INTERVIEW

田代万里生

白紙の五線譜に描く物語。
ベートーヴェン題材の挑戦作。


記者:木村武雄

写真:木村武雄

掲載:20年10月16日

読了時間:約6分

 俳優・田代万里生が、11月28日より地方公演からスタートする舞台『Op.110ベートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』に出演する。ベートーヴェンと不滅の恋人・アントニーの「禁断の恋」のエピソードを軸に描かれる恋をめぐる物語。田代はベートーヴェンの弟子で音楽家・フェルディナンド・リース役を務める。【取材・撮影=木村武雄】

栗山民也氏との出会い

 日本を代表する演出家・栗山民也氏の演出のもと、脚本を木内宏昌氏、音楽・演奏を新垣隆氏が担当する。原案は小熊節子氏。田代がオファーを受けたのは約2年前。「栗山さんが手掛ける作品でベートーヴェンが題材」と聞き、2つ返事で出演を決めた。

 これまでに出演してきた『エリザベート』や『マリー・アントワネット』と同じウィーンが舞台。「マリー・アントワネットとルイ16世が結婚した1770年にベートーヴェンが生まれました。これまでにも同じ時代の作品に出演していたので、全く異なる視点でたずさわることへの好奇心がありました」

 出演を決めたもう一つの理由は、栗山氏の存在。田代は同氏が手掛けた作品『スリル・ミー』、『ピアフ』、『きらめく星座』に出演している。「3作とも栗山さんの演出がとても衝撃的で、是非再びご一緒したいと思いました」

 そんな栗山氏とは高校時代に出会った。テノール歌手の父が新国立劇場で上演されたオペラ公演『夕鶴』で主演。その作品の演出を手掛けたのが栗山氏だった。「当時、制服を着て稽古場に行っていました。その時に撮った写真が今もあって一緒に写っています。と懐かしそうに笑む。

 その『夕鶴』に田代青年は感動を覚えた。「それまでオペラは音楽や歌に注目して観劇することが多かったのですが、とにかく演出が美しくて。物語は鶴の恩返し。極限にシンプルですが日本の美を感じる舞台で、光や音楽以外の音の使い方も印象的でした」と振り返る。

 「栗山さんはミュージカル・オペラ・ストレートプレイの3つのジャンルの第一線で活躍されていますよね」

音で表現する

田代万里生

 田代は、音楽一家のもとで育ち、高校・大学では声楽を学んだ。「僕にとって音楽は一心同体です。ずっと生活の一部だったので嫌だと思ったことは一度もありません」

 そんな音楽だが、弱みになったこともあった。2009年上演の『きらめく星座』は自身にとって初めてのストレートプレイ。「音楽だけを勉強してきたことは強みでもあるけど、演劇の世界に飛び込むと、僕以外は芝居畑の方々で、演技力も高く、劣等感を持つことがたくさんありました」

 そんな劣等感も栗山氏は個性と捉えた。同作の演出を手掛けたのは同氏。田代は「鍛えられました」と表情を緩め、こう続ける。「僕が音楽を通してこれまでやってきたことを全て受け入れて下さった気がしました。僕が行き詰まっても決して否定をせず、絶対に導いてくれる」

 栗山氏の書籍『演出家の仕事』を読んだことがある。「新作の戯曲を演出する時は、まず『音』から決めるそうで、五感のなかでも特に聴覚を大切にされているようです。そんな方が偉大な音楽家の人生を描く今回の作品をどう創り上げるのか、とても興味があります」

 『きらめく星座』の中にもそれは見られた。「例えば、セリフのトーンの高低差もそうですし、ふすまを閉める音も、そこはドンじゃないスンだ、次はトンだ。とか(笑)そうした何気ない音に対してもきめ細かに決められていました」

 音へのこだわりが強い栗山氏。そして、その音を使ってうまく表現した田代。この2人がベートーヴェンを題材にした作品に携わるのだから想像するだけで期待が高まる。

避けてきたベートーヴェン

 本作で、田代が演じるのはベートーヴェンの弟子、フェルディナンド・リースと青年だ。ストーリーテラーの役割を果たし、セリフは膨大。最初台本を開いた時、その量にびっくりしたそうだ。そのうえで「彼自身を描くよりも彼自身を通じてベートーヴェンを描く構成になっているので、リースのことはもちろん、大切なのはベートーヴェンにいかに興味を持つか、それが自然とリースの役作りに繋がると思いました」

 だが、田代自身はベートーヴェンの音楽を避けてきたタイプだという。

 学生時代はピアノやヴァイオリン、トランペットを学んでいた。ピアノで弾いたことがあるのは「月光のソナタ」など。大学声楽科の課題曲に「ピアノソナタ第1番第一楽章」があり器楽としての関わりはあったが、声楽では第九のテノールソリストの経験はあるものの、ドイツ歌曲などでは1曲も縁がなかった。

 「高校時代の管弦楽部では、トランペット奏者として、マーラーやブラームスやチャイコフスキーを演奏していました。声楽はイタリアオペラが専門。歴代の恩師達もイタリアオペラを専門にしていたので、ドイツ系のベートーヴェンとは向き合うこともありませんでした。ピアノでしたらショパンやモーツアルト、シューマンやブラームス、それとフランスものが好きなので、ラヴェルやドビュッシー、ロシアのラフマニノフも弾いていました。淡い水彩画のようなフランスものに比べると、ベートーヴェンは無骨な彫刻。論理的で四角というイメージ。高度難聴もあってか打鍵が強いメロディが多い印象で、当時は単調に思えました」

 硬派な印象もあったが、本作への出演が決まり、台本、そして書籍や映画を見てイメージは大きく変わった。

 「イメージ的には哲学的なところもありますが、商業音楽のなかで音楽史上初めて『音楽は芸術だ!』と提言し、貴族に支配されない自分自身が思い描く自由な音楽を作ったのがベートーヴェン。食わず嫌いで敬遠していたところはありましたが、彼の生き様や恋愛に悩む姿を知ったうえで改めて向き合うと、これまでとは異なる印象で聴こえてきました。お客様もこの作品をみたらイメージが変わると思います」と期待を寄せる。

白紙の五線譜

田代万里生

 そのベートーヴェンは、宮殿歌手だった父のもとでスパルタ教育を受けた。20代後半には最高度難聴者になるも作曲家として数々の名曲を生み出した。

 「音楽的な虐待を受けた父親への反発精神もあるかもしれませんが、誰かに与えられた課題に対して良い仕事をするそれまでの作曲家に対し、自分が何をやりたいか、何を発信したいか、自分ってなんなんだろうか、生きるってどういう意味なのか、ということを考え、それを音楽に投影させたのがベートーヴェンだと思います」

 その境遇を自身にも重ね、「大学時代までは楽譜通り歌うところから訓練していくなかで、ある程度技術レベルがあがると、それ以外のところが必要になってきました。俳優デビューした頃も、最初は『歌がうまいね』『お芝居頑張ってね』と言われていましたが、年齢も重ね俳優として経験を積んでくると、それ以外の表現の幅や、哲学的なことについても考えるようになります。ベートーヴェンのことを知っていくと、彼自身もまさにそこを追求し続けた人生だったようです」

 技術や基礎以外の「何か」。田代は「それを求めて模索し続けています。きっとベートーヴェンもそうだったと思います」といい、その一例を挙げた。

 「ミュージカルでは、音楽が物語や感情を別世界に連れていってくれることがあります。それがストレートプレイだと自分達自身で辿り着かないといけない。もちろん厳密にはミュージカルでも同じなんですけどね」

 本作では、ストーリーテラーの役割があり、音楽がないところでどう表現するかが課題だという。「栗山さんなら芝居のテンポだけでなく、きっと『台詞の音』への要求も高いと思います。白紙の五線譜を渡されたような感じです。その場の息遣いをリアルタイムで描いていかないといけない。台本から栗山さんのメッセージを感じました」

 ベートーヴェンが生きた時代はフランス革命やナポレオンの台頭など激動だった。そのなかで作曲活動に力を注いだ。時代は異なるがコロナ禍という未曽有の状況にある。「コロナの影響で出演作品が中止になり、時間的な余裕ができたことで、自分と向き合えた時間は貴重でした。その時間の中で培ったことは今後の活動にも役に立つと思います」と力強く語った。

 そのなかで力を注ぐ挑戦作。白紙の五線譜に何を描くのか。

(おわり)

◎ヘアメイク…藤井康弘
◎スタイリスト…石山貴文

衣装協力/meagratia

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木村武雄

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