強くイメージすると実現、川井郁子 コンサートの新たな可能性
INTERVIEW

強くイメージすると実現、川井郁子 コンサートの新たな可能性


記者:村上順一

撮影:

掲載:17年12月09日

読了時間:約12分

 ヴァイオリニストの川井郁子が2018年2月23日に、東京・Bunkamuraオーチャードホールで『LUNA 〜千年の恋がたり〜 』の千秋楽で、ロシアの至宝と呼ばれるクラシックバレエダンサーのファルフ・ルジマトフと共演する。11月にリリースされたニューアルバム『LUNA』を引っさげて1月13日の愛知・扶桑文化会館から全国6公演をおこなうというもの。ルジマトフとの公演に先駆けて、MusicVoiceではインタビューを実地。アルバム『LUNA』についてや使用ヴァイオリン、コンサートの見所について話を聞いた。【取材=村上順一】写真:白鳥真太郎 /写真提供:ソニー・ミュージックレーベルズ(Photo:Shintaro Shiratori/Sony Music Labels,Inc.)

距離は離れていてもどこかで呼び合う

――今作『LUNA』のアーティスト写真も美しい仕上がりですね。川井さんをはじめ、ヴァイオリンをやられている方は、容姿端麗の方が多いイメージなのですが、何か理由があるのでしょうか?

 ありがとうございます(笑)。そんなこともないとは思うのですが、もしかしたらヴァイオリンという楽器が、演奏者と一体となって見える楽器だからかもしれませんね。

――確かに美しい姿勢で弾かれているイメージがあります。良い音色を奏でるには姿勢も重要なのでしょうか。

 ヴァイオリンはピアノよりもメソッド(方法や方式)の幅が広いといいますか、その人にあった弾き方のバリエーションは広いと思います。なので、外国の巨匠と呼ばれる方の演奏を見ていても一様ではないんです。

――絶対的な型はないのでしょうか。

 あるのですが、それがいくつもあります。そして、それを習得したあとに自分なりのスタイルを編み出していきます。

――過去のインタビューで「左に重心を掛ける弾き方ではなくても良い」ということを仰っていたのが印象的だったのですが、そういう柔軟な発想が生まれた瞬間はいつだったのでしたか。

 最初に音楽舞台をやらせて頂いた時でした。それまでは習った通りの弾き方をしていました。そこから外れたことはなかったのですが、寺山修司さんの舞台でヴァイオリンで主役をやらせて頂いたことがありました。その舞台は動きが多いもので、その時は「これで良い音を出すことなんて出来るのかな?」と疑心暗鬼な部分もありました。それで、意外と体を自由にして弾いた方が、音にも気持ちが入りやすくなったと感じたんです。自分特有の感じ方かもしれませんが、それを知ったことは大きなことでした。

――それに気づかなければ、もしかしたら『川井郁子の世界~源氏物語、奏で~』でのような、音楽とセリフで紡ぐ一人芝居や、今回の『LUNA 〜千年の恋がたり〜 』でのファルフ・ルジマトフさんのような異種ジャンルとの共演もなかったかもしれませんね。

 そうですね。徐々にそういった感じに変化したわけではなく、本当にその瞬間に私はこれが音楽に入りやすいスタイルなんだな、ということがその時にわかりました。

――その自由なスタイルを開眼した川井さんですが、音の出し方としては現在でもクラシックが根幹にあるのでしょうか。

 はい。そこからは離れられないと思います。ヴァイオリンのスタイルは他にも、フィドルやケルト、ウェスタン、カントリーなど様々あります。私はどの奏法もヴァイオリンの別の可能性として、参考にして取り入れています。でも、何十年もクラシックでやって来ているので、音色自体はそれが基本になっているなと感じます。

――11月にリリースされたアルバム『LUNA』でも和楽器やアジアの楽器とのコラボレーションがあり、川井さんの音楽の中で重要なファクターの一つでもあると思うのですが、出会いはどのようなものだったのでしょうか。

 それは自然な出会いでした。2枚目のアルバム『Violin Muse』のなかの2曲でどうしても尺八の音色が欲しくて。それは必然的な直感で、ヴァイオリンと対峙するのは和楽器だなと感じました。その時まで全然、和楽器とコラボしようとは思っていなかったので、直感ですね。そこから“和”の要素が膨らんでいきました。

――今作ではオリエンタルな響きを持つ楽器が多く登場しますね。

 日本の楽器もアジアの他の国から入ってきたと言うことを制作の途中で気づきました。和楽器と無関係ではないんです。音色やリズムは距離は離れていてもどこかで呼び合うものがあります。和の方のアレンジ面では和太鼓奏者である吉井(盛悟)さんからアイデアを沢山もらいました。

本番では別人だと言われる

「LUNA」写真:白鳥真太郎 /写真提供:ソニー・ミュージックレーベルズ(Photo:Shintaro Shiratori/Sony Music Labels,Inc.)

――2月23日に、東京・Bunkamuraオーチャードホールでおこなわれる『LUNA 〜千年の恋がたり〜 』で共演されるルジマトフさんとの出会いはどのようなものだったのでしょうか。

 ルジマトフさんを知ったのは『シェヘラザード』というバレエを見た時でした。それまでは、私の中でバレエはそこまで身近な芸術ではなかったのですが、その舞台を観て、一気に惹きこまれてしまいました。私は言ったことを忘れていたのですが、その時に「いつか絶対この人と共演する!」と周りに話していたみたいで(笑)。

 そのあともルジマトフさんの作品を拝見する中で『阿修羅』と言う和太鼓と篠笛でやっている作品に感動しました。ルジマトフさんが本当に阿修羅のように見えて、その神々しさと独特な官能を持ち合わせているところが、好きなんだなと感じました。逆にルジマトフさんは私のREBORNという曲を気に入ってくれたみたいです。なので当日はこの曲も披露したいなと思っています。

――話していたことが実現するということが今までもあったのでしょうか。

 はい。昔、映画がすごく好きで、お小遣いも全部映画に消えていた時代がありました。周りからはクラシックを勉強していたこともあって、映画に時間を費やすのは無駄だと言われていましたが(笑)。でも、当時から映画に何かしら携わりたいなと考えていたら、映画音楽で関わらせていただけたり、強くイメージしていたものが実現することは多いです。それが、最近だとルジマトフさんですね。

――川井さんはヴァイオリン界で一流で、ルジマトフさんもクラシックバレエ界で一流ですが、トップアーティスト同士のコラボレーションで、どのようなケミストリーが生まれるのでしょうか。

 化学反応は起こると思います。でも、これは実際にやってみないと、どのようなケミストリーが起こるかはわからないです。その方がどんなに一流だとわかっていても、1+1=2以上になるというのはステージに立って見ないとわかりません。なので、本番が楽しみなんです。

――リハーサルと本番ではまた違いますよね?

 もう、全然違いますね。私は特にそれが激しいみたいで、本番では別人だと言われることが多くて(笑)。先ほどお話に出て来た、寺山修司さんの舞台の時も「本当にこの子で大丈夫なのか」と危ぶまれていまして、私自身もリハの段階で「本当にこれで本番いけるのかな」と思っていたのですが、いざ本番で舞台に立って照明が入った時に味わったことのないトランス状態になりまして。私自身もそうですし、周りの方々がびっくりするほどでした。本番だけにしか降りてこないものがあると感じました。

――確かにコンサート映像で見させて頂いた川井さんと、今この場でお話しさせて頂いている川井さんの印象は違いますね。

 それ初対面の方によく言われます(笑)。

月は自分を投影している

写真:白鳥真太郎 /写真提供:ソニー・ミュージックレーベルズ(Photo:Shintaro Shiratori/Sony Music Labels,Inc.)

――今作『LUNA』は文字どおり月がテーマなのですが、幼い頃から月に興味があったのでしょうか。

 好きでしたね。幼い頃からかどうかは覚えてはいないのですが、桜と一緒で、月もその時に持っている自分を投影している様に見えます。例えば、悲しい月、不安な月だったり心を投影して見えて、癒されます。

――その感じ方は女性ならではの感覚かもしれません。おそらく男性でそういった見方をされている方は少ないかなと。

 月は女性そのもので、女性にとって月は特別な存在かもしれませんね。月は受容体で、その時々で色を変えられるし、女性も同じで何度でも生まれ変わることができると思います。すごく強いのに、寂しいといった両極の面を舞台や音から感じてもらえたらと思います。

――人間の全ては女性からしか生まれないですしね。ちなみに「赤い月」という楽曲が収録されていますが、川井さんにとって“赤い月”にはどのようなイメージがあるのでしょうか。

 「赤い月」も自分の気持ちを投影して見ますね。月は太陽みたいに自分から燃えているわけではないけど、内に秘めた熱さというものを感じます。

――私からすると赤い月という存在は不穏なイメージなのですが、川井さんには内面から湧き出てくる熱を感じているわけですね。さて、コンサートでも披露される予定の「ホワイト・レジェンド」なのですが、リアレンジされています。羽生結弦選手からメッセージを頂いたみたいですね。

 そうなんです。羽生さんの2011年3月11日以降の原点の曲だと言って頂いて。この曲は被災地の方へ向けた番組などで使って頂いているので、私ももっと希望が見えるアレンジにしたいなと思って、羽生さんの言葉から後半をメジャーで明るい感じ、希望で終わるようなアレンジにしました。この曲をルジマトフさんと共演することによって、きっとみなさんの心に残るものになると感じています。

――『LUNA』は今までのアルバムと感覚的に違うと感じる部分はありましたか。

 途中から決まっていったのですが、今回が一番アルバムのコンセプトがはっきりしています。オリエンタルというもので括ったことが大きく、それによって自分の音楽性が良い形で出せたなと思います。今までは縛りもなくできた作品が多かったのですが、今回はコンセプトがあったことで変わりました。実は今までの作品は完成した後はほとんど聴くことがなかったんです。

――私も様々なミュージシャンにインタビューをしていると、制作段階でかなり聴いているので、完成した後は聞かないという方は多いですね。

 きっと同じですね。役者さんでも自分の出演した作品を、見ない方もいらっしゃるので、同じような感覚なのかな。でも、今作は聴き手としても繰り返し聴いていて。こんなに聴いているのは初めてかもしれないです。おそらく、それは自身を主張した作品ではなく、月の存在がそうさせたのではないかなと思います。

コンサートの新しい可能性を

――今回のコンサートでも弾かれると思うのですが、川井さんが使用されているヴァイオリンは名器と言われるストラディヴァリウスなんですよね。1715年製作で300年以上も前の楽器ですが、過去に使用していた方の“魂”を感じる時があるというお話を聞いたこともあります。川井さんもそういったものを感じる時はありますか?

 魂とはちょっと違うかもしれませんが、前に使っていた人の癖が残っていると感じました。でも、どこまでが癖で、どこまでが楽器の特性かというのはわからないですね。ストラディヴァリウスはみんな言うのですが、一癖も二癖もある楽器で、素直にすぐには音を出してくれなくて、半年間ぐらいは大変でしたね。

 他の楽器の方が良いんじゃないかと思う時期もありました。でも、その時期を経ると、応えてくれる時が訪れます。いろんな人が半年と言っていましたが、例に漏れず私も半年でしたね。

――半年という業界の通例があるんですね。さて、オーチャードホール公演は3部作とのことですが、『源氏がたり』も披露されるとのことで。

 はい。サブタイトルに「千年の恋がたり」とあるように『源氏がたり』も披露します。林真理子さんの『六条御息所 源氏がたり』で女性が男性を呪い殺してしまうというものなんです。なので男女によって感想が変わりまして、女性はすごく共感してくれるのですが、男性はみんな怖かったと仰っていて(笑)。今回はそれをオーチャードホールならではのものに出来たらと思っています。

――呪い殺されてしまうわけですからね(笑)。ルジマトフさんはどのように物語に絡んでくるのでしょうか。

 月がテーマになっていますので、月の神という象徴的な存在として登場していただくことになります。

――では、最後にツアーに向けてのメッセージをお願い致します。

 楽器を贅沢に使用していますし、ルジマトフさんとの共演を私自身すごく楽しみにしているので、コンサートと言うよりは「音楽舞台」を観にくるような気持ちで来ていただけたらと思います。ヴァイオリンの新しい面や、コンサートの新しい可能性を見ていただけると思うので、舞台でしか出ない私の生の音を聴きに来てください。

(おわり)

◇川井郁子とは 香川県出身。東京芸術大学卒業。同大学院修了。現在、大阪芸術大学教授。

 国内外の主要オーケストラをはじめ、世界的コンダクター チョン・ミョンフンや世界的テノール歌手ホセ・カレーラスなどと共演。さらにジャンルを超えてジプシー・キングス等のポップス系アーティスト、バレエ・ダンサーのファルフ・ルジマトフ、熊川哲也、フィギュアスケートの荒川静香らとも共演している。

 作曲家としてもジャンルを越えた音楽作りに才能を発揮。TVやCM等、映像音楽の作曲も手がける。フィギュアスケート世界選手権でアメリカのミシェル・クワン選手が「レッド・ヴァイオリン」を使用して優勝、羽生結弦選手や国内外の選手にも楽曲が数多く使用されている。 自身の音楽世界に加え独自の表現世界を持ち、舞台芸術と一体化した演奏パフォーマンスで新たな舞踊劇・音楽劇を作り出している。オリジナルアルバム「レッド・ヴァイオリン」、「オーロラ」、「嵐が丘」、抒情歌アルバム「La Japonaise」等は、クラシック界で異例の発売記録を更新。

 社会的活動として「川井郁子 Mother Hand 基金」を設立。国連UNHCR協会国連難民親善アーティスト、全日本社寺観光連盟親善大使を務める。

作品情報

定価:3240円(税込)
品種:CD
商品番号:SICL-30039
発売日:2017/11/01
発売元:(株)ソニー・ミュージックレーベルズ
JAN:4547366328448

赤い月

01.月のワルツ 
02.赤い月  
03.恋のアランフェス ~レッド・ヴァイオリン「アメノウズメ」編~ 
04.流浪の女 
05.大地の歌 

真白の月

06.ホワイト・レジェンド『復活』 ~「白鳥の湖」より~ 
07.時の彼方に  
08.展覧会の絵 ~日本の情景~ 
09.草原の弓
10.さくら
11.宵待の月 

群青の月

12.群青の宙 
13.ミッドナイト・ロード  
14.流星 
15.夕顔 ~源氏物語より~「平安」編 
16.Polo ~7つのスペイン民謡より~ 
17.ブルーバード (尺八ver.) 

コンサート情報

『LUNA 〜千年の恋がたり〜 』

2018年1月13日
愛知 扶桑文化会館
開場/14:30 開演/15:00

料金;S席 4000円 A席 3500円
問い合わせ:扶桑文化会館 0587-93-9000

2018年1月27日
和歌山 紀南文化会館
開場/13:30 開演/14:00

スペシャルゲスト:国府弘子(ピアノ)

料金:一般 4000円 ペアチケット7000円 高校生以下 2000円
問い合わせ:0739-25-3033

2018年1月28日
北九州 黒崎ひびしんホール
開場/14:30 開演/15:00

スペシャルゲスト:国府弘子(ピアノ)
料金:一般 4500円 ペアチケット 8000円 高校生以下 3000円
問い合わせ:黒崎ひびしんホール 093-621-4566

2018年2月12日
大阪 ザ・シンフォニーホール
開場/14:00 開演/15:00

料金:S席 5400円 A席4320円
問い合わせ:ザ・シンフォニー チケットセンター 06-6453-2333

2018年2月18日
札幌 札幌コンサートホールKitara 大ホール
開場/13:00 開演/13:30

料金:S席 5800円 A席 4800円
問い合わせ:オフィス・ワン 011-612-8696

2018年2月23日
東京 Bunkamura オーチャードホール
開場/18:15 開演/19:00

料金:S席 8500円 A席 6500円
問い合わせ:キョードー東京 0570-550-799

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