シニア層から支持された当時の時代背景

[写真]大竹しのぶの魅力とは1

先行発売され好評を得た大竹しのぶと山崎まさよしによる「黄昏のビギン」(喝采)

 制作に至った経緯を追う。事の始まりは一昨年に発売された、泉谷しげるのコラボレーションデュエットアルバム『昭和の歌よ、ありがとう』(喝采)だった。

 泉谷と10人の女性アーティストが昭和の名曲をデュエットするこのアルバムのスタイルは、『歌心 恋心』に通じるものがある。このアルバム『昭和の歌よ、ありがとう』はその年の「第55回輝く!日本レコード大賞」で優秀アルバム賞を受賞した。

 泉谷とデュエットした女性アーティストの中に大竹しのぶもいた。コラボレーションした曲は「黒の舟唄」(能吉利人作詞・桜井順作曲)。漆黒の闇のような女の情念を歌い上げ、そして矛盾と葛藤に満ちた昭和という時代を見事に表現してみせた。その歌声に感動したプロデューサー陣が大竹に「手紙」を書き、これが大竹作品『歌心 恋心』へと繋がったのである。

 動機は単純に大竹の歌声に惚れ込んだからであり、大竹もまた純粋に音楽好きだったからである。「歌で何かを伝えたい」という真っ直ぐな思いは『歌心 恋心』の選曲にも表れている。曲目を見ると、当時注目を集めた楽曲ではあるものの「かなり渋めの選曲」とも言える。以下は大竹とコラボしたアーティストと楽曲だ。

<1>甲本ヒロト(ザ・クロマニヨンズ)「乙女のワルツ」(詞:阿久悠/曲:三木たかし)
<2>あがた森魚「長い髪の少女」(詞:橋本淳/曲:鈴木邦彦)
<3>斉藤和義「キツネ狩りの歌」(詞:中島みゆき/曲:中島みゆき)
<4>宇崎竜童「面影平野」(詞:阿木燿子/曲:宇崎竜童)
<5>鬼龍院翔(ゴールデンボンバー)「男と女のお話」(詞:久仁京介/曲:水島正和)
<6>野田洋次郎(RADWIMPS)「チューリップのアップリケ」(詞:岡林信康、大谷あや子/曲:岡林信康)
<7>松尾スズキ「夜へ急ぐ人」(詞:友川かずき/曲:友川かずき)
<8>清水依与吏(back number)「空がまた暗くなる」(詞:忌野清志郎/曲:忌野清志郎)
<9>Maynard & Blaise(MONKEY MAJIK)「五番街のマリーへ」(詞:阿久悠/曲:都倉俊一)
<10>長谷川きよし「死んだ男の残したものは」(詞:谷川俊太郎/曲:武満徹)
<11>山崎まさよし「黄昏のビギン」(詞:永六輔/曲:中村八大)

[写真]大竹しのぶの魅力とは5

これまでにリリースされた「大竹しのぶ」の関連アルバム

 もし、シニア層に狙いを定めるのであれば、大ヒット曲の選択もあったはずだ。大竹本人とプロデューサー陣が“理念”のもとに悩み抜いて選んだのが前記の曲であり、それが結果的にシニア層に支持されるかたちとなった。レコード会社担当者はその要因をこう推測している。

 「当時の社会背景、社会環境、男女の恋愛、夢・希望、昭和の暗い部分、大変だったあの頃の曲が多いのは少しポイントになっているかもしれません。誰もがこの時代、浮かれていたのではなく、生きることに一所懸命だった時代。その世代に“ハマった”というよりも“共感”を得られ、それが購入へと繋がったのではないでしょうか」

脚本や監督が異なる11編の短編映画

 これだけ特徴的なアーティストが参加したともあって、曲それぞれにアーティストの個性やアレンジが出ている。ドラマや映画で例えれば1つ1つに脚本や監督が違う、さながら「11編の短編映画」だ。大竹しのぶ主演舞台で、毎回異なるゲストたちがそれぞれ異なった「お芝居」をしているかのようだ。

 「純粋に音楽を届けたい」という想いはレコーディングにも反映されている。「最先端のレコーディングソフトを駆使してアーティストが別の日に録音したボーカルテイクを後日重ねあわせてデュエットを作る」という手法はとらず、同日に大竹と男性アーティストがデュエットでレコーディングした。収録の全11曲を聴けば「いっしょに歌いましょう、大人の恋がしたければ。」というこの企画のキャッチコピーが浮かびあがってくる。

[写真]大竹しのぶの魅力とは3

「黄昏のビギン」でデュエットした大竹しのぶと山崎まさよし

 一方、デュエットアルバムとしながらも収録曲に、男性ボーカルだけの曲があったことも
目新しさがあった。例えば、甲本が歌う「乙女のワルツ」だ。シニアに限った話ではないが、アーティストと曲の意外性、どのように歌いどのように表現するのかはファンならば聴いてみたいところだ。

 さて、先行シングルとして発表した大竹しのぶ×山崎まさよしによる「黄昏のビギン」は、NHK番組「歌謡コンサート」や「あさイチ」への露出後から話題となっていた。永六輔、中村八大コンビによって制作され、幾多のアーティストによって歌われた曲は、大竹しのぶと山崎まさよしが歌うことで、あらたな広がりを見せた。

 「純粋に音楽を届ける」ことで始まったこのアルバムは、じわじわと浸透してようやくランキング上位へ顔を出すまでになった。そこからは、名曲が誕生した時代背景、幾多の役を演じてきた名女優だからこそ表現できる情景と歌の深み、そして個性あふれる11人のアーティストによる共鳴がリスナーの心に伝わったとも解釈できる。

 先行き不透明感が漂う昨今において、青春を捧げた昭和の時代に想い馳せている人もいることであろう。当時を思い起こすきっかけづくりを『歌心 恋心』が担ったともいえそうだ。  【紀村了】

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