加藤登紀子×江﨑文武、音楽で紡ぐ平和への祈り「理想という言葉には遠く、現実はむしろ最悪ね」
INTERVIEW

加藤登紀子×江﨑文武

世代を超えた魂の共鳴 音楽で紡ぐ平和への祈り


記者:村上順一

撮影:村上順一

掲載:25年06月13日

読了時間:約12分

 歌手生活60周年を迎える加藤登紀子が、2枚組の記念アルバム『for peace』を5月21日にリリース。Disc1を『for peace』のタイトルで新曲を含め10曲を新録、さらに代表曲になった「百万本のバラ」と「愛の讃歌」も新しくレコーディングされた。Disc2は「Life」がテーマ。新録された『難破船』と『時には昔の話を』を筆頭にオリジナル曲をほぼ時代順に選出され聴き応えのあるアルバムに仕上がっている。今作には、新しい世代を代表する音楽家の一人である江﨑文武(WONK/MILLENNIUM PARADE)が、「きみはもうひとりじゃない」「80億の祈り」「時には昔の話を」の3曲に携り、世代もキャリアも異なる二人の音楽家が、アルバム『for peace』で特別な共鳴を見せている。インタビューでは「きみはもうひとりじゃない」は、どのように生まれたのか、楽曲に込めた思い、音楽の醍醐味について世代を越えた加藤登紀子と江﨑文武の二人に話を聞いた。(取材・撮影=村上順一)

空を飛んでいる鳥同士が空でばったり出会うような感覚(加藤登紀子)

――60周年、おめでとうございます。アルバム『for peace』を拝聴し、歌はもちろん、語りのトラックにも深く感動しました。

加藤登紀子 ありがとうございます。今回のアルバムは大きな決断の一つでした。60周年で若い頃の曲もたくさん入っていて、「時には昔の話を」が30年以上前のレコーディングだから、当時を尊重するのですが、よほどのことがないとリメイクは成功しないです。今回は「百万本のバラ」と「時には昔の話を」と「難破船」、「愛の讃歌」4 曲だけにしました。語りの入った曲は「雨音」「広島愛の川・語り」「無垢の砂」の3曲です。こういう形もあったのかと、自分でも新鮮な発見でした。語りは伝える力が強いぶん、入れすぎると重くなってしまいますが、ポイントで挟むことでアルバム全体がぐっと引き締まりました。

江﨑文武 曲が映像のように響いて、まるで物語を観ているようでした。

加藤登紀子 最初に語りを取り入れたのは、たしか2000年頃。加古隆さんをゲストにお招きしたコンサートで試してみたのがきっかけでした。手応えがあったので、それ以降、時折取り入れるようになりました。今回のアルバムのテーマともぴったり重なったので、あらためて語りの表現を取り入れることにしたんです。

――まさに、60周年にふさわしい作品ですね。

加藤登紀子 ところで、江﨑さんはいま何周年?

江﨑文武 プロとして活動を始めて、今年で9年目です。まだ10年には届いていません。

――加藤さんは周年と聞いて思い出すことはありますか。

加藤登紀子 私は20周年までは、周年記念のイベントは一度もやりませんでした。10周年は、次女のYaeが生まれた年で、生活も大変すぎてとてもそんな余裕はなかったんです。ようやく少し落ち着いて、20周年で初めて、日比谷野外音楽堂で盛大に記念コンサートを開きました。とても印象に残っています。デビュー7年目で結婚して、それからはまさに嵐のような日々。歌手としての覚悟もまだ定まらず、「いつ辞めてもおかしくない」という気持ちで過ごしていました。でも、20周年を迎えた時には、やっと「続けていこう」という覚悟ができたんです。

 デビューから結婚までの期間は、自分にとって本当に激動の時期でした。音楽的にも模索の連続で、ようやく落ち着いて、自分の歩みを自分の意思で決められるようになったのはそこから。20周年がようやく“スタートライン”でしたね。そして30周年ではハイジャックに遭い……10年ごとに、節目ごとに何か大きな出来事が起こるんです(笑)。

――そんなキャリアも年齢も違うお2人が一緒に作品をつくるというのが、感慨深いものがあります。

加藤登紀子 私が全部の年齢を経験してきているから、何歳の人に会っても気持ちが分かるんですよね。

――江﨑さんがHana Hopeさんのために「きみはもうひとりじゃない」を作曲され、ジブリ映画『紅の豚』のEDテーマ「時には昔の話を」の歌詞に深く共感し、感動されたことをきっかけに、加藤さんに作詞をお願いされたと聞きました。アルバムではセルフカバーされています。

加藤登紀子 私の場合、深いご縁というのは、まるで空を飛んでいる鳥同士が空でばったり出会うような感覚なんです。江﨑さんの演奏を初めて意識して聴いたのは、NHKで石川さゆりさんの「ウイスキーが、お好きでしょ」を一緒にやっていたのを観て「面白い組み合わせだな」と思いました。ちょうど私がさゆりさんに「残雪」という曲を書いていた頃で、偶然のようで必然のような出会いでした。

 「打ち合わせを」と言われたのですが、私はせっかちなので、「その前に曲をください」とお願いしました。今でもよく覚えているのですが、届いた曲を聴いた当日の新聞に「ありがとう、ごめんなさいが言える子どもに育てたい」というコピーが載っていて、それがきっかけで<ありがとうごめんなさい 言えないきみが好きさ>という詞が浮かんだんです。

江﨑文武 本当に驚きました。まだマネージャーさん同士が名刺交換している最中に、加藤さんが「もう歌詞できたわよ」って(笑)。あまりにも早くて、最初は戸惑ってしまったんですが、その詞が曲に驚くほどぴったりハマっていたんです。

加藤登紀子 ただ私は、そのフレーズに少し違和感もあって。正しい言葉をすぐに返せる子が“いい子”という価値観に、どこか息苦しさを感じて、だからこそ、この曲では、もっと人間の揺らぎや迷いを大事にしたかった。それを江﨑さんも受け止めてくれた気がします。もし「ちょっと違うかな」と言われても、それはそれでよかったんです。そうしたらまた別の詞を書けばいいと思っていたので。でも、受け取ってもらえて嬉しかったですね。

江﨑文武 いや、本当に素晴らしい詞でした。子どもがどう育っていくのか、どう育てていくのか――そういったテーマが、まっすぐに胸に響きました。ちょうど僕の世代が子育てを始めるタイミングでもあり、僕は結婚前でしたが友人たちとも子どもの話をよくしていたので、非常にリアルでタイムリーなメッセージとして受け止めました。

加藤登紀子 今回は当時17歳だったHana Hopeさんが歌うということもあって、次の世代、そしてそのまた次の世代にまで届くような、伝わりやすい言葉を選びました。歌を通して、自然と手渡していけるメッセージにしたいと思ったんです。

■時間をかけた体験が、音楽ならではの表現(江﨑文武)

加藤登紀子『for peace』ジャケ写

――今回、「きみはもうひとりじゃない」をセルフカバーされることになった経緯を教えてください。

加藤登紀子 2023年に放送された、私がジョージアを旅するNHKのドキュメンタリー番組『「百万本のバラ」はどこから そしてどこへ~加藤登紀子 ジョージアへの旅~』で、江﨑さんとご一緒したのがきっかけでした。番組のプロデューサーが、私と江﨑さんのつながりにとても興味を持ってくださって、共演が実現したんです。

 最初はレコーディングの予定はなかったのですが、江﨑さんのピアノを聴いて、「この伴奏でぜひ歌いたい」と強く思いました。この曲は元々、私とは違う世代の方に歌ってもらうことを想定して書いたので、自分が歌うべきではないのかもしれない……という気持ちもありました。でも、実際に歌ってみたら、とても自然で心地よくて。ああ、これは歌ってよかったなと思えたんです。

――「きみはもうひとりじゃない」の歌詞には、平和への切実な願いが込められていると感じました。

加藤登紀子 ありがとうございます。平和というテーマがに、少し不安もありました。あまりにストレートすぎると、「またこの感じか」と受け取られてしまうこともある。だからこそ、自分の言葉で、少し遠回りでも丁寧に伝えたいと思ったんです。

――江﨑さんは平和についてどのように考えていますか。

江﨑文武 平和を願うという行為自体が、どこかで“消費”されてしまっているように感じることがあります。僕の祖母は戦争を経験していて、いろんな話を聞いてきました。でも僕より若い、Hana Hopeさんのような世代にとっては、戦争はとても遠いものになっている。でもそれでも、平和を願いたい。その一方で、SNSなどで「○○を救おう」といったメッセージが繰り返されることで、逆に軽く感じられてしまうような空気もあります。

加藤登紀子 「平和」とか「国家」みたいな2文字の言葉って、すごく便利だけど、同時に危うさもあるんです。「国」って一文字だと、少しほろ苦さを感じたりする。でも「国家」になると、急に重くなったりするでしょ? 日本人って2文字で抽象的に語るのが得意で、それで物事の具体性が見えなくなることがある。

 私自身は戦争中に2歳だったから、記憶はあいまいだけれど、ただ「暗くて怖かった」「お母さんが泣いていた」「喉が渇いた」――そんな感覚が残っています。戦争という言葉で語るのではなく、「寂しい」とか「暗いのが怖いよね」といった、子どもの視点で伝えたい。そんな思いでこの詞を書きました。

――そういう視点で言葉を選び直すことが、とても大切なんですね。

加藤登紀子 センチメンタル・シティ・ロマンスの告井延隆さんが「言いたいことがすぐ言えてしまって、歌にならなくなった」と話していたことがあるんです。言葉が簡単に出てくると、それを3分間の歌に引き延ばすことができないんですよね。でも歌というのは、その3分をかけて、少しずつ答えにたどり着くもの。順を追って思いを重ねていくんです。

江﨑文武 だからこそ、聴き手も何度も繰り返し聴きながら、その3分の中にあるメッセージを少しずつ自分の中に落とし込んでいく。そういう時間をかけた体験が、音楽ならではの表現だと思います。

加藤登紀子 結局、「好きです」と伝えたいだけ。でもその一言にたどり着くまでに、どんな言葉を使ってどう導くか。それが歌詞において、とても大切なことだと思っています。

――鳥のモチーフにも心を打たれました。

加藤登紀子 私にとって鳥はとても大切なテーマです。鳥はどんなに遠くに旅をしても、自分の生まれた場所にちゃんと帰ることができる。でも、戦争で故郷を追われた子どもたちは、自分のルーツを知らないまま、異国で渡り鳥のように生きていくことになる。そんな子どもたちが、自分の“帰る場所”を見つけられるだろうかという思いを重ねて、この歌を書きました。もしかしたら、鳥だって迷子になるかもしれない。でも、そんなときこそ低く落ちるのではなく、思い切って高く飛んでみる。そうすれば、新しい景色や道が見えてくるかもしれない。そんなメッセージを、まっすぐ届けたいと思いました。

――<大好き 大嫌い どっちかわからないよ 本当の気持ちわかるまでは 抱き合っていようよ>という歌詞にも、人間の感情の揺らぎがリアルに描かれていると感じました。

加藤登紀子 あの一節は恋愛にも通じるし、実は戦争とも重なる部分があると思っています。本当は嫌いじゃないのに、「大嫌い」と思い込まなければならないことってありますよね。でも心の奥底では、「この人のこと、もしかしたら好きかもしれない」と感じている。そういう感情の揺れは、人間の本質的なテーマだと思うんです。

 だからこそ、そんな時は「抱き合ってしまおうよ」と、あえて逆の提案をしている。これは私の著書『さかさの学校』にもつながっていて、「当たり前」をひっくり返して考えてみよう、という発想です。この歌は、そんな考え方の出発点になった気がします。

“理想”という言葉には遠く、現実はむしろ最悪ね(加藤登紀子)

――「80億の祈り」と「時には昔の話を」にも、アレンジと演奏で参加されていますね。

江﨑文武 当初は「きみはもうひとりじゃない」だけを一緒にレコーディングする予定だったのですが、加藤さんが「時間があるなら、もう2曲くらいできるんじゃない?」とおっしゃってくださって。それがきっかけで、「80億の祈り」と「時には昔の話を」の2曲追加することになりました。

加藤登紀子 江﨑さんのクリスマスコンサート「月冴ゆる」の情報を知って観に行ったんです。江﨑さんのピアノと、常田俊太郎さん(バイオリン)、村岡苑子さん(チェロ)のトリオで演奏されていて、それがとても素晴らしくて、ぜひこの3人でやってほしいと強く感じました。「80億の祈り」はコンサートのタイトルにもなっていて、私にとっては特に緊張感のある一曲でした。だからこそ、江﨑さんにアレンジをお願いしたいと思ったんです。

江﨑文武 そう言っていただけて嬉しいです。3曲とも、あのトリオで参加させていただきました。

――「時には昔の話を」のレコーディングについて、印象に残っていることを教えてください。

江﨑文武 あのレコーディングで生まれた感覚は、きっとこの先もずっと忘れないと思います。「これがOKテイクだ」と全員が確信を持てた瞬間があったんです。

――どんな風に録音されたのでしょうか?

江﨑文武 全員で“せーの”で同時に録音しました。僕らの世代だと、通常はパートごとに別々で録って、それを後で重ねていくのが一般的なんです。でもこの時は、トリオ全員の呼吸がぴたりと合って、一発録りでベストテイクが生まれた。それが本当に稀有な体験で、強く印象に残っています。

――「80億の祈り」のアレンジも江﨑さんが手がけられたと伺いました。とても力強く感じました。

加藤登紀子 演奏しているのはたった3人なんですけど、驚くほどシャープで力強いサウンドになりました。ふつうは音に厚みや力強さを出すために編成を大きくして、ドラムやベースを加えたりしますよね。でも私には、この曲の本質はもっとシンプルな形でこそ伝わるんじゃないか、という直感があったんです。それが見事にハマって、とても嬉しかったです。

――加藤さんからアレンジに関するリクエストはあったのでしょうか?

江﨑文武 いえ、特に具体的な指示はなく、お任せでやらせていただきました。アレンジの中心を担ったのはバイオリンの常田俊太郎さんで、彼と僕、チェロの村岡さんのトリオで長く積み重ねてきたサウンドが、そのまま自然にこの曲にフィットしたと思います。エネルギッシュだけど、繊細さもあるアレンジに仕上がったのではないかと感じています。

加藤登紀子 江﨑さんの音は、基本的にはとても優しいんです。でも、力強さが必要な場面では一気にタッチが変わる。「80億の祈り」でのピアノはまさにそうで、ぐっと心を掴まれるような響きにドキドキしました。

――今作に込めた平和への思いについてもう少し詳しくお聞かせください。現在、世界の平和の実現に向けて、どの程度進んでいると感じますか?

加藤登紀子 “理想”という言葉には遠く、現実はむしろ最悪の状況だと感じています。最近までは、今年は状況が少し好転するかもしれないと希望を抱いていましたが、今朝の新聞記事に落胆しました。今年はロシアのウクライナ侵攻が、巨頭会談で停戦に向かうんじゃないかと思っていました。停戦への動きが報じられている一方で、実際には武器の開発や戦争の激化が進んでいます。しかし、どんな時代にも暗い局面はありました。それでも希望という“バトン”を人類は持ち続けてきた――それが「80億の祈り」なのです。80億の人が願っている、細いバトン一つを握りしめて私たちは走っています。

 そのバトンは日本の憲法が持っていて、それを受け継いだランナーの一人が日本なのです。だからこそ、私たちもランナーの一人として、ちゃんと奮い立たなければならない。今はまだ平和の実現には遠いかもしれませんが、それでも誰かがこのバトンを持ち続けなければならないと思うんです。振り落とされそうになりながらも、人類は今もそのバトンを握り続けている――私はそのことを伝えたいのです。私が携わった『紅の豚』は非常に大事な作品で、戦争を拒否し、自らを“豚”という姿に変えてまで平和を求めた主人公には、人間の理想や抵抗の象徴が映し出されています。

――それを僕らが繋いでいかなければいけないということですね。

加藤登紀子 そう。だからそれを日本の若者たちに、戦争に備えるという名目で武器を持とうとする短絡的な発想ではなく、もっと根本的に戦争を避けるという姿勢を持ってほしいのです。

――貴重なお話し、ありがとうございます。最後に、6月22日にNHKホールで開催される加藤さんのコンサートに、江﨑さんがゲスト出演されるそうですね。見どころなどメッセージをお願いします。

江﨑文武 バンドの皆さんのところに僕がお邪魔するという立場ですが、加藤さんのファンの皆さんに「きみはもうひとりじゃない」を直接届けられるというのが何より嬉しいです。この曲に込めた言葉が、そして音楽がたくさんの方にしっかり届いていくといいなと思っています。

加藤登紀子 今回、私のバンドとしてカルテットが入っていて、そのカルテットと江﨑さんとの演奏になります。音源ではトリオなのですが、オーバーダビングもしているので、コンサートでは音源に近い演奏になると思います。そこが見どころですね。

(おわり)

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村上順一

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