沖縄出身歌手の上間綾乃が6月21日に、通算5枚目となるアルバム『タミノウタ〜伝えたい沖縄の唄』をリリースした。メジャーデビューから5年。これまで沖縄出身の唄者として、新旧様々な楽曲を歌ってきた彼女だが、今回のアルバムは先人が歌い継いできた民謡で構成されたものになっている。長い伝統を持つ沖縄音楽の担い手として彼女は今、何を考え、何を想っているのだろうか。今作は深呼吸ができない人に聴いてほしいという。日本から世界、伝統と発展の中でチャレンジし続ける彼女にその真意を聞いた。
民謡は生活の中にある
――新譜『タミノウタ〜伝えたい沖縄の唄』制作の意図を教えてください。
ずっと、民謡を集めた作品を作りたいと思っていました。でも「今じゃない」と、オリジナルの曲を作ったり、色々なミュージシャンの方と一緒に新しいものにチャレンジしてきました。歌の旅をしてきたからこそ5周年のCDを出すとしたら、民謡の作品が良いと考えていました。選曲もこだわった選曲になっています。
――特にこだわった楽曲は?
今作はリード曲として、1曲目に「島唄 南の四季」(THE BOOM「島唄」の旋律に沖縄の歌詞をつけた恋の歌)を収録させていただいます。そして、特に「PW 無情」と「ひめゆりの唄」の2曲は今回絶対入れたかったんです。そこがこのアルバムのスタートでした。聴いてもらった皆さんには「この2曲が刺さりました」と感想もいただきまして、ちゃんと届いているなと感じています。
――「PW 無情」は民謡なのに、タイトルにアルファベットが使われているのが印象的です。
そういう民謡もあるんですよ。英語のものもありますし、カタカナも、ウチナーグチ(沖縄方言)ではなくて、標準語を使った歌もあります。『タミノウタ〜伝えたい沖縄の唄』というアルバムのタイトルにも意味があります。沖縄民謡というのは今も新曲がどんどん生まれていてだからポピュラーソングで、流行歌でもあるんです。
ジャンルはカテゴライズするとしたら「民謡」になるかもしれませんが、ワールドミュージック的な感じで私は捉えています。ロックも演歌もJポップも演歌も全部生きている人が、新しい曲に今の想いを乗せて歌いますよね。そう考えて私もライブ活動をしているので「民謡歌っています」というよりも「流行り歌を歌っています」という感覚です。
――そういったスタンスなのですね。
音楽のジャンルに限らずですが、言葉によって固定概念とか先入観を生んでしまう事ってありますよね。そのせいで「民謡」が化石の様な扱いをされてしまうのは、とても心苦しいです。ピアノが入っても良いし、バイオリンが入っても良い、サックスが入ったって良いと思います。「何でもありなんだよ」というのをやりたくて。これが沖縄音楽への入口になってくれれば良いなと思ってもいます。
――言葉の先入観は確かにありますね。続いて「ひめゆりの唄」に対する想いをお聞かせください。
「これは歌わなければいけないな」と思いました。決して楽しい歌ではないので、他の方のライブでも聴く機会が少なく、私も曲を知りませんでした。大学生の時に先輩の音源を聴いて、衝撃を受けたました。「こういう曲があるのか、しかも標準語で10番まで」と。その時「歌わなきゃ」と感じて。音源を聴きながら耳でコピーするんですけど、あまりにも辛すぎて最後まで歌えなくて...。
色々な想いが降って来て泣いてしまって、習得するまでに時間がかかりました。私はこの曲を生で聴いたことがなかったんですよ。やっぱり生きてる人が歌わないと廃れてしまいますから。そういう危機感というものがあり、そこからライブで唄うようになりました。
――途中で歌えなくなってしまうほどなんですね。
若い人は戦争を経験していないので、ピンと来ないところもあるかもしれません。でも、それで終わらせてはいけないと思います。同じような経験をしたくないし、後の世代にもそのような経験をさせたくないという事を、先輩の歌や話を聞いて育ち、私自身も強くそう感じ、唄っています。
沖縄という土地に生まれ育ち、何も感じない人はいないと思う。
ー「PW無情」に関してはどうですか?
「PW 無情」は音源にもなってますし、先輩たちが歌う姿も見て聴いていました。 “PW無情”の「PW」は、「Prisoner of War(戦争捕虜)」の略なんですけど、こういう過去があったということを、決して忘れてはいけないと思うんですよね。「歌い継ぐ」というと敷居の高いイメージがありますが、こういう歌こそ歌わないといけないし、伝えないといけないと思ったんです。
保存と発展がなければ無くなる
――歌はどの様にして始められたんですか。
沖縄では大体「歌」は師匠に習います。自己流でやられる方もいらっしゃいますけど、私は7歳から師匠について学びました。「楽しい」というのが勝るので「難しいからやめた!」とはなりませんでした。私も民謡を歌う時はウチナーグチで歌っていますけど、ウチナーグチを流暢に話せるかと言えばそういう訳でもないんです。最初は意味もわからず音で覚える様な感じでした。
お稽古は“マネる”ところから始まります。どの楽器も同じだと思います。私も最初は東京と大阪で教えていたのですが、今年から沖縄でも子どもたちの指導に当たっています。子どもたちも色々で、島唄にどっぷり親しんでいる子もいますし、そうでない子もいます。難しいとか、そうした先入観なく、三線と接して貰えると嬉しいです。
――小さい頃に親しんだ音楽は?
私は本当に民謡だけでした。大好きで、三線の音が聴こえればすぐにそこに行ってしまいますし(笑)。テレビで流れても耳が勝手に聴いてしまうような、そういう幼少期を過ごして、友達と接したりするようになって「民謡以外にも音楽があるんだ」と知りました。それでもやっぱり心に入ってくる音楽は民謡で、民謡を聴きながら寝ていました。
――民謡が本当に大好きなんですね。
はい。高校生になってから「自分の想いも歌にしたい」と思いオリジナル曲を書き始めました。それから色々なミュージシャンと知り合う様にもなりました。その人たちが聴いてる音楽を聴いて「音楽って面白いな」と。日本人では加藤登紀子さんやさだまさしさん、Coccoさんが好きです。そのお三方は皆さんストレートじゃないですか。その想いが尊敬できるんです。前回の作品『魂(まぶい)うた』では加藤さんの「命結−ぬちゆい」をカバーさせて頂きました。
もちろんロックも聴きます。最近はスティング(米シンガー)の来日公演に行けないのがとてもショックです(笑)。海外アーティストの音楽を聴くときには、歌詞の意味は全部わからないので「この人の声質が好き」とか「このフレーズの使い方が格好良い」とか、そこから入る人もいると思うのですが、それと似た感覚で私の音楽も皆に聴いてもらえたら良いなと思っています。
――沖縄音楽も長い歴史がありますよね。
まだ400年ですけどね(笑)。三線という楽器は中国から伝わったと言われています。さらにルーツを辿るとアイルランドのバンジョーが起源だったりします。それが大陸を渡り、沖縄で三線になって、それが本土に入って北上すると三味線になります。
――やはり伝統芸能特有の息苦しさもあったりもしますか?
それは、最近始まった事ではなくて、先輩たちが取り組んできてくれています。まず沖縄の音楽は手拍子、それから太鼓、それから三線という風に進化してきました。これを止めなくて良いと思います。確かに「保存しなければいけない」という動きももちろんあります。でも大事なのは“保存”と“発展”なんです。発展がなかったら無くなってしまう。当時の人々は、結果的に発展に繋がる新しいエッセンスを入れてくれていました。
――保存という現状維持だけではダメなんですね。「島唄 南の四季」を歌おうと思ったきっかけは?
「宮沢さんの“想い”を歌いたいな」と思いました。THE BOOMの解散コンサートに私も行きまして泣いてるファンの方たちも沢山いました。宮沢さんも喉を壊してしまい、個人の活動としても休業されるというニュースを見て、「私が歌わなきゃ」と思いました。
――それはなぜでしょうか。
もちろん、“島唄”を歌い継ぎたいという思いもあるのですが、宮沢さんがこの歌に託した思いや、この曲を発表するまでの色々なお話を聞かせて頂いて、宮沢さんの、その思いを継がないといけないと思ったのかもしれないです。宮沢さんにもこの事を直接話したら、「是非歌ってください」と凄く喜んでくれました。
宮沢さんとは、先日ステージでご一緒させていたいた際に「島唄」を歌っているのを目の前で見たのですが、号泣してしまいました。ステージ終わってからこの気持ちを話したかったのですが、言葉が詰まって何も言えなくて...。
後日メッセージでお伝えしたら、私のライブも聴いて頂けたそうで。「歌い込んでいるのが伝わったよ」と言ってもらえました。(宮沢さんの歌を)もう聴けないかもしれないと思っていたので、先輩と一緒にこの歌と歩いて行ける事が嬉しいです。
深呼吸のできない人に聴いて欲しい
――レコ—ディングのエピソードなどがあれば教えてください。
私、レコーディング当日になると毎回熱を出してしまいます。熱量の影響なのかわからないですけど。でも熱を出して力が抜けて、良い三線が録れる事もあります。良い歌が歌える時もありました。
――選曲はいかかがですか。
選曲も大変でした。ディスクの限界まで曲が入っています! 三線だけの曲もあったり、管楽器を重ねた「道端三世相」があったり音的にも楽しいと思います。アレンジに関しては、少しだけリクエストをする感じで、自分に無い物をやってほしいのであまり口を出しません(笑)。自分の想像していた以上のものが返ってくるのが楽しいです。
――どんな人にこの作品を聴いてもらいたいですか?
深呼吸ができない人。息が浅くなってしまっている人たち、忙しい人たちに聞いていただきたいです。私も自分の作品ですけど、聴いててとても心地が良いので。息が深くなる感じです。
ご飯と睡眠時間とお仕事があれば、音楽は無くても生きていけると思います。でも音楽があるとより心が豊かになる。人に優しくするのも、自分の心にゆとりがないとできない。それの連鎖が続くと、優しくない人が増えて住みにくい世の中になってしまいます。だから何か心のゆとりになるようなエッセンスになるなら、それが音楽の力だと思います。心が健やかになりますよ。
――今の印象は東京の様子が思い浮かびましたが沖縄はいかがですか?
沖縄には“チャンプルー文化”という言葉があります。中国、アメリカ、琉球、数々の時代を生きてきて、その中で良い物を取り入れてきました。だから音楽に関しても寛容なんだと思います。良いところは残す、悪いところは残さない。私もそうでありたいなと思っています。
――世界でも様々な事が起きてますね。
海外の方とステージに立つことがあります。今年も10月にアイリッシュの方たちと共演の予定なんですが、彼らはステージの上だけでなくて、楽屋でも楽器を弾いていて凄く楽しそうです。そこから刺激を受けます。「そうだよね。音楽って楽しんで良いんだよね」と。それがあるべき姿だなと彼らに会うと改めて気づかされます。
――という事は、楽しめない瞬間もあるという事ですか?
私もロボットじゃないので(笑)。そんな時もあります。でも、だからこそ、歌えるんだと思います。ハッピーなだけだったら、ハッピーな曲しか歌えないし。『タミノウタ』はブルースです。労働の歌もだし、言葉にならない想いを歌にしているブルースに通じるところがあると思います。
島唄は既に国境を越えている
――次のビジョンは
作品を出す時はいつもそうなのですが、全部出し切ります。今すぐ何かというのはないですね。今はインプットの時期です。でも海外の方と共演すると刺激になります。見たことのない楽器を見ると凄く興味も沸きますし。彼らと演奏すると毎回化学反応が起こるんです。目を世界に向けて、楽しみながらやってみたいなと思います。
――島唄は国境を越えると思いますか?
もう越えていますよ!同じ想いを持って音を楽しんでいる人は全世界にいると感じています。
――ライブについてはいかがですか。
先ほども「深呼吸してほしい」という話題があったのですが、私も深呼吸しながらゆったりと歌いたいと思います。コンサートも穏やかな時間になると思います。意気込みというのももちろんありますが、それよりも楽しんで皆さんと同じ時間を共有できたら良いです。CDは音だけですけど、コンサートは空気感とか、お客さんやステージの熱量だったりもありますし。体全体で感じて欲しいです。
(取材=小池直也)
作品情報
COCP-39983 2800円+税
6月21日リリース
1.島唄 南の四季* 作詞:我如古盛栄 作曲:宮沢和史
2.月ぬ美しゃ* 八重山民謡
3.童神 作詞・作曲:古謝美佐子
4.悲しくてやりきれない 作詞:サトウハチロー 作曲:加藤和彦 訳詞:上間綾乃
5.PW無情* 作詞:金城守堅 補作詞:山田有昴 新城長保 作曲:普久原朝喜(無情の唄)
6.ひめゆりの唄* 作詞:小宗三郎 作曲:不詳
7.さとうきび畑 ウチナーグチver. 作詞・作曲:寺島尚彦 沖縄語訳:玉城 弘
8.安里屋ユンタ 作詞:星 克 作曲:宮良長包
9.道端三世相~創作舞踊「辻山」より 作詞:眞境名由康(1・2番)・作者不詳(3番) 作曲:沖縄民謡
10.夢しじく* 作詞・作曲:上間綾乃
11.恋ぬ花* 沖縄民謡(原曲:くいぬぱな節)
12.サーサー節* 沖縄民謡
13.てぃんさぐぬ花 沖縄民謡 補作:上間綾乃
14.ヒヤミカチ節 作詞:平良新助・山内盛彬 作曲:山内盛彬
15.デンサー節* 沖縄民謡
16.えんどうの花* 作詞:金城栄治 作曲:宮良 長包
*NEW RECORDING
ライブ情報
8月7日 大阪・Billboard Live OSAKA
1stステージ OPEN 17:30 START 18:30
2ndステージ OPEN 20:30 START 21:30
8月9日 名古屋・NagoyaBlueNote
1stステージ OPEN 17:30 START 18:30
2ndステージ OPEN 20:30 START 21:15
9月5日 東京・COTTON CLUB
1stステージ OPEN 17:00 START 18:30
2ndステージ OPEN 20:00 START 21:00