曲作品シングルランキング TOP3
1位 229.6万枚 CAN YOU CELEBRATE? 1997/2/19
2位 228.8万枚 DEPARTURES 1996/1/1
3位 213.5万枚 WOW WAR TONIGHT〜時には起こせよムーヴメント 1995/3/15

▽歴代作詞家シングル総売上 TOP5
1位 12,383.8万枚 秋元康
2位 6,834.5万枚 阿久悠
3位 4,986.6万枚 松本隆
4位 4,231.3万枚 小室哲哉
5位 3,853.0万枚 つんく

▽歴代作曲家シングル総売上 TOP5
1位 7560.2枚 筒美京平
2位 7184.3枚 小室哲哉
3位 4179.3枚 織田哲郎
4位 3893.7枚 桑田佳祐
5位 3811.9枚 松本孝弘

▽歴代編曲家シングル総売上 TOP5
1位 6,128.6枚 小室哲哉
2位 4,135.8枚 船山基紀
3位 3,973.3枚 萩田光雄
4位 3,747.1枚 筒美京平
5位 3,594.2枚 葉山たけし

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