香西かおり「今の私をリアルに伝えられる」歌手としての姿勢
INTERVIEW

香西かおり

「今の私をリアルに伝えられる」歌手としての姿勢


記者:村上順一

撮影:

掲載:21年03月07日

読了時間:約9分

 歌手の香西かおりが3月3日(2月24日に先行配信)、シングル『ホームで/ステージライト』をリリースした。収録された2曲は香西が作詞を担当。昨年のステイホーム期間に書かれた詞がベースになっている。「ホームで」は、香西が駅のホームで見た光景から、このコロナ禍の不安などさまざまな気持ちを恋愛というストーリーに落とし込んだ。デビュー前から公私ともに親交のある杉本眞人氏が作曲した「ステージライト」は、ステージに上がる1人の女性を描いた決意を感じさせる1曲に仕上がった。インタビューでは、最近の活動についての思いから、今作の制作背景、様々なことに挑戦するスタンスやこれからの展望など、話を聞いた。【取材=村上順一】

皆さんが少しでも元気になって頂けたら

『ホームで/ステージライト』ジャケ写

――YouTubeで吉幾三さんと山本譲二さんの3人でやられている番組『最近どう?』を拝見させていただいたんですけど、すごく面白かったです。この番組を始めたのはどんなきっかけがあったんですか。

 自分たちの範疇ではないと思っていたんですけど、コロナ禍で何か発信していかなければと思ったのがきっかけです。

――すごくアットホームな番組ですよね。吉さんもフリーダムで(笑)。

 ゆるっとやっていて、一応お題とかも用意しているんですけど、おじさん達は全然聞いてない(笑)。吉さんは常にあんな感じですから。直にお客さんと会うことも出来ないですし、音楽仲間とも近くで会話することもままならない、その中でYouTubeはホッとする場所でもあって。そういった雰囲気を見てもらって皆さんが少しでも元気になって頂けたら嬉しいなと。それもあってYouTubeの番組は大事にしたいなと思っています。

――コンサートもままならない状況ですが、香西さんはこの現状をどう感じていますか。

 こんなにもコンサートが出来ないというのは歌手生活の中で初めてのことでした。なので、今までやってなかったことに挑戦してみようと思いました。ゴルフの練習、ファスティング(断食)にも挑戦してみたり。

――ファスティングもやられていたんですね。

 いつ何があってもいいように身体をちゃんとしておきたい、と思いました。あと、色んな音楽を聴いたり、過去の自分の資料を見返したりもしていて、それを観て「このくらいの鮮度でやっていかないとダメだ」、と感じたり、すごく勉強になった期間でもありました。

――今作に収録されている2曲は香西さんによる作詞ですが、どのような流れで決まったのでしょうか。

 歌詞はステイホーム期間に書いていたもので、制作チームに「一回見てみて」といった感じで見せていたものなんです。そこから友達がその詞にメロディを付けてくれて徐々に形になっていきました。自然な流れで出来た曲です。

――1曲目の「ホームで」は駅のホームが舞台ですね。

 この詞の情景は1回目の緊急事態宣言が発出されて、東京から大阪へ戻る新幹線のホームを見て思ったことを書きました。「こんなに人がいなくなってしまうんだ」とか、ある日突然、昨日まで「じゃあまた明日ね」と言えていた人にも、言えなくなってしまう瞬間があると思ったんです。本当にホームに人が少なくて16両ある新幹線のホームに5〜6人くらいしか電車を待っている人がいないという状況で妙な緊張感もありました。その中で見送りに来ているカップルはどんな気持ちなんだろうなと思って。新幹線のホームで見送りに来ているカップルは遠距離恋愛だと思うんです。それで緊急事態宣言でステイホームになってしまって「今度はいつ会えるんだろう?」とか何かが変わってしまうんじゃないか、そういった不安はあるんだろうなとも思ったんです。それで恋愛がベースになったという経緯もあります。

――<発車のベルにせかされて窓越しのアイシテル>というのはすごく情景が浮かびます。香西さんが作詞される上で心掛けていることは?

 自分が詞を書くときは、景色や絵が浮かぶような瞬間があった方がいいなと思って書くんですけど、それが今回は発車のベルの緊張感とともに扉が閉まる瞬間、伝えたい思いというのはそこなんだろうなと思ったんです。

――その後に出てくる<しあわせしか無いのに寂しくて心が泣いた>という感情の描写もグッと来ました。

 駅のホームまでお見送りに来てくれるということはすごく親密な関係だと思うんです。見送りに来てもらえることはすごく嬉しいことなんですけど、電車が発車してしまえば、どんどん遠くなっていってしまうという寂しさもあるなと思って。

――<しあわせ>を敢えてひらがなで表現したのも意図があるんですか。

 漢字というのはすごくきっちりしている、曖昧さがないイメージが私にはあります。幸せは目に見えない、すぐなくなってしまいそうなものだと自分の中で思っていて、今日幸せだから明日も幸せだとは限らないし、確定的ではない恋心という意味で、ひらがなにしてみました。

――視覚的にもその不安定な様を表現されていたんですね。レコーディングはどのような意識で臨みましたか。

 いつも、歌いながら頭の中でお絵かきをしているような感覚があります。近くの病院に母が入院していた頃、顔を見に極力会いに行っていました。「また明日来るね」というのを当たり前のように言っていたんですけど、今はそれすらできない。当たり前の日常が突然なくなってしまうという怖さ、そして切なさというのを感じたんです。この曲は恋愛の歌ではあるんですけども、電車が発車した瞬間にこのカップルも長く会えない時間が訪れるんだろうなと思いましたし、その切なさを想いながら歌いました。

――デビュー当時を振り返ると感情の入れ方というのはどのような変化を感じていますか。

 いろんな経験をしてきて大人になったので、一つの言葉がすごく深くなる。キャリアを重ねていくといろんなことを感じる分だけ、その一言にあるいろんなものが自分の中に増えていくんじゃないかなと思っています。 デビューした時はまだ20代だったのであどけなさといいますか、背伸びをしている感じは初々しさとしてはいいんでしょうけど、大人になった香西かおりのデビュー曲「雨酒場」というのも改めてレコーディングしてみたいという気持ちもあります。

――今の香西さんが歌う過去の曲もCDで聞いてみたいです。

 CDで聴ける歌というのはお手本のような歌じゃないですか。そこには自分の感情が溢れすぎてしまうという状況はほとんどないわけで、ひとつのものとして残っていく、という中で録るので、50代の香西かおりが歌う「雨酒場」というのは、シチュエーションとかも違ってくるのではないかと思っています。

歌える場所を常に探している

――「ステージライト」はどんななお気持ちで歌われたのでしょうか。

 今年でデビュー34年目になるんですけど、30周年の時に、「ステージに向かっていく自分」というものを節目として書いてみたいと思っていたんです。その時は自分の生い立ちだったり自己紹介みたいなものを織り交ぜて書いていました。それをコンサートのオープニングで歌えたらいいなといった構想があったんですがそのままになっていました。今回の制作にあたって今まであったものを改めて見たり聴いたりする中で「これ面白いからちゃんと作品にしようよ」と言ってもらえたんです。改めてステージに上がる1人の女性というテーマで書き直して今回の「ステージライト」という曲になりました。

――歌は楽曲が進むにつれてどんどん高揚していきますが、香西さんらしさが出ていると思うポイントは?

 作曲してくださった杉本(眞人)さんが<愛することに不器用だけど>と言う歌詞のところが「すごくらしくていいよね」と言ってもらえて。杉本さんとはもうデビュー前からのお付き合いなので、よく一緒に飲みに行ったりプライベートのことを真っ先に相談したりする仲なんですけど、一緒に作った作品と言うのは実は少なくて。杉本さんはすごい照れ屋さんで私に曲を書くとなるとすごい気合入れちゃったりして(笑)。30周年の時も杉本さんに曲を作ってもらおうと思っていたので、その流れもありつつ今回改めてお願いしました。杉本さんに「あの時の曲なんだけど...」と話したら、「どの曲だっけ?」とかなり前の事だったので忘れられていて(笑)。

――(笑)。あと、歌詞に<伝えるすべも持たない それが私なのです>とあるのですが、これは香西さん自身のことですか。

 そうです。こうしたいとか、実はあまり言えない、自分からアプローチが出来なくて…。そういった自分の不器用さを書いてみました。例えばプライベートでも最初は自分の事を聞いてもらいたくて話していたのに、だんだん聞く側になってしまっていることも多くて、自分の気持ちを話すのがもともと苦手みたいです。それは小さい頃からあまり変わっていないです。

――そうだったんですね。さて、今作は演歌ではなく歌謡曲、ポップスの要素もありますが、香西さんは普段はどんな曲を聴いたりしていますか。

 もう何でも聴きます。私の本線は演歌なのでそこから大きく外れたりというのはないんですけど、コンサートとかで異ジャンルの方たちとやらせていただく機会も多いんです。その時はオリジナルとは違った形で自分の曲を歌わせてもらったり。

――異ジャンルという所でブルースとかもやられていて、演歌も日本のブルースみたいな感覚がありますよね。

 サッドソング、演歌もブルースどちらも悲しい歌が多いんですよね。憂歌団の木村充揮さんも最近はめちゃくちゃ演歌、「石狩挽歌」とかをガンガン歌っているんですけど、それがすごいかっこよくて。私が一緒に歌わせていただいた時は藤圭子さんの「圭子の夢は夜ひらく」一緒に歌わせていただきました。

――いろんなことに挑戦されている香西さんですが、挑戦して失敗したことってあるんですか。

 基本的によくわかっていないので、それが失敗したかどうかもわかってないんです(笑)。もちろん新しいことへの不安もあるんですけど、それよりもワクワク感の方が常に優っているんですよね。きっと失敗というのは自分が思った通りにならないことを言うと思うんですけど、だったら良い失敗をたくさんすればいい、ただそこで転んでしまうのではなくて、ちゃんと次につながればいいんじゃないかなと。私は楽しかったことすらもどんどん捨てていくんですけど。

――それはなぜですか。

 次にやることって違うことになるし、同じこともできないと思うので、その時の感情は持っていかないんです。

――そんな香西さんが強く印象、記憶に残っているコンサートは?

 15周年のコンサートで久世光彦(市川睦月)さんとご一緒させていただいたステージです。放送禁止歌や長台詞のものがあったりしたステージでした。その中で一つの語りから歌に入っていくというシーンがあったんですけど、「自分の物語ではないし無理です」と久世さんにお話ししたことがありました。そうしたら久世さんは「何も考えなくて良いから丸暗記して欲しい、訥々と語ればお客さんには沁みるから」と仰っていて。その通りにやってみたら会場中が泣いているんです。それで私も貰い泣きしてしまって。その時の想いがいまだにあって、いつかその語りから完結する歌をアルバムとかに入れたい、という想いもあります。

――最後に香西さんが歌う理由とは?

 私は歌っている事が当たり前のことで、歌わない時が来るということを考えたことがなくって。歌手じゃいられなくなる日が来たとしても、私自身は歌い続けていると思います。そのくらい歌は身近にあるんです。そして、今の私をリアルに伝えられる場所が出来たらいいなと思っていて、小さくてもステージに上がれたらと思っています。歌える場所を常に探しているんです。そして、自分のジャンルじゃなくても誘われたらやってみたいと思っているので、是非、そういった姿も皆さんに見てもらえたらと思います。

(おわり)

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