小田和正、変わらぬ美しき歌 脈々と生きる詞 情感に震えた東京
“花道”を駆け抜ける小田和正
シンガーソングライターの小田和正が、4月30日の静岡・静岡エコパアリーナから、24会場48公演におよぶ全国ツアー『KAZUMASA ODA TOUR2016 君住む街へ』を展開している。4月20日発売のオールタイムベストアルバム『あの日 あの時』を引っ提げ、10月30日の沖縄・宜野湾海浜公園屋外劇場まで34万人を動員する予定。6月30日には東京体育館で17公演目となる東京公演が開かれた。奇しくもこの日は1982年に開催されたオフコースの日本武道館10日連続公演の最終日。歴史的あゆみが交差するこの日、オフコース時代の楽曲を織り交ぜ、本編24曲が届けられた。
木漏れ日に吹き込む風、深緑の合間を穏やかに伝う清流。何年経ってもその景色は変わらず。息を胸いっぱいに吸い込むと緑の向こうで鳥のさえずりが響く。ここに来る度に幼き頃を思い起こす。都会の喧騒もこのときばかりは穏やかに感じる。
目を閉じるとそうした光景が広がるようだった。今も変わらない澄んだ美しき声。高く響く歌声は、脈々と生きる歌詞に絡み、聴く者の心を震わせる。アコースティックギター、ストリングス、ピアノなどの音色は優しく、ダイナミック。時代の記憶をキラキラと輝かせるのであった。
7月1日との2DAYS公演となったこの日。開演時間が過ぎると場内の明かりは2段階に分かれて落とされた。薄暗くなったステージにメンバーが姿を現すと、静かに握手が送られ、それはやがて手拍子へと変わる。曲が生まれた当時を遡るかのように表情は緩み、高揚感に満たされていく。
当時を懐かしみ、そして、今を聴く。心と時代を紡ぐ小田和正の清らかな歌声。ピアノを弾き語りながら届けられた名曲「さよなら」はとても切なく、特に<外は今日も雨♪>からの最後の節で鳴らす、一定の音階を繰り返すピアノの低音はそれをより深まらせた。同じ弾き語りでもアンコールで披露された「愛になる」はどこまでも美しく、人々の背中を押すように暖かった。
そして、「時に愛は」の<時に愛は力つきて 崩れ落ちてゆくようにみえても 愛はやがてふたりを やさしく抱いてゆく♪>や、「言葉にできない」などのバラードは言葉と言葉の間に作る数秒の隙間が一つ一つの言葉をより際立たせ、重みをもたせる。そして、終盤に加わるストリングスがドラマチックに、そして悲嘆を深くさせる。
「my home town」も同様に、<できたばかりの根岸線で 君に出会った>という地名が情景を更に鮮明に映し出し、心を撫でるのである。一方で、「ラブ・ストーリーは突然に」や「キラキラ」などは、主題歌になったテレビドラマの劇中を思い出させ、心をワクワクさせた。
こうした情景、そして言葉の数々に観客はそれぞれの人生や時節に重ねた。清らかな川に浸かった心を今度は温かく包み込むように送り届けられる楽曲たち。ギターやピアノ、ストリングなどの楽器やコーラスによって更に映しい旋律が舞い、それらは観客に笑みをこぼさせ、そして涙腺を緩ませた。
そして、アンコールに届けられた「YES-YES-YES」は出演者だけでなく、観客も加わっての大合唱。一人ひとりの声が合わさって一つの音となる壮大な世界観は、人々の胸に音楽の力を灯すのであった。
小田和正は御年68歳。前記の『あの日あの時』では、オリコン最年長アルバム首位記録を樹立している。本編終盤のMCでは「この歳になりましたので、次に会う時期は想像ができない」と茶目っ気をみせつつも「(次のツアーは)いくつになっているかは分かりませんけれども、できればその時は、オフコースの曲ばかりではなく、新しいオリジナル曲を作って届けたい。なかなか伝わらないと思いますが、心から感謝しています」とお礼の言葉を送った。
小田はこの日、観客に寄り添うように、会場に巡らせた通路を走り、時にはステージから下りて観客のそばで歌った。時を重ねても変化しない楽曲の情景、その一方で歳を重ねて変化する楽曲への捉え方。時が流れることの美しさを感じさせた夜だった。
本ツアーで届けられる楽曲たちは、小田の歌声、参加メンバーが奏でる至極の音色、そして、その土地、人々、記憶、言葉、心などに繋がり、様々な光景を見せてくれることだろう。(取材・木村陽仁)
サポートメンバー
木村万作(Dr)、有賀啓雄(B)、稲葉政裕(G)、栗尾直樹(Key)
(Strings)金原千恵子、吉田翔平、徳高真奈美、堀沢真己
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