aikoが3日、14thアルバム『どうしたって伝えられないから』をリリースした。本作は、前作『湿った夏の始まり』から約2年9カ月ぶりのフルアルバムで、2020年リリースの「青空」「ハニーメモリー」のシングル2曲を含む全13曲収録。aikoはこれまでシングル40枚、オリジナルアルバム14枚と多数の作品を発表と、音楽シーンの第一線を走り続けている。そんなaikoの新作からも感じられるのは音楽的独自性と、彼女が持つ“磁力”だ。

なぜaikoの楽曲に惹き込まれる?

 aikoはデビューからこれまでの作品で多くのリスナーの心を掴んできた。それは、aikoの音楽は聴きやすい曲調、心に残る歌詞、高い歌唱力という具体的な理由以外に、独自的な世界観が音楽として昇華されている点があるのではないだろうか。そして、14thアルバム『どうしたって伝えられないから』を聴いて改めて感じるのは、aikoというアーティストの“磁力”。

 “磁力”と表現すると抽象的だが、具体的には、作曲やサウンド面においては、複雑かつトリッキーなアプローチがありながらも、自然に吸い込まれるように耳に入るという部分が挙げられる。例えば本作収録の「磁石」の導入などは、正にそれを体験できる部分と言えるかもしれない。

 aikoは紛れもない軸のある音楽性がありつつも、ありとあらゆる方法をもって音楽で表現し続けている。そんな彼女の新作アルバム全曲に迫りたい。

アルバム全曲に迫る

 リスナーを静かに振り向かせるような歌とピアノのセクションから始まる1曲目「ばいばーーい」。そして、開けた空気感を醸すブラスサウンド、ファンキーなリズムセクションの2曲目「メロンソーダ」。続いて、エレクトリックギターとピアノのマッチングと絶妙なテンポ感の4つ打ちビートが絶妙にリスナーの心を牽引する3曲目「シャワーとコンセント」と、アルバム冒頭から3曲聴くだけでも、カラフルな音像の中でまっすぐ響くaikoの歌唱、楽曲に惹き寄せられる。

 国民的シンガーソングライターであるaikoの歌詞、歌唱は、どんな曲調であっても“aiko節”が軸にどっしりとあることは周知の事実であろう。それは本作のみならず、デビューから一貫している点と感じられる。

 チルアウトな空気感の4曲目「愛で僕は」は、ドラムの音色に温かみのある処理(あるいは録音方法)が施されている部分などに、サウンドに対する強いこだわりを感じられる。また、歌詞の行間をサウンド化したような間奏部分など、さりげなくも心地よい注目ポイントが多々ある楽曲だ。

 「ハニーメモリー」では、aikoの綴る情念が6/8拍子にトントンと乗り、迫り来るような感覚をおぼえる。そして清涼感あるR&Bテイストも含む「青空」と、アルバム前半から多種多様のサウンドの中、aikoの歌声が踊るように、訴えかけるような広がりで、多彩な景色を見せてくれる。

 そしてaiko Official YouTubeチャンネルでも公開されている楽曲「磁石」は7曲目に収録。独自性の光るコード進行の導入、リズミックなメロディの中にも3連符のアクセントが光るメロディライン、ベーシックな和音の連なりの中にaikoらしいスパイスを挟むことにより、サビなどの各セクションは明瞭に際立ち、楽曲をドラマチックに表現させている。

 「磁石」は、<反発しあってもうくっつかない磁石 触ると色が変わる細い血管>という意味深な歌詞で締めくくられ、ラストはイントロとほぼ一緒の音価ながらも微妙に異なるピアノの和音の連なりで曲が閉じる。それこそ、もう一度イントロに戻って聴きたくなるような“磁力”のある展開と言えるのではないだろうか。

 アルバム後半、8曲目「しらふの夢」は揺らぎを醸すドリーミーなアンサンブルとaikoの優しい歌声が耳を包み込むようなトラック。そして「片想い」は暗い印象ではない意味のミステリアスなピアノの伴奏とメロディがクセになるテイストと、囁くような、語りかけてくるようなドラムやアコースティックギターが混じり合い、リスナーを惹き込む力をはらんでいる。

 10曲目の「No.7」はストレートなアレンジと感じられることもあり、aikoの歌がまっすぐ入ってくるが、歌詞の深みと「No.7」というタイトルの関連性など、ポップなサウンド感とのコントラストという妙技が光る。そして、「一人暮らし」ではシンセサイザーの音色が前面に出つつ厚いコーラスワーク、ボーカルフェイクも広がるという、aikoの音楽のさらなる表情が見られる。

 12曲目「Last」は情熱的ながらもカラッとした聴き心地の、ありそうであまりない曲調だ。比較的、日本の楽曲というメロディの印象もありながらも、70年代あたりの海外のソウルミュージックの雰囲気も感じられるという、非常に興味深いテイストのナンバー。

 本作ラストトラック「いつもいる」は、ローズ、ウーリッツァー系の鍵盤、チェンバロとストリングスにアコースティックギター、クランチサウンドと歪んだエレキギターなどの楽器が煌びやかに交わり、本作アルバムの締めとしてふさわしい爽快感の楽曲。

 『どうしたって伝えられないから』という本作のアルバムタイトルを言葉通り受け取ると、“伝える”という難しさについて考えさせられる。しかし、本作を聴いて楽曲やサウンド面にフォーカスすると、多種多様の“伝える”という行為を大いに膨らませて表現された音楽に自然と惹き込まれる。

 なぜaikoの楽曲に多くの人が惹き込まれるのか。それは、aiko の独自性と奥底にある情念、聴き手を限定しないキャッチャーさ、それらが比類なき“磁力”を帯び、人を惹き付け続けているのではないだろうか。【平吉賢治】

この記事の写真

記事タグ 


コメントを書く(ユーザー登録不要)