デーモン閣下が11月8日に、ソロアルバム『うただま』をリリースした。今作では、井上陽水の「少年時代」や故・坂本九さんの「見上げてごらん夜の星を」などの名曲をカバー。更に、以前から造詣が深い邦楽器による雅楽を取り入れた楽曲「千秋楽 - 雅楽・盤渉調古典曲をモチーフとした独自楽曲 」などにも挑戦するなど、和と洋の融合が試みられた。聖飢魔II(既に解散)などやソロ前作『EXISTENCE』で見せたロックナンバーとは対極ともいえる今作。なぜこのような取り組みをおこなおうと思ったのか。純邦楽への想いとともに話を聞いた。【取材=村上順一/撮影=冨田味我】
『うただま』と『EXISTENCE』は姉妹作
――『うただま』は前作『EXISTENCE』から8カ月という短いスパンでのリリースとなります。今作の経緯はどのようなものだったのでしょうか。
実は『EXISTENCE』を作り始めるときに、2部作にしたいという話が既にあった。一つは我輩のイメージ通りのハードロックを基調としたアルバム、もう一つが凄く意外な曲が並んでいるようなアルバムを、なるべく期間を開けずに、二つ出したいというもの。今作が出るという事はその段階では表立って言わないようにしていたので、みんな「もう出すの?」と驚いているかもしれんが、我々としてはもう『EXISTENCE』を作ってるときから、言わば姉妹作のように、『うただま』も念頭にあった。
――ご自身の楽曲も入っていますが、多くはカバー曲で構成されています。最初の着想からカバーということは決まっていたのでしょうか。
あまり細かくは決めていなかったが、みんながよく知っている曲を入れたいというものだった。となると、必然的にカヴァーも多くなると。最初『うただま』は、“優しい歌”という企画だったのだが、プロデューサーが思いついた段階で、10曲ほどラインナップが既に出ていた。しかし、その10曲を全て入れた訳じゃないけれども、そこから選ばれた曲が6〜7曲あるので、要は選曲は企画の段階で半分以上は決まっていたというわけ。
――企画段階から、かなりしっかりしたものだったという事ですね。
どんな歌を入れるかに関してはね。ただ、どんなアレンジにするか、そういうのは『EXISTENCE』が終わってから細かく決めた。
――今作も盟友アンダース・リドホルムさんが、アレンジしたのではと思っていたのですが、実際1曲も絡んでいなかったのが意外でした。今作は初めからアンダースさんはなしで行こうと。
そう。アンダースは実は楽器を録音するときは、極力自分が現場に立ち会いたい主義で、世界中のミュージシャンがやっているアルバムでも、わざわざLAまで行ってディレクションしたりするタイプ。『EXISTENCE』における「深山幻想記 -能Rock- 」は非常に特殊な例で、自分が立ち会っていない所で楽器の録音が進んでいるということは、あまり彼は好まない。今作に関してはアンダースが日本でずっと立ち会うのも無理だろうと。
――長期スパンになりますから。
結果的にはそうでもなかったんだけど…。1カ月ぐらいで全て録り終えた。
――そうだったのですね。前作で「深山幻想記 -能Rock- 」が意外と時間が掛かったと仰っていたので、今作も時間が掛かったのではと思いまして。
2時間ぐらいで終わるかと思っていたら、2日掛かった笛の件ね(笑)。確かにレコーディングのタイムスケジュールを組むのは非常に難しくて、どのくらい掛かるのかわからないものが連続してくる。4〜5時間ぐらいかなと思っていたものが、1時間で終了というのもあったり。概ね想定していたよりは今回は早く終わった。
――そうなると、今度は歌入れに結構時間を掛けられるというメリットも。
そうだね。でも、歌い入れも少なくともこの10年間で出したアルバムの中で、一番時間が掛かっていないと思う。今回は1日に2曲歌うなんてザラにあった。
――ほとんど1〜2テイクぐらいの勢いで録ったような感じでしょうか。
1曲につき大体、3テイクぐらいは録るけど、よく知っている曲は時間が掛からない。例えば「君が代」は仮歌を聴く必要がない訳じゃない。どんなメロディーかと悩むことはないし、歌詞だって間違えることがほとんどないわけ。そういった楽曲がいっぱい並んでいるので、早いということが一つ。もう一つは、圧倒的に歌詞が短い。どの曲も2コーラスで終わってしまうとか、歌詞カード見るとわかるんだけど、スカスカなわけ(笑)。そういった2つの理由で、歌入れの時間がかからないというのもある。
意外と歌の覚え方っていい加減だと気付かされた
――リード曲に井上陽水さんの「少年時代」が収録されていますが、選ばれた経緯はどのようなものだったのでしょうか。
以前ライヴで歌ったことがあったからね。だが、改めて今回気づいたことがあって、ライヴの時は意外と適当に歌っていたんだなと。レコーディングするにあたり、歌詞カードを見ながら聴いていて、「ここの拍は伸ばさない」など、自分が何も考えずに歌っていた時と、陽水氏の歌いまわしの違いを何カ所も発見した。意外と歌の覚え方っていい加減だと気付かされたわけ。
――他の曲でもそういった発見はあったのでしょうか。
意外とあった。例えば「今も翔ぶ - From The New World - 」はドヴォルザークの交響曲第9番 ホ短調 Op.95「新世界より 第2楽章」なんだけど、日本では「遠き山に日は落ちて」だったり、「家路」という2種類の歌詞が有名で。多くの人は<遠き山に日は落ちて>と始まる歌詞が「家路」だと思っているでしょ!? 「家路」は全く違う歌詞で始まるんだよね。「家路」というタイトルだと思っていた歌詞と「遠き山に日は落ちて」の歌詞は違うものだった。そんな勘違いが世の中ですごくあるんだなという事が発見された。
――私も<遠き山に日は落ちて>で始まるのが「家路」だと思っていました。
目から鱗が落ちる感じでしょ。プリプロダクションのときには、「遠き山に日は落ちて」の歌詞で歌っていたんだけど、歌詞の<まどいせん>という言葉が古すぎて何かピンと来なかった。せっかく良いメロディーで一番大事な所なのに、意味が伝わりにくい歌詞がどうだろうとなって、この際、新しい歌詞にしてしまおうと。
――「今も翔ぶ - From The New World - 」はどのような想いで収録されたのでしょうか。
まず「新世界より」は、我輩の“世を忍ぶ仮の家庭”で良く流れていた曲で、原曲自体に思い入れのある曲でね。その曲をモチーフにした『コナ・ニシテ・フゥ』という短編映画を過去に撮ったことがあって。その映画は「新世界より」がストーリーを引っ張っていくのに大事な役割を担っている。
その映画の中でも出てくる挿入曲が15年前にリリースしたアルバム、『SYMPHONIA』収録の「ノスタルジア」という曲で、「新世界より」の事を歌詞の中に取り入れている。実は15年前に書かれた「ノスタルジア」が、今回の「今も翔ぶ - From The New World - 」のアンサーソングとなっている。
――もしかしてなのですが、聖飢魔IIの「KIMIGAYOは千代に八千代の物語」は今作に収録されている「君が代」へのアンサーソングだったりするのでしょうか?
歌詞で「君が代」という単語を用いただけで、国歌の「君が代」とは全く関係がない(笑)。「君が代」に関していうと、この曲はとても音程のレンジが幅広い曲で、人によって歌いやすいキーがみんな違うはず。我輩もいくつかのキーを試した結果、世の中的にスタンダードとされているキーより上げて歌っている。「君が代」はキーが変わるとこんな感じになるという発見もあった。実際なかなか男性が歌うことは難しいと思う。国歌というのは、男性でも女性でもどちらでも歌えるように作られたりするから、キーがどっちつかずの印象があるね。
――ということはキーは試行錯誤されたのでしょうか。
自分の中ではすぐに決まったが、国歌のキーを変えても良いのかという事を問い合わせてもらって。キーを変えて歌う事に関して、苦情がくる可能性はないのかと(笑)。結果、問い合わせ先は「多分大丈夫じゃないですか」という答えだったけど…。
伝統芸能へのめり込むきっかけ
――「千秋楽 - 雅楽・盤渉調古典曲をモチーフとした独自楽曲 - 」はタイトルにもあるように雅楽です。閣下は雅楽など伝統芸能に精通されていますが、伝統芸能へのめり込むきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
我輩は世を忍ぶ仮の小学生時代から日本の伝統文化全般にすごく興味があって、そこにはもちろん相撲も入るし、落語や歌舞伎も入る。プロのアーティストとして純邦楽器とコラボレーションしたいとずっと思っていて。一番最初は、聖飢魔Ⅱの活動をしていた時、デビューして2〜3年後に、北海道のイヴェントで小鼓、大鼓、篠笛、琵琶と一緒に共演する機会があった。
――そんなに早くから。
そこで、知り合った人たちと今後コラボレーションしていくには、どういうプロセスを踏めばやっていけるのかということを含めて、色々話しを聞いていたら、実はそんなにハードルが高い訳じゃないということがわかって。そのイヴェントというのは、1回目に出て以来、聖飢魔Ⅱが気に入られて、「これから10年やりましょう」という話になり、実際10回やった。
聖飢魔Ⅱ解散後に、それを聞きつけた尺八の三橋貴風氏が、純邦楽器と我輩で一つのステージを作っていくというシリーズをやっていきたいという話をしてくれて。それがいまや18年続いている『邦楽維新Collaboration』という企画なんだけれども、純邦楽器と現代の洋楽器であるドラム、ベース、キーボードと音楽的にコラボレーションしたり、純邦楽器をバックに朗読をしたりしている。
楽器も、ずっと尺八というわけではなくて、琴や三味線、笛、鼓、太鼓と変わっていく中で雅楽もそこに登場した。『邦楽維新Collaboration』を立ち上げた18年前の翌年の1月が雅楽特集で、今回「千秋楽 - 雅楽・盤渉調古典曲をモチーフとした独自楽曲 - 」でも演奏してもらった稲葉明徳氏との出会いがあった。
――純邦楽器の中で、ご自身がやってみたい楽器はあるのでしょうか。
たぶん琵琶か尺八だろうね。音的な部分だけではなく、自分がこれをもし演奏した時に、どのぐらいそれを弾きこなすことができるだろうか、何か表現することができるかというのがポイントになると思う。例えば琵琶といっても色々あって、薩摩琵琶だとすると実は技術的に追及すれば、いくらでも高みはあるんだけれども、琵琶っていうのはフレットも少ないし、凄く複雑な事をしているわけではなくて。
――確かにスケールは短いです。
薩摩琵琶の弦は5本あるけれど、ギターみたいに6本が全部違うチューニングになっている訳ではなくて、A(ラ)とE(ミ)の2種類の音しかここには並んでない。ただそれが難しい所でもあるんだけど、それを屈指しながら琵琶の音色自体を聴かせるというよりも、本来は琵琶を弾いている人の歌を聴かせるものなわけ。
――歌とセットのイメージはあります。
雅楽で使用する楽琵琶だけは違うんだけど、薩摩琵琶、筑前琵琶、盲僧琵琶、平家琵琶というのは、基本的には物語りがメインで琵琶が合いの手という点で出来るんじゃないかと。本当に琵琶は興味深い。
尺八については、18年間も三橋貴風氏の演奏をずっと見ていてからね。三橋氏がプロデュースした、塩化ビニールで作られている尺八をもらって、自宅で吹いていたこともあった。音が出るというレベルで人前での演奏は無理だけど。
お手軽ではない生の良さを感じてもらえたら
――「少年時代」のミュージックヴィデオについてお聞きします。まだ公開されていませんが、どのような仕上がりになっているのでしょうか。(取材は9月下旬におこなわれた)
今回も面白いよ。『うただま』はロックではない我輩の音楽活動の集大成で、過去に関わりがあった人たちを多く集めている。「少年時代」には、尺八と筝(そう)が出てくるが、それ以外にも『邦楽維新Collaboration』に出演してもらったことのある、サンドアーティストも出演していて。
――砂で絵を描く人ですよね。
即興のように描いて、完成したらすぐ消して、また次を描いてと、一期一会の儚いアートなんだけれどね。それとの競演をライヴでやったときに、我々も刺激を受けたけれど、観客の評判も凄く良かった。そもそも「少年時代」の楽曲を想像してもらえばわかると思うけど、我輩は動き回って歌ったりしないわけ。
――曲調的に難しいかと思います。
そうなると、視覚的にあまり躍動感がない。視覚的に躍動感を得るにはどうしたら良いのかという話をしてるときに、一緒にステージでも共演した、四国に住んでいるサンドアートの田村(祐子)女史を思い出して。1日だけこちらに来られる日があるとのことで、出演してもらえることになった。
――見どころはサンドアートと閣下の歌との対比ですね。
そこに尺八と筝が入ってくるからね。尺八と箏はもう18年も一緒にやっているから、我輩のファンの多くも違和感がなくなってきていると思うけど、その前情報をなしに、見るとさらに異質なものになっていると思う。歌と和楽器とサンドアートと、あまり見たことがないコラボレーションになっているが、付け焼刃でやっているのではなく、過去の経験の重みがそこに出ていると思う。
――今作ではお笑い芸人の鉄拳さんがジャケットを描かれています。
彼、今“引っ張りだこ”で忙しいらしくて、彼のマネージメントは、「厳しいです」と言った反応だったんだけど、鉄拳本人が「ぜひ、他を押してでもやります」と言ってくれたみたいで。以前、仕事をしたときに「今度一緒にやろうよ」という話はしていて、そのときは「MVでパラパラ漫画をやってもらえたら」と話していたんだけど、今回は忙しくて残念ながらパラパラ漫画までは到達できなかった。
――でも今回ジャケットという形でコラボレーションが実現して。
少なくともメインカットだけでも書いて欲しいとリクエストを出してね。余裕があったら、ブックレットの挿絵もと思っていたら、あっという間に10〜20点描いてきてくれて。彼が曲名とか歌詞から得た(音は聴いていない)インスピレーションで、ほぼ一晩か二晩で仕上げてくれた。
――ご両親と記念撮影をしているようなカットがまたいいですね。
まあ、これが我輩の“世を忍ぶ仮の少年時代”だとした場合に、両親はこんな服装はしていないが(笑)。
――音からジャケットまで様々な要素が詰め込まれていて、ファンの方も楽しんでもらえますね。
楽しんでもらえるね。多方面の才能のある人達が集まったアルバムで豪華だよ。本当は歌だけ聴かせれば良いのかもしれないけど、基本的に我輩は詰め込むのが好きだから。
――最後に、この作品でどのようなことを伝えていきたいですか。
この『うただま』は、特別に純邦楽器をクローズアップして聴いてもらおうと作り始めたわけではなく、電気楽器ではない、世界中のアコースティック楽器がたくさん入っている。今の時代、コンピュータープログラミングで世界各地の民族楽器だったり、日本の邦楽器も含めてサンプリングで、簡単に音楽に組み込んでエスニックな感じにしたり、ちょっとジャパネスクな感じにしたりが安易に出来る時代になった。
だが、この『うただま』でお手軽ではない、生の良さを感じてもらえたら嬉しいかな。それを聴いてどう思ってもらっても自由だけど、何かを感じてもらえることが、このアルバムの個性だと思うし。
よく聴くとサンプリングではありえない音、弦楽器を弾いてる人の鼻息だったり、ピアノ弾き終わったあとのペダルから足を離す音だったりね。我々のレコーディングのときに、「これどうします? 消します? 残します?」という話に必ずなるんだけれど、我輩は絶対にその音は残しておく。
――ノイズかもしれないですけど、この音がないと生の感じが薄れてしまうわけですね。
そう。空気感も絶対違うはずだし、タッチだって変わってくるから。ある程度ボリュームの調整が出来たとしてもね、アコースティック楽器の強弱だったり、少し外れた感じはサンプリングでは出ないから。伝わり方は絶対に違うはずなので、それが伝わるといいかな。
作品詳細デーモン閣下 11月8日発表 ニューアルバム「うただま」 初回生産限定盤 品番:BVCL-844~5 (CD+DVD) 価格:3600円+税 ※初回生産限定盤には、「少年時代」ミュージックヴィデオ(オリジナル)及び、「toi toi toi !!」(「Eテレ0655」おはようソング)、「砂漠のトカゲ」(「Eテレ2355」おやすみソング)、デーモン閣下録下ろしインタヴュー映像を収録したDVD付。 購入者対象 スペシャルイヴェント開催 収録楽曲 |