内田也哉子

 文筆家の内田也哉子さんがこのほど、都内で行われたドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto: Diaries』(11月28日公開)トーク付き試写会に登壇。本作のプロデューサー・佐渡岳利さんとともにトークを行った。

 世界的音楽家・坂本龍一さんの最後の3年半の軌跡を辿ったドキュメンタリー映画。内田さんは、偉大な音楽家という側面を超えた、一人の人間の深遠な姿が描かれている点を強調した。

 内田さんはまず、作品を鑑賞した感想として、「偉大な音楽家の生き様はもとより、一人の人間の、生きてやがて暮れていく厳かな、まるで自然を眺めているようなその姿を固唾を飲んで見守るようなとても親密な映画でした。とても幸せでした」と語った。

 内田さんと坂本さんの出会いは、内田さんが19歳で新婚旅行で米ニューヨークを訪れた30年前に遡るという。当時の坂本さんの印象を「仏様のような」穏やかさと、「ギラギラしたちょっとバッドボーイな危うさ」を併せ持つ「すごくかっこいい大人」だったと振り返った。

 内田さんが生前最後に坂本さんと話したのは電話での対談で、病気の再発で大変な状況下にあった2021年1月。この時、坂本さんは創作への向き合い方に変化が見られたという。

 その様子を収めた書籍を開き「残り時間が見えてきたら余裕がなくなる。だからプライオリティをより絞ってやっていくしかない。60歳を過ぎて、若い頃に作っていた、ある種乱暴な音が出せなくなったけど、逆に今、自分が出してる音の方が好きですね」という一文を紹介。時間の制約によってできなくなった変化をも面白がる言葉に対し、内田さんは「前に出来たことが出来なくなっていく、そういう削ぎ落としてくクリエイティブなプロセスから素晴らしい味わいを与えてくれた」と語った。

 また、内田さんは、坂本さんの生き様を、母である樹木希林さんの死生観や晩年の活動などに重ねて考察。「私自身も、自分の親が表に出ている出ていないは別として、私や子供たちに残していった生き様からこぼれるメッセージは今でも宝物」とし、亡くなる2周間前、子どもの自殺者が最も多くなる9月1日に対して樹木希林さんが「自分の死が刻一刻と近づいているなかで、若い命が自ら断つ必要はないと、自分のことを差し置いて、死なないで、と想いを伝えようとしていた」と母の姿を紹介。

 その上で「母と坂本さんを比べるのはおこがましいけど」としつつ、「坂本さんの3年半は、周りの方に対して『ありがとう』とご自身の想いをちゃんと届ける。そして、色んな人を置き去りにしない、どこか日陰になっている人を一人ひとり…。坂本さんに、若い頃からなぜいろんな人に目をかけてきたんですか?と聞いたら『自分は見て見ぬふりが出来ないだけなんだよ』と照れ笑いされたんです。本当に稀有な方だった。レガシーというのはファンの皆さんの心のなかに蓄積されているんだなと改めて思いました」と語った。

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