獣道を突き進むウォルピスカーター、歌い手シーンの変化とは
INTERVIEW

獣道を突き進むウォルピスカーター、歌い手シーンの変化とは


記者:平吉賢治

撮影:

掲載:20年03月27日

読了時間:約10分

 歌い手のウォルピスカーターが25日、アルバム『40果実の木』をリリース。2012年から動画配信サイトで活動を開始し、圧倒的な歌唱力と磨き抜かれたハイトーンボイスが話題のウォルピスカーターに本作を中心にインタビュー。ハイトーンが生まれた背景、現代においての情報の受けかたについて、2012年から現在にかけての歌い手シーンの話、そしてこれからのビジョンについてなど、多岐にわたり話を聞いた。【取材=平吉賢治】

高い声を出すことを諦めなかった

――普段どんな音楽を聴いていますか。

 ジャンルにはこだわらず、特に好きなバンドなどもなく、この曲が好きというのが点在しているような感じです。「好きなバンド」と公言するのが苦手というか、好きなバンドの話をすると「じゃあこのアルバムは当然聴いているよね?」となるけど、そういうやりとりが少ししんどいと言いますか(笑)。 自分の意思で音楽を聴きたいという部分があるんです。

――確かにそういう話の流れはありますね。2012年に動画投稿サイトで活動開始したきっかけは?

 高校時代にやっていたバンドが解散して歌う場所がなくなって、生きる上での趣味を失ったというところがあったんです。その時に友達から動画投稿サイトがあると聞いて、機材を揃えてニコニコ動画から始めました。

――最初の感触はいかがでしたか。

 最初の数年間は本当に再生されませんでした。始めて1年くらいは100再生いったらいいくらいで。2、3年目くらいで千、1万再生…4年目くらいから多くの人に聴いていただけるようになったと思います。

――何かきっかけが?

 今でも仲の良い「歌ってみた」をやっている人がツイートしてくれたのがきっかけかな。「名前メチャクチャ変なのにちゃんと歌ってる」みたいな感じでツイートしてくれて。そこから人の目に触れる機会が増えたんだと思います。それでたまたま大人気になりつつある作曲家さんの曲を歌ったら一緒に付属品としてくっついていったというか(笑)。

――それはネット上での活動ならでは?

 そうだと思います。ファンの方が自分から急上昇クリエーターを発掘しないといけない時代だったので。まだ流行っていない人を見つけて、その人を育てるというのが楽しい時代だったので、その時代に僕がうまく滑り込んでみんなに育ててもらった感じです。

――その頃の環境と今の環境は違うと感じる?

 全然違うと感じています。ニコニコ動画でやっていた時はリスナーの方に見つけてもらえたんです。あまり宣伝をしなくてもファンの方が自分から掘って探してくれて、それをコミュニティで共有してくれたというのがあったので、当時はあまり宣伝しないスタイルのほうがカッコ良かったというか。

――今はどうでしょう。

 今はできないです…宣伝もしなければいけないし、サムネイルも工夫しなければいけないし、動画を上げた、曲を上げたということを色んな所に出してもらわないといけないというか。言いかた悪いかもしれませんけど、お金がかかる時代になったのかなってちょっと思います。

――リアルですね(笑)。

 今まではニコニコ動画はアマチュアの世界だったと思うんですけど、今はYouTubeが主戦場というところもあるじゃないですか? プロのシンガーや俳優、芸人の方などプロの方々が集まってくるところに、資金力という面ではアマチュアには太刀打ちできない部分が大きいと思うんです。YouTubeを主に観ているファン層の方は自分が知っているものを検索することはできますけど、自分が知らないものを一から掘り起こして探すというのはYouTubeの仕組み的になかなか難しいと思うんです。そういう部分で、戦い方の変化という戸惑いもあります。

――その場所での戦略的な部分も大事になってくるのですね。

 そう思います。需要と供給を理解しつつキャラクターも立てつつ、それを崩さないようにプロモーションしてというのは一人でやるのはなかなかしんどいです(笑)。でもこれからどんどんやっていきたいと思います。

――キャラクターという部分ではハイトーンボイスという点が大きいと思います。キーはどれくらいまで高音が出せるのでしょうか。

 音で言うと「hihi D」、高いDの音まで出ます。女性が普段使うキーよりも若干高いくらいだと思います。今作の初回限定盤のDISK2(ボーカロイドの歌ってみた)を聴いて頂ければ今現在の僕の最高音がわかると思うので是非聴いていただきたいです!

――特別な訓練をしたのでしょうか。

 とにかく「高い声を出そう!」という試みを続けた結果こうなりました。ボーカロイドの曲を原曲キーで歌いたかったんです。普通はカラオケなどで高い声が出なかったら諦めてキーを下げるじゃないですか? 僕はそれを諦めなかっただけというか(笑)。

自身作詞も手がけたアルバム『40果実の木』

――本作『40果実の木』のコンセプトは?

 今作は僕の好きな作家さんにオファーして作っていきましたので、特にコンセプトを設けずに、好きな楽曲を詰め込んだ作品になったと思います。ですので、『40果実の木』というタイトルにしようと思ってつけました。

――様々なクリエーターが加わっている、という部分もありそのタイトルに?

 それもあるんですけど、『40果実の木』というのが実在する木でして。接ぎ木を繰り返して1本の幹から40種類のフルーツがなる木を作ったという。それがこのアルバムにピッタリだと思ったんです。テーマもなにもなく、自分が集めたものを一枚のアルバムに収めたのがしっくりきたというか。

――そのなかで作詞もなさっていますね。歌詞の着想はどのように?

 曲を頂いて聴きながらぼんやり考えて(笑)。

――ぼんやりで2曲目「キャスティングミス」の<生の高利貸し>というような言葉が出てくるのですか?

 そうなんです。最初は「こういうことで書こうかな」と思いますけど、そこからはあまり曲を聴かずに歌詞を書いてメロディに合わせて削ったり増やしたりするんですけど。

――「キャスティングミス」は様々な言葉が綴られていますが一貫性があると感じます。

 その曲は、作曲のユリイ・カノンさんからテーマを頂いたんです。冒頭にある<グランギニョル>で書いてほしいと。「昔に流行った小汚い劇だ」というざっくりとした説明を受けたんです。

 さらに調べたら「ホラーサスペンスかつ生臭い、血みどろのようなグロテスクな演出が出てお客さんをドン引きさせるような劇」を“グランギニョル”という風に言うらしいんです。中世くらいにやっていて、もう廃れてしまったジャンルのひとつみたいで。それで書いてみた結果、難しい言葉も使わないといけないし(笑)。

――すごく印象的でした。

 ありがとうございます。作曲家さんからリクエストが入りまして外連味(けれんみ)のある言葉を使ってほしいと。外連味って、凄く深いことを言っているようで特に意味のあることを言っていない、「意味ありげな」「意味深な」という意味だそうなんです。じゃあ、あえて文法を破綻させたりとか、絶対に入らない形容詞を入れたりしたら「外連味のある文になるんじゃないかな」と思いまして。単語を入れ替えたり倒置法にしてみたりなど、テクニカルな面で一番苦労したのはその詞かなと思います。

――6曲目「雨子」はドライな音像だけど心地良いウェットさがある不思議な魅力のある楽曲ですね。

 作詞作曲のはるまきごはんさんは公私ともに仲が良いんですけど、本人はこういうダークな曲は書かないというか、どちらかというとフワフワでポップな曲を書くタイプのクリエーターなんです。ストーリー性があって、ダークな雰囲気で、独創性がほしいという話し合いの結果、本人の作風とは全然違う楽曲が出来たんです。

――11曲目「徒花の涙」をリード曲にした意図は?

 作詞作曲の針原翼(はりーP)さんは、前回のアルバムで「泥中に咲く」を書いてくださった方なんです。信頼をしているクリエーターさんなので、アルバム制作の段階から、はりーPさんには「アルバムの大トリなのでよろしくお願いします」ってお話をして(笑)。僕は歌だけに集中しました。

技術の向上のためにやり続けるのが一番

ウォルピスカーター『40果実の木』初回盤ジャケ写

――2012年から歌い手として活動してきて、心境的な変化は?

 今はいわゆる”歌い手”の立場があまり明確になっていない気がします。昔は”歌い手”といえば、アマチュアで、一部の人がCDデビューしたりして、「夢のある趣味」みたいな部分があったんです。趣味として続けることに何の弊害もないけど、やっていくうちにもしかしたらドリームがあるかもしれない、みたいな。でも最近は参入にリスクがあるというか、お金をかけて機材を揃えて…それで数字が振るわなかったら、そのお金はどうするの? というような。

――厳しくなってきた部分もあると。

 厳しくなりましたね。歌い手の良いところは、素人の方が趣味として楽しめるというか、誰でも気軽に参入できて飽きたら抜けられるような「始めることの気軽さ」みたいな部分にあったと思うんです。それが今はほとんどないというか。始めることに対してリスクがのしかかってきて、「失敗したらどうしよう」と…始める前に考えるのは嫌じゃないですか?

――これから歌い手を始めたいという方に何かアドバイスはありますか。

 趣味としてやるのならYouTubeに投稿するのもいいんですけど、ニコニコ動画に投稿して、かつ数字には一切期待をせず、自分の技術の向上のためにやり続けるのが一番いいかなと思います。僕も最初は一切数字を気にしていませんでした。趣味として歌う場で、カラオケに近い感覚でやっていた結果こうなので、最初から数字を気にすると精神が摩耗してしまうというか。とにかく周りを気にしないで自分を信じてやり続けることかなと。

――そこは歌い手としてのプライドもある?

 歌い手としてというか、一人の人間としてのプライドだと思います。「長いものには巻かれたくない」みたいな。僕は少数派でいることをカッコいいと思っているんですけど、流行りに乗らされている感じが嫌で、自分の力で入手した情報だけを食べていきたいというのがあるんです。与えられる情報だけを受け入れるのが好きじゃないという感じです。僕みたいにそういうのが好きじゃない人もいるじゃないですか? 僕はそういう人に届けているみたいな感じです。ニコニコ動画で活動している時はそういうスタンスでした。でも、受動的に受け入れることも決して悪いことではないと思いますよ。ただ、もっと手を突っ込んでくれたら、もっと深いところに美味しいものに届くこともあるのになって。

――それこそ本作だと、リードトラックではない曲も深く知って美味しいところが知れますね。

そうですね!ニコニコ動画で僕がいた全盛期、今の30代、40代の方々は自分で探さないと見つけられなかった時代だったと思うんです。それが受け継がれなかったのは技術の進歩のおかげというのもありますけど、もしかしたら人間としての何かが下がってしまっているのではないかと考えてしまうこともあるんです。便利すぎるのもどうか、ってことですよね笑。

――ライブではお顔が見られるのでライブに行く楽しみも増えますよね。ライブの頻度はそこまで高くない?

 年に1回か2回くらい、できれば2年に1回くらいがいいんです。ライブではどうしても高い声を出さなければいけないんですけど、僕が高い声を出せるようになったのは「思いきりラケットを振れば今までより速い球が打てる」くらいのものでしかないんです。だから思いきりやらないと高い声が出ない。ワンマンライブ2時間のあいだ、ずっと全力でラケットを振れるかといったら無理じゃないですか?

――相当キツいかと。

 でも、求められたらやらなければいけないというのもありますし。

――ワンマンLIVE 2020の11月大阪公演タイトル『ハイトーン刑務所 〜LIVEでキーを下げただけなのに〜』の意図は?

 ライブでキーを下げることにがっかりする方もいるので、そこに何のフォローもないと「キー下がってるじゃん」と思うだけでライブが終わってしまうので、必ずライブではキーを下げることと、キーを下げることに対するフォロー、この2大柱で台本を組んでいるんです(笑)。初の大阪ワンマンライブなので、その2大柱をより発展させて面白いライブができたらいいなと思ってこのサブタイトルをつけました。

――これからのビジョンは?

 歌を続けつつ、歌以外の仕事にも手を伸ばしたいですね。そういう風に思いながら今はラジオなども色々とやらせて頂いてます。どうしても今の時代は歌だけだと厳しいかなと。

 こういう業界は厳しいですからすぐに入れ替わりがあるというか、それ以外の部分で器用貧乏でいたいところがあります。今僕がやっているのは喋りを磨くこと、これからやっていきたいのは演技、声優であったり。僕はミュージカルを観るのが凄く好きなので舞台などもやりつつ。あとは司会です。歌い手からMCというのは恐らくほとんど存在していないと思うので、その獣道をまず行ってみようかなと(笑)。MC、司会業は今年来年くらいは力を入れてやっていきたいと思います!

(おわり)

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