九州を中心に活動するシンガーソングライターの立川翼が20日、東京・青山のライブハウス「月見ル君想フ」で単独公演をおこなった。7月7日発売のアルバム『音故知新』を引っ提げた全国ツアーの3公演目。全公演ともチケットは完売。先に開催された地元・宮崎、福岡の2公演では1500人を動員している。元陸上自衛官という経歴を持つ立川。彼の歌には明日への一歩を踏み出させる力がある。この日も観客の多くが彼の歌に涙を流していたが、その涙はまた悲しみだけでなく、希望を感じさせた。冷たい雨に濡れたこの日、日常そして心に寄り添う歌でポッと温かくなっていた。【取材=木村陽仁】

 この日の東京は朝から冷たい雨が降っていた。すっかり暗くなった午後7時半過ぎ。場内の明かりが落とされる。ステージ背面にある月のオブジェは微かな光に浮かぶ。そのなかで静かにSEが流れる。メンバーが順次ステージに現れ、最後に笑みを浮かべた立川が少し足早に中央に陣取る。パーカッションのカウントで最初に届けたのは「発気揚々」。

 誰もが仕事で経験をするであろう思いを描いたこの楽曲は日々の葛藤や不満を代弁するかのように痛快な言葉が並ぶ。飾らない歌詞はダイレクトにその世界観が伝わる。一方、言葉を届けるメロディはリズミカルでクール。相反するこの組み合わせも魅力の一つだ。「ようこそ! 東京公演へ!」。笑顔が光る。

 爽やかな空気を含んだまま、次の曲へと移る。「君へ送る履歴書」。この日の編成は、アコースティックギターを弾き語る立川に、バイオリン、キーボード、アコギ、エレキベース、パーカッション。この曲は先ほどよりもバイオリンの音が際立つ情感に触れる。アコギを脱ぎ歌に専念する立川。彼の歌声は長身もあってか力強い。しかし、柔らかさや優しさも併せ持っている。それは彼の人柄が影響しているように思えた。

 趣を変えたのは3曲目「君の面白い顔」。大切な人への想いを歌った曲だ。先ほどよりもゆったりと流れるこの歌を、立川は観客一人ひとりの耳元に届けるように丁寧に歌い上げる。歌そのものが傷ついた心にピタリと貼り付くようだった。

彼の歌声に観客の多くが涙した

 この日を迎えられたことへの感謝の気持ちを添えながら「1曲ずつ大事に歌っていきたい」と語り、アルバム『音故知新』への想いを述べる。

 「昔も今も大事なものは変わらない。時代の流れと共に、目に見える景色や取り巻く環境は変化しています。おじいちゃんの時代から現代、凄まじく変わっている。東京も目まぐるしく変わっている。そのなかでも誰かを思いやる気持ちや愛情、優しさがあるのでないかと思い音故知新というアルバムを作りました。ライブを通して今も昔も大事なことは変わらないということを伝えたい。今日しかないこの日のライブは一所懸命に歌っていきたい」

 そして、アルバム収録曲の「金木犀」と歌い届けた。静かにドラムカウントが入る。切ないラブソングは、バイオリンのすすり泣く声のような音色が雰囲気を創り上げる。一方、人の温かさを表すように、ステージ上手からは暖色のライトが立川を照らす。静かに燃える感情は曲が進むごとに声、そして音となって溢れていく。

 曲が終わり、しばらくの沈黙が続いたあと、立川が声を絞り静かに歌い始めた。「自分色の花」。サビから入るこの歌を途中までアコギ1本で歌う。力強い歌声によって送られる言葉の数々。心打たれ涙を拭う観客もいた。曲終盤、「それぞれが明日に向かって」と呼びかけて、シンガロング。「それぞれが良い明日でありますように」と語り、曲を締めた。残ったのは割れんばかりの拍手だった。

 改めてMC。笑いも挟みながら、自身の半生を振り返り、「楽しかったこともあったけど、辛いこともありました。悲しい想い出ややり直したい後悔もあると思います。悲しいことも、歩いてきた道は大事な道だったんじゃないかなと思います。この道じゃなかったら出会えなかった人もいます。辛かった、きつかった過去も今思えば大事な良かった想い出です」。曲に込めた想いを明かす。

 彼のMCにはほっこりとさせる笑いもありつつも、こうした楽曲への思いを真剣な表情で伝える。そこにも人柄が表れているようだった。

立川翼の東京ワンマン公演の様子

 ここから着座。「心の中にたまったストレスを発散する想いも込めて」と、「お掃除マーチ~新しい風~」る。裏拍でファンキーに弾くギターによって音楽が跳ねる。愉快な足取りで道を進むように清々しい音だ。途中、演奏のスピードを上げてジャズチックにみせるところも心を躍らせた。

 そのままカントリーミュージック調の「今年は帰ろうかな」へ。静かに流れる時間。どこか懐かしさを感じさせる。キーボードはアコギに持ち替えて音を刻む。観客の手拍子も楽器の一部となってリズムを踏む。その世界観にいつの間にか時を忘れ、昔の記憶に同期しているようだ。

 歌い終えると先の「今年は帰ろうかな」に込めた想いを伝えた。

 「陸上自衛隊を3年弱務めまして、音楽をやりたいという思いがあり辞めました。親にはもちろん反対されました。なかば飛び出して福岡に出て来たので、実家に帰りづらかった。やるからには何かをもって実家に帰りたいと思っていた。今では沢山のお客さんが来てくれて、父も母も喜んでくれて。実は反対している時も応援してくれていたと聞き、嬉しかった。だから今があると思います。東京には地方から出てきている人もいると思います。故郷へ帰らない期間が空けばあくほど帰りづらくなる。でもそう思っているのは自分だけで、親も友達も待ってくれていると思います。帰ったら何か発見があるかもしれない。実家に帰る一歩になってくれたら」

 ここで一呼吸をして、意を決したように、正面を見つめて語り始める。

 「自分の母親に初めて書きました。おととし大きな病気が見つかりまして…。病気を治そうと家族(と親族)一丸で頑張っています。今日も来るはずだったけど担当医の判断で来られなかった。病室で頑張れと応援してくれていると思います。ここにいないけど母親に頑張れと。もしかしたらこの会場に同じ境遇の人からいるかもしれない。元気になりますようにという願いを込めて」

 そう語り歌い始めたのは「千の鶴」。バイオリンの音色が心をノックする。悲しみが溢れる。<生きて 生きて>。真っ直ぐな歌詞、真っ直ぐな歌声が痛烈に響く。涙を堪えながらも声を震わせ熱唱する立川。堰を切ったように観客の頬にも涙が伝う。歌い終えた立川は、バイオリン、キーボードの優しい音色のなかで涙を拭った。

ステージバックに映る月のように、心に光を当て続けた

 そして、美空ひばりさんの「川の流れのように」を歌い上げる。すすり泣く声を抱くように今度は温かみのある音色を奏でるバイオリン。それに合わせるように立川もゆっくり丁寧に歌い上げる。そのまま「戦後72年。この平凡な時代を生きていることは当たり前ではない」などといったメッセージがステージ背面に流れ、「あなたが残してくれたもの」を届けた。

 涙で流し切って余裕が出来た心を今度は潤すように、ここからは晴れやかなナンバーが続いた。まずはメンバーをそれぞれパートソロを交えて紹介。更に観客と関係者を巻き込んでのコールアンドレスポンスで盛り上げ、メロディアスなナンバー「君」を歌う。美しい青春時代が蘇るように爽快で、明日へ背中を押してくれる曲だった。会場も頬もポッと赤くなる。

 その軽やかな気分のまま「ラーメン道」へ。立川のラーメン愛を歌ったものだが、その世界観は大切な人に歌ったものにも置き換えられ、メロディアスな曲の雰囲気もあってそれを手伝った。

 そして、立川は「音楽を辞めそうになった時に、季節外れの鈴虫がコンクリートの片隅で一生懸命に鳴いているのを見て頑張ろうと思い作った曲です。明日もまた頑張ろうと思ってもらえたら」との言葉を添えて最後に「鈴虫の詩」を優しく歌い上げる。この日も多くのバラードを歌い、その儚さに涙を流したが、この曲で流した涙は成分は同じでもその希望に満ちた涙だった。

 本編を終えステージを去った後、アンコールが響き渡る。それに応えて再登場する立川とバンドメンバー。音楽活動を始めた当初の路上ライブでは3人だった観客は今では2000人まで動員できるようになったことへの感謝の思いを明かし、「自分の誇りはお客さんです」と最後に優しいメロディの「マイホーム」を届けた。ステージ背面に映るのは、ファンから寄せられた親子、幼子、兄妹、家族の写真。大切な人との繋がりに改めて心のよりどころを確認した観客は再び涙を流す。改めて「帰る場所があることの大切さ」を気づかせた。

 歌い終えた立川、弾き終えたバンドメンバーは笑顔だった。観客もまた笑顔だった。この日は多くの涙が流れた。日々、流すまいと思っている悔し涙や嬉し涙、様々あろうが、この場では否応にもなく流させてくれた。そうすることで、心への負担を軽くしているようにも見えた。九州で人気を集める彼の魅力はこの先、自然と全国に伝わっていくだろう、そんな気がした。なお、ツアーはこの先、大阪、そして福岡を巡る。

セットリスト

01.発気揚々
02.君へ送る履歴書
03.君の面白い顔

04.金木犀
05.自分色の花

06.お掃除マーチ~新しい風~
07.今年は帰ろうかな

08.千の鶴
09.川の流れのように
10.あなたが残してくれたもの

11.君
12.ラーメン道

13.鈴虫の詩

EN01.マイホーム

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