“ガンダムの女神”と呼ばれる森口博子が、前回好評を得たガンダムソングカバーシリーズの第二弾『GUNDAM SONG COVERS 2』をリリースした。前作は自身最高位のオリコンウィークリーチャート3位を記録し、セールスは10万枚を突破。昨年末に行われた『第61回輝く!日本レコード大賞』では企画賞を受賞するなど話題となった。その第二弾となる本作は、23日付オリコンおよびビルボードウィークリーチャートで2位を記録し、大反響を呼んでいる。その収録曲は、『機動戦士Zガンダム』の挿入歌「銀色ドレス」のセルカバーを始め、インターネットファン投票10万票以上の中から選ばれた10曲とボーナストラックの2曲。寺井尚子や押尾コータローらも参加し、新たな息吹をもたらした。瑞々しい歌声は「神様から頂いたもの。大切に使って届ける責任がある」と語る森口。デビュー35周年を迎えた今、そして、本作をどのような思いで挑んだのか。その制作秘話を聞く。【取材=木村武雄】
届ける責任がある
――『GUNDAM SONG COVERS』は様々な記録を打ち立て、反響を呼びました。
私自身も驚いています。たくさんの情報が溢れ、色々と変化があるこのご時世でファンのみなさんがガンダムソングをゆるぎなく求めて下さるのはありがたいですし、涙が溢れてきます。そしてスタッフのみなさんが一人でも多くの方に届けたいという熱量は凄かったですし、それをファンの方も受け取って下さいました。嬉しいです。感謝の気持ちでいっぱいです。ガンダムソングや私の歌を聴いたことがない方にもSNSには「凄く良いアルバムだった」「森口博子なめてた」などたくさん書き込みがありました。辛い時もたくさんありましたが、報われた気がしましたし、届いて本当に良かったと思っています。
――昨年末の日本レコード大賞では企画賞を受賞されました。
芸能活動35年でこんなことが起きるんだと歓びで震えました。年末のあの大舞台ではアルバムでコラボさせていただいたジャズヴァイオリニストの寺井尚子さんの演奏が更に熱くて、グッときました。ランウェイのようなステージセットは、歩くたびに銀河が広がる仕組みになっていて、綺麗だなと感動していました。どの現場に行ってもガンダム愛が溢れていて私自身、凄く守られていた35年だと改めて思いました。
――森口さんの変わらぬ歌声をずっと聴けることを感謝している人はたくさんいると思います。
求めて下さる方がいらっしゃるのは実感していますし、心強いです。ライブでも、泣きながら聴いて下さったり、こぶしを挙げながら聴いて下さるあの熱量を肌で感じていると、改めて「この瞬間、この居場所を失いたくない」と思います。アニソンはアニメの作品があってこその楽曲ですから、1+1=2ではなく、無限の感動が広がります。それに、聴く方の思い出や、年齢を重ねるごとで豊かになる感情がプラスされる。だからこそ私には時を重ねても届ける責任があると思っています。そのために声や体調管理にはシビアに向き合っています。
――期待に応えることへの重圧は?
それも含めてありがたいです。デビュー曲がガンダムのテーマソングだったからこんなにも長く歌える機会を頂けているとも思っています。ですので重圧よりも「歌い続けられる」ことへの宝物を頂いた感覚です。デビュー曲の「水の星へ愛をこめて」もそうですが、壮大。地球に愛を込めるという意味は17歳当時の私には理解はできませんでしたが、この年齢になって哲学的な歌詞が泣けるほど染みる。それでもまだ100%理解できていないですから。60歳になった時にまた新たな発見もあると思います。
寺井尚子の情熱的ヴァイオリン
――年齢によって見方が変わるというのもいいですね。シリーズ2作目の本作もかなり良いですね。
前回が評判良くて、続編をというお声にお応えしたく制作に入りました。ところが3曲レコーディングしたところで、緊急事態宣言で中断され、先延ばしになったんです。その分、ファンの方もある意味でお楽しみが延長されたとワクワクしているということをSNSで知って。音楽の熟成期間だと前向きに受け止められました。日を重ねる度に期待が大きくなってハードルも高くなっているものの、今回の作品が「一番」でありたいと思っています。
――前作に引き続き時乗浩一郎さんが関わっていますが、作るにあたってはどのように進められたのですか。
「サイレント・ヴォイス」はアルバムの1曲目なので冒頭は尚子さんのエモーショナルなソロで始めたいというリクエストもしました。間奏もあの情熱的なヴァイオリンのソロが入ったら盛り上がると思っていましたが予想以上にパッション溢れていてすごくカッコ良かったです!! 痺れます! しかも歌と同時レコーディングだったので燃えました。ガンダムの世界観にある、複雑な心境や声にならない命の叫びが尚子さんの魂の演奏一音一音に表れていて、緊張感を伴ったドラマティックな幕開けになったと自負しています。
押尾コータローのコントラスト
――今回も多くのミュージシャンが参加されていますが、歌と楽器とで会話をされているような感じですね。
「あんなに一緒だったのに」は押尾コータローさんに参加して頂きましたが、まさに会話のようでした。1コーラス目は音数を少なくして、2コーラス目はバーンと勢いよくガラッと変わりたいとリクエストを! 押尾さんのパーカッシブでスパニッシュな演奏がカッコ良くてものの見事にコントラストが出て素晴らしい曲になりました。
――難しい曲のようにも感じました。
そうですね。実は7月11日に配信ライブをやった時に、オリジナルを歌われたSee-Sawの石川智晶さんが観て下さって「笑って感動して良いライブだった」とつぶやかれてたのをSNSのエゴサで発見!! その3日後にこの曲のレコーディングだったので「なんていいタイミングだろう」と。勝手に励まされていました(笑)
「銀色ドレス」、ワルツがカミーユにシンクロ
――2曲目「銀色ドレス」は壮大ですね。
当時は打ち込みでしたが、今回はオーケストラのように壮大なストリングスで世界を作りました。ピッチカートでAメロは優しく歌いたいとリクエストして、出来上がったアレンジを聴いてもう号泣しました。オリジナルにはないのですが、途中でワルツに変わるところで、物語のラストに主人公のカミーユ・ビダンが精神崩壊してしまうシーンとシンクロしたんです。ワルツの3拍子のゆったりとした中にも相反する何とも言えないものを感じて、涙が止まりませんでした。それと、そのリズムで聴いた人それぞれの回想シーンも浮かぶと思ったんです。
カミーユの声を担当されている飛田展男さんに伺ったんですよ。「あのシーン大変でしたか?」と。そうしたら、これまでが破壊的で叫ぶシーンが多かったから、逆に一番楽で一番力が抜けたシーンだったと。それを聞いたら切なくなってしまって。バランスを崩して解放されたことに。カミーユは繊細な心と一方で破滅的なところもあるゆえに人との化学反応がすぐ起こる。社会の中でもそういう性質の方っていますよね。気持ちが持って行かれやすい方が。きっと繊細だと思います。
本田雅人のサックスでより大人っぽく
――切ないですよね。感受性が豊ゆえに不器用な人がいると思います。でもワルツに変わっているという印象を受けたので、今のお話で合点がいきました。3曲目「君を見つめて」はサクソフォーン奏者の本田雅人さんが参加されました。
これは管楽器の音で歌ってみたいと提案し、『サマージャズ』でご一緒した本田さんにお願いしました。サックスの音って大人っぽい感じですよね。この曲はクールなロックの印象があって、内に秘めたものを本田さんのカッコイイサックスで表現したらまた新しい一面が出るのではないかと思いました。とてもアダルトに仕上がってステキです!! MVも森口博子YouTubeオフィシャルチャンネルで公開されました。バンドスタイルの映像とのマッチングも最高です。
――本田さんもそうですが、コラボされたミュージシャンの方が、森口さんに引き出される面はあったと感じます。
それは私もそうです。音が変われば歌い方も変わります。同時録音では瞬時の化学反応がありますが、別録りの時も音を聴いて影響を受けます。クールになったり、熱くなったりなどの化学反応を受けています。
時を超えたコラボ、生きた証
――「君を見つめて」の森口さんは、感情が高まっているものの、それを溢れ出ないように抑えているようにも感じますね。
実は最初、ゴリゴリに歌っていたいんですが、ディレクターさんに「ヤル気が空回りしている」と指摘され(笑)、それで冷静になって『F91』の世界観をもう一度考えて歌い直したら「おかえりなさい」と言われました(笑)。29年ぶりにセルフカバーした喜びもありましたので、自然と力が入ってしまったんですね。リリース当時はこの曲がメイン曲になる予定でしたが、急きょカップリングだった「ETERNAL WIND〜ほほえみは光る風の中〜」がメインになって。出番が無くなってしまった曲。歌う機会もあまりありませんでしたが、ファン投票で3位に入って。ようやく日の目を見て感情移入しちゃいましたね(笑)。ところで落ちサビがツインボーカルになっているんですが気が付きましたか?
――声の重なりが美しいなとは思いましたが…。
実は…91年当時20代だった私の歌声に現在50ホニャララ歳の歌声を重ねたんです! 過去と未来の奇跡のコラボ!が実現! マルチ音源がちゃんと残っていて当時の声をピックアップするのに成功したんです!ディレクターさんのアイデアで、重なった音源を聴いたら私泣いちゃって…。長く歌ってこられたからこそのコラボ。ファンのみなさんとスタッフのみなさんと私の生きた証だと思います。
――当時の森口さんは予想にもしていないでしょうね。
思ってもないですよ! そうさせてくれたのは楽曲をずっと大切にしてくれているみなさんのお陰です。本当に感謝しています。
武部聡志氏、20年ぶりのレコーディング
――「いつか空に届いて」はケルティで壮大です。武部聡志さんが編曲に関わっています。
武部さんは20代の頃にシングルとアルバムでお世話になりました。それで前作が話題になってニュースになった時に「活躍が嬉しい」と言って下さって。武部さんがレギュラーを務めていらっしゃる『西川貴教の僕らの音楽』(フジテレビNEXT)のゲストにお声をかけていただき、武部さん、寺井さんと3人で「水の星へ愛をこめて」を披露したんです。その後、「続編でご一緒させてください」とラブコールをしていたんです。20年ぶりにレコーディングをして頂き、また一緒に音楽が出来て感慨深かったです。
――アレンジは武部さんのアイデアですか。
エバーグリーンの世界でととイメージをお伝えして、武部さんがティン・ホイッスルのアイデアを出してくださいました。武部さんの綺麗なピアノで風を感じるケルティックな世界に仕上がりました。
――澄んでいますね。
ホントに! 流石です!! 武部さんのボーカリストに寄り添うような演奏が心地良い同時レコーディングでした。オリジナルは椎名恵さんですが、当時聴いた時は大人っぽく、温かく、良い歌声だなと思いました。でも今聴き返したら、あの頃は大人っぽく感じていた声が、瑞々しく感じたんです。当時の椎名さんの年齢をはるかに越えた自分にもドキッとしました(笑)
神々しい「月の繭」、自然と出た島唄
――「月の繭」は島唄っぽく歌われていますね。
大好きな菅野よう子さんのメロディとアレンジは異次元レベルで神々しくて。もともと持っている声の純粋な響きを大事にしたいと思い、ボーカルトラックダウンにはこだわりました。神秘的かつ異空間を私なりに表現しようとしたら、自然と歌い回しが島唄のようになって。アレンジを聴いた時に壮大なスケールの異国的なものを感じ、そのなかで自分らしさも出したいと。私は演歌がもともと好きで子供の頃からこぶしも回していました。ですので、新しい表現ができるかなと挑戦しました。
「一千万年銀河」導かれるピアノの音色
――「一千万年銀河」はピアニストの塩谷哲さんが参加されていますが、この曲こそ引き出された印象を受けました。
これも同時録音で、とにかくピアニッシモが美しくて、塩谷さんをピアニッシモの王子と呼んでいるんですよ(笑)。優しいタッチでうっとりします。塩谷さんの透明感のある音色だからこそ、銀河のきらめきに通じるものがあると思っていていました。本当に感動的なレコーディングでした。
――レコーディング中の感情の揺れ動きはどうでしたか。
当日は、今のキーより半音上で歌っていました。それでディレクターさんが、声を張るよりピアノとささやくようにやってみては?と提案してくださり、その場で半音下げて。それがハマりました。<星のパズルを組み変え時代を変える/裏切る星の色まで塗り変えれば>という富野監督の歌詞は、年輪を重ねて気づく感動と言いますか、宇宙へのロマンや地球再生の切なる願い、凛とした哀愁を感じます。デビュー曲の作品のゼータの遺伝子が入っている続編のエンディング曲という意味では私の中では身近な存在です。テレビシリーズでは「ファーストガンダム」に始まり「Zガンダム」、そして「ガンダムZZ」が一つの物語と捉えることが出来ると思いますが、その「ZZ」のエンディングで、総括的なもの。ぐっときました。
To be continued
――ボーナストラックには「限りなき旅路」も収録されています。
BS11の『Anison Days』という番組でカバーさせて頂いた時に「なんて壮大な曲だろう」と説明のつかない涙がこぼれました。意識が飛びそうなほどのスペーシーソングの極みだと思います。菅野よう子さんの楽曲は本当に素晴らしい!! 心が震えます。 “湧き出るような痛みに突き動かされ歩き続ければ”という痛みを伴う希望に満ちた歌詞も素晴らしい。ベスト10には入らなかったけど、歌いたい曲の森口博子枠としてボーナストラックに入れさせて頂きました。
――コーラスはVOJAが行っています。
先にVOJAさんがコーラスを入れて下さいました。ディレクターさんとの打ち合わせで、<限りなき旅は続く>というフレーズを大勢で命の賛歌みたいな感じで歌いたいということを話しました。それで、ゴスペルコーラスワークのVOJAさんとのコラボが実現したんです。レコーディングを見学させて頂きましたが、みなさんの全身からみなぎる壮大な歌声の迫力にもう涙ですよね。あの時のグルーヴを感じながら、命を吹き込んで。私達の人生もガンダムも終わらない。まさに限りなき旅路ということで、新しい扉を開けながら「To be continued」という想いを込めてこのアルバムの最後の締めくくりに選びました。
使命と恩返し
――作品には森口さんのエネルギーが宿っていますが、森口さんご自身も作品からエネルギーをもらっていますよね。
そうなんです! どの曲も名曲揃いで、魂に響きます! 今は、コンサートも自粛中ですがこの湧き出る想いをいつの日かコンサートでお届けしたい!! ファンみんなとのエネルギー交換を早くしたいです。「命を吹き込んでまた命をもらう」ような感じです!
――さて、デビュー35周年、どう過ごしていきたいですか。
レコーディング中、ライブができないことにまだ実感が湧かなかったんです。何が起こっているんだろうと整理が出来ない状態。でも「MEN OF DESTINY」という今回の収録曲のなかでも一番激しいロックな楽曲で、ライブの熱さがよみがえってきたんです。今すぐにでもファンのみんなと滾りたいけど、実現は難しい。そこで初めて現実を突きつけられました。夏のライブツアーも35周年の国際フォーラムでのコンサートも中止に。今は先行きは見えないですが、いつの時代も音楽は人の心に目に見えない力を届けてくれる。生配信ライブという音楽の応急処置も行ったりしています。4歳からの夢である歌手という夢の中を今も生かされている。幸せな使命を頂いていると思っています。支えてくれているファンの皆さん、スタッフの皆さん、とその幸せをこれからも共有していきたいですね。
――その使命を感じたのはいつ頃ですか。
40代に入って強く思いました。ありがたいに尽きます。声も神様からのギフトでありながら預かっている。声が綺麗、透明感ありますねと言われますが、私だけの声ではなくて、ご先祖様、両親から受け継いだ声なので大事に人のお役に立てるよう使っていきたいです。私にとってライブは生命線。ファンの皆さんの息づかいやエネルギーを肌で感じて、命をいただいたなといつも思うので、ちゃんと音楽でお返ししたいです。
(おわり)
収録曲
01 サイレント・ヴォイス / with 寺井尚子
02 銀色ドレス
03 君を見つめて -The time I‘m seeing you- / with 本田雅人
04 いつか空に届いて / with 武部聡志
05 あんなに一緒だったのに / with 押尾コータロー
06 星空のBelieve
07 DREAMS
08 一千万年銀河 / with 塩谷哲
09 月の繭
10 MEN OF DESTINY
-Bonus Track-
11 暁の車
12 限りなき旅路 / with VOJA